沖縄 8 Scene

沖縄で生まれ沖縄に生きる
      8郎家の日記

ヤンバルの自然に触れました

2007年11月28日 | 風物詩(やんばる)

 今日は仕事で、北部を回ってきました。ずーっとがぱらつく中、車を走らせました。空模Photoと同じように業務の方は芳しくなかったのですが、おかげで(?)久々にヤンバルの自然に触れることができました(仕事せい)。右写真は昨年も撮影した絶滅危惧種のオキナワギク。潮風にさらされる、そういう厳しい環境に好んで住む強い花なんですが、絶滅の危機にあるんです。それは、不思議な話ではありません。単純に人間による沿岸整備で、住む場所を奪われているだけです。

 昨日久々に、ハチローが尊敬する先輩の一人イーストさんに喫煙所で出くわしました。以前から「時代は“環境”どぉ。だのに何でうちの社長はあんなに二酸化炭素まき散らす高級車に乗ってるばぁー」とつぶやき続けていた人です(笑)。多少いじめっ子的雰囲気を持っていますが(怖)、ハチローが知る中、会社で一番の企画マンだと思っています。そんなイーストさんが煙を吐きながらつぶやきました「地球がおかしくなったのは人間の数が増え、寿命が延びたから、それだけだばーよ」と・・・。重い言葉ですなぁ。

 さて、午後は金武町の田園地帯を回りました。

 そこはターンム(田芋)の栽培地であり、渡り鳥たちの楽園でもあります。見かけた鳥の写真を2枚UPします。 

 1枚目は、「水辺の貴婦人」ことセイタカシギです。何といってもフラミンゴのような細長くて赤い足がトレードマーク。確かに優雅でお上品な雰囲気を持っていますね。

Photo    次はサシバ(だと思われます)。タカの仲間で言わずと知れた秋の渡り鳥。沖縄では宮古島のそれが有名ですが、本島北部でも見られるんですねー。少々、というかかなりピントが甘いのですが(決して拡大して見ないで下さい。決して・・・)、他の野鳥と一味違う貫禄を備えていましたよ。Photo_4

 決して公の場では言いませんが、自称ネイチャーフォトグラファーのハチロー(それって自称ではない?)、かなり目の保養になった一日でした。やっぱり自然って素晴らしいですね!壊したのが人間なら、戻す努力をするのも人間ですね。誰が悪いとか言ってる場合ではありません! 

 さて、明日はOFFのハチロー。昼はテルおばぁの様子を見に行き、夜は関連会社のオグ先輩の送別会となっています。色白の島ナイチャーだったオグ先輩。廊下で会うと必ず笑顔で声かけしてくれたオグ先輩。いつも高級感あふれる香水を身につけていたオグ先輩。自慢の茶色に染めたロングヘアーをかきあげるのがクセだったオグ先輩。つまり、みんなのアイドルだったオグ先輩。残念ながら、故郷に戻るため今月で退職するそうです。野郎どもみんなで楽しいお別れ会にしたいと思うとります。

※オグとはいえ、バドミントンのオグシオのようにチュラカーギー(美人)を想像してはいけません。なぜならオグ先輩だから(残念!)。会社の野球部の先輩で~す。

 もう寝ます・・・。


華やかな夜の街で

2007年11月27日 | むぬかんげー

 久しぶりに中心街を歩いてきました。街はもうクリスマスツリーはじめイルミネーションが華やかで、年末モードに染まってましたね。師も走るほど忙しい「師走」を前に、行き交う人々もかなりの早足。そんなに急いでどこに行く、っていう。見ているハチローも何だかそわそわしてきました(笑)。下写真はパレットくもじ前広場で撮影。あでやかなイルミネーションが何だか儚さを誘いました・・・。

Photo

 今日、ハチロー父からメールがありました(ユビキタス社会についていこうと62歳、頑張っています)。内容はというと、自宅で療養中のテルおばぁの容態が芳しくないとのことです。父に急いで電話しました。珍しく感高かった父の声から、新しい年を迎えられるかどうか、というようなニュアンスを感じました。長男の直感でしょう。芯の強い糸満いなぐテルおばぁなら、周囲の不安をくつがえし、ひ孫らに囲まれてお正月を迎えることができると信じていますが、現実的な考えももたなければなりません・・・。

 右写真はパレットくもじ前の巨大クリスマスツリー。水溜りに反射していたので撮影。これPhoto_4また寂しげな絵ですねぇ。写真とは、写す人の心を写しているのかもしれません・・・。

 頑張ってもどうしようもないことはあります。でもそう分かってても頑張らなくちゃいけないのが人生です。そう教えてくれたのがテルおばぁですし、ハチローもそういう生き方をしたいと思っています。

 「今年は二度と来ない」という気持ちで、一年一年を大事に過ごしていきたいものですね。

※そう思いつつ「あぁ、あれやっとけばよかった」と毎年後悔しつづける庶民派サラリーマンのハチローです・・・(笑)。

 喧騒の中で一人、例年になく年の瀬を強く感じた、中心街のでした。

 


夜の素潜りツアー2007

2007年11月25日 | 海遊び (ダイビング外)

 夜の海デビューを果たしました! 大潮という潮ごよみ、会社の先輩タチュオさんに誘われ本島西側のとある浜へ。最干時間である午前1時14分の2時間前に海に入りました。おぼろ満月の灯りに照らされた浜は、かなりの遠浅になっているのが分かりました。北風は予想以上に強く、少々ビビったハチローです(左手に持つフィンが飛ばされそうな勢い!)。波もひざ下くらいの深さしかないのですが、足を取られかねないほど南向けに圧力をかけてきます。「だ、大丈夫っすかね?」心配性なハチローの問いに、「うん? ふむふむ・・・」とあいまいな返事をしながらどんどん沖に向かって歩いくタチュオ先輩。安全なのか危険なのか判断できなかったのでしょう(だったら中止にせんかいぃ)。遠くを見やると、イザイ(漁火)をしている人たちの電灯がチラホラ(ホッ)。下写真はもう11月後半だというのに、ラッシュガード、海パンという超薄着のまま、夜の海へ繰り出した命知らずなタチュオ先輩です。

Photo

 歩くこと300㍍ほどですか、やっとリーフの白波が見えるところまできました。白波は激しいしぶきを上げています(怖)。タチュオ先輩はリーフ近くで素潜りを(命賭けてますな)、初心者ハチローは手前の浅瀬でイノー(礁池)ウォッチングをすることに。水深50㌢程度っす。

 暗い海の中も、水中ライトを照らせば別世界。しばらくし目をこらしていると、いろいろな海中生物の存在に気付きました。ウニが必要以上にいるのはともかく(失礼)、ウミヘビウツボの子供(浅瀬で育つんでしょうね)も発見。下写真の中央にいるのは、ウツボの子供だと思われます。何だかセサミストリート系の顔ですね(笑)。

Utubo

 当然ですが、今回の夜の海ツアーの目的は「漁」。初心者ながら、できれば何らかの収穫Photo_2を期待していました。先輩からは、イラブチャー(無防備に眠っています)やらタカセガイシャコガイ、そして運のいいときはイセエビも捕れる!と聞いていたので、多少の期待はあり ました。ライトを左右に振っていたそんな時、視界のはしに赤い節足系の存在を感じました! 「ま、まさか、こんな浅瀬にイセエビが!?」。猛スピードで近寄って、ライトを当てました(右写真)。なんと、ヤドカリではありませんかぁぁぁ・・・。ややこしい色、形をしたヤツですなぁ。殻を取るとイセエビになりそうな感じもしますが(笑)。大きさは手のひらほどはありました。名前を知っている方教えて下さい。

 Photo_5 Photo_4と。お目当てのモノじゃないと持ち帰る気がしないのだとか・・・。さすが夜の海に通じたベテラン(でもなぜそこまで震える?)。写真データしか収穫のないハチロー、遠慮なくいただきました。

 時計を見ると午前零時すぎ。当初の予定よりは1時間以上も早めに切り上げることに。仕方ありません。不惑の大台を超えているタチュオ先輩が生まれたての子羊のように震えているのですから(笑)。右写真は震えながらまだタバコを吸おうとするタチュオ先輩。早く帰りましょう!

 先輩にお礼と別れを告げ、帰宅。ハチロー自身ももともと風邪気味だったため、鼻水がMAX! 鼻にティッシュを詰め込み、爆睡しました。

Sazae  翌日、とりあえずタコをさばいてみました。魚をさばいたことすらないハチローには解剖のようでかなり緊張。墨袋を破いてしまい、まな板も真っ黒に・・・。塩もみでぬめりを取り、切り身にして冷蔵保管しています。外出中の妻が「気分次第でたこ焼き器を買ってくるかもしれない」ということなので、待機中の夫です(笑)。サザエは熱処理、わた切りをしたあと、殻に醤油を入れてオーブンで焼きました(左写真。※背景の久米仙はあくまで飾りでーす)。磯の香りが強く、おいしゅうございました。が、サザエはお湯抜きしただけの刺身で十分いけるかと・・・。

 今回は、たたの磯遊びに終わった感のある夜の素潜りデビュー戦。次回からはもうちょっと深めのところに挑戦したいですね。そして自らの手でイセエビを捕ってみたいものです! よし時間ができたらマイフェイバレット大度海岸で自主トレじゃ。

 やばいっす。くしゃみも止まらなくなってきました。今日は完全休養です・・・。


読書のオータム Ⅱ

2007年11月22日 | 読書

 またもルー語風のタイトルを再利用いたしました。時代はエコですから・・・。

 昨日に続きOFFだったハチロー。外は素晴らしい秋晴れだったのにも関わらず、風邪気味ということもあり、一日中引きこもっていました。どうせオタクるなら読書をしようと考えたのです。AMAZONで購入してからまだ読んでない本を何冊か解禁?しました。

 恒例(?)の本紹介の前に、昨日の新聞で久々に興味のある記事を見つけたので、転載いたします(下写真。11月21日付け沖縄タイムス朝刊24面より)。「横溝正史の生原稿発見」とあるではありませんか。

Photo

 まぁ、生原稿自体に興味があるわけではありません。ただ、横溝正史(よこみぞ・せいし)とは言わずと知れた名探偵金田一耕助の生みの親、ハチローの最も尊敬する作家の一人なんです。何を隠そう、ハチローの読書史上、最も面白かったのが「八つ墓村」なんです(笑)。笑うなかれ! あなどるなかれぇぃ! 

 あれは忘れもしない中学1年生の梅雨時、貧乏のあまり当時流行っていたファミコンすらないハチロー家。キチガイのように勉強を強制するハチロー父を尻目に(すでに身長は超えていました)、外出しました。行くあてもないまま近くの古本屋へ(行動範囲狭!)。そこで手にしたのが「八つ墓村」だったのです。選択した理由は覚えていませんが、カバーもなく手垢で汚れた単行本の裏表紙に鉛筆で「80円」と書かれていたのは20年経った今でも鮮明に脳裏に焼きついています。そのくらいのお金は持っていたので購入。やむなく帰宅し(13歳の反抗には限界あり)、薄汚れた畳の上に寝転がり、トタン屋根に打ち付ける雨の音を聞きながら、パラパラと読み始めました・・・。それからの約5時間は、ハチローの34年間の人生の中で、もっとも文学に圧倒されたひとときでした。「な、な、何て面白いんだ!!!」。 あまりの衝撃に、しばらく幽体離脱状態でしたよ。忘れられない思い出です。

 内容については特に書きません。あまりにも有名な作品ですから。ただ映画(もちろん面白いですが)は、原作の比には及びません。第一、ストーリーを彩るヒロインがカットされているので。

 横溝正史は、重病を患いながらも緻密なプロットを考えるために朝晩問わず田んぼのあぜ道を歩きまわったそうです。「気違い」「鬼が歩いている」などといわれながら練り上げた作品なんです。しかも発表当時は売れなかったんですなぁ、これが。角川春樹が起こしたリバイバルブームまで30年ほどかかるんですよ! どんないい作品でも「世に出る」ってことは大変なんですね。 

 新聞のとある記事で、いろいろ思い出させてもらいました。

※下サイトは横溝正史のファンらが作ったサイトと思われます。チラ見しましたが、ハチロー以上のマニアたちの意気込みが伝わってきますなぁ。興味のある方はご覧下さい。ちなみにファン投票では「八つ墓村」は第4位。「獄門島」が1位でした。「獄門」も確かに傑作なんですが(俳句殺人)、個人的には「八つ墓村」こそ横溝エッセンスが全て詰まった稀代の傑作だと評価してるのですけどねぇ・・・。いつか投票してみます(笑)。

 ⇒「横溝正史ワールド」

 さて、前置きが長くなりました。いつもながら(笑)。現在読んでいるのはUminntyu 「沖縄ウミンチュ」(河出書房新社)です。「一人追い込み漁」で有名な本部町の生きる伝説・仲村善栄さんを取り上げたもの。前回の「海人-uminchu-」照屋規正さん同様、まさに海のスペシャリスト、職人です。しかも照屋さんよりも10歳も年上。ウミンチュ界の大御所と言っても過言ではありません。表紙にも「86歳、今なお現役」(!)と書いてあるではありませんか。86歳って日本男性の平均寿命をとっくに超えているではありませんか! すごいっすねー。しかも風のうわさでは、90歳を迎えた現在も家族の目を盗んで一人海に潜っているんだとか・・・。恐るべしウミンチュ魂! 重厚な物語だった「海人」に比べ、こちらは善栄さんが語るような感じで書かれているので読みやすいですね。しかも写真入り。撮影は東京出身で沖縄在住の女性カメラマン古谷千佳子さん(と、都会のおなごは自立しとるばい!)。自らもウミンチュ生活をしながら撮り続けたという写真は生き生きしていますねー。

 寝る前にもうちょっと読み進むつもりでーす。

 追伸:どなたか鼻炎にきくいい薬があれば教えて下さい・・・。


ハチピー 1時間クッキング

2007年11月21日 | 夫婦

 ハチローが今日からパートに出始めました。市内の病院での事務職です。以前から学校に通い医療事務の資格をとっていましたが、ついに「雇用」のお声がかかったのです。久々の出勤に出向いた妻(少々緊張の面持ち)を見送りながら、OFFだったハチロー、ある事を思いつきました。

 「そうだ、パエリアを作ろう」です(笑)。

Photo

 「男が女のために作る料理として有名なパエリア。ハチローが最初に出会ったのは会社のビーチパーティでした。日頃は料理などとは無縁そうに見えたJ先輩が、一人バーナーに向かい作り上げたパエリア。鍋料理なのか雑炊なのか、和風なのか洋風なのか、おいしいのかおいしくないのか、などなど全く予想もつかなかった初パエリア。一口食べてみて「うまい」と感動したのを覚えています。飲食店などの勤務経験もあるJ先輩いわく「実は手のかからない料理だばーよー」という言葉がさらに印象に残っていました。

 それで、妻にいつか作ってあげよう、と約束したのが何年前か前のこと・・・。それ以来、妻の物忘れを指摘するたびに「自分(ハチロー)だってパエリア作るって言いながら何年たってるから・・・」と逆襲にあうこの数年間でした(泣)。夫の威厳を取り戻すその時が来たのです! 上写真はサンエーにて購入した具材。エビホタテアサリトマト玉ねぎソーセージといういたって馴染みのある物ばかり。その中で、初めてみたのが香辛料のサフランでした(柔軟剤ではありません)。ビンの中にさらにビニール袋で包装されていました。真っ赤な繊維のようなものなのですが、食材を黄金色に染めるんですねぇ。不思議なヤツです。

 レシピはアウトドア関連の本を参考にしました(キャンプでも人気のメニューなので載っているんです)。レシピどおりにやったとはとても言えませんPhoto_2 (ムール貝は売ってませんでした、白ワインの代わりに久米島の久米仙を使用)が、炒めて混ぜて炊くこと約1時間・・・。ついに完成です!(右写真)。※ピーマンだけではが足りないので、最後に万能ネギをまぶしました(!)。接写、いや拙者、日本男児ですから。

 ほんのりと魚介類のダシとコンソメの風味が交じり合い、思っていたよりも優しい味となっていましたね(もっとワイルドなものを予想していましたが)。そしてフライパンの底に出来ていたおこげもおいしゅうございました。初出勤を終え帰宅した妻も「美味しい」と言ってくれましたよ。ぱちぱちぱちぃ。

 反省点は二つ。エビの殻は剥いておけばよかったこと、ソーセージはもうちょっと短く切ればよかったこと、です。どちらも食べにくかったのが理由(笑)。

 初回にしてはまずまずの出来だったので、次回はもっと大きなエビ、ムール貝、そして白ワインなども使い、本格的なものに挑戦したいですなー。

 男の料理、他のメニューがあれば、教えて下さーい。

 下写真は今日の夕暮れ。うろこ雲が広がっていました。

Photo_3

 さて、昨日からずっと鼻水ピーピーのハチロー。妻には言えませんが、パエリアにも数滴垂らしたような気がします。やはり風邪のようです。明日まで2連休なのが何よりの救いですなー。皆さんも薄着をしないよう気をつけましょうね。


祝福! そして緊急二次会へ

2007年11月19日 | どぅしぐわぁ

 大学時代の友人ミヤシュンの結婚披露宴に行ってきました。4ヶ月前の緊急報告からあっという間に月日がたっていたのですね。その際の様子は「男4人で祝いの宴」(6/18記事)をお読みください。

 KINKOと一緒にタクシーで乗合わすことに。待ち合わせ場所に現れたKINKOはなぜKanekoか赤茶色のチャイナ服を着ておりました(驚)。「あれ?ダサい・・・いや、珍しい服を着てるけど、どこでスーツに着替えるつもり?」と常識人ハチローの問いに、彼は「え?着替えないよ。これが俺の正装だよ」と平然と答えました(再驚)。何でも地元横浜の中華街でウン万円で購入してきたとのこと。相変わらずの我が道キャラに返す言葉がありませんでした。右写真は会場でのKINK。どぎついチャイナ服ですなぁ。いつウェイターに間違われるか楽しみにしていたのですが、さすがにそれはなかったっす(笑)

※ところで、このチャイナ服にKINKO流の秘密があったとは、さすがに疑い深いハチローも気付きませんでした・・・。

 披露宴会場はナハテラス。ハチロー夫妻も利用した思い出の場所です。着いたテーブルは大学時代の同窓生と愛すべきN教授(当時はダニー・デビートとあだ名をつけていました)が同席していました。それにしても卒業から約10年、変る人と変らない人がいますねー。ハチローのように「こいつ、威風堂々とはげてるでしょ。すごいよねー」(byKINKO)とのほめ言葉をいただくようなプチおじさんもいれば(言いすぎじゃ!)、ウチナー美人を絵に描いた女子大生だったM美などは、今や二児の母となっているのにかかわらず相変わらずの美貌ぶり。しかも彼女だけでなくおばさん化しているのが一人もいませんでしたよ。いやぁ、感心しました。時代はアンチエイジングですね。さらに、10年前の飲み会だったら絶対笑ってだろ!というようなギャグを軽く受け流すようになった彼女たち・・・(悲)。いくつになっても女の方が大人なんですね。

 下写真は、そんなプチ同窓会気分で盛り上がっているうちに、粛々と進んでいた披露宴(主役を見んかい)。ミヤシュンと新婦カオリンが各テーブルを回って祝福を受けています。あの真面目なミヤシュンのにやけた笑顔、忘れられません。

Photo_5

 照れ屋なミヤシュン。式の最後に彼なりのサプライズがありました。それは「映像による新婦への感謝の言葉」です。純粋な愛の言葉が大型スクリーンに洪水のごとく流れてきました。「隣にいるんだから口で言えぃ!」とは誰もツッコミませんでしたよ(笑)。その模様を真後ろから写したのが下です。二人の幸せな背中を感じませんか? お幸せにぃぃぃ!

Photo_6

 さて式の途中からハチローらには気になることが・・・。それはテーブルの上に「二次会への案内状」がないことです。普通ならファンキーなブツが置かれているもの。「今宵は真剣に嫁を探すぜ」と意気込んでいたKINKO(テーブルで彼だけが独身でした)は不安げな顔。もともと同窓生であるハチローらが余興を依頼されていないのもおかしな話でした。なので、新郎ヤシュンのいちどぅしであるギミーを呼びつけて確認することに(彼は自ら余興の幹事役を引き受けなかったために非難ゴーゴーでした)。KINKO&ハチローというヤクザ系のしーじゃ(年上)二人に攻められたギミー。得意の言い訳を展開しましたが、ついに自白。「頼まれなかったからやってない」・・・。こらぁ、お前達の友情ってそんなもんかい! とヤクザ二人に攻め立てられた国家公務員のギミー、強情な彼に似合わず落ち込んだ表情(笑)。さすがに何もしていないことをどこかで気にしていたようです。早速、3人で会場を押さえ(カラオケですが)、プログラム内のご氏名スピーチギミーが「緊急2次会」の告知をすることに。その模様が下写真。告知の前にミヤシュンとの思い出について回りくどく語るギミー(後頭部)です。日頃ひねくれ者といわれる彼ですが、ミヤシュンに対する感謝の言葉が節々ににじみ出ていましたよ。ギミー、ちょっとだけかっこよかったぜ。

Gimi

 すったもんだがあった末、2次会はカラオケで大フィーバー(緊急なので参加者は10名程度)。新郎新婦は12時までこれないということがわかったので、それまではいるメンバーだけで盛り上がることに。プチおじさんハチローも80年代のダンスナンバーで張り切りました(下写真)。

Photo_8

 そして日付が変ったころ、ついに新郎新婦、ご入場! みんなでいっせいにクラッカーで祝福(下写真)。何の用意もできてませんが、ギミー幹事の心ばかりの2次会へようこそ!(正直、自分たちが楽しんでるだけですが・・・)。

Kurakka

 幸せいっぱいの二人を前に、それまで女性陣のデータ収集・分析に必死だったKINKO(さすが銀行員)がマイクを持って大ハッスル!(下写真)。音頭を取って「いっしょういっしょにいてくれや♪」で有名な三木道三を披露。なぜかみんなも立ち上がってフルコーラス。しかし、左の新郎新婦、少々困惑気味。そりゃそうでしょう、こんな大勢に目の前で歌われたら(笑)。固まった新郎と横を向く新婦に爆笑です。

Photo_9

 そして鋭い読者の方ならとっくにお気づきでしょう。KINKOのチャイナ服の色がかわっていることを! そうです、このチャイナ服はリバーシブルだったのです(笑)。この俺が1次会、2次会で同じ格好するわけないじゃん」としてやったりのKINKO。35歳独身ナイスガイの衰えをしらない宴会魂に感服したハチローです・・・。

 しかし「諸行無常の鐘の音」。祭りは長くは続かないものです。新郎新婦は「また次があるから」と丑三つ時を前に退室。するとそれまで一緒に盛り上がっていた女性陣(新婦側友人)らもそそくさと帰り支度・・・。「え、もう帰るの?こんなに盛り上がってるのに?」っていう。さすがに時間も時間ではありますが・・・。しかし3次会のことを聞きもしないなんて悲しすぎるではないですか。男性陣の低レベルな自尊心も揺らぐもの(悲)。まぁ、男4人のうち3人の指にリングがはまっている飲み会なんて正直興味がないのでしょうね(笑)。一人独身者のKINKO「何だつまんねぇ~の。あぁ、疲れちった」とグッタリ。気持ちは痛いほど分かりますぜ、アニキ!

 残り時間は男4人で使いました。KINKOが鳴らしたクラッカー(最後の1本)がむなしく響きました。終了後は、家が少々遠いイラブ(初登場。伊良部島出身の熱い男)を先に返し、KINKOギミーと3人でラーメン屋へ。疲れきった顔で麺をすする二人。しょぼいサラリーマンのように見えますが(失礼)、なんだかんだ言いながらも、どうしぐわぁの披露宴を盛り上げるために頑張った友情あふれる男たちなんです(2次会の費用もほとんど男持ちじゃい)。本当におつかれさん!

 比較的、職場も近い彼ら。「今度はゆっくり飲もう」(笑)と約束して別れました。

  おかげ様で、またまた風邪がぶり返したハチロー(泣)。年末のラストスパートに向けて少々不安です。

 


バディ1号&2号とチービシ体験

2007年11月18日 | ダイビング

 昨日、社内バディ第1号モーリーと第2号タカの3人でダイビングをしてまいりましPhoto_3 た!  同期入社のタカとは初バディ。前々から「一緒に潜ろうぜ」という話はしていたので念願がかなった形。ただ、社内でも有数の超プラス志向タカ。どちらかといえば猪突猛進型でもあります。以前、本部崎ではタンクが外れパニくったという話を聞いていただけに少々不安でもありました・・・。対して前回、北谷の宮城海岸で10年ぶりのダイブを無難にこなしたモーリー。「僕は船が苦手で・・・」と言ってはいましたが、北谷でのスムーズなダイブに安心していました。右写真は乗船して5分後のモーリー。「いやぁ、もう気分が悪くなってきました・・・帰りたいっす」。おいおい!

Photo_5  天気はあいにくの曇り空。利用したのは那覇市内の「BLUE ナントカ」というショップ。那覇の三重城港から30分程度でチービシの一角ナガンヌ島南に到着しました(左)。※この二人はガイドさんです。アンカーを下ろす準備中。

 水温は24度。経験数10本以下、ブランク1年ちょっとぶりという明らかに初心者ダイバーのタカが先頭を切って飛び込みました。その勇ましい姿にハチローも安心して続きました。モーリーもガイドさんに突き落とされるように海へ(酷)。ついに三十男三人のチービシ・デビューです!

 なかなか沈まないモーリーをガイドさんが首根っこを押さえるような感じで沈めていきました(再酷)。慎重を期してウェイト4㌔にしたハチローも息を吐きつつ潜行。アンカーに到着。熱帯魚が出迎える中、周りを見渡すと先陣を切ったタカがいません! 上を見るとまだ浮いたままでした。何かあったのかと浮上すると「ガイドさん! ウェイト足りないや! もうちょっとちょうだい!」と叫ぶタカの姿が・・・(笑)。デブのハチローと同じウェイトなので沈まないはずはないと思うのですが。案外緊張して肺がパンパンになっていたのでしょう(笑)。ハチローも最初のころを思い出しましたよ。笑えませんねぇ。

 さて何とか出発したものの(タカのおかげで5分ほどロス)、ハチローの新バディ1号&2号は、まさに珍道中!。まるでヒトデのように大の字になったままぐんぐん上昇していくモーリー(ハチローがとめました)、ウェイトが重すぎたのか、サンゴ礁の上でバランスが取れなくなり、ジタバタしたあげくインリン様のごとくM字開脚を披露するタカ・・・。そして下写真は、モーリータカの頭をフィンで蹴ってしまった瞬間です。頼む!危険な水中で笑わさないでくれ!

Photo_6

 さて海の中は、絶景やら希少価値的なお魚などは特にいないものの、熱帯魚の数、サンゴ礁もまずまずな感じ。ガイドさんが「クマノミとキスをします」とノートに書いたので注目していると、下写真のようなシーンが・・・。うぅ~ん、キスというより攻撃されているような・・・。

Photo_7

 ところで、このガイドさん。海の生き物を触りまくりなんですなー。客に楽しんでもらいたいPhoto、いいものを見せてあげたい、という思いは伝わるのですが、クマノミのいるイソギンチャクを 指示棒でいじくりまわるのはどうかと・・・。クマノミ三世帯は大パニックでした。そしてしまいにはその辺をプヨプヨと漂っていたコクテンフグをつかまえてこんな感じ(右写真)。コクテンフグが「苦しぃ!出してくれぇ!」と言わんばかりにプーっとふくらんでいます。確かに面白い絵ですが(笑)、ダイビングはあくまで観察目的、海の生物には触らないというのは基本だと思うんですがねぇ・・・。海にとってダイバーはあくまで外来者、と各ダイビング雑誌でも教えているではないですか。バディ1号2号は大喜びでしたが・・・。

Photo_2左写真は熱帯魚に囲まれるモーリー。美しい絵ですが、彼は浮かび上がるのを防ぐため岩をつかむのに必死でした(笑)。

 さて、こんな感じの1号&2号との初ダイブでした。楽しかったですねぇ。ちなみになぜ、チービシを選んだかというと、北風が強まりつつあるここ沖縄、西海岸はほとんどその影響を受けダイビングどころではないそうです(知りませんでした)。よって北風の影響を受けない島の南側(本島で言えば大度か本部崎くらい)を選択するそうです。チービシも基本的には×ですが、島の南側なら大丈夫とのこと。

 最後は久々に現れた南洋アザラシの写真です。寒い冬に向けてさらに脂肪を蓄えたようですね。しかし頭頂部は寒々としていますなぁ・・・。東京湾に浮上したゴジラのような貫禄です。Gojihati

 お寒い冗談はさておき・・・。陸にあがった三人は空っぽになった胃袋を満たすべく、「嶺吉食堂」へと。港湾労働者、サラリーマンに大人気の食堂です。名物あしてぃびち(煮込んだPhoto_4豚足)は、容器を持ってそれだけを買いに来る客もいるほどの絶品。ハチローらは「につけ」(700円)を注文。どうです、この迫力! 中央のあしてぃびちはもちろんいしゅうございました! あじくぅたぁとゼラチン部分の柔らかさ。他の店では味わえません。食後「また潜ろう」と約束し、海の珍道中は終わりました。

 さて、大満足の3人ダイブを終えたハチロー、自宅で一眠りしたあと、大学時代の友人ミヤシュン結婚披露宴へと行ってきます。3時までコースとなった(泣)その模様は次回お伝えします。

 


週末に思いをはせて

2007年11月15日 | その他

 Yuuhi_3がっているうちに雲に隠れてしまいました(泣)。最近は、半そでだと日中も寒く感じるようになりま したね(とっくに?)。ハチローの心もやっと年末モードに向かい始めましたよ。

 さて今週末のハチローですが、忙しくなりそうです。まず久々のダイビング! 社内で捕獲したバディ第1号モーリーと、第2号タカの二人と潜ってきます。場所は未定。万座を狙っていたのですが、北風のため無理とのこと(シーサー恩納店情報)。北谷か大度、もしくは慶良間に変更しようかと・・・。明日中に予約をいれなければなりません。

 そして、同日夜には大学時代の友人ミヤシュンの結婚披露宴が控えています。真面目で優しいミヤシュン。招待状を受け取ったときに奥さんも紹介されましたが、とても可愛らしい健康的な女性でした。一生一代の幸せぶりをこの目に焼き付けてこようと思うとります。

 二日酔い&寝不足のハチロー、夕日が雲にうずまるように布団にくるまりたいと思います。今日はこれにて・・・。ZZZ・・・


オレンジ色に照らされて

2007年11月12日 | その他

 最近、仕事が忙しいのか(去年ほどではないはずですが)、ネタのない日々が続く当ブログです。こうなったら「沖縄 ゼロ scene」に格下げかと(笑)。

 冗談はさておき、右写真は浦添市のある公園で見かけたチョウ。恐らくベニシジミではないかと・・・。ベニ(紅)とはいえオレンジ色の体で、同じくオレンジ色のランタナという花の蜜を吸Photoっていますね。擬態というか、天敵に見つかりにくいのを承知しているのか、他のチョウ(アゲハチョウ、モンシロチョウ)に比べると長くとまっていました。虫には虫の生き方があるようで、その世界も面白いですね。自称ネイチャーカメラマンのハチローです。(注)被写体の条件が、浦添市内でかつ歩いて近づけること、といわれています。

 先日、名護に一泊出張をしてまいりました。その夜はもちろん、お出迎えいただいた名護支社の先輩、同僚らと繁華街でさたでーないとふぃーばー! 楽しかったっす。おかげ様で一睡もせず、シャワーを浴び、そのまま出勤したハチローです・・・。こんな生活いかん、いかーん! 下写真は、そんな名護での業務中、ハチローらの目の前に現れらたサイクリスト。ちょうど自転車の祭典「ツール・ド・おきなわ」の時期だったので、その出場選手でしょう。二日酔いで睡魔と激闘中のハチローを尻目に、まさにヤンバルの風のごとく、爽やかに駆け抜けていきました。※オレンジ色の蛍光色、流し撮りでも目立ちますね(笑)。

Photo_2

 さてOFFだった今日、妻と一緒に「ALWAYS 続・三丁目の夕日」を見てきました。昨年のDVD感動体験からほぼ一年、今回はシネマスQでの大スクリーンでした。続編は初 作を超えない、とよく言われます。いいところは全て初作で出尽くしているから、当然といえば当然です(だからこそ傑作なんですから)。しかし世間は、同じもの、もしくはそれ以上のものを求めてしまう。結果「イマイチだった」ということに・・・。大人の観客を目指すハチロー夫妻、Santoume_2そこら辺を考慮してシートに座りました(って言うか期待を裏切られたくないだけなんですが。笑)。

 2時間半ほどの上映時間。またしてもハチローの涙腺には湧き水があふれ、隣の妻(チラ見で確認)にいたっては堤防が決壊していました(笑)。もちろん前編を超えることはできませんでした。でも三丁目の人々にまた会えた、というだけで作られた意義があったと思います。かなり背が伸びた淳之介クン、女っぽさが出てきた六ちゃんには現実に引き戻されましたが(笑)、売れない作家・茶川さんとストリッパー・ヒロミの恋の展開、新しい登場人物ミカちゃんらがしっかりと脇を固めてくれました。オレンジ色の優しい夕日に照らされた2時間半でした。今日の午前、ついに20度をきったここ沖縄。心温めてくれた三丁目の人々に感謝です。

 やっぱり映画はハッピー・エンドでなきゃ。

 公式サイトはこちらです。「ALWAYS 続 三丁目の夕日」

 


オタクの小さな喜び

2007年11月07日 | 読書

 気がつけばほぼ一週間ぶりの更新です・・・。ハチロー宅の話題を一つ。

 宅ハチロー、いや、ハチロー宅にやっとおニューの本棚がやってきました。高さ180㌢のPhoto縦長のやつです(右写真)。引越しの際に大量に廃棄したものの、どうしても捨てきれない本が従来の小さな本棚では収まりきれなかったもので・・・。本当はこれの2倍くらいのサイズが希望なのですが、狭い部屋では限界(泣)。

 何を隠そう基本オタクのハチロー(宅八郎と呼んで差し支えありません)。ウサギ小屋住まいだった幼少からの夢が、自分の書斎を持つことでした(暗!)。しかし庶民派サラリーマンの収入では2LDKのアパートがこれまた精一杯。なので、この部屋も引越し当初から、その使い方において妻と激論! 小物好きな妻は、口にこそしませんが「お洒落なインテリアに彩られた癒やしの部屋」を夢描いていたようです(笑)。平行線をたどり、気付けば3年の月日が経っていました・・・。本棚を買うのになぜここまでかかるっていう(笑)。その間、この部屋は寝室になったこともありましたが、ほとんどが着替えとアイロンのためだけの部屋に成り下がっていたのです(もったいねぇー!)。同系色であることを条件にやっと妻を説得(謝謝)。購入にこぎつけました。ハチロー得意のメイクマンにて8,000円程度でした(安!)。

 さて、そんな宅ハチローが現在読んでいるのが、左写真の「海人-uminchu-」(小林Photo_2照幸:著)。普天間基地移設先としてその名が全国区になった名護市辺野古に住むウミンチュ歴70年(!)の照屋規正さんの生き様を描いています。貧しいがゆえに「糸満売り」と呼ばれるウミンチュ雇用形態(今では人身売買となるでしょう)で、9歳から働きはじめるという厳しい環境。方言でマーブカーと呼ばれるレモンザメに襲撃され九死に一生を取りとめた事件、ダイナマイト漁にも手を出したことなど、戦前戦後の沖縄の漁のまさに歴史ともいえる人生です。ウミンチュは一年に2日しか休まない、ミーカガン(手づくりのゴーグル)とふんどし一丁で水深30㍍まで一気に潜水する、などという過酷な労働条件には身の引き締まる思いです。昔の人の生き様は本当にタフネスですね。

 まだ6割程度しか読んでいないので、これ以上はご紹介できませんが(笑)、かなり勉強になりますなぁ。お薦めで~す。

 部屋も片付きつつあることだし(3年の空白時間がありましたが・・・)、これからもオタクに磨きをかけていく所存でございます! 少しでも業務の結果につながることを祈って・・・。