今日は午後からみどり教室。そこで来るまでの間、ホームズで電動糸鋸でいかりの形に切る・・・って事なんだけれど、10時からなんで、ただ土曜日だし駐車場が混むだろうし・・・と、早めに到着して駐車場の確保から。案の定、良い場所は後2台って感じで無事にセーフ。
そんなこんな中、2時間半やって、後18枚って所まで来たんだけれど、みどりが到着したらしく、でも3時間までしか使えないし、後30分やった所で、終わる訳じゃないし・・・後1回やらないとならないのは一緒なんで、合流する事にして・・・・。
そこからはみどりと一緒にペーパー掛け・・・結局、それだけでおしまい・・・って感じだったのね。そうね、正直思った以上に時間が掛かるのね。

まずはいつもよりも深く彫っている事。深さとして倍以上なんで、単純にぺきぺき用なら、120枚彫れていた事になる。
しかもいかりの輪郭に沿って切る事が、いつもなら何と無く楕円みたいな感じよりも時間が掛かるのね。正直、今日も切り終わると思っていたのね。甘かったのね・・・でも、こう言う事が無いと、こんな事やる機会も無いし、良い勉強なのね。こんなに掛かるのかぁ・・・ってね。
しかも、ペーパー掛けにしても、2人で40枚程度で丸々半日・・・これで良くならなきゃ報われないわっ・・・って感じで、当然仕上がりには自信はあるものの、じゃこれを一体いくらで?となった時、作る事は何とかなっても、いくらですか?と聞かれてもやって見ないと判らないのね・・・。
何せ作る事が出来ても作れただけで、どんだけ手間が掛かるか?全く判らないのね・・・常に初めての事ばかりになるから。しかも手作業だからね・・・機械なら大量に作れば安くなるのかも知れないけれどね・・・。だからね・・・、こう言う機会が練習になるのね・・・。
まっ、いずれにせよ何とかメドが立って来た・・・そんな感じではある。そんな中、みどりは自宅で進めているみたいで・・・

良い感じに暗くなって来た・・・ここからいかに光が差すか?・・・なのね。そこにも常に言っている感じる事・・・が大事で、感じるとは?五感の話で、味で感じるのなら、しょっぱいだの甘いだの、苦いだのってあるが個人差がある。じゃどれ?・・・みたいな話。
しかも仮に甘いを選んだのなら、更にその甘味どんな感じ?なのね。そこを何々のように・・・と言えば、そこに比喩が入り、更なるお洒落感を出して見たり、直接表現として、そっくりそのままなんて形もあるだろうし、みどり位になれば、比喩の1つや2つ入れられないと、作品に深みが出ない。
そんな事も踏まえると、恐らく最後のキーワードになるだろうね。つまりその光は何か?みたいなね・・・向こうは明るいね・・・なら単純に多い方がもっと明るいね・・・だろうし、その光の比喩は何?って言った時、恐らく希望とか夢とか、未来とか、色んなのがあると思うんだけれど、その量。
ついついドサッと描きたくなるだろうね・・・親馬鹿だとね。だって幸せてんこ盛りみたいにね・・・でも、始まったばかり。扉もほんの少し開いただけ・・・開けた分よりもちょっと多いだけで良いんじゃないのかな?・・・ちょっと上乗せでね。それを大して開けてもいないのにドバッって・・・
当ててもね。腹八分目なんて言葉もあったりして・・・やり過ぎはしつこくなるし、あっさりでも物足りないんだろうし・・・ただ、今の自分の立ち位置は親馬鹿よりなのかな?・・・みたいに正しい自分の位置を確認した上でのさじ加減であり、思い込みのこれが普通・・・って判断は良く無い。
ただ以前よりは落ち着きがあるし、程良く良い感じになると、作品の重みが出ると思うのね。そして重みが出れば出る程に、カルビに当たる比喩の小さな生き物は利いて来るのね・・・緊張感の中でのホッとする部分だから・・・このやり方もお笑いの緊張と緩和のしくみと一緒。
人の五感って言うのは大抵が似ているものだから、そこの基準から自分らしさはそれより多めなのか?少な目なのか?なんて見つけ方もあると思うのね。まっ、これからは終盤なんで、どんな展開になるか?は見どころあるのね。
そんなこんな中、2時間半やって、後18枚って所まで来たんだけれど、みどりが到着したらしく、でも3時間までしか使えないし、後30分やった所で、終わる訳じゃないし・・・後1回やらないとならないのは一緒なんで、合流する事にして・・・・。
そこからはみどりと一緒にペーパー掛け・・・結局、それだけでおしまい・・・って感じだったのね。そうね、正直思った以上に時間が掛かるのね。

まずはいつもよりも深く彫っている事。深さとして倍以上なんで、単純にぺきぺき用なら、120枚彫れていた事になる。
しかもいかりの輪郭に沿って切る事が、いつもなら何と無く楕円みたいな感じよりも時間が掛かるのね。正直、今日も切り終わると思っていたのね。甘かったのね・・・でも、こう言う事が無いと、こんな事やる機会も無いし、良い勉強なのね。こんなに掛かるのかぁ・・・ってね。
しかも、ペーパー掛けにしても、2人で40枚程度で丸々半日・・・これで良くならなきゃ報われないわっ・・・って感じで、当然仕上がりには自信はあるものの、じゃこれを一体いくらで?となった時、作る事は何とかなっても、いくらですか?と聞かれてもやって見ないと判らないのね・・・。
何せ作る事が出来ても作れただけで、どんだけ手間が掛かるか?全く判らないのね・・・常に初めての事ばかりになるから。しかも手作業だからね・・・機械なら大量に作れば安くなるのかも知れないけれどね・・・。だからね・・・、こう言う機会が練習になるのね・・・。
まっ、いずれにせよ何とかメドが立って来た・・・そんな感じではある。そんな中、みどりは自宅で進めているみたいで・・・

良い感じに暗くなって来た・・・ここからいかに光が差すか?・・・なのね。そこにも常に言っている感じる事・・・が大事で、感じるとは?五感の話で、味で感じるのなら、しょっぱいだの甘いだの、苦いだのってあるが個人差がある。じゃどれ?・・・みたいな話。
しかも仮に甘いを選んだのなら、更にその甘味どんな感じ?なのね。そこを何々のように・・・と言えば、そこに比喩が入り、更なるお洒落感を出して見たり、直接表現として、そっくりそのままなんて形もあるだろうし、みどり位になれば、比喩の1つや2つ入れられないと、作品に深みが出ない。
そんな事も踏まえると、恐らく最後のキーワードになるだろうね。つまりその光は何か?みたいなね・・・向こうは明るいね・・・なら単純に多い方がもっと明るいね・・・だろうし、その光の比喩は何?って言った時、恐らく希望とか夢とか、未来とか、色んなのがあると思うんだけれど、その量。
ついついドサッと描きたくなるだろうね・・・親馬鹿だとね。だって幸せてんこ盛りみたいにね・・・でも、始まったばかり。扉もほんの少し開いただけ・・・開けた分よりもちょっと多いだけで良いんじゃないのかな?・・・ちょっと上乗せでね。それを大して開けてもいないのにドバッって・・・
当ててもね。腹八分目なんて言葉もあったりして・・・やり過ぎはしつこくなるし、あっさりでも物足りないんだろうし・・・ただ、今の自分の立ち位置は親馬鹿よりなのかな?・・・みたいに正しい自分の位置を確認した上でのさじ加減であり、思い込みのこれが普通・・・って判断は良く無い。
ただ以前よりは落ち着きがあるし、程良く良い感じになると、作品の重みが出ると思うのね。そして重みが出れば出る程に、カルビに当たる比喩の小さな生き物は利いて来るのね・・・緊張感の中でのホッとする部分だから・・・このやり方もお笑いの緊張と緩和のしくみと一緒。
人の五感って言うのは大抵が似ているものだから、そこの基準から自分らしさはそれより多めなのか?少な目なのか?なんて見つけ方もあると思うのね。まっ、これからは終盤なんで、どんな展開になるか?は見どころあるのね。