自然日誌 たかつき

自然についての問わず語りです。

「動物を守りたい君へ」の感想

2013年11月21日 | 読後感想
獣医さんらしい人が以下のような文章をどうやら獣医学を学ぶ学生に向けてかいておられます。なんと出版直後に書かれたものです。にもかかわらず読み込みが深く、日頃からこのことを考えておられることがわかります。

http://takehiro-vet.sakura.ne.jp/wordpress/archives/12876

独り言
管理人:名古 孟大
2013.10.19

獣医師になりたい君へ。
 高槻成紀さんの『動物を守りたい君へ』(岩波ジュニア新書)という本が出た。
 印象的な導入部から始まる本である。
 動物生態学者である著者の研究室を訪れた女子中学生が、著者に質問をする。
「獣医になって、事故などで傷ついた野生動物を助けたいが、どのような勉強をすればいいのか?」
 と。
 それに対して、著者は、1年間で交通事故に会うタヌキの個体数や、傷ついた動物が野生復帰できる可能性について伝えた上で、こう答える。
「野生動物を守るために本当に大切なことは、事故などで傷ついた野生動物を治療することではなく、動物が事故に遭わないようにすることだ」
 野生動物を助けたいのなら、目指す方向が間違っているぞ、というわけだ。
 小・中学生向けの新書レーベルによくこれが採録されたな、というくらいの、なかなか過激な書き出しである。
 しかし、著者の言っていることは、間違ってはいない。
 真理と申し上げてもいいくらいのものだ。
 漁網に巻き込まれたウミガメを治療したり、交通事故にあったシマフクロウの治療をしたり、といった活動は、ドラマチックなために世間の耳目を集め、「野生動物の保護とはそういうものだ」というイメージをもたれやすいけれど、そういった活動は、野生動物の保護の本質ではない。むしろ、「本質的な活動」がうまくいっていない場合の、敗戦処理に近い。本質的な活動とはもちろん、著者の言う、「動物が事故に遭わないようにすること」である。どんなにいい保険に入っていても自動車事故を起こさないのがいちばんであるように、動物だって傷つかないのがいちばんだからだ。
 獣医学は、動物が交通事故に遭わないための環境設計については、なんの知見ももたらさない。
 野生動物を保護するための本質的な活動を担っているのは、私たち獣医師ではなく、生態学者や行動学者の方々である。
 だから、本気で、「野生動物を守りたい」と考えるのなら、そういう方面の勉強をするべきである。獣医学ではなくて。いや、獣医学的知識が役に立つこともなくはないが、それは、生態学的知見を補助するものであって、単品ではあまり役に立たないのだ。
 野生動物の分野で活躍してる獣医さんもいるでしょう、と言うかもしれないけれど、よく見て欲しい。そういう人はその足に、二足の草鞋を装着しているはずだ。
 獣医師の仕事は、基本的には、人間社会の内側で、産業動物や伴侶動物の健康管理をすることと、衛生的な環境を維持することに限られる。それ以外のことは、「社会から求められるから」助力をするのであって、自らしゃしゃり出る類のものではないのである。
 では、そういう場所では中心的な役割を担っているのか、というと、そうではない場合が実はしばしばある。
 やっぱり、「敗戦処理」をしていることはけっこうあるのだ。
 たとえば、乳牛に発生する病気のほとんどは、「商用に牛乳を生産する」ということそのものに起因するものである。日本中に、安価で安全な牛乳を安定供給するために、乳牛には、年間で8000リットルくらいの牛乳を生産することが求められているが、そのこと自体が、彼女の身体に様々な障害を発生させるのである。日本における乳製品の消費量が半分くらいになったら、あるいは私たちが牛乳に倍の値段を払うようになったらたぶん多くの問題は解決するはずで、つまりそもそもの問題は我々の社会設計にある、ということになる。社会設計に不備があるので、その矛盾を解決するために獣医師が働いているのである。
 あるいは、チワワという犬がいる。愛玩用として極端に小さく改良されたために、しばしば難産である。獣医師は分娩を介助し、あるいは帝王切開をし、母子の生命を守るわけだが、この問題は、チワワがもっと大きくなればおそらく解決するはずで、つまり問題の根は「小さい犬が欲しい」という我々の欲望の内にある。その欲望と、「犬」という生物の物理的生理的制約との間に矛盾があるので、それを解決するために獣医師が働いているのである。
 ここでも、ほんとうに大切なことは、「乳房炎を治したり難産を助けたりすること」ではなく、「乳房炎になるほど牛に負荷をかけなくてもいい社会を作ること」や「難産になるような品種を作出しないこと」の方である。そして、そういうことを実現するためには、いわゆる獣医であるよりは、官僚や政治家になった方がいいかもしれない。
 動物を守るために獣医になる、というのは、崇高な志ではある。そのような志を持つ人は、「他のことよりは動物好きだからなんとなく」というぼんやりした理由でこの道を選んだ私に比べたらほとんど聖人だとも言える。
 が、しかし。
 「動物を守る」という仕事には、獣医師を登場させる前にやるべきことがたくさんあり、獣医師を登場させないことが「成功」である場合がたくさんある、ということは、心にとどめておくべきだろうと思う。
 『動物を守りたい君へ』という本には、そのためにどうすればいいのかを考えるためのヒントが詰まっている。
 受験勉強も佳境かもしれないが、余裕があったら読んでみてくれ。
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