四季劇場・秋、2006年5月18日ソワレ。
1930年代のニューヨーク。銀行家を母に持つボビー(この日は荒川務)は周囲の心配をよそに踊ることに夢中でブロードウェイに入り浸り。今夜も興行主ザングラー(栗原秀雄)にタップダンスを売り込もうとするが、軽くあしらわれてしまう。ショービジネスから大事な跡取り息子を遠ざけようとした母親は、ボビーをネバダ州の田舎町デッドロックに物件の差し押さえに行かせる。ボビーはそこでその町唯一の女性ポリー(樋口麻美)と出会い…作曲/ジョージ・ガーシュウィン、作詞/アイラ・ガーシュウィン、台本/ケン・ルドウィッグ、振付/スーザン・ストローマン、演出/マイク・オクレント、日本語歌詞/和田誠・高橋由美子、日本語台詞/高橋由美子。1992年初演、1993年に劇団四季創立40周年記念演目として上演。
調べてみたら再演時の1994年3月日生劇場公演を観劇していました。
私は社会人になってから観劇生活を始めたので、その最初の頃に観た非常に思い出深い作品で大好きであり、だからこそ逆にその後ずっと観ないで封印しておいたのですが、今回久々に観てみて、もっと通えばよかった、これからは何度でも行こう、そしてかならず誰かを連れていって布教したい(笑)と思ってしまいました。
個人的な好みだけで言えばもっとちがう作品を挙げられるかもしれませんが、これはどこに出しても恥ずかしくない、万人にお勧めできるスタンダードであり、ザ・ベスト・ミュージカルです。初心者にはもちろん、見巧者にも楽しい舞台だと思います。幕間の休憩で私の背後の席に座っていたいかにもビギナーらしい若い女性二人組が、
「おもしろい! 『オペラ座の怪人』なんかよりずっと!!」
ともりあがっていたのにはちょっと笑ってしまいました。
ホントにそうだと思ったからです。話題だけで観劇初心者があの舞台を初めて観に行くのにはけっこうつらいものがあると思います。
でもこの作品はちがう。キャラクターもストーリーも設定も誰にでもすぐわかって絶対に筋を見失うことはなく、あっという間に引き込まれて、笑って楽しんで一直線、幸せな気持ちで観終わって、帰り道には「アイガットリズム」の鼻歌が歌えるくらいになっているからです。
幕開きの台詞はどんな舞台でも役者緊張のためか台詞が早口になることが多く、観客は聴き取るのが精一杯で話が捉えられなくて往生したりするものですが、今回はそこもクリアされていて、むしろゆっくりすぎるだろうと思えるくらいにていねいに発声されていました。すばらしい。
四季の舞台はいつもそうですが今回も修学旅行生が多く入っていて、ロビーがこむので私は嫌いなんですが、でもこれはこれくらいの若者が観劇するにはやはりいい作品だと思う。
まず、この作品はこれでもかこれでもかというくらいにキスシーンが出てくるのですが、これが性衝動に突き動かされている思春期の青少年の心をつかむかと(笑)。生で観ることなんか普通ないでしょ? それが目の前で生で、だけどフィクションとして、でも「恋」を表現するために演じられる。これは子供には衝撃だと思いますよ。
そしてフォーリー・ガールズのお色気。ダルマの格好に男子生徒はどっきりかもしれないけれど、これはセクシャルなものではない、と言うか彼らが知っているものとはちがうセクシャルというものがこの世にはあるのだ、ということが学習できるいいチャンスだと思うのです。
彼らにとって女体は隠れて鑑賞するものであり、それはいやらしくて悪いことで薄汚れているとされているからこそそうして隠そうとするわけです。でも本来人間の体とはただそれだけで美しいものであり、その美しさを鑑賞する中に、真の美としての色気、セクシーさ、妖艶というものもまたあるのだ…ということに気づけるのではないかしらん。「ノーティ・ベイビー」のセクシャルさが笑えるようになるということは大人になった証拠でもあるのです。がんばれ若者!
ポリーはマイ・ベスト・ミュージカル・ヒロインと言ってもいいのかもしれません。
田舎の下町娘で気風がよいという性格設定、「エンブレイサブル・ユー」や「バット・ナット・フォー。ミー」のナンバーのすばらしさ…
それにしてもラストの白いドレス、サイズが合っていないのか乳房がこぼれそうだったぞ!(爆)
そしてボビーも、いつか「ベスト・アクト・オブ・ボビー」というものをこの目で見てみたいものだと思ってしまいました。
作品がよくできているせいもあってほとんど型だけでやってしまえる主人公ですが、最初のうちの金持ちのボンボンの自信過剰っぷりや鼻持ちならない感じ、恋に舞い上がり一生懸命がんばっちゃう愛らしさ、夢と愛に敗れて一度は都会に戻って母親の仕事を手伝ったりしちゃう落ち込みぶりや自暴自棄のせつなさ、再度発ち上がる勇気…というものが、ホントに繊細に芝居心もふんだんに演じられる瞬間を、目撃したい…と思いました。
もしかしたら私はもう一回くらいは観劇しているのでしょうか…ブロードウェイ・オリジナルキャストのCDは愛聴しているのですが(それから比べると今回の演奏はホントに下手だった! こんなに下手な楽団は久々な気がしました。精進してほしい!!)、ずいぶんと日本語歌詞も覚えていました。
「今はダメ」「この恋、他にはいらない」「抱いて、私のいい人」etc…フシギだ。原曲に耳が馴染んでいるとどうだろう、という響きもないことはないのですが、オリジナル番演出家が「美しい」と許可を出したんだからOKの範疇なのでしょう。
私がとりわけ愛しているキャラクターはもちろんテス(今回は有永美奈子)です。
一点だけ残念だったのは、例によって周りの観劇マナーです。今回は隣の隣の席の人が足踏みをするのが床に響いて気に障りました。隣の席だったら絶対に一言言ってやったのになあ。
ノッてしまって自然と体が動く、というのは仕方がない。でもこの人は、わりと歳のいったカップルの女性だったのですが、明らかに「私はノッています」ということを周りにアピールするためにやっていた。
「私ノリノリなの、センスいいでしょ」ってことですね。
ときどきこういう、自分の感覚を周囲に追認してもらわないと自分に自信が持てない人っていますよね。ウザい。
それにあなたはプロではないしあなたのリズムは人に見せるレベルのものではない。やめてくれ。
そうだ、これはどこかで別の演目でだったかもしれないけれど書いたと思いますが、カーテンコールの手拍子はいいんだけれど、最後のフレーズは絶対裏打ちでやるべきだと思うんだけど!
あれじゃ踊っている方も演奏している方も絶対気持ち悪いと思う…それからすると日本人のリズム感なんてホントまだまだなんだと思いますよ、自分を棚上げして言いますが。ふう…
1930年代のニューヨーク。銀行家を母に持つボビー(この日は荒川務)は周囲の心配をよそに踊ることに夢中でブロードウェイに入り浸り。今夜も興行主ザングラー(栗原秀雄)にタップダンスを売り込もうとするが、軽くあしらわれてしまう。ショービジネスから大事な跡取り息子を遠ざけようとした母親は、ボビーをネバダ州の田舎町デッドロックに物件の差し押さえに行かせる。ボビーはそこでその町唯一の女性ポリー(樋口麻美)と出会い…作曲/ジョージ・ガーシュウィン、作詞/アイラ・ガーシュウィン、台本/ケン・ルドウィッグ、振付/スーザン・ストローマン、演出/マイク・オクレント、日本語歌詞/和田誠・高橋由美子、日本語台詞/高橋由美子。1992年初演、1993年に劇団四季創立40周年記念演目として上演。
調べてみたら再演時の1994年3月日生劇場公演を観劇していました。
私は社会人になってから観劇生活を始めたので、その最初の頃に観た非常に思い出深い作品で大好きであり、だからこそ逆にその後ずっと観ないで封印しておいたのですが、今回久々に観てみて、もっと通えばよかった、これからは何度でも行こう、そしてかならず誰かを連れていって布教したい(笑)と思ってしまいました。
個人的な好みだけで言えばもっとちがう作品を挙げられるかもしれませんが、これはどこに出しても恥ずかしくない、万人にお勧めできるスタンダードであり、ザ・ベスト・ミュージカルです。初心者にはもちろん、見巧者にも楽しい舞台だと思います。幕間の休憩で私の背後の席に座っていたいかにもビギナーらしい若い女性二人組が、
「おもしろい! 『オペラ座の怪人』なんかよりずっと!!」
ともりあがっていたのにはちょっと笑ってしまいました。
ホントにそうだと思ったからです。話題だけで観劇初心者があの舞台を初めて観に行くのにはけっこうつらいものがあると思います。
でもこの作品はちがう。キャラクターもストーリーも設定も誰にでもすぐわかって絶対に筋を見失うことはなく、あっという間に引き込まれて、笑って楽しんで一直線、幸せな気持ちで観終わって、帰り道には「アイガットリズム」の鼻歌が歌えるくらいになっているからです。
幕開きの台詞はどんな舞台でも役者緊張のためか台詞が早口になることが多く、観客は聴き取るのが精一杯で話が捉えられなくて往生したりするものですが、今回はそこもクリアされていて、むしろゆっくりすぎるだろうと思えるくらいにていねいに発声されていました。すばらしい。
四季の舞台はいつもそうですが今回も修学旅行生が多く入っていて、ロビーがこむので私は嫌いなんですが、でもこれはこれくらいの若者が観劇するにはやはりいい作品だと思う。
まず、この作品はこれでもかこれでもかというくらいにキスシーンが出てくるのですが、これが性衝動に突き動かされている思春期の青少年の心をつかむかと(笑)。生で観ることなんか普通ないでしょ? それが目の前で生で、だけどフィクションとして、でも「恋」を表現するために演じられる。これは子供には衝撃だと思いますよ。
そしてフォーリー・ガールズのお色気。ダルマの格好に男子生徒はどっきりかもしれないけれど、これはセクシャルなものではない、と言うか彼らが知っているものとはちがうセクシャルというものがこの世にはあるのだ、ということが学習できるいいチャンスだと思うのです。
彼らにとって女体は隠れて鑑賞するものであり、それはいやらしくて悪いことで薄汚れているとされているからこそそうして隠そうとするわけです。でも本来人間の体とはただそれだけで美しいものであり、その美しさを鑑賞する中に、真の美としての色気、セクシーさ、妖艶というものもまたあるのだ…ということに気づけるのではないかしらん。「ノーティ・ベイビー」のセクシャルさが笑えるようになるということは大人になった証拠でもあるのです。がんばれ若者!
ポリーはマイ・ベスト・ミュージカル・ヒロインと言ってもいいのかもしれません。
田舎の下町娘で気風がよいという性格設定、「エンブレイサブル・ユー」や「バット・ナット・フォー。ミー」のナンバーのすばらしさ…
それにしてもラストの白いドレス、サイズが合っていないのか乳房がこぼれそうだったぞ!(爆)
そしてボビーも、いつか「ベスト・アクト・オブ・ボビー」というものをこの目で見てみたいものだと思ってしまいました。
作品がよくできているせいもあってほとんど型だけでやってしまえる主人公ですが、最初のうちの金持ちのボンボンの自信過剰っぷりや鼻持ちならない感じ、恋に舞い上がり一生懸命がんばっちゃう愛らしさ、夢と愛に敗れて一度は都会に戻って母親の仕事を手伝ったりしちゃう落ち込みぶりや自暴自棄のせつなさ、再度発ち上がる勇気…というものが、ホントに繊細に芝居心もふんだんに演じられる瞬間を、目撃したい…と思いました。
もしかしたら私はもう一回くらいは観劇しているのでしょうか…ブロードウェイ・オリジナルキャストのCDは愛聴しているのですが(それから比べると今回の演奏はホントに下手だった! こんなに下手な楽団は久々な気がしました。精進してほしい!!)、ずいぶんと日本語歌詞も覚えていました。
「今はダメ」「この恋、他にはいらない」「抱いて、私のいい人」etc…フシギだ。原曲に耳が馴染んでいるとどうだろう、という響きもないことはないのですが、オリジナル番演出家が「美しい」と許可を出したんだからOKの範疇なのでしょう。
私がとりわけ愛しているキャラクターはもちろんテス(今回は有永美奈子)です。
一点だけ残念だったのは、例によって周りの観劇マナーです。今回は隣の隣の席の人が足踏みをするのが床に響いて気に障りました。隣の席だったら絶対に一言言ってやったのになあ。
ノッてしまって自然と体が動く、というのは仕方がない。でもこの人は、わりと歳のいったカップルの女性だったのですが、明らかに「私はノッています」ということを周りにアピールするためにやっていた。
「私ノリノリなの、センスいいでしょ」ってことですね。
ときどきこういう、自分の感覚を周囲に追認してもらわないと自分に自信が持てない人っていますよね。ウザい。
それにあなたはプロではないしあなたのリズムは人に見せるレベルのものではない。やめてくれ。
そうだ、これはどこかで別の演目でだったかもしれないけれど書いたと思いますが、カーテンコールの手拍子はいいんだけれど、最後のフレーズは絶対裏打ちでやるべきだと思うんだけど!
あれじゃ踊っている方も演奏している方も絶対気持ち悪いと思う…それからすると日本人のリズム感なんてホントまだまだなんだと思いますよ、自分を棚上げして言いますが。ふう…
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