goo blog サービス終了のお知らせ 

書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

李迪 『梅文鼎評伝』

2014年06月12日 | 伝記
 李迪《梅文鼎评传》(南京大学出版社 2006年3月)を読む。とくに「第六章 梅文鼎的“征之于实”与“会通中西”思想」「第八章 梅文鼎的数学思想」。
 彼の演繹は『幾何原本』から来たという主張はよしとして、彼におけるそれが不十分不徹底であるのは、彼が「中西会通」と「中学西源」の信念をその精神に同居させて怪しまなかった事実と関係はあるか。

池田信夫 blog 「法とは政治である」(2014年02月02日00:50)

2014年02月02日 | 社会科学
 「その正義は**で脱構築できる」といえるような**が存在しないことを証明したとき、それは絶対の正義だが、そういう正義は存在しない。

 法の正しさを慣習(コモンロー)が保証するとしても、その慣習が正しいことをどうやって証明するのか。

 つまり法とは条文の形式をとった特定の集団の信念や政治的利害の表明であり、それ自体が正しいかどうかを論じることには意味がないのだ。

 絶対の正義は存在しないので、あとはみんなで何を信じるかという問題しか残らない。


 自然法と関連づけての議論は?

Linda Benson/Ingvar Svanberg "China's Last Nomads: The History and Culture of China's Kazaks"

2013年11月21日 | 地域研究
 '3. China's Kazaks, 1912-1949'。おかげでオスマン・バトゥル Osman Batur のことがすこし解ったと思う。

11月25日付記。
 東トルキスタン共和国亡命政府のウェブサイト(日本語版)に「チュルク人世界研究基金がオスマン・バトゥル記念会を開催した」という記事があるが、 そこには、こう書かれている。

  オスマン・バトゥル(カザフ族、1889年~1951年)はアルタイ山の英雄の子孫である。強い信念と不屈の精神を持ち、中国共産党侵略者と ロシア共産党侵略者の悪行を憎み、東トルキスタンの解放と独立の為に身を捧げた。

 文中、ロシア共産党ではなくてソ連共産党であることを別にしても、この説明はいかがなものか。オスマン・バトゥルは、その理由や背景はさまざまに解釈・推測されるとはいえ、1946年以降、東トルキスタン独立運動(少なくとも共和国側)からは距離を置き、それどころか敵対している。

( M E Sharpe Inc., Apr., 1998)

福本勝清 「アジア的生産様式論と日本の中国史研究」

2013年07月29日 | 東洋史
 『明治大学教養論集』370、2003年3月、51-89頁。

 戦後マルクス主義中国史学、いわゆるオワコンの総括である。要は教条主義者と、権威主義者と、大勢順応主義者の足跡である。流れに乗って進むにしろ流れに棹さすにせよ、己の信念と責任で動いたのは増淵龍夫、守屋美都雄、また浜口重国、谷川道雄など、少数だったらしい。

桓寛撰 王利器校注 『塩鉄論校注(増訂本)』

2013年02月25日 | 東洋史
 議論そのものだけを読めば政府側の圧勝の筈なのに、「大夫(桑弘羊)黙して応えず」とか政府側が論破されたかのような、いらぬ結語が末尾に付く。編者桓寛は明らかに文学・賢良(=儒学者)側に立っている。それとも淡々とした議事録のような体裁のこの書のなかで、ときおり最後に取ってつけたように付されるこれらの描写は、桓寛の自己保全のためのアリバイなのだろうか。校注者の王利器が注釈のなかで毛沢東の名と発言を引用するがごとく(例えば「備胡第三十八」456頁)。

 孤子語孝,躄者語杖,貧者語仁,賤者語治。議不在己者易稱,從旁議者易是,其當局則亂。 
 孤子は孝を語り、躄者は杖を語り、貧者は仁を語り、賤者は治を語る。議己に在らざる者は称し易く、旁より議する者は是とし易し。其の局に当たるときは則ち乱る。 (「救匱第三十」本書405頁。訓読は曽我部静雄氏訳注『塩鉄論』岩波書店による)

 この一語(桑弘羊の発言)で、実は議論は終わっている。現実の必要と現状の認識から出発している政府側に対し、儒学者側は、とにかく儒教の教えを絶対の真理として振りかざして、「昔はよかった」「昔の通りにせよ」「昔と違うから間違っている」と言うばかりの身も心も硬直したお気楽な阿呆さ加減は筆舌に尽くしがたい。もしかしてこれは統制を嫌う民間の商人の利益を代弁でもしているのかと勘ぐってみたが、残された史料からはその証拠となるようなものは得られなかった(この校注は後半部に歴代の関係史料を網羅して引用してくれているので有り難かった)。この書に記録された彼らの口吻から察する限り、彼らは本気だったと思う。信じていたのである。

 大夫曰:「盲者口能言白,而無目以別之。儒者口能言治亂,而無能以行之。夫坐言不行,則牧童兼烏獲之力,蓬頭苞堯、舜之。故使言而近,則儒者何患於治亂,而盲人何患於白哉?言之不出,恥躬之不逮。故卑而言高,能言而不能行者,君子恥之矣。」
 賢良曰:「能言而不能行者,國之寶也。能行而不能言者,國之用也。兼此二者,君子也。無一者,牧童、蓬頭也。言滿天下,覆四海,周公是也。口言之,躬行之,豈若默然載施其行而已。則執事亦何患何恥之有?今道不舉而務小利,慕於不急以亂群意,君子雖貧,勿為可也。藥酒,病之利也;正言,治之藥也。公卿誠能自強自忍,食文學之至言,去權詭,罷利官,一歸之於民,親以周公之道,則天下治而頌聲作。儒者安得治亂而患之乎?」
 (「能言第四十」本書468頁)
 
 口先だけでいくら立派な理想を唱えても、実際に何もできなければ(貴殿らのように)、それこそ君子として恥というものではないかという桑弘羊の、これも極めつけの引導に、「口で立派な理想を言えて、実際には出来ない者こそ、国の宝なのだ。実務ができるが弁が立たないというでは国家有用の人材でしかない。この二つを併せ持ってこそ、君子たる」などと、訳のわからないそれこそ口先と調子だけの屁理屈で返して平気なところにその“信念”が窺える。

(天津古籍出版社 1983年12月)

「サイエンス2.0」 を読んで

2012年01月19日 | 人文科学
▲「池田信夫 blog part 2」2012年01月19日 11:40。
 〈http://ikedanobuo.livedoor.biz/archives/51768924.html

 自然・社会科学のことは知らないが、人文科学の論文には、査読はいらないかもしれない。すでに相互査読のようなものだし、あっても、つまるところ根拠さえ押さえておけば解釈の違いということで、結局はけなしあい、足の引っ張り合いになると内輪話を聞いたことがある。
 その内輪話がどこまで正しいのかはしらないが、そもそも解答が一つではない人文科学、さらに演繹を使わず帰納ばかりを専らにする歴史学(私が知るのは東洋史学)なら、ありうべき話だろうと思った。(ついでに言えば文献史料を重視しないポストモダン系の歴史学派では、この傾向が一層甚しいらしい。)
 私は翻訳をしているが、翻訳というのは人文科学よりもさらに客観的な判断基準がない。あからさまに文法的に誤訳してなければ――あるいはよしんばそうであったとしても――、「文脈を踏まえた意訳」「文学的見地からの超訳」などと、いくらでも弁護できるし、またそれらの弁護には一理あることが多い。というか、私もそうだが大抵の翻訳者は「この原文にはこの訳文こそ」と、信念とそれを支える根拠をもって仕事をしているので、それぞれが正しいといえば正しいといえるのである。
 ここで話はまた元に戻るのだが、解が複数ありえる(あるいはその状態と好しとする)学問分野では、査読は基本的に必要ないと、私は思う。論文発表後の相互批評・批判あるいは論争で十分だろうと思うが如何。

「朝鮮中央通信社論評、 卑劣な連中の醜悪な謀略・中傷」(平壌1月14日発)

2012年01月15日 | 
 〈http://www.kcna.kp/goHome.do?lang=jpn〉 

 南朝鮮(韓国)が卑劣醜悪なら、あなたがたは粗野野蛮でしょう。野卑と言ってもいい。まったく、韓国はおろかさらに品のない中国でも掲示板(「なにやら論壇」)あたりでしかみられない下品な言葉遣いを、国営メディアが平気でするのだから。
 以下引用。

【平壌1月14日発朝鮮中央通信】われわれに対する南朝鮮かいらいの謀略宣伝が、これ以上我慢できない境地に至っている。

昨年12月の哀悼期間、李明博逆賊一味の御用メディアは、父なる総書記の逝去の時間と場所をめぐって無作法にも罰当たりなほらを吹いた。

弔意の場で流す涙は「強要された悲しみで、演出されたもの」だの、何のと言ってわが人民の高潔な血の涙を冒とくした。

それにも満足せず、今やわれわれが「追悼行事の際、泣かない住民を収容所に送ったとし、脱北を試みる場合、3代を全滅させろと軍部に命令した」という歯ぎしりする謀略・中傷まで流している。

同じ天のもとで生きることをやめた背徳漢らの身の毛のよだつ妄動にこみ上げる憤激を禁じ得ない。

特に、謀略報道の時点をわれわれの大赦令発表日と一致させ、その内容も大赦令と巧妙に対峙させたのは悪態と虚偽ねつ造に長けている卑劣な連中だけが働ける悪行である。

逆賊一味はわれわれの一心団結を何よりも恐れ、ねたむため大赦令の真髄を骨抜きにし、人民大衆中心の朝鮮式社会主義を謗ろうと、このようにでたらめな謀略宣伝に熱を上げているのである。

今回の哀悼期間は、世界が指導者と軍民の渾(こん)然一体をなした朝鮮の一心団結の真の姿が分かる衝撃的な契機であった。

反共和国騒動に狂った逆賊一味は、わが軍隊と人民の血の涙の重さを死んでも理解することができないし、その歪んだ口から正しい言葉が出るはずがない。

綿入れとえり巻きでとめどなく降りしきる雪を防いで領袖の霊柩車の後をついていく軍民の限りなく純潔な衷情の世界を人間であることをやめた連中がいかにして想像さえできようか。

百回生まれ変わっても、民族の構成員になれない天下の人間のくずらである。

いかほどであれば、ロシアをはじめ各国の人士らがかいらいの謀略宣伝を断固と否定することによって、世界の前で憤怒の良心宣言をしたであろうか。

敵対勢力の醜悪なざまを見るわれわれとしては憎悪を超えて勝利の信念が百倍になる。

われわれは過去と同様、今後も永遠に誰が何と言ってもわれわれの一心団結をあらゆる面から強化し、すでに選択した道に沿って揺るぎなく進むであろう。

世の中の悪口集を集めておいて誹謗・中傷に血眼になって狂奔する李明博逆賊一味は、正義と真実の最も恐ろしい天罰を受けるであろう。

わが軍隊と人民は、最高の尊厳まで触れながら一心団結に泥を塗り、いわゆる「変化」を誘導してみようとする逆賊一味を代々孫々、最後まで追跡して最も身震いするように懲罰するであろう。---

田中伸尚 『大逆事件 死と生の群像』

2011年05月08日 | 日本史
 大逆事件は、まったくのフレームアップだったのか。それとも、証拠不十分(つまり推定無罪)を、無政府主義という信念が即天皇暗殺の予備・陰謀とみなしうるという観点(「平沼諭告」)にしたがって、むりやり旧刑法第73条「天皇、太皇太后、皇太后、皇后、皇太子又ハ皇太孫に対シ危害ヲ加エ又ハ加ヘントシタル者ハ死刑ニ処ス」の大逆罪を構成する、有罪と結論したのか。前者の場合、宮下太吉の天皇暗殺計画もまったくのでっちあげだったということだろうか。書き方が私にはむずかしくてよくわからない。例えばどうして宮下のこと(とくに裁判)にほとんど触れないのか。

(岩波書店 2010年5月)

“アイオワで考えたこと”補遺

2011年05月05日 | 思考の断片
▲「msn 産経ニュース」2011.5.5 14:30、宮家邦彦「災害ボランティアは誰のため?」
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110505/dst11050514300012-n1.htm
 
 欧米諸国でも一般にボランティア活動は「他人や特定の大義のための無償奉仕活動」と考えられているが、動機については、真の善行だけでなく、技術向上や就職活動、更には個人的楽しみや自己満足のためのものもあるという。その点は日本とあまり変わらない。
 他方、日本と最も大きく異なる点は、欧米のボランティア活動の多くがキリスト教など宗教的信念に基づき、隣人や困窮者に対する支援が神に対する奉仕につながるものとして重視され、当然視されてきた伝統を持つことだろう。
 (2/3ページ

 米国のボランティア団体で1年弱のインターンとはいえ働いて、肌でわかったことは、ボランティアとは滅私奉公ではないということだった(中西部、アイオワ・グリンネル市近辺の場合、20年前)。できることをできるときにできるぶんやるのがボランティアであること、公と私は同等の重みを持つこと。ただ、ボランティアをする人に関していえば、一個人のなかでの最低限の在るべき公の比率が決まっていて、それはひょっとしたら平均的日本人より多いということはあったかもしれない。しかしそういうことをまったく否定する絶対的“私”の人もいた。米国で社会性のないひと(たとえば近所づきあいをいっさいしない、地元の催しにも関わらない)という人は結構いるという印象を受けた。

 歴史が長い分だけ、欧米の活動は良く組織化され、ルールも確立し、子供の頃から生活の一部として定着している。日本の災害ボランティア活動が本格化したきっかけは阪神・淡路大震災だったのだから、ある程度は仕方ないのかもしれない。(同上)

 これは、そうだろう。そのうえ、それを義務「ねばならぬ」と感じさせない――なんらかの利益を見返りとして準備するといった――いざないかたの制度化も巧みだ。実利を望む向きへは実利を(たとえば寄付金の税控除など)、名誉を好む向きへは名誉を(感謝状、勲章、また名誉~位など)。