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katsuまるはだかぁ 芸術家への道

モザイクアート一直線のkatsuの日記

またね・・・ノア教室

2016-03-23 06:22:17 | モザイク教室
今日は午後からノア教室。今月、後2回来ると転勤となってしまった・・・・それまではイベント下地のペーパー掛け。


そんなこんなのお教室・・・・すると、先生・・・・最後になっちゃいました・・・・って。どうやら引越しとか色んな事があって、来られなくなったらしく、今日が最終日になったみたいなのね。そっか・・・残念なんだけれど・・・・それじゃやろっかって事になる。

ちょっとフイを付かれたような感じはあったけれど、少しずつこんな事があった、あんな事があった・・・・そしてこれから・・・と言うような話はして来たし・・・・俺は俺なりに区切りみたいな気持ちは作っていた・・・・。だから・・・・。でも・・・・。

そんな中、キウイがやって来て・・・・もしかしたらノアさん最後かと思って・・・・って。湿っぽくなってしまうような雰囲気を一転させた。
するとノアが、先生のブログで言っている意味が良く判ったって・・・・。でしょ・・・独特だからね・・・・キウイは。

そんなキウイさんみたいになりたい・・・って。そりゃ大変だわっ・・・そうなるには、まずモザイクが上手く無いとね。でも、向こうに行ってもモザイクを続けるって言うのだから、またきっと会う機会はある。途切れてしまうか?そうで無いか?は気持ち次第であって、けれど気持ちがあっても、

伝わらないと意味は無いし・・・・じゃ伝えるには?・・・となった時、ここはモザイク教室なのだから、モザイクをする事が全てだし、作品は自分自身と言うのなら?・・・・その作品を観れば、その作者の心意気が伝わるはず。何故なら同じモザイクをやっているのだから・・・・。

これだけやるには・・・・楽々遊びな気持ちではない。かと言って、必死に来る日も来る日も毎日やっているでも無い。ただ、こんな簡単な比較では判らない。でも必死じゃなくても、少なくともこれだけの作品を作るには?・・・・コツコツと何年も積み上げて来たって事。

結果を焦らず、無理もせず、コツコツと・・・・気長に。かと言って諦めず・・・・美しいが一番ってね。そんな作り方をしていると、キウイのように手のひらくらいの大きさのお雛様も遊びのような、しかも子供でも切れるぺきぺきで、何年もやっている・・・そんな事も出来たりする。

しかもたったそんな大きさであっても、凄い・・・と言わせる腕がある。出来た・・・ってだけじゃなくてね。それは美しい・・・が全てだし、かと言ってモザイクだけの人でも無い。余裕って言う部分では、必死過ぎない余裕とか余白とか、余・・・つまり余った時間って感じなんだろうね。

自分の時間の中の1つ・・・って感じで。ただこれが色んなもの作りをやっていたりする人もいるんだけれど、その人は気が付かない事が多いので、良く言う事は、モザイクは無理してやらないで・・・・あくまで合間で・・・ってね。そもそももの作りが好きだから・・・・って言うんだけれど、

確かにそうなんだけれど、それはサンプルがあって真似をするとか、キャリア、経験値で解決するようなものだったり、オリジナルを考えながら作る、サンプルなど何処にも無い・・・そんな事はほぼやり慣れていない事になる。それを好きだから・・・で毎日根詰めてやれば質より量になりがち。

しかしそれも最初の頃なら、素振りやボールに慣れる、ステップ、書く、拭く、弾く・・・何でも最初は道具に慣れる事だから、特訓的にやるのも良いだろう。がしかし、段々と目が肥える。そうなると、良いものが作りたくなる。じゃ良いものとは?・・・・

これが真似る良いものなら、似ているか?似ていないか?になる。それが技術。しかしオリジナルは自分自身。自分の考えている理想を見つけないとならないし、それが出来るかどうか?の判断もいる。だからその判断の目を俺がやっているのだけれど・・・・。

それにはまず自分の思い描くものを伝えられるかどうか?・・・しかも抽象的でなくてね。少しだとか、大体とか、こう言う言葉は凄く便利でその癖相手任せ・・・・ほぼ伝わらないのね。都合の良い曖昧な言葉だからね。ただ以心伝心だとかアイコンタクトだとか、長年暮らした仲の良い夫婦とか、

そう言う関係にまで発展すると、あれ、それ、これ・・・とか目の動き1つで・・・はいお茶ね・・・って判るもの。少しとか大体とか曖昧な言葉はそう言った人達の出来る業なんだけれどね。何故こんな話になっているのか?・・・って言うのは簡単で、これが今日の一番大切な事だから。

今までは目の前で聞けた。気が変わっても俺がいたし、タイルもそこにあった・・・・でも、これからは変更はそうそう利かない。何故なら自宅では持っているタイルのみになるから。つまり購入時に全てが決まるのね。気が変わるは許されない。

1段階上の人にならないとね。今までと違うのは環境だけじゃなくて、気持ちも・・・なのね。ここを離れると無くしたものがタイルだけ・・・って言うのであれば、先生はいっぱいいるし、趣味だの楽しみだって言うのなら、十分楽しめるようになったはず。

ただこの作品を教えて・・・と言ったら、中々教えるのは難しいだろうね。正直、俺もここまで来た人に教えるのは容易では無いのだから。
でもそれでも続けるには、今までは違う何か?を持っていないと・・・・勿論、今はネットで動画も観られるし、かぐやが大阪に行った時よりも、

条件ははるかに良い。けれど本当に必要でここを離れる人の気持ちはいつでも一緒で、機能性って話しとは違う部分がある。そこにいるかいないか?ってだけでも本当に信頼関係があったりすると、それはとても大事な事だったりもする。

要するにどれだけマイナスになるか?・・・・そして何をプラスに出来るか?その差し引き分を何で埋められるか?・・・・になる。
何故こんな事まで発展するか?は簡単で凄い作品だから。簡単な作品なら辞める事も適当に完成させる事も出来るが、自分の許容範囲をも超えるような

そんな作品だから。このままの質で終わりたい・・・そう思うから。でも今までも自宅で進めた人。困ったら止まって聞く・・・そうしてくれれば、大きなミスは無くなるだろうし、後はもしかすると定期的に今日はモザイクの日・・・みたいな1ヶ月に1回通っているような時間を作るのも手かな?

いずれにせよ、そんな事を繰り返して長く続けて、その中で上手くなり、お教室の手伝いやら、みんなで・・・みたいな事に参加して、今のキウイがあったのなら?・・・・と考えれば、キウイはただ上手いだけの人では無いって事なのね。

ただ確かにキウイは近所って利点はある。がしかし、かぐやのように大阪で1人でも、あれだけ上手くなれる・・・と言う事の先人もいる。
いずれにせよ、続けるには・・・・と思っている間は気って部分では、マイナスとは思わない。離れているからこそ・・・って思いもある。

ただそんなこんな事ばかりでは重くなりがちだったが、キウイのお陰でムードも変わって助かったのね。そんなこんなのノア教室・・・・。
最終日はかぐやを送ったように、またね・・・・って手を振って見送った。

その後はイベント下地のペーパー掛け・・・・

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