『明治大学教養論集』370、2003/3掲載、同誌51-89頁。
再読。
①家父長的家内奴隷制の議論は理論的に不十分で最初から無理があった。
②「総体的奴隷制」の「奴隷」も「奴隷制」も実を言えば比喩だった。
③個別人身支配体制の議論は世界史の基本法則における最初の階級社会としての奴隷制の一つという意味では家父長的家内奴隷制や総体的奴隷制と変わらない、増淵竜夫には基層レベルでの地域社会における自立的な秩序形成を否定するような議論は根本から誤っているし名称がミスリーディング(金谷がここで代わりにさらに一歩踏み込んで言えば扇動的)だと、当時から酷評されていた。
以上、金谷の関心のあるところだけを抄約した。もともと増淵論を除き、前提と結果が同じ議論ばかりで史料はその最初から決まった結論を決まったように探して証拠にするために使われているとしか見えなかったので、まったく興味はなかった。
再読。
①家父長的家内奴隷制の議論は理論的に不十分で最初から無理があった。
②「総体的奴隷制」の「奴隷」も「奴隷制」も実を言えば比喩だった。
③個別人身支配体制の議論は世界史の基本法則における最初の階級社会としての奴隷制の一つという意味では家父長的家内奴隷制や総体的奴隷制と変わらない、増淵竜夫には基層レベルでの地域社会における自立的な秩序形成を否定するような議論は根本から誤っているし名称がミスリーディング(金谷がここで代わりにさらに一歩踏み込んで言えば扇動的)だと、当時から酷評されていた。
以上、金谷の関心のあるところだけを抄約した。もともと増淵論を除き、前提と結果が同じ議論ばかりで史料はその最初から決まった結論を決まったように探して証拠にするために使われているとしか見えなかったので、まったく興味はなかった。