昭和生まれの老翁の面白話 第5話 「鍵かけたかな?」
山田(仮名)さんは京王線初台駅(新宿より一つ目に駅)近くの古い、アパートの一室を借り、小さな出版社を経営していました。いつも、夜、遅くまで仕事して、鍵を掛けて帰るのですが、経費節減のため京王線を利用せず、会社から新宿駅まで徒歩で帰ります。会社から山手線新宿駅まで徒歩約20分。新宿駅までの途中まで来ると会社の、鍵をちゃんと掛けたかな?と心配になり、会社に戻り、古いアパートのドアーをガタガタとゆすり、施錠を確認し帰ります。ところが途中で来るとまた、本当に、掛けたかなと心配になり、戻ってドアーをまた、ガタガタとゆすって確認します。いつも2~3度はそのようにしないと気が休まらなかったそうです。会社には盗られて困るような金目などは全くないのですが、その頃は、原稿を原稿用紙に書く時代でした。もし、筆者から預かっている原稿を盗られたらおおごとなので、掛けを鍵掛けを気にしていたそうです。そのようなことを毎日、毎日続けていたところ、ある日、いつものようにドアーをガタガタと揺すって鍵かけを確認していると、ドアーが突然壊れて、いきなり自分の方に倒れ掛かってきて暁天したということです。
今は何でもパソコンやメールで済ませる時代です。最近、ある出版社に入社した若い編集部員が年取った筆者から「原稿用紙をくれ」と言われて「原稿用紙ってなんですか?」と上司に聞いたそうです。以前は大手出版社では著名な作家などにはその作家専用の原稿用紙が用意されていましたが、今は普通の原稿用紙でさえもありません。鉛筆をペロペロなめ、頭を抱えながら原稿用紙に文章を書く時代はとっくの昔に終わりました。今は原稿を失っても筆者側のパソコンに残っているので安心です。出版社でもパソコンやメールができない人には仕事を出しません。パソコンやメールに対応できなくて仕事を失ったり、あきらめた人を多く知っています。
今週の一花 サラシナショウマ
サラシナショウマ。花がビン洗いブラシのような形が特徴。薬用植物。