鈍想愚感

何にでも興味を持つ一介の市井人。40年間をサラリーマンとして過ごしてきた経験を元に身の回りの出来事を勝手気ままに切る

緊張感走った姓名、生年月日さえも堂々と偽る殺人未遂犯の裁判

2010-06-01 | Weblog
 31日は東京・霞が関の東京地裁へ裁判の傍聴に出かけた。安倍晋三元首相が文芸春秋に対し、週刊文春の記事の訂正と謝罪広告の掲載を求めていた事件の判決があるはずだったが、双方の裁判手続きの関係であっさりと1カ月後に延期となった。道理で傍聴席には記者らしき人が一人もいなくて、静かな開廷だった。午後早々に531法廷で殺人未遂の裁判員裁判の初公判が行われる、というので傍聴した。裁判員裁判を最初から傍聴するのは初めてのことで、開廷30分前に並んで傍聴席に座った。
 午後1時15分の開廷直前に入ってきた被告は50歳くらいの男性で、目が見えないような覚束ない足取りで被告席に座った。開廷してまず、裁判長が被告を尋問席の前に立たせ、姓名を問うと、予め知らされていた「金子正幸」とは違う名前を言う。裁判長が「金子正幸ではないか」と尋ねても否定する。しかも続いての生年月日を尋ねられて、「平成4年1月22日」と答える。どうみても20歳そこそこには見えない。住所も裁判長の手元にあるのとは違う住所を言う。
 これまで多くの裁判を傍聴してきたが、被告が正面から別人である、と名乗るのは初めてのことで、どう処理していくのか、と注目していたら、裁判長は連行してきた拘置所の職員に向かって、「この人は金子正幸ですか」と尋ね、入口の脇に控えていた職員が入廷し、直立して姿勢で、「間違いありません」と答えた。さらに裁判長は弁護士に対し、「被告は接見していた金子正幸に間違いありませんか」尋ね、確証を得たものの15分休廷したうえで裁判を開始し、まず検事が起訴状を読み上げた。
 起訴状によると、被告は1年前に葛飾区内のスーパーで見ず知らずの中年の女性を背後から包丁で刺し殺そうとした。それに対し、被告は「葛飾区には行ったこともないし、小寺という人を刺した覚えもない」と犯行の事実を否定した。さらに弁護士に意見を求めたところ、「本人はわけのわからない状態で、とても裁判を続けられる状況にない」として公判手続きの停止を申し立てた。これに対し、検事は「被告は一応裁判長の質問に答えているし、偽った生年月日でも18歳と辻褄の合ったことを言っているので、公判は可能」と反論した。
 そこで、再度20分の休廷をし、裁判が続けられるかどうか打ち合わせたうえで、裁判を再開した。ここでも弁護士は被告の傷だらけの手足、首を裁判員に見せ、被告に「どうしてこうなっているのか」と聞いても、被告は「わからない」と答えていた。意図して自ら傷つけているのか、それも覚えていないのか、正確なところはわからないが、少なくとも被告が正常ば状態ではないことを訴え、再度公判停止を求めたが、却下された。
 そして検事の冒頭陳述が行われ、殺人未遂事件の詳細と情状について述べられ、これに対して弁護士は「被告は犯行を行っていない。無罪である」と申し立てた。そこで、裁判長はこの公判が起訴された昨年10月以来、2度にわたって、公判前手続きを行っており、公訴事実については争わないこととなっていた、と説明した。裁判長としても意外な展開に驚いて、こうした説明となったのだろう。これも異例なことだった。
 ただ、続いて行われた検事の証拠調べで、被害者が刺された状況が詳しく語られるに及んで、被告は刺した後もスーパーの店頭で、大勢の人に目撃されていることや、被害者を刺した際の血痕が靴や床に残っていることが明らかとなり、勝負はついた感じとなった。弁護士がいくら無罪を主張しても通らないようで、精神異常を来たしていた、と主張した方が戦術としては良かったのではないか、と思われた。
 それにしても最近になく緊張感の走った裁判であった。

追記 公判3日目の6月2日の判決では検事側の求刑通り10年の懲役が下された。犯罪を犯したことはまぎれもないのに、堂々としらを切るのは卑劣な行為で、被告に対し、検事の求刑以上の懲役に課してもいいくらいだ、と思う。若園敦雄裁判長は判決後、被告に対して「あなたの説明はすべてうそと判断した。このような態度でなく、正面から裁判に臨んでほしかった」と説諭した。被告の幼稚な戦術にうまうまと乗った弁護士も弁護士だ、と思った。
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