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書籍之海 漂流記

看板に掲げているのは「書籍」だけですが、実際は人間の精神の営みすべての海を航海しています。

趙景達ほか編 『講座 東アジアの知識人』 5 「さまざまな戦後」

2014年09月14日 | 伝記
 出版社による紹介文

 うち、読んだ部分に関して要点:

 ①「ハーバート・ノーマン」(中野利子) VENONAについての言及なし。ソ連のスパイだったか否かについては判断せず。

 ②「都留重人」(安田常雄) 「ノーマンを売った」という批判は誹謗であると都留の証言記録(部分)を引用して主張。

 ③「費孝通」(聶莉莉) 『中華民族多元一体構造(中华民族多元一体格局)』は、費の「調査」「研究」「思考」の「集大成」であると評価。

 ④「竹内好」(山田賢) 「脱亜論」に関する言及なし。

 その他、「丸山眞男」(石田憲)、「プンツォク・ワンギェル」(小林亮介)などもあり、それぞれ興味深い。

(有志舎 2014年4月)

『後漢書』巻35 「張曹鄭列傳」 「鄭玄伝」

2014年08月20日 | 伝記
 先学の指摘により、鄭玄は暦学と数学を学んでいる事にあらためて気づかされる。維基文庫で伝を読み直す。

  鄭玄字康成,北海高密人也。〔略〕玄少為鄉嗇夫,得休歸,嘗詣學官,不樂為吏,父數怒之,不能禁。遂造太學受業,師事京兆第五元先,始通《京氏易》、《公羊春秋》、《三統歷》、《九章算術》。 

 『三統暦』と『九章算術』。

横山宏章 『素顔の孫文 国父になった大ぼら吹き』

2014年07月30日 | 伝記
 2013年07月17日「孫文 『対駐広州湘軍的演説』」および
 2014年07月22日「孫文の『天下為公』」より続き。

 孫文は10(満8)才からハワイに行くまでの3年間、故郷の塾で伝統的な教育を受けた。内容は「四書五経」。「第1章 広東の田舎育ち」、9頁。記述は陳錫祺編『孫中山年譜長編』また羅家倫編『国父年譜増訂本』に基づくとある。
 そこで『孫中山年譜長編』と『国父年譜増訂本』とを見てみることにする。
 先ず『孫中山年譜長編』上(中華書局出版 1991年8月)。『三字経』『千字文』『幼学故事瓊林』および「四書五経の選読ほか」を習ったとある(「1875(清光緒元年 乙亥)九歳」条、18頁)。意味を説明せずに暗誦だけを強いる教師に抵抗して内容の解説を求めたが拒否され、なんとか自分で探ろうとしたとある。出典は『孫中山的家庭出身和早期事跡』および『孫中山先生在翠亨』『孫逸仙伝記』45-47頁。
 次に『國父年譜』上(中華民國各界紀念國父百年誕辰籌備委員会 1965年11月)。増訂本は入手できなかった。「民國紀元前四十年―清同治十一年,壬申(西暦一八七二年)」条に、「初めて『三字経』と『千字文』とを学び、瞬く間に暗記するも、内容が解らないことに非常に不満を感じる」との記述あり(13頁、七才になっている。出典は林百克『孫逸仙伝記』と羅香林『国父家世源流考』38頁に引く妙清老姑太の談話)。そして「民國紀元前三十七年―清光緒元年,乙亥(西暦一八七五年)」条に、「四書五経を学ぶ」とある。同書16頁、出典は同じく羅香林『国父家世源流考』38頁に引く妙清老姑太の談話と、広東省文献館等三団体主弁『国父文物展覧会特刊』(1946年)中の解説文である。さらに、「民國紀元前三十四年―清光緒四年,戊寅(西暦一八七八年)先生十三歳」条に、「四書五経を畢える」とある。ここの出典は『総理年譜長編初稿』。

 小結。彼は『尚書』を含む四書五経の古典教育を中国で受け、原典を原語で読んでいる。しかしその内容と逐語的な意味をきちんと理解していたかについては疑念が残る。

(岩波書店 2014年4月)

高令印/楽愛国 『王廷相評伝』

2014年07月25日 | 伝記
 王廷相(1474-1544)の気一元論が張載に由来する事実とともに、王が、朱子の理気二元論ではさまざまな矛盾が生じることを種々の例を挙げて指摘している事実を紹介する。その例には自然観察や天体観測から得られた諸現実が
多く含まれる。 彼は儒学者・文学者だが科学者でもあった。天文暦学の他、その関心は今日の地学・生物学に該当する分野へも渉っている。さらには王は、気は集合分散を繰り返すが存在としては不滅とした。これは極めて特異な発想と思える。この点について、張載の意見はどうだったのか。

(南京大学出版社 1998年12月)

井上源吾 『廣瀬淡窓評傳』

2014年07月09日 | 伝記
 淡窓は孟子には孟子の立場を認め、荀子には荀子としての理があることを認める。このやうな態度は、淡窓を一貫している顕著な傾向の一である。 (「第四章 廣瀬淡窓の思想」本書308頁) 

 広瀬の学風を、通説どおりに折衷的とする。ただしそれは儒教においてだけでなく、仏・老・神に渉ってであると。

(葦書房 1993年11月)

孫振玉 『王岱輿劉智評伝』

2014年06月20日 | 伝記
 「中国思想家评传丛书」 の一冊。匡亚明主编の「序」(1990年)によれば、このシリーズはマルクス主義と唯物史観によって編まれたものであるという。そしてあとに続く筆者不明の「内容简介」によれば、王岱輿も劉智も、イスラム教徒ではなく回儒であり、彼らの思想(回回理学=イスラム教の知識をも踏まえた儒学就中宋学)は、宋明儒学(=宋学)の影響下に成立したものだとされている。そして明清時代の回回理学は「中華民族に巨大な貢献をなした」ところに意義が存するという。
 金宜久『王岱輿思想研究』における3と関連して、興味深い主張である。

(南京 南京大学出版社 2006年8月)

李迪 『梅文鼎評伝』

2014年06月12日 | 伝記
 李迪《梅文鼎评传》(南京大学出版社 2006年3月)を読む。とくに「第六章 梅文鼎的“征之于实”与“会通中西”思想」「第八章 梅文鼎的数学思想」。
 彼の演繹は『幾何原本』から来たという主張はよしとして、彼におけるそれが不十分不徹底であるのは、彼が「中西会通」と「中学西源」の信念をその精神に同居させて怪しまなかった事実と関係はあるか。

胡適 「荷澤大師神會傳」

2014年06月08日 | 伝記
 『胡適作品集』16「神會和尚傳」(遠流出版公司 1986年7月)。もと『胡適文存』第四集第二巻http://enlight.lib.ntu.edu.tw/FULLTEXT/JR-AN/an16103.htm。「南遊雑憶」附。

 胡適はこのなかで、神会の思想を解説する体裁で「道教の『自然』と仏教の『因縁』は同じである(道家所謂自然和佛家所謂因緣同是一理)」と言っているのだが(136頁)、この解釈は正しいのか。

陳衛平/李春勇 『徐光啓評伝』

2014年05月30日 | 伝記
 「第五章 “度数之学”与以数学为基的思想」の「三、“不用为用,众用所基”的数学思想」と、「第六章 “格物穷理”与近代科学先驱的眼光」の「四、近代科学幼芽的萌动」とが、自分の関心に重なっていて面白かった。

(南京 : 南京大学出版社 2006年8月)