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協力行動ができないことやエリートが過剰な集団が国の滅亡の原因だって

2021-02-23 08:35:09 | 読書ノート
ピーター・ターチン『国家興亡の方程式:歴史に対する数学的アプローチ』水原文訳, Discover 21, 2015.

  国家の興亡を数式でモデリングしようという試み。しかも、非線形だったりマルチレベルモデルだったりとそこそこハードな数学の知識が求められる。文章もかなり硬い。というわけで専門家向けではあるのだが、歴史学者ならばかなり嫌いそうな単純化した歴史観が展開されている。いったい誰が読むのだろう。著者は、最近の米国の混乱を予言したとしてネットでよく名前を見るようになったロシア出身米国在住の歴史学者である。ただし、本書の原書はHistorical dynamics: why states rise and fall (Princeton University Press, 2003)で、著者の最近の著作というわけではない。

  扱われているのは近代以前に登場した世界各国の王朝である。それぞれの王朝が支配する面積が、拡大~縮小と変化してゆくパターンのモデル化と、および変化に影響する主要な要因を変数としてモデルに組み込む、というのが本書の課題である。で、そのパターンだが、農業国家にはおよそ2~3世紀の寿命のサイクル(永年波動という)があるとのこと。短期では約40~60年の振動もあって、これが混乱期に大きな影響をもたらすこともあるという。書籍ではヨーロッパと中国の事例が挙げられている。日本人ならば約260年続いた江戸時代と、その後の明治維新と第二次大戦での敗北(短期振動としては少々長い70年)が思い浮かぶのではないだろうか、近代以降の話ではあるけれども。

  次に変化に影響する要因だが、隣接地域との差異、農耕民か遊牧民か、戦乱度、人口動態などが挙げられている。重視されている要因の一つが、支配層の人口に占める割合である。支配層は婚姻において有利なので一般庶民より人口増加の速度が速い。その人口増加は、支配層一人当たりが収奪できる富を縮小させ、結果としてエリート内での権力闘争をもたらすことになり、国内不安定化の要因となってきたという。もう一つ重視されているのが、集団の結束力あるいは協力行動への献身度で、イブン・ハルドゥーンの著作からとって「アサビーヤ」という言葉が付与されている。アサビーヤそのものを直接測定してはいないけれども、言語、宗教を指標として変数化している。

  以上。「単純ではあるけれどもけっこういい線いっているはず、けれどもモデルに改善の余地もあるよね」というのが著者の弁。うまくモデリングされれば、歴史動向が巨視的なスケールで予測可能なものとなるというのがそのメリットだ。例えば、現在の日本国の1945年から続く体制は、長期波動に従えばまだ100年から200年の幅で存続できると予想できる。しかし、読んでいる方としては、そういうことを自分は知りたかったのだろうか、という疑問も浮かんでくる。歴史に求めているのは、時代の分岐的となった人物の決断とかではないのか、と。動かしようのない時代の流れというものもある(たとえば人口構成)のは確かなので、そういう面から眺める歴史という意義があるのだろう。著者の最近の著作も翻訳してほしいな。
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