柿上猿麻呂の「花、菜園、旅」の週刊フォトニュース

自宅や菜園で栽培している花や、植物園などで撮影した花の写真を週単位で紹介

891号 昭和生まれの老翁の面白話。第32話 「多すぎる犬、猫」。今週の一花  ペチュニア ‘ピスタチオクリームレイ’ 

2024年05月30日 10時34分17秒 | お知らせ

昭和生まれの老翁の面白話。第32話 「多すぎ宇犬、猫.」

A雄とB子は浦和市のおんぼろ一軒家を借り、共同で雑誌、単行本などの原稿書きや編集業務代行をしていました.B子は頭がよく、容姿端麗で夫がいましたがA雄はB子に惚れていて、頭が上がらず、B子の尻にひかれ何事もB子主導でした。B子が言うには「A雄は私の呪縛から逃れられないのよ」と言いました。A雄とB子は犬、猫が好きで、仕事場で猫23匹、犬1匹を飼っていました。いずれも、散歩道で拾った捨て猫や犬で目や手足などに障害があるものが多かったです。散歩をすると捨て猫や犬、巣から落ちた小鳥などが目につくそうで、かわいそうと言って見境なく、拾ってくるそうです。ところがA雄はひどい犬、猫アレルギーでいつも鼻をずるずるし、目をショボショボしていました。

これらの犬、猫が仕事場の狭い所に飼われていました。仕事をしているとこの犬や猫が遊んでくれとちょっかいを出してきて膝に乗ったり、パソコンのキーを踏んだりして、仕事にならないのです。そこで仕方がなく、大きな犬用のサークルを買ってきて、その中に座卓を置きそこで仕事しました。犬、猫はサークルの外にいて、中に人がいるという、逆転現象が起きた状態で仕事していました。「こんなに犬、猫を拾っては餌代や病院の治療代が大変だろう」と聞いたところ「1匹拾うと不思議に餌代や治療費分に似あった仕事が増えるの」と言っていました。遊びに来るように呼ばれてもあまり行きたくない職場でした。

今週の一花  ペチュニア ‘ピスタチオクリームレイ’

 ペチュニア ‘ピスタチオクリームレイ’ 緑花のペチュニア。

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890号 昭和生まれの老翁の面白話。第31話 「自信過剰の女」。今週の一花  ロベリア ‘カリブアイス’

2024年05月23日 12時01分45秒 | お知らせ

昭和生まれの老翁の面白話。第31話 「自信過剰の女」

B子は背が高く男気を引く風貌でなかなかの美人でした。「私は東大なんか簡単に入れるので大学なんか馬鹿らしくていかなかったの」と言う、大変な自信家でした。このセリフは東大に受かってから「授業が面白くないのでやめたと言え」と言いたくなります。確かに、彼女の書く文章は機知に富んだ頭の良さを感じさせるものでした。

初対面の時、小生が電話番号を教えると「はい」と言っただけで手帳に電話番号を書きません。小生が「電話番号をメモしないの?」と聞くと「覚えたからもういいの」と言うのでした。

「忘れないの」と聞くと「忘れない」と言います。「どうしてかな?」と聞くと「文字や数字、音に色がついているの、文字と色の組み合わせで覚えているから」と言いました。確かに土曜日の土は「青」、日曜日の「日」や祝日の「祝」は赤と言うことはわかるとしても文字、数字、音に色の付いた状態で見える感覚はにわかには信じられませんでした。このような感覚を共感覚(→検索)というそうです。そのような人は人口の数パーセントいるそうです。低気圧、高気圧にも敏感で、明日は低気圧で雨、気分が悪いなどと言います。

こうすれば男はこうすると読み切って男心を弄ぶようなところありました。彼女と話している時突然「あなた、今、私と寝たいと思ったでしょう」と言われたことがあります。なんとなくそのように思っていたので、図星で言われ赤面したことがあります。小憎らしい女でした。その後、彼女は体調を崩して千葉の実家に帰り、音信不通になってしまいました。頭も大事だが健康も大事です。

今週の一花

 ロベリア ‘カリブアイス’ 

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889号 昭和生まれの老翁の面白話。第30話 「友人の祖母」。今週の一花  デロスペルマ

2024年05月16日 13時50分53秒 | お知らせ

昭和生まれの老翁の面白話。第30話「友人の祖母」

友人の家系は代々名主(関西では庄屋、北陸、東北では肝煎)の家系でした。祖母は一人娘でした。何事も使用人や小作人がやり「蝶よ花よ」と何不自由なく育てられ、やや我がまま所がありました。

長じて婿を迎えましたが両親も亡くなり、自分が世帯を受け継ぎ家事をやらなければならなくなりました。毎日、朝夕、仏壇のご先祖様にお参りして、ご飯やお茶をささげなければならなくなりました。それを大変面倒がりました。「こんなものがあるから毎日、面倒な事をしなければならない」と言って、仏壇のご先祖様の位牌を大雨の降った日に近くの川に捨ててしまいました。これですっきりしたと思っていたところ、数日後、近所の人が「お宅の大事なものが川岸にありました」と届けてくれたそうです。祖母はガッカリしたそうです。また、町医者に行った時子猫がいたので「かわいいね」と言ったところ、その子猫を飼ってと押し付けられたそうです。祖母はこんなもの面倒だと言って帰りに川に捨てたそうです。無慈悲です。しかし、「海の幸」で有名な洋画家青木繁が放浪の旅で、栃木県に来た時面倒を看てお礼に肖像画を描いてもらったそうです。あわれな放浪画家の面倒見る慈悲の面もあったようです。肖像画の価値はいくらくらいになるのか?ゲスの心配です。

今週の一花 デロスペルマ ‘ルビー’

 デロスペルマ ‘ルビー’ 多肉植物。

 

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888号 昭和生まれの老翁の面白話。第29話 「義妹」。今週の一花  ネメシア

2024年05月09日 08時58分30秒 | お知らせ

昭和生まれの老翁の面白話。第29話「祖母」

祖母 祖母は大津市膳所(ぜぜ)地区では膳所小町と呼ばれるほど品の良い美人でした。祖父は細身で背が高く、病院の薬剤師をしていました。八字ひげを蓄え、病院の職員の記念写真では後ろの一段高い所に立つ人より顔が高くあり、美男でした。残念ながら小生は矮躯で美男美女のDNAはカケラもつながっていないのが残念です。

祖父は大正時代でしたが日本赤十字社滋賀支部病院の薬剤師と共に大津市丸の内町で薬局を経営していました。以後、公務と薬局の併営はいけないとのことで病院を止めました。薬局の経営は美人の叔母の人気ではやりましたが暗転、祖父が肺結核にかかってしまいました。店主が肺病にかかるような店では薬は買わないと客足が遠のきました。その後祖父は肺結核で死亡。貧困家庭に転落。子供、3男2女の内、次女と三男が相次いで肺結核で失いました。祖父の死後。祖母は薬局の免許がないので薬店を開業しました。未亡人で美貌、社交的な祖母には沢山の男友達ができ、好意の援助を受けたそうです。思想家の杉浦重剛(すぎうらじゅうごう)(思想家、明治、大正時代の国粋主義教育者。昭和天皇、秩父宮親王、高松宮親王に帝王学を進講する。小生は写真を持っている)。京都北野にあった精神病院の院長、大金持ちの中小企業の社長などです。祖母は事のほか小生を愛してくれ、祖母が遊びに行く時はどこに行くにも連れて行ってくれました。特に国鉄塚本駅近くにあった記憶する大衆劇場にドサ周りの劇団が来ると見に行きました。演劇のほか綱渡りのようなサーカスまがいのこともやっていました。祖母は我が母とはうまくいきませんでしたが事のほか小生を可愛がってくれました

今週の一花 ネメシア

 ネメシア ‘チョコバナナ’

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