2011/8/1放送
世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか、関根弘興です。今日は最初に聖書のことばを紹介いたしましょう。
ヨハネの福音書3章16節
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」
聖書が私たちに伝えているメッセージは、神様はあなたを愛されている、というメッセージです。それは一体どんな愛であなたを愛しているのでしょう。それは、自分の独り子を与えるほど最も大切なものをあなたのために差し出すほどの愛だというのですね。ものの価値というのは差し出されたものによって決まります。今、私は腕時計をしていますけど、1万円ほどで買ったものです。でも私にとっては1万円出した訳ですから1万円の価値があると思っている訳です。5万円出したら、それはその人には5万円の価値があるでしょ。神様があなたを愛している、と言った時に、何と神様はご自分の独り子イエス・キリストをあなたのために与えるほどの愛なんだ。それも私たちの罪のために身代わりに十字架についてくださるほど、命を捨ててくださるほどの大きな愛なのだと教えているんですね。そんな愛を注がれている私たちの姿は一体どんな姿なのでしょう。聖書はちょっと厳しいことばなんですけど、そのままであるなら滅びに向かっていくような姿だと教えています。その特徴の一つは失っているという姿。あなたは何のために生きているか、人生の意味を見いだしていますか? どこかで生きる意味や目的を失ってはいませんか?
二つ目は迷っているという姿。あなたはどこから来てどこへ行くのか、ちゃんとわかってますか? 人生に迷っていませんか。
三番目は浪費するという姿。自分かってな生き方、投げやりなむなしい生き方です。まるで自分を使い捨て商品のように自分を扱っていませんか?
そして四番目の姿は破壊するという姿。どうして人はお互いに傷付けることが好きなのでしょう。時には自分を自分で許せないんです。自分を傷付け、また人を傷付けたりしますよね。聖書は人は生まれながらにしてこうした滅びの中にあるのだと教えています。しかし聖書の約束は御子イエス・キリストを信じる者は独りとして滅びることなく永遠のいのちを持つと書かれているんです。イエス・キリストはあなたの滅びの源である罪を背負い十字架についてくださり、そればかりか三日目によみがえり、信じる一人一人に決して失われる事のない命を与えることがおできになるのです。
(PBA制作「世の光」2011.8.1放送でのお話しより)
***
さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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このサイトは URL名として
http://yonohikari.biblica.info
が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。
世の光の時間です。お元気でお過ごしでしょうか、関根弘興です。今日は最初に聖書のことばを紹介いたしましょう。
ヨハネの福音書3章16節
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」
聖書が私たちに伝えているメッセージは、神様はあなたを愛されている、というメッセージです。それは一体どんな愛であなたを愛しているのでしょう。それは、自分の独り子を与えるほど最も大切なものをあなたのために差し出すほどの愛だというのですね。ものの価値というのは差し出されたものによって決まります。今、私は腕時計をしていますけど、1万円ほどで買ったものです。でも私にとっては1万円出した訳ですから1万円の価値があると思っている訳です。5万円出したら、それはその人には5万円の価値があるでしょ。神様があなたを愛している、と言った時に、何と神様はご自分の独り子イエス・キリストをあなたのために与えるほどの愛なんだ。それも私たちの罪のために身代わりに十字架についてくださるほど、命を捨ててくださるほどの大きな愛なのだと教えているんですね。そんな愛を注がれている私たちの姿は一体どんな姿なのでしょう。聖書はちょっと厳しいことばなんですけど、そのままであるなら滅びに向かっていくような姿だと教えています。その特徴の一つは失っているという姿。あなたは何のために生きているか、人生の意味を見いだしていますか? どこかで生きる意味や目的を失ってはいませんか?
二つ目は迷っているという姿。あなたはどこから来てどこへ行くのか、ちゃんとわかってますか? 人生に迷っていませんか。
三番目は浪費するという姿。自分かってな生き方、投げやりなむなしい生き方です。まるで自分を使い捨て商品のように自分を扱っていませんか?
そして四番目の姿は破壊するという姿。どうして人はお互いに傷付けることが好きなのでしょう。時には自分を自分で許せないんです。自分を傷付け、また人を傷付けたりしますよね。聖書は人は生まれながらにしてこうした滅びの中にあるのだと教えています。しかし聖書の約束は御子イエス・キリストを信じる者は独りとして滅びることなく永遠のいのちを持つと書かれているんです。イエス・キリストはあなたの滅びの源である罪を背負い十字架についてくださり、そればかりか三日目によみがえり、信じる一人一人に決して失われる事のない命を与えることがおできになるのです。
(PBA制作「世の光」2011.8.1放送でのお話しより)
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さて、この番組を制作しているPBAの「世の光」の係りでは分りやすい聖書通信講座を用意していて、初めての方には無料の入門コースがお勧めとの事。詳しくはPBAに案内書を申し込みましょう。日曜日に教会を覗いてみるというのはお勧め。こっそり覗きたければ一人で。それとも友だちをけしかけてつるんでもいいし。日曜日は大抵、朝10時か、10時半頃からお昼頃まで集まっていて誰が行ってもオーケー。予約なしでもちょっとのぞかせてくださいと言えばいいでしょう。PBAに聞くと近くの教会を紹介してくれるので、気軽に問い合わせるといいでしょう。問い合わせ先は、mail@pba-net.comです。
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このサイトは URL名として
http://yonohikari.biblica.info
が使えます。携帯からもこのURLでどうぞ。