prisoner's BLOG

私、小暮宏が見た映画のノートが主です。
時折、創作も載ります。

「1945年のオリンピック」

2021年02月03日 | シノプシス
【登場人物】

高円武一   元陸軍軍人 オリンピック馬術メダリスト
            欧米の社交界の通称「バロン高円」(の亡霊)
       言わずもがなだが、このネーミングはサシャ・バロン・コーエンのもじり
佐々木進  26   南方の S 島で結婚する予定で来島
杉山知子   26   進の婚約者 霊感あり
諫早寛治    55 結婚式用チャペルの司祭 遺骨収集団世話役  ジャーナリスト なにでもなるジョーカー
木田佐智   50 ジャーナリスト
佐伯良子    65  遺骨収集団団員
桃田義典    63  遺骨収集団団員

南の島―
結婚式場のパンフレットそのままの風景が目の前に広がっていた。
青い空、青い海、白い砂浜、それから純白のチャペル。
それはCMかパンフレットのイメージそのままだった。
「まあ、きれい」
「本当に」
若い男女が嘆声をあげた。
ふたりの声の調子も表情も、CMの幸せを記号的に表現した俳優の芝居をなぞったようだった。
もっとも二人は俳優ではないから、いくぶんぎこちなくはあったが。
もっと言うなら、いかにもこういう時は感心してみせなくてはいけないだろうという常識に従った嘆声だった。
「やはり身内だけというのはどうかな。後でいろいろ言われないか」
進が言った。
「それ言い出したらきりがないもの。いまここでふたりだけで挙式してしまってもいいんだし」
「それはちょっと」
「ちょっと何よ」
進は言葉を濁した。
「世間体が悪い?」
「そうじゃなくて」
「せっかくこの空と海とチャペルがあるんだから、それ以外何もいらないでしょう、ねえ、神父さん」
と、知子は神父に話をふった。
「いえ、やはりご親族やお友達、仕事関係の方々もお招きした方がよろしいかと存じます」
神父の諫早はにこやかに言った。
さっきからずうっとにこやかに浮かべている笑みが張り付いたようで動かない。
それはそうだろう、出席者が多くないと儲からないものなと進は思ったが、もちろん口には出さなかった。
「リハーサルしてみませんか」
諫早がいかにも招き入れそうに体を斜に構えて誘った。
式場はアウトドアにあって、真っ白な式台の前に緑の芝生が広がっている。
一目瞭然で人工芝であることがわかる、鮮明な緑色だった。
「式本番では、ここにやはり真っ白な椅子がずらりと並びます。緑に純白が映えて、それはもう綺麗ですよ」
うんうんと知子がうなずいている。
「雨降ったりしないでしょうね」
「雨?」
諫早は一笑に付した。
「この島くらい天気のいいところはありません。お二人の文字通りの晴れの門出にこれほどふさわしい所はないと存じますが」
相変わらず諫早がにこやかに言った。
「台に乗っていいかな」
進が割って入った。
「おひとりづつどうぞ。お二人揃うのは、本番までとっておくとしましょう」
と、まず進を促した。
一歩進んだ進は、台の上に立って式でそうするように横を向いた。
「こんな感じか」
進はひとり呟いた。
「では、新婦さまも」
言われるままに進と入れ違いに台に立とうとした知子の首に下がっていたペンダントが何かに引っぱられたようにちぎれて飛んだ。
「あら」
知子は手を伸ばしたが、ペンダントは宙を飛び、どこかに消えた。
「どうした?」
「おかしいわね。何もしていないのに」
知子は顔を床というか地面に顔をすりつけるようにして探した。
同じように進も探したが、
「ないな」
「そっち探した?」
「意外なところに飛んでいったりするから」
ぶつぶつ言いながら探すふたりの傍らで、諫早は手持ち無沙汰でいた。
知子は思わずきっと諫早を見てしまう。
と、諫早はその場を探さず、少し離れたところにすたすたと歩いて行く。A
進はちょっと不思議そうに諫早のふるまいを顔を上げて追って見ていたが、手は止めない。
諫早は、芝生に手を突っ込んでペンダントを拾い上げ、かざして見せた。
「あったよ」
進は知子に声をかけようとして、いぶかしげな顔をした。
知子の姿が見えない。
立ち上がって、あたりを見渡す。
少し離れたところで、背を向けて歩き去って行く。
進はペンダントを握りしめて後を追った。
真っ青な空に、一瞬稲光が走った。
誰も気づかなかったが、わずかに黒雲が浮かび、海の色が変わってきている。
チャペルから少し離れると、人工芝が途切れ、乾いた砂地が続くようになる。
進が歩いていくと、砂地から妙なものが顔を出していた。
差し渡し、十メートルくらいだろうか、すっかり砂に覆われて全体の形はわからないが、上の方はかつて水平だったのが長い年月のうちに傾き、でこぼこになっている。
だが、損壊していても人工物であることはその形状からわかった。
誰かが近づいてくる。
一人ではない、数ははっきりしない。というより、数人あるいは十人くらいが固まって朦朧とした塊になっているので、はっきり分けて数えることができない。
その塊がずんずん進んで大きくなってくる。
進の視界には入ってい位置にあるはずだが、そちらに視線をむけることはない。気がついているのかどうか。
進は知子は建築物の前で立ちすくんでいるのを見ている。
「どうした」
声をかけるが、答えはない。
ざっざっざっと塊が近づいてきた。近づくとともにその塊はひとりひとりの輪郭がはっきりして、日本人たちの集団であることがわかってくる。
やっと進が気づいて、集団に目を向けた。
みんな年配の女性ばかりだ。日の丸の旗を持っているのもちらほらいる。
青空がやや灰色っぽくなり、海が遠くからでも毛羽だっているのがわかる。
集団は散らばり、それぞれ手にしたシャベルやツルハシで周囲の地面を掘り返しはじめた。
「すみません、何をしていらっしゃるのですか」
進の問いに対して、集団の傍らに立っていた、ちょっと雰囲気の違うあか抜けた感じの女が答えた。
「遺骨収集です」
「イコツ?」
進には意味がわからない。
「戦争で亡くなった人の骨ですよ」
「戦争?」
「そうです。これは」
と、砂に覆われた建築物を示して、
「トーチカです」
「トーチカ?」
「わからないかな、敵の攻撃を防ぐためにベトンで固めた前線の小型基地みたいなもの」
「ベトン?」
三たびオウム返しに問い返した進に、
「セメントのこと」
意外なところから返事が返ってきた。
答えたのは、いつのまにか立ち上がっていた知子だ。
「セメントのことをフランス語でベトンっていうの」
「なんでフランス語を使うんだ」
「なんでかしらね。トーチカという言葉はロシア語だけれど」 
「なんでそんなこと知ってるんだ」
結婚寸前だというのに、突然それまで全然知らない面を見せてきた知子に進はひどく戸惑っている。
「軍事のことになんか、興味あったっけ」
知子は先ほどはしゃいで見せていたのとは打って変わって、心ここにあらずという風だ。
進の顔には、戸惑いを通り越して怖れに近い色が出ている。
「何かにとりつかれているのか?」
声がうわずった。
「よりにもよって、こんな時に」
「失礼ですが、あなた方は何の御用でここにいらしたのですか」
浜子が言った。
「それは、」
よりにもよって、結婚式を取り仕切る神父に言われるとは、という言葉を飲み込んで、
「結婚式の下見です」
と、進は答えた。
「そこのお嬢さんと?」
浜子が重ねて訊いた。
「ええ」
からかっているのか、と言い出したいのを抑えて、進はチャペルの方を振り返った。
相変わらず真っ白な建物だったが、空が曇るとともにその白さもくすんで見えた。
「あなたは—」
「はい?」
「あのチャペルで結婚式を挙げると。なるほど、なるほど」
浜子はひとりでうなずく。
(何がなるほど、だ)
進は少しいらついた。
「失礼しました。私、フリーのジャーナリストの柿澤浜子と申します」
「はあ」
「なんでチャペルと、このトーチカがこんなに近い場所にあると思います?」
いきなり訊かれて、進は戸惑った。
第一、トーチカとは何かをまだよくわかっていないのに。
浜子の代わりに知子が口を開いた。
「トーチカというのはね、戦争の時に立てこもって相手の砲弾を防ぎながら立てこもって銃を撃つための施設」
すらすらと説明したのを、進は半ば呆然としたような顔で見ている。
何かに取り憑かれて、別人になっているのではないか。そうとしか思えない。
「軍事オタクとは知らなかったなあ、あはははは」
間の抜けた、ひきつった笑い声が進の口から漏れた。
ついさっきまで「女の子らしい」こと、ファッションやグルメ、恋愛と結婚くらいにしか興味のない子だと思っていたら、突然違う、予想顔を出してきた。
知子は進には一瞥もくれず、また地面を掘っている遺骨収集団を大股で避けながらトーチカの周囲をぐるぐる巡っている。
ただ歩き回っているのではなく、何か地面の下に埋まっているのを嗅ぎ当てた犬のように鼻面をすりつけるようにして、探しまわっているようだ。
進は先ほどまでの空と海があまりに青いので自分の頭がどうかしてしまったのかと疑った。すこし頭を叩いてみたが、目の前で起ったことも聞こえた言葉も変わりはしない。
知子がトーチカから離れた。
すると、収集団の一同もそれにならうように散開した。
全員南国にふさわしい明るい軽装をしているにも関わらず、何かの儀式を執り行っているような物々しい動作と雰囲気だ。
風が鳴っている。
ここからは見えないが、海の波も荒れているようだ。
年配の男女がぐるぐるその場で回りはじめた。狼狽しているようにも、興奮していても立ってもいられないようでもある。
地面も鳴り始めた。
「地震?」
思わず呟いた進に知子が返した。
「違う」
十振動は地面の底から伝わって来るのではなく、トーチカそのものが振動しているのだ。
振動しながら地面に埋もれかけていた巨大なコンクリートの塊が轟音と共にせり上がってきた。
特撮ものの映画で秘密基地が地下から姿を現すそのままの光景が目の前で繰り広がられているのを、進は呆然として見守っている。
知子は動じる気配なく見守っている。
いや、進がよく見ると、せり上がってくるのを導くような手つきをしている。知子が念力か何かで巨大なコンクリートの塊を持ち上げている、アニメにありそうな場面だと進は思った。
(こんな時になんで俺は映画だのテレビだののことを考えているんだ)
進の頭の隅で、進自身がひとごとのように呟いた。
やがて、トーチカの動きが止まった。
先ほどまでの傾きがせり上がってくる最中に修正され、まっすぐな上辺は本来の水平線を描いている。
巨大な石製の舞台のようだ。
三々五々、散らばっていた日本人たちが集まってくる。
進が気づくと、知子が意識を失って倒れている。
「知子っ」
急いで駆け寄って助け起こすと、やがて意識を取り戻す。
「ここは?」
いぶかしげにあたりを見渡す顔には、先ほどまでの何かに取り憑かれたような様子はなくなっている。
「気がついたか」
「何、これ」
目の前にたちふさがっているコンクリートの壁に気圧されたように知子は後ずさった。
進が肩を貸して立ち上がらせると、知子をトーチカから離した。
改めて巨大で無愛想なコンクリートの塊を見渡して、
「何これ」
あっけにとられたように知子は繰り返した。
「知らないのか」
「知ってるわけないじゃない」
「トーチカだ」
「何、トーチカって」
「知らないの?」
「知ってるわけないじゃない。お菓子?」
「戦場に作ってたてこもるコンクリート製の砦」
「センジョウ?」
「戦争やっている場所だよ」
「どこが?」
「ここ、らしい」
「なんでそんなこと知ってるの」
「君が教えてくれたんだよ」
「うそぉ」
嘘をついている顔ではなかった。
「本当だって」
「あたしが知っているわけないじゃない」
横から口を出してくるのがいた。
「お若いのに良くご存知で」
と、また浜子が口を挟んできた。
「お見かけしたところ、あそこのチャペルでご結婚式を挙げたか、挙げるご予定かと存じますが」
知子は不思議そうな顔をして答えた。
「ええ、そうですけれど。どこかでお会いしましたっけ」
「かもしれませんねえ」
笑いながら浜子が言った。
いつのまにか、ラフながら一応人前に出てもいいような格好になっている。
進はわけがわからないだけでは気が済まず、ちょっとこの男の正体を探ってみようとした。
「なぜトーチカとチャペルがすぐ近くにあるか知ってますか」
「共に見晴らしがいいからでしょう。戦争の時は敵を見つけやすいように、平和な時はこの素晴らしい風景を見下ろせるように。同じ場所でも時代が違うとなんとそのありようが違うものでしょう」
「よくご存知で」
「これでもジャーナリストですから」
「へえ」
「この島で昔あった戦争で死んだ日本兵たちの多くは、それきりここに放り出されたままで、骨も日本に帰ることができないでいる。その骨を探しに遺族たちがやってくる。遺骨にこだわるというのは、かなり日本に独特の習俗らしくて、外国人には不思議そうな目で見られることもあるというがね。ともかく、戦争が終わって50年近く経っても、まだ探しにくる人たちは絶えることはない。それをずっと追い続ける必要があると思うのだよ。ジャーナリストとしては」
近くから声が聞こえた。
「あった」
進と知子と浜子は一斉に声のした方を見た。
収集団のひとりの年配の女性(佐智)が小さな塊を捧げるように持っている。
「父ちゃん、寂しかったろう」
とその骨らしき物体を抱きしめるようにしてぼろぼろ泣き出した。
「骨、なのかな」
進がおそるおそる口にしたのに対して、
「こんなに浅いところに埋まっていて、今まで見つからなかったというのもおかしな話だけど」
浜子が答えた。
「これがせり上がってきたからではないかな」
と、進はトーチカの腹を手のひらで叩いた。
「これがせり上がってきたのに巻き込まれて下にあった物が一緒に上がってきた、とか」
突然、怒号が飛んできた。
「ぺたぺた触るんじゃないっ」
佐智が弾けるように怒った。
「国のために戦って死んだ人の墓ですよ。亡くなった人を敬うということを知らないんですかっ」
「これ、墓なんですか」
知子が特に悪意がある調子でもなく返して、続けた。
「トーチカでは」
「な、な、な」
急激に血圧が上がってきたようだ。
「生意気な。これだから今の若い者は」
息が切れた。
改めて息を整えてからまくしたてる。
「どれだけの犠牲の上に日本の繁栄があると思ってるのっ。わたしたちは食べるものもないところから働きに働いて、戦後の日本の経済成長と繁栄を築いた。それも知らないでのほほんとすぐそばで眺めがいいチャペルで結婚式を挙げましょうですって?これでは日本の未来は暗いわ」
「あの」
と、知子があまり怒ったようでもなく答えた。
「戦争の犠牲と繁栄は別のことではないでしょうか。戦争がなかったらそのまま犠牲も出なくてスムースに繁栄できたのでは」
「なんですって」
また佐智は怒鳴りかけるが、怒り過ぎて言葉が詰まって出て来ない。
言い過ぎた、と知子も思ったらしいが、謝ろうにも言い出すきっかけがつかめない。
突然、トーチカの方から鋭い音がした。
堅いものがぶつかり弾けたような短い音だ。
皆、何だ、という顔を一様にしている。
しゅっ、と風を切る音がまた進の耳元をかすめた。
何だろう、と思うより先に、トーチカのコンクリートの一部が破裂したように剥がれた。
弾痕だ。
びしっびしっびしっと、いくつもの弾痕がコンクリートの表面を走った。
さらに空気を切ってくる物がある—、
五メートルと離れていない場所で砲弾が炸裂し、進たちが一斉に吹っ飛んだ。
—と、思ったが、轟音と爆発に思わず身を縮め、とびすさったのだが、身体にダメージは受けていない。
戸惑いながら、自分の身体に傷はついていないのを確かめる。
「爆発、だったよな」
進が誰に言うともなく、言った。
「弾が飛んできて、そこに当たった」
と、コンクリートの表面の傷を指した。
「初めから、ついていた傷じゃない?」
佐智が首をひねった。
またトーチカの銃眼の中からごそっという音がし、ぬっと重機関銃の太く長い銃身が突き出された。
まさか、とそこにいる人間たちが見守る中、機関銃はすぐそこにいる人間たちなどまったく目に入らない調子で轟然と火を吹いた。
一瞬、至近距離で銃弾を受けて、進も知子もばらばらになった。
と思ったら何事もなかったように元に戻っている。
あわてて引きちぎられた、と思えた身体の箇所をおのおの叩いて確かめた。
白昼夢のように、同じ場所に平和な人間たちに戦争で交わされる銃弾と砲弾が二重写しになっては、また消え去る。
「どうなっているんだ」
拡声器の声が風に乗って来る。
「死んではいけない、死んではいけない」
妙な訛りのある日本語だ。
「死んではいけない、バロン・キシ」
それを聞いて、佐智が妙な顔をした。
「バロン・キシ?」
さらに拡声器の声は続く。
もう風に乗って流れてくるのではなく、かなり近くから聞こえるのだが、拡声器そのものもその声の主も姿は見えないのに、声だけは聞こえてくる。
「ワタシタチはアナタをソンケイしている。死んではいけない、バロン・キシ」
そう言いながら、ぴしっとまたトーチカに着弾した。
「死んではいけないって言いながら、撃ってくるなよ」
「トーチカから出てきてほしいと、われわれは心からお願いする」
それに答えるように、どん、という音がトーチカの中からした。
一同は黙り、音のした方を向く。
またどんという重い音が分厚いコンクリートの内側から響いた。
戦闘中は銃を突き出すであろう横に長い穴から、何かが中で蠢いているのがうっすらと見える。
それから、それに比べると軽い音が続けて聞こえた。何か堅いものでコンクリートを叩いているようなガツンガツンという耳につく高い音が連続して、そして収まった。
突然、分厚いコンクリートの壁が外に向かって爆ぜた。
爆弾や砲弾による破裂とは違う、巨大な掌で内側から突き破られたような飛び散り方だった。
周囲にいた人間たちは思わず跳びすさった。
飛び散った大ぶりのコンクリートの塊と砂煙に囲まれたトーチカの分厚いコンクリートの壁にぽっかりと穴が空いている。
おそるおそる一同が集まってきたところで、奇妙な音が穴の向こうから響いてきた。
括、かつ、というコンクリートを堅いものが叩いている、軽めの音だ。
それに混じって馬のいななきが聞こえた。
一同は思わず顔を見合わせた。
なんでこんなところに馬がいるのか、という顔だ。
かつかつという音は、馬の蹄がコンクリートの床をギャロップしている音か。
それを人間の掛け声が鋭く破った。
「はいっ」
やおら、いななきが高らかに響き、ひとりの軍服を着た男が跨がった巨大な馬が、穴から飛び出してきた。
馬に翼が生えているのかと思えるほどの風がその巨体に伴って轟っ、と吹きすさんだ。
象かと見紛うばかりの巨大な馬だった。
それに乗っている男も、座っているにも関わらず威風堂々とした偉丈夫であろうことが一目でわかった。
長い強力な脚、背筋の強さを容易に伺わせるまっすぐ伸びた背筋、細身だがよじり合わせたような強靭な筋肉を式典用であろう美々しい軍服が覆っている。
収集団が一斉に嘆声を放った。
一様な服装といい、声の合わせようといい、ギリシャ悲劇におけるコロス(コーラスの語源)のようだ。
男が、拍車を鳴らした。
馬が巨体に似合わぬ身軽さでだっ、だっ、だっとトロット(速歩)で駆け出した。
あれよあれよと見送る一同。
馬の歩調が速くなり、キャンター(駆歩)に切り替わった。
人馬一体となったふたりは、そのままスピードを早め、ギャロップ(襲歩)となって大きな円を描いて周辺をぐるぐる駆けていく。
いつの間にか、走っていく前方に障害物が設置されている。
ふたりは、軽々とその障害を飛び越えた。
障害物はひとつではない。
いくつもいくつも、とても跳べそうにない高さのものを含めて、ふたりの前に立ちふさがっている。
しかしどれもいとも軽々と跳んでしまう。
ともに翼を生やしているかのようだ。
気づくと—
あたりの様子が変わっている。
風光明媚な自然の風景にかぶって、巨大なスタジアムの姿が現れる。
オリンピックが開催されているスタジアムだ。
広大なフィールドのそこここで各種の競技が開催されている。
そのひとつ、馬術での障害物の飛越競技を演じている。
進がふと気づくと、知子がほとんど陶然となっている。知子だけではなく、そこにいる収集団の女性たち全員がそうだ。
佐智ですら、そうなっている。いや、女性に限らず進自身がいささか魅了されている。
佐智が我知らず呟いた。
「なるほど、バロンだ…」        
「バロンって?」
「男爵。貴族よ。高円武一は本物の貴族だけど」
「高円武一って誰」
「ああ…」
佐智はため息をついた。
「1932年のロサンゼルスオリンピックの金メダリスト。馬上飛越競技、つまり障害物競走だな。馬術はヨーロッパが本家で、日本はまったくのノーマークだった。そこに無名の東洋人が現れて日章旗を掲げたのだから世界が驚いた」
幻のスタジアムから、どよめきと拍手が轟いてくる。
それに聴き入る日本人たち。
その中では進だけ置いてけぼりをくったようにきょとんとしている。
ふと気づくと、進以外の皆が小さな日章旗を振っている。
佐智だけは日の丸の旗だ。
「中途半端だな」
投げ捨ててから、話を続けた。
「彼の生い立ちから始めよう」
当時の日本と中国の地図が頭上の半球いっぱいに浮かび上がった。
「彼の高円英作は父親は大物外交官で、日清戦争の時の清の日本大使だった」
物々しいフロックコートに、ピンとはねた口髭を生やした険しい顔の男。
「初めての息子だったが、母親は昔の言葉でいう二号、お妾さんでね。腹は借り物って時代のことだ、跡取りを産んだら用済みってわけで手切れ金をやって追い出した。そういうわけで武一が小さい時は、父親は多忙で家に寄り付かない、母親はいないで、非常に孤独な少年時代を過ごした。その中で、まず凝るようになったのはラジオの組み立てで。それからもっと大きくなると生涯の友と出会うことになる。つまり、馬だ」
闊歩している巨大な愛馬と、それに跨がった武一。
「彼の愛馬になったウラヌスはイタリア生まれの、あの通り巨大な馬でね。彼以外が乗りこなすことはできなかった。彼は当時の日本人離れして背が高く脚が長く、しかもその脚の力が非常に強かった。あの巨大な馬は普通の日本人には跨がるのも難しいくらいだったが、彼だけは彼を乗りこなし、その強大な馬力を引き出し操ることができた」
「話が前後するが、彼が十二歳のときに父親が亡くなってね。莫大な財産が遺された。自由に振る舞えるようになって、ずいぶん社交的にもなったが、馬と一緒にいる時が一番だったようだ。それから恵まれた体格を買われて軍隊に入って騎兵になった。それからいくつかの馬を経てウラヌスと出会う。互いにとって運命的な出会いだったといえるだろう。オリンピックで金メダルを獲得したのは、もう言っただろう」
「ええ」
さらに佐智の長広舌は続く。
「もともとオリンピックというのはヨーロッパの白人社会の上流階級の、あえていえばエリート主義の産物で、近代スポーツ自体が、19世紀イギリスが起源といっていい。まあもとより、スポーツくらいできる人できない人の差の激しいものはないのだから、本質的にエリート主義的なものだけど。だから日本は世界の一等国として認められるために執拗にオリンピックにこだわり、日章旗を掲げることにこだわった。だから高円が金メダルを獲得した意義は大きかった。高円は軍人で、各国のライバルたちも軍人だったからなおさらその勝利は国の勝利と受け取られた。
それで、彼は国際的な名士になって、背か高くて押し出しが良かったこともあって、あちらの上流階級のパーティーに招待されて民間大使のような役割を果たすことも増えた。その意味では期せずして父親を超えたともいえる。
だけど、世界はどんどん戦争に傾斜していく。この次の1936年のベルリンオリンピックはナチスドイツのプロパガンダの舞台になった。映像とスポーツの組み合わせで国策を宣伝するのは、このオリンピックからだ。それはテレビ時代になっても続くことになる。いや、テレビというもっと大勢を相手にするメディアと結びつくことでもっと巨大化する。
話を戻すと、たとえば聖火ランナーという映画栄えのするイベントを始めたのはベルリンオリンピックで、のちになってナチスがポーランドなどを侵略するルートがこの聖火ルートになってたりする。ここは第三帝国の領土だとオリンピックと映画を通じて宣言していたわけね。そしてそのドイツのポーランド侵攻がつまり第二次大戦の始まり。
日本はそのドイツとあとイタリアと同盟を結びます。ヨーロッパで戦争していてもなかなかアメリカは参戦しないでいけれど、日本が真珠湾攻撃をかけたことで一転して参戦する。日本は初めは勝っていたけれどだんだん負けがこんできて追いつめられてくる。南方の島々を占領していたけれど、それも順々に奪われていく。
高円は大佐としてその島のひとつに駐屯し、アメリカ軍を迎え撃ったけれど、圧倒的な火力の前に追いつめられて、以後行方不明。戦死したと推測されている」
「その前に、アメリカ軍から死んではいけない、バロン高円、出てきて投降してほしいと呼びかけがあったという話だけれど」
横から割って入ったのは、諫早だ。
「そういえば、さっき彼が」
と、進は先ほどトーチカから飛び出してきた馬と騎兵を振り返ろうとした。
しかし、いつのまにかその姿はどこかに消えている。
「あれ、どこに行ったかな。とにかく彼が飛び出してくる前に妙な声が聞こえた。バロン高円、死んではいけない、バロン高円、我々はあなたを尊敬している。出てきて投降して欲しいと我々は心からお願いする、と。と。しかし、結局高円は姿を見せず、いつどう戦死したのか、あるいは自決したのかわからない。ちなみに、引退していた愛馬ペガサスはおそらく高円が戦死しただろうと推測される日の一週間後に、後を追うように息をひきとったわけで」
「ドラマみたいですね」
「そうだけれど、噂ですよ。噂。伝説」
あっさりと佐智は否定した。
「日本側にも、アメリカ側にもじかにそういう呼びかけを聞いた人はいません。それに、仮にそういう呼びかけがあったとしてバロンという言い方をしなかったでしょう。高円隊長たか、高円中佐といった言い方をしたはずです。軍人として対峙していたのだから。
ただ、どうしてそういう伝説ができたかはわからないでもありません。
戦争でボロ負けに負けてマジメに平和国家を目指していた頃の日本で、平和の象徴だったオリンピックでつちかった友情が戦場でも敵味方を超えて存在していた、という願いがこの神話を産んだわけでしょう」
一同がしんみりしているところに、いま話されている悲劇の主であるところの高円中佐がペガサスのたずなをとりながら闊、闊とやってきた。
「高円武一中佐ですか」
「そうだが」
「あなたは戦死したのでは」
「戦死?なんのことだろう。こうして脚もある。この」
と、乗っている馬をぽんと叩いて、
「ペガサスも入れれば六本もな。ははははは」
屈託のない笑い声をたてた。
「しかし、アメリカ軍と激しく交戦していたのでしょう」
「そうだったかな。よく覚えていない」
馬から降りないものだから、自然と見下ろす格好で話している。
「アメリカ軍から投降するように呼びかけられたという話が残っていますが」
「そうかもしれない。それで従ったのかな」
「従った?」
「投降した。だから助かった。死んで花実が咲くものか、とな」
また明るく笑う。
「陣地を死守するよう命令されていたのでは」
「ああそうだ、思い出したぞ。確かにそう命令されていた」
「ではなぜ」
「投降するのは恥ではない。少なくとも、欧米ではな。私は多くの欧米の上流階級の人たちとも交流が持てたが、彼らは合理的だ。実をいうと、日本の戦国武将たちもだ。勝負は時の運、武運つたなく敗れることはある。そこでムダに死に急ぎ、戦力を損耗するのは軍人のやることではない。私は投降し、生き伸びた。はずだ」
突然、笑いが消える。
「いいや」
ぶるっとペガサスが首をふるった。
「そうだ、私は死んだのだ」
うって変わって顔色が幽鬼のように真っ青になっている。
はるか彼方に星条旗が翻っている。
それに向かって、白旗を振る高円。
「だからこうして甦った」
熱にうかされたような口調で言った。
「死ぬには惜しいか」
「むろんだ」
馬上から手招きすると、知子がすうっと空中に浮かぶ。
「何、ちょっと、降ろして」
知子は驚いて空中で暴れる。
進はあれよあれよと見上げるしかない
知子はいったん大きく上がってから下降し、ペガサスの背、高円の前に跨がる。
ちょうどタンデムになるかのように。
「生き返ったら、何をしたい?」
「何もかもだ」
ぴしっと高円が拍車を入れる。
走り出すペガサス。
「おい、どうしたんだ」
狼狽する進を尻目に、高円と知子を乗せて颯爽と駆け出す。
「おいっ」
進が血相を変える。
「人の婚約者をっ」
構わず走り回るペガサス。
その上に跨がり、何かに取り憑かれたような様子の知子。
進の目の前で島の風景がパノラマのようにぐるぐる回転しだす。
南の島の風景に、再び競技場の幻影が重なってくる。
しかしそれは高円が前に出場したロサンゼルス大会のそれではない。
スタジアムを埋め尽くすのは、日本人の観客たちだ。
しかしそれは明るすぎて蜻蛉のように白くはかなく現れては消える。
歓喜に満ちて知子と相乗り状態でトラックを走り回る高円。
巨大な競技場がいつの間にか広がっている。
完成した競技場の姿だけではない。
建設中の鉄骨が剥き出しになった姿。
できあがってから時を経て手入れもされずに荒廃し、半ば廃墟となった姿、それら前後した時の競技場の姿が交互に、順番を無視して現れる。
それらをカメラに収め続ける佐智。
時にはスチルカメラ、あるいはムービーカメラと、とっかえひっかえして。
空いっぱいに新聞記事や白黒のニュース映像がプラネタリウムのように映写される。
「すすめ一億火の玉だ」
「GNP10.5%増」
「迷はで働け 明日は日本晴」
「贅沢は素敵だ」の「素」がついたり消えたりする。
さまざまなスローガンや見出しが、戦前戦中戦後を分類せず、順不同でごっちゃになって現れる。
そのさまざまな様相を変える時の中を走り回るペガサス・高円・知子と、それをどたどたと追って走り回る進。
「実際には、高円がオリンピックに参加したのはロサンゼルスだけで、以後は辞退した」
水をぶっかけるように佐智が言った。
「なぜだ。なぜ辞退しなくちゃいけないんだ。また勝てた。何度でも勝てた」
「これは命令だ」
いつのまにか軍服を着た諫早が言い放つ。
「戦いたい戦いをやめろと言って、戦わなくてもいい戦いを戦えという」
高円の顔が突然朱をさしたように赤くなる。
高円の顔がいつのまにか変貌し、悪鬼のそれになっている。
同時に知子が半狂乱になる。
ペガサスが竿立ちになり、知子が落馬しかけるが、高円はふわりと身体を宙に浮かせて知子を抱き寄せ、またペガサスに跨がって走りだす。
恐ろしい唸り声をあげて駆け回る。
ペガサスの目は火と燃え、口から炎が吹き上がる。
背景で小さくキノコ雲が上がる。
高円も同様。
むくむくと砂の下からミニチュアのビル群が次々と突き出てくる。
ミニチュアのスポーツ競技場も現れる。
怪獣映画の特撮シーンのよう。
いや、大小の関係が混乱して、ミニチュアのようでも本物の建物なのだ。
高円が駆るペガサスの蹄に蹂躙され粉々になる競技場。
諫早が土建屋の格好をしてビル建設を監督する。
それに従って作業をしているのは、佐伯や桃田といった収集団の面々だ。
ミニチュアのように見える小さい新しいビルが、駆け回るペガサスの蹄の下で蹂躙される。
怨霊、あるいはほとんど怪獣となったペガサス=高円が暴れ回る。
進はなんとかしようとするが、手につけようがない。
「まるでゴジラだ」
ぼそっと佐智がひとごとのように呟いた。
「なんだと」
腹が立って、進が佐智に詰め寄る。
「荒ぶる神とでもいうか。日本では生前徳の高い人間が恨みを呑んで死ぬと、荒ぶる神になる。古くは菅原道真みたいに、学問の神、天神になるような人が一方で雷神になって雷を落としまくって人を殺したりするように」
「わけのわからないことを言わないでくれ」
進は諫早を無視して知子たちを追うことにした。
「ちくしょう、どうするつもりだ」
気がつくと、知子の片手には日章旗が握られている。
さらに高円の手には星条旗がある。
大日本帝国陸軍将校が星条旗を持って走っている。
ビル群はいつのまにか時代を遡り、木造の住宅地になっている。
無数の炎が宙を舞って落ち、次々と家が燃え上がる。
振り回される星条旗で燃え上がる家々が薙ぎ払われる。
進や諫早は伏せてやりすごすしかない。
外壁が破れた塹壕からわさわさと日本兵たちが湧くように現れ出てくる。
ざっざっざっと歩調を合わせて行進する。
遺骨収集団も合流する。
ペガサスがぐるぐる走りまわるトラックを行進する。
それを歓声を上げて応援する大観衆。
あるスタンドは昭和十年代の服装をしている者が埋め、またあるスタンドは昭和三十年代の服装をしている者が埋め、そしてまた2020年代の服装をしている者たちが埋めているスタンドもある。
行進しているのは、もはや兵隊たちだけではない。
スーツ姿の企業戦士たち、ランドセル姿の小学生たちも行進している。
戦争と平和(だろうか)が同じ場所で渦を巻いている。
無数の国旗がスタジアムに翻っている—
それを圧して、巨大な星条旗が天蓋全体を圧して翻る。
ふっとそれが消え去ると、花火が上がる。
その爆発はいつしか高射砲の炸裂に変わり、また花火になる。
「オリンピックだあっ」
高円は背を思い切りそらせ、恍惚の表情で愛馬を走らせながら叫ぶ。
何十発目かの花火あるいは高射砲が炸裂した後、空から何かが大量に降ってくる。
紙幣だ。
円、ドルとりまぜて。
ひとり、トラックを逆方向に走る進。
—人間たちは誰も気づかないが、ペガサスの息が上がってきている。
高円はペガサスを止めて、下馬する。
知子は自分から半ば転がり落ちるように馬から降りようとして、高円に抱きとめられる。
高円は知子をお姫さまだっこした格好で、大股に歩きだす。
「やめてよっ、何するの」
暴れるが、強い腕力で畳まれているようで力が入らない。
歩いていく先には、教会がある。
諫早がまた牧師になって、待っている。
「ふざけるなっ」
進が全力で走り出す。
高円と知子が諫早の前で並んで結婚しそうな体勢になっている。
高射砲が炸裂する空に戦闘機が現れる—零戦、隼、紫電改。
それらが被弾したわけでもないのに、高度を下げ、地面に向かって急降下してくる。
スタジアム、東京タワー、それから国会議事堂が次々と特攻攻撃を受けて爆発炎上する。
進が思わず叫んだ。
「なんで、味方を攻撃するんだ」
「味方なものか」
高円が叫んだ。
「俺を殺したのはおまえらだ」
一段と大きな爆発が起き、もうもうと煙があがる。
煙が晴れると、高円が倒れている。
傍らにペガサスがいて、悲しげに鼻面を主にこすりつけている。
「おい」
駆け寄る進と、遅れてかがみこむ知子。
「死んでいる」
佐智が傍らで注釈をつけるように呟く。
「バロンがどうやって死んだのかはわからない。戦死か、自決か、それとも病死か。遺体も
ペガサスが顔を上げて、知子と目を合わせる。
うなずく知子。
「手伝って」
「何を」
「この子(ペガサス)に乗せるの」
と、高円の遺体を持ち上げようとする。
「どうして」
「いいから」
進は言われた通りに高円の大きな体をなんとか担ぎ上げてペガサスに乗せる。
ペガサスは一声いななくと、走り出して、硝煙の中に消えていく。
硝煙が晴れる。
青い空、白い砂、何もかも、ついさっきまでの平和な風景が広がっている。
チャペルの前には、遺骨収集団が集まっている。
こちらも何事もなかったように周囲の風光明媚な自然にカメラに収めている。
「どうしたんだ」
呆然とした体の進は知子に聞く。
「何が」
あっけらかんとした調子で知子が答える。
「いい眺め」
「覚えてないのか」
「何を」
きょとんとしている知子。
「みなさん、見たでしょう。いや、体験したはずだ」
収集団に呼びかけるが、皆きょとんとしている。
「覚えてないんですか」
「何を」
とぼけたような本当に何も知らない顔で答が返ってくる。
「見たんだ。この島で戦死したオリンピックの金メダリストの軍人がアメリカ軍で呼びかけられた通りに降伏して生き延びて無事またオリンピックに出られた光景を」
「そんなんじゃないでしょ」
いつからか傍らに来ていた佐智が水をかけるように言った。
「呼びかけたという事実もなければ、まして生き延びたという事実もない」
そう言われてちょっと黙ったあと、進はひとりでうなずくように呟いた。
「たしかにそんなはずはない。オリンピックに出られるのを喜んだりしていなかった。怨霊となって日本を祟っていた。なぜ祟らなくてはいけなかったんだ」
「俺を殺したからだ」
唐突に知子が野太い声で言ったのを聞いて、進はぎょっとした。
「どうしたの」
まじまじと自分を見つめ続ける進に、知子は何事もなかったようまた普通の声になって答えた。
進はおそるおそる知子に訊いた。
「あのさ」
「なあに」
「霊感あると言われたことない?」
「何、急に」
「ない?」
「割とあるけれど」
「だろうな」
「なに、どうしたの」
「なんでもない」
帰っていく収集団を見送る。
「では、予定通りでよろしゅうございますね」
牧師姿の諫早が聞いてきた。
「ああ、よろしく」
「よろしくお願いします」
三々五々歩き去っていく。
【終】