書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

イスマイル・ベシクチ著 中川喜与志/高田郁子訳 『クルディスタン=多国間植民地』

2012年07月15日 | 地域研究
 著者がトルコ人で、「知的欲求」のために身の危険を冒してトルコの政治的タブーであるクルド人問題を研究したということに感動した(訳者両氏の「あとがき」から)。著者は、どうやってクルド語を学んだのだろう?

(柘植書房 1994年11月)

東大作 『平和構築 アフガン、東ティモールの現場から』

2012年07月15日 | 地域研究
 こちらの無知のせいか、問題を理解するうえでのとっかかりとなる事態の突起のようなものが見いだせない。説明がつるつる滑って行く。よく飲み込めない。
 原住民がタリバンを脅威と感じているという証言(8-9頁)などは、タリバン支持派からは、嘘か通訳の歪曲ということになるのだろうか。それとも聴き取り調査が大なわれた2008年から今年2012年までのあいだに情況が劇的に変わったのだろうか。

(岩波書店 2009年6月)

秦郁彦 『慰安婦と戦場の性』

2012年07月15日 | 日本史
 初めて克明に最初から最期まで読み通す。
 結局「運動」の常として、当の「慰安婦」は――1940年半ば以降公文書で多用されるようになったのだから「」を付ける必要もないのだが――、ダシですか、と言う感想。問題が深刻だから「当事者」の「告白」はそのまま受け取れなどと、私の常識ではついてゆけない。「告白」の立証(あるいは真偽の判定)責任は日本国家の側にあるという主張にいたっては、ためにする政治的プロパガンダでなければ気が狂っているとしかおもえない。「性奴隷 sex slave」という用語は、代金を支払われていたのなら不適正である。「広義」のであるというなら、戦前の日本(軍)だけをねらい打ちにするのは不公平だ。歴史的史実としての学問的研究のほか、世間のそれは(中国や日本の“市民団体”や韓国のマスゴミの煽り記事を含めて)今後一切相手にするのはやめた。勝手にやってくれ。

(新潮社 1999年6月)