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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

小川剛生 『武士はなぜ歌を詠むか 鎌倉将軍から戦国大名まで』

2018年07月03日 | 地域研究
 著者氏の意図とは異なると思うが、一読者としては、心性史はこの個別具体的テーマであればこうやれば質量合わせて表すことができるのか、これは別のテーマでも原理的に応用可能なアプローチかもと示唆を与えられた気がしている。

(KADOKAWA 2008年7月)

洪良倩 「日中儒学における二つの字義解釈 : 伊藤仁斎と戴東原」

2018年06月16日 | 地域研究
 『待兼山論叢日本学篇』 29、1995年掲載、同誌17-30頁

 余英時「戴東原与伊藤仁斎」が本文中で先行研究として言及されない。論文末尾に置かれた注で「ここ〔引用者註・当論文の意〕では踏まえられなかった」として書誌データのみ挙げてあるが、踏まえなくても良い内容だったということだろうか? それとも、踏まえなければならないのに踏まえなかったという意味だろうか。

石坂浩一編著 『北朝鮮を知るための51章』

2018年06月15日 | 地域研究
 出版社による紹介の「内容紹介」に「北朝鮮の多角的・総合的な理解に最適の入門書」とあるが、一読せずあちこち覗いてみる段階ですでに三嘆している。
 各章末に参考文献が挙げられる体裁を採る。朝鮮戦争の項(第7章)では、参考文献に和田春樹氏の論著を挙げてある。萩原遼氏のそれは挙げられていない。

(明石書店 2006年2月)

矢野仁一 『近代支那論』

2018年04月17日 | 地域研究
 国会図書館サーチの書誌情報

 著者は、「支那無国境論」「支那は国に非る論」において 代わりに“天下”の概念あるを注意し、よって、「満蒙臓は支那本来の領土に非る論」 と為し、また、 「国家の責任感なく言論の責任感なき支那」では”実行の責任を感ぜざる支那の言論思想”および “外国に対して国家の責任を感ぜざる支那”を指摘する。かつ、斯かる空間においては、 《言うこと、言論を為すこと》そのものが大事であり、そこから必然的に、《“一時の快”を取ること》 が、第一にしてなにより重要となるという観点が提出される。

(弘文堂書房 1940年第8刷)

イーゴリ/アスコリド・イワンチク著 小林茂樹訳 『混乱するロシアの科学』

2018年03月29日 | 地域研究
 自然科学のうちで〔ルイセンコとルイセンコ主義による〕全面的な破壊を免れたのは、数学、物理学、化学、地質学だけであった。これらの分野が無事に残った主な理由は、もちろん、国防上の重要性である。したがって、とくに原子力の研究が盛んになった年代には、物理学者はある程度まで支配体制に対して強い立場をとることができた。
 物理学者は、最低限の精神的自由を獲得した最初のソビエト市民であった。アカデミー会員のアンドレイ・サハロフがソ連時代に反体制的な立場をとり、全体主義に対する精神的抵抗の象徴となりえたのは、青年時代に彼が核兵器開発の科学者グループに属していたからである。
 (「3. ソ連時代の科学と科学者」本書55-56頁)

 だが中国は、物理学でさえもイデオロギーの攻撃から免れることはできなかった。この差はなにか。

(岩波書店 1995年4月)

竹島卓一 『中国の建築』

2018年03月24日 | 地域研究
 2018年3月19日「ウィキペディア「営造法式」項を読んで」より続き。

 元以降の北京城のとりわけ故宮の歴史に関して翻訳を含む調べ物をしたときに、建築過程における技術や工程のモノやコトで、それはなにかは一応解るが具体的にどんなものだったかがよく分からない事物がいくつかあり、作業を進めながら気色が悪く、あとに尻のこそばゆさが残った。それを解消したい。
 ここに該分野の基本的な術語(中国語のおよび対応する日本語の)が載っている。当時、竹島氏のこの本を知っていれば、労力を節約できただろう。日本語訳でどこまで原語を使えるか、説明するならどんな日本の用語を当てるか等、同分野の日本語の模範として学べた筈。

2018年3月25日追記
 あとがきで竹島氏は逆のことを書いておられる。逆というのは、この著では、中国の建築を、日本(語)の建築の術語(すなわち概念)で、説明しようとしたと。どちらから迫るにせよ、その鬩ぎ合いが結果として同じ潮目に重なった。

(中央公論美術出版 1970年4月)