沖縄 8 Scene

沖縄で生まれ沖縄に生きる
      8郎家の日記

白黒ついた師走前

2017年11月29日 | スキルアップ

  ここ3年間における最大級の“運命の日”がやってきました。2017年度宅建士試験の合格発表の日です。

 主催協会のホームページで午前9時半に発表されるということで、当日は朝から緊張したまま、車中でアイパッドを眺めます。合格を想定し、会社は代休を入れていました。なぜ車中かというと、宅建士登録のための必要書類の申請、実務講習の予約など移動の途中だったからです。

 10月15日の試験日から1カ月半。合格なのか不合格なのか、早く白黒つけてくれ、という針のむしろ状態でおりましたが、ついに白黒はっきりさせる瞬間がやってきたのです。3年間の努力がジャッジされる日です。午前9時半ジャストにホームページを開くと、すでにそれらしきページが。

 おそるおそる番号を確かめました・・・。 

 

 ありました~! ほっ。

 もちろん得点からすると合格は想定内でしたが、心境としては、安心した!(by小泉純8郎)の一言です。

 あらてめて3年間(実質1年半ですが)の努力を思い起こし、感慨深いものがありました。所要時間は簿記2級の約3倍かかりましたが、勉強自体は簿記より楽しく、つらい思い出ではありませんね。 

 いわずもがな8郎の耳には今、来年9月に引退する安室奈美恵の「Hero」がリピート再生されております(笑)

 44歳おっさん8郎も妻子の支えを受けながら、妻子のために頑張りました

 応援していただいた皆さん、本当にありがとうございました!

 

  さて、参考までにデータを見ると、注目の合格点は昨年同様35点。予備校の予想ラインは33~34点が最も多かったので、今日結果を知って涙した34点の受験生は全国に何万人もいたことでしょう・・・(怖)。受験者総数は全国で約21万人。うち合格者は15.6%の3万2644人です。沖縄県内に限ると348人(11.6%)です。沖縄の合格者数は何と福岡に次いで九州2位。人口増の県なんだと改めて感じました(最少の鳥取なんて376人しか受けておらず合格者はわずか43人です)。合格率は15%台ということで、最も恐れていた合格率の引き締めはなかったということになります。ちなみに合格者の平均年齢は35.3歳。最年長は茨城の89歳(8郎の倍!リスペクトいたします)、最年少は福岡の13歳だとか(35条説明ができる中学生ってどうなの?)。

 

 ところで、不動産業界にいない8郎らにとって宅建士になるための必要条件である実務登録講習は、受講料2万1000円でした(泣)。早いうちに受講したいのですが、12月中は業務が繁忙になるので、やむなく来年1月に先延ばしました。2日間、会社を休んで受講することになります。その修了書をもらえば「2年間の実務と同等」と認められるので、合格証やほかの必要書類と一緒に、県に登録を申請することができるようになります。申請から2カ月程度で登録が完了すると、次は宅建士の申請をすることができ、それが手元に届けば、そこでめでたく正式に宅建士🌸となるのです! 名刺に書くこともできます(現部署では不要なので入れませんが)。5年の更新期限がありますが、それさえこなせば一生モノの資格です。

 登録申請の必要書類のため、浦添・那覇の両市役所や法務局を回り、「人生で一度取るかどうか」と言われる「登記されていない証明書」(宅建士になれない被後見人などの状態ではないという証明書)という怪しい証明書も受け取りました。いい人生経験となるでしょう。

 次年度初めには宅建士を名乗れるように段取りを進めていきます。ちなみに合格証書は近日中に届くそうです。ちゃんと額縁にいれようと思います。

 重ね重ね、応援のほど、ありがとうございました。

 

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 先日、本島南部のとある海岸で、シロサギとクロサギのペアを見つけたので撮影。白と黒のコントラストが、曇り空の浜辺に映えていました。

 2羽は打ち付ける波にも動揺せず、餌を探していました。何だかかっこいいですね。8郎も足を踏ん張って、次の本命ターゲットをしたたかに狙っていきます!

 久々の野鳥撮影ということで、カテゴリーも「野鳥」にしようと思ったのですが、やはり宅建合格という節目にはかないません。「スキルアップ」に納めさせていただきま~す。

 師走を前に、温かい日が続いています。

 今日はこれにて。 


2千時間も1時間から

2017年11月19日 | スキルアップ

  中小企業診断士試験のWEB講座を申し込ました。通学できる予備校がベストだったのですが、受講代が20~0万円することもあり、その4分の1程度で済むWEB講座で妥協しました。自宅PCで受講し、その何倍も時間をかけて自宅で復習するというオタクスタイルです。宅建試験に続き、孤独な戦いとなります。不安ではありますが、宅建で痛感した「合理的な勉強法を探すよりも、地道な努力を1時間でも多く積み重ねるのみ」🔥という信念で一日一日頑張ります!

 申し込みから数日、2科目分のテキストと過去問集が届きました。高さ10㌢ほど。2科目でこれか!  

 この講座は、テキストは基本自分でPDFをダウンロードして自分で刷る方式(だから価格破壊が可能)なので、製本はオプションとなっています。8郎はオプションを頼みました。ネット情報でかなり粗い製本だというのは知っていましたが、実物を手にすると、確かに・・・。よくいえば手作り感満載というところでしょうか。

 しかし製本の状態より、8郎がショックだったのが、字が小さいということです。赤ペンと比べてわかりますか? 余白が十分にあるのだから、もっと大きくせい! とほざいてもどうしようもないので、老眼、いやシニアグラスに大活躍してもらうしかありませんね。でもただでさえ悪い視力を一気に落としそうです。

 とにもかくにも難関資格です。1年で受かるなんて全く考えていないので、合格目標は3年後の2020年と定め、総勉強時間は2100時間と掲げました。1年700時間なので一日2時間ですね。とはいえ、20年8月の一次試験まではもう2年9カ月しかありませんが(汗)。とりあえずの目標は、来年8月の一次試験で、少なくとも2科目合格を果たすというものです。中小企業診断士は科目合格制で、一度合格点に達した科目はその後2年間目免除されるのです。最優先は中小企業診断士の要であり、簿記2級の知識が生かせるという「財務・会計」です。そのほかに、できれば2科目、2次試験にもつながる科目を狙いたいものです。

 40代最後の挑戦が始まりました。50歳までに踏破したい千里の道です。応援よろしくお願いします!

 

 さて、将来の夢を「漫画家かサッカー選手」という愛息10郎。サッカーはどこまでうまいのか分かりませんが、漫画に関してはこれまでに何度も書いているように超エネルギッシュです。とある日曜日のお昼の10郎をご覧ください。まるで、往年の手塚治虫大先生松本清張大先生のような机ベタ張り書きです!(笑)弱冠7歳ながらにして「いい作品を仕上げたい」という執念が漂っています。もちろん「そんなに目を近づけると目が悪くなってメガネっ子になるよ」と指摘しましたが。

  寝ぐせのまま。書きまくります。ものすごい集中力です。全盛時の赤川次郎大先生もこのようなスピードだったのではないかと思わせるほどです。

  ストーリー的には、昨夜に読んであげた「ゲゲゲの鬼太郎」の絵本の影響をかなり受けていましたが(笑)、登場するキャラクターは、鬼太郎ファミリーだけではなく、おなじみドラゴンボールチーム、そして、4週連続放映中のインディ・ジョーンズ、さらにはNHKで告知していた「精霊の守り人」のバルサなど多彩です。なぜか星のカービーも友情出演しています。

 下写真は前作ではありますが、ホッチキスとテープでしっかり製本していました。

  豊かな想像力と、それを形にする力を、どんどん高めてほしいと思っています。それこそが人生を豊かにするエネルギーだと思っています。どんなにお金や地位があっても精神が貧しくては悲しい人生ですから。9年前に亡くなったテルおばぁからもらった格言です。

  さて、10郎のことばかり書いていますが、妻も手作りしていました。パンです。強力粉を練ることから始まり、オーブンで焼いたそうです。幼いころから、パンはオキコかぐしけんパンが売っているものを買うものだとばかり信じていた8郎にとって、「妻がパンをつくった」というのは衝撃でした(笑)

 お味はというと、しっかりパンでした!(誉め言葉です) 

 

 さて、あの悲しい東名高速でのあおり運転死亡事件を受け、8郎家も遅まきながら愛車エクストレイルにドライブレコーダー(ドラレコ)を取り付けました。妻と10郎だけの運転が多いため、車購入当時から検討していたのですが、決断しきれないまま今日に至りました。しかし、同じことを考えている方が全国にいるようで、人気メーカーのドラレコは在庫切れ状態。しかし、ここで在庫入荷待ちすると、また延びてしまいそうなので、休みを利用してオートバックスに行っている妻に「国産ならどれもそう機能も違わないはず。一日も早く設置できるやつでいいよ」と、職場からLINEで指示を出しました(笑)。メーカーはカロッツェリアです。駐車時にも、振動などを感じたら前後の様子を自動撮影する機能もあります!

  後方も記録するため2カメ体制です。リアドアの上部に付いています。

 解像度も抜群です。モデルはもちろん愛息10郎。しかし、リアウインドウのスモークの影響で、後方カメラは夜間は写りが極端に落ちるそうです。しかし、撮影角度の悪い車外の低い位置に付けるよりは、夜間を捨てようと判断しました。

  8郎が乗っていないときでも妻子を見守ってくれよ~。念願のドラレコに、ほっとした44歳でした。

 さて、11月も後半戦です。閑職の8郎もさすがに忙しくなりますが、勉強のペースも落とさずに続けていきます!


急いだキャンプ@金武

2017年11月12日 | キャンプ、車中泊

  秋晴れが続く沖縄です。このような神々しい朝日が起こしてくれます。この光景に、2017年の家族キャンプ決行を決意した8郎です。

 しかし、急いで計画しキャンプ場を予約したものの、当日の天気は下り気味。さらに10郎が37度を超える微熱を起こしました。中止も考えましたが、10郎が「行きたい」というのと、この日を外したらもう今年は予定が組めないだろうという思いもあったので、強行することに。結果的に10郎の熱もそれ以上あがらず楽しく過ごせました。

 場所は急ぎ決めたため、安・近・短を重視して、4回連続4度目となる金武町のネイチャー未来館にしました。いざ、出発。

 国道ではサイクリストの姿がちらほと。名護市を主会場に行われるツールドおきなわという大会と重なっていました。

 1時間弱で到着したネイチャー未来館にもサイクリストの姿がたくさんありました。ツールドの休憩場になっていたようです。15時を過ぎるころにはほとんどいなくなりましたね。ファミリーコースとはいえ、レース。急いでいたのでしょうね。

 テントサイトは9番。本当は河口に最も近い1~6番辺りを狙っていたのですが、団体客に先を越されていました(泣)。でも、目の前から垂らし釣りができる、炊事場も近い、と気持ちを切り替えることに。一番懸念していた風もそう強くは吹きませんでした。いざ、テント設営です! 

 しかし、過去4回で使ったことのないタイプのテントとサンシェードが支給されたので、妻と二人、しばし茫然。設営方法に関するトリセツもなく、困りました。しかし、アイパッドでネット検索すると、設営方法をていねいに説明するYOUTUBEを発見。活用させていただきました! 急がばネット検索、ですね。

 ところで、ここ(9番)の地盤の硬いこと、硬いこと! ほとんどの場所で、数㌢下にかなりの石が埋まっており、ペグを完全には打ち込めません(支給されたペグもほとんどが曲がっていたこともあり)。妻と二人、大苦戦。柔らかい場所を探しながら、なんとか整えましたが、設営後、しばらく手にしびれが残っていました。

 そんな中、10郎は自撮りを満喫。ちょっとは、手伝えっつーの! 写真の左端に偶然移ったわが頭の毛のなさに驚いた44歳のおっさんです。写真は真実を写すとはよく言ったもの・・・って、こら~。

 結局、サンシェードと合わせて2時間近くかかりました。いつもながら疲れた~。

 前日の仕事帰りに、急ぎメイクマンに駆け寄って、10郎のチェアを新調していました。980円です。

 早速、夕飯の準備です。牛フィレステーキを焼きます。今回は急遽決めたキャンプだったので、いつも以上にお手軽に済ませようと、恒例の煙の出ないロータスグリルではなく、先日のグラキャンでデビューしたスキレットを持ってきました。鉄鍋なので余熱効果にも期待。 焼き始めると、香ばしいニンニクの匂いが広がります。ところで、肉とニンニクって、刺身と醤油以上の黄金コンビだと思いませんか。

  今回材料を調達したのは浦添市屋富祖の中央ミートという店。T字形の骨の左右にサーロインとフィレが並ぶTボーンステーキもあったので購入していました。どこがTなのかよく分からず、大きなカルビのような気もしましたが(笑)、お味は想像通りにおいしゅうございました。エリンギもおいしかったっす。

  冬至を過ぎ、ここ沖縄でも急ぐかのように18時になると暗くなります。ランタンなどの照明が幻想的な雰囲気をつくります。

 お菓子などを食べたあとは、妻子はテントの中へ。風が冷たくなったこともあります。8郎ジャンパーを羽織り、一人垂らし釣りでウイスキーです。「知多」をロックでいただきました。

  さて、釣りですが、えさが取られる感触はあるのですが、手ごたえと呼べるほどの反応は全くありませんでした。20時を過ぎたあたりで8郎も寝ることに。

 テントの中での3人横になっての記念撮影です。 まだまだあどけない10郎。いつまで親に付き合ってくれるかなぁ~。

 妻は地面の角度や石が気になって眠れなかったそう。8郎は過去に比べると一番快適でしたね。とはいえ、午前3時半に目が覚めてからは眠れませんでした。

 起床後、釣り竿を確認してみると、一匹も釣れていませんでした。たたずむ竿が悲し気です(笑)。やはりもっと河口付近の場所でないと厳しいですね。そこにテントを張っていた団体客の方に聞くと「大きなガサミが数匹釣れました」とのことでした。よし、次からはそこだ!(笑) 

  さて、朝食の準備です。先日のどぅしぐわぁグラキャン同様に、妻子にもペペロンチーノを食べさせてあげようと張りきります。今回の具はシーフードです。エビやイカ、アサリなどが混じっている冷凍パックを購入していました。妻が好きなマイタケも入れ、オリーブオイルで炒めます。

 炒めると、具はいったん脇へ。火元が一つしかないからです。スキレットに砂などが入らないよう段ボール箱をふた代わりにして地面へ。次はパスタをゆでる番です。急げ!

  鍋も小さいものしか持ってきていないので、パスタもサンエーでこのようなものを購入しておきました。

  入りました! 感激。

  茹で上がったパスタと具をからめます。 唐辛子も投入。

  バジルをかけて出来上がり! 

 オリーブオイルとニンニクの食欲をそそる匂いにつられ起床した10郎。寝ぐせ全開です。

 家族3人でおいしくいただきました。短いパスタも全く違和感ありませんでした。

 さ、あっという間に片付けの時間です。なぜか、ランタンの袋を頭にかぶり、イギリスの近衛兵(このえへい)になる10郎です。

 設営では遊んでばかりだった10郎ですが、片付けでは、テントの骨組みの解体など積極的に手伝ってくれました。日ごろの工作が生きているのか、ポールを折りたたみ、収納するのも慣れた様子。父ちゃん母ちゃんはうれしかったぞう! おかげで片付けは1時間もかかりませんでした。

 

 愛車エクストレイルへの詰め込みまで手伝ってくれました。

 3人で力を合わせたために撤収はどのサイトよりも早かったようです。9時過ぎにはチェックアウト。

 帰りがてらどこかでお茶でもしようと、妻が検索したうるま市石川のカフェへ車を走らせます。急がばネット検索、ですよ。名古屋から移住してきたオーナーが外人住宅を再利用して開業した「イル・デ・パン」というカフェです。名古屋名物の味噌カツやきしめんが食べられるのだとか。

 到着。確かに、昔懐かしの外人住宅でした。

 しかし、個人的に、外人住宅より驚いたのは、道隣りに墓地が広がっているということでした。サーフボードと墓地という組み合わせはなかなかの違和感です。

  年齢不詳の男性が応対。開店2分前でしたが、おしっこがしたいという10郎のために急いで開けてくれました。出されたメニューを見ると、やはりザ・名古屋。そんなに高くもないですね。

  妻が注文したきしめん。透き通ったかつおだしでした。湯気に煽られるかつおぶしを見て10郎が「たまねぎが動いている」とびっくりしていました(笑)。確かに玉ねぎの皮みたいでもあるね。

  8郎は味噌カツカレー。おいしゅうございました。でもカレールーと味噌のコンビネーションは黄金とは言えませんでした。思い切りぶつかり、相手の長所を消す感じがしましたね。悪く言うわけではなく、もったいないような気がしたまでです。

  一番人気という味噌カツ定食を頼んだ10郎。「おいしい」とかぶりついていました。食いしん坊父ちゃんに奪われてなるものかと、珍しく急いで食べていました。

  シュークリーム(200円くらい)も注文。大変コスパのよいお店でした。外観はサーファーをイメージしたような作りで客層は固定化されていそうですが、大衆向けだと思います。みなさんもぜひ。

 急ぎ決断した2017年のワンデイキャンプ。帰宅後はとても疲れましたが、妻と「行ってよかった」と共感。10郎の熱も上がらずに助かりました。急ぎ成長する子供に待ったはありませんから、これからも挑戦しようと思ったときは迷わずに実行したいと思います。

 日付が変わるまでに寝床に就こうと、急いで書き上げました。誤字脱字、ご勘弁を。

 今日はこれにて。


人生最後の資格

2017年11月09日 | スキルアップ

 大げさなタイトルですいません。今回はまったくもって自分の「記憶」のために書いた記事です。そういう前置きでも「読みたい」という方だけお読みください。

 以前から何度か書いていますが、44歳半ばにして、ついに本命の資格試験に挑戦します。宅建士の合格ラインに達するまでに時間をかけすぎましたが、遅まきながら着手します。

 下写真はテラスからの眺め。夕日が秋のうろこ雲を赤く染めていました。8郎の何とも表現できない胸の内を表現してくれているかのようです。

 挑戦するのは中小企業診断士です。もちろん国家資格です。最近、人気が急上昇しているようですが、聞いたこともないという方のために、わかりやすく説明すると「中小企業のコンサルタント」、もっとくだけていうと「中小企業のかかりつけ医」と言えそうです。営業不振の中小企業の社長さんに「御社のここに問題がある。こうしたらどうだろうか」というアドバイスをする能力があると国が認めた唯一のコンサルタント国家資格です。大学の経営学修士であり大企業を対象とするMBAとはちょっと違いますが、ほぼ同格の位置づけです。

 はっきり言って難しいです。国家試験3大難関と言われる司法試験、公認会計士試験、国家公務員Ⅰ種を最上位とすると、その下の下、となります。ちなみに2位は税理士や司法書士、不動産鑑定士など、大学卒のフレッシュな頭で勉強漬けしても数年かかる試験です。さらにその下である社労士行政書士などと中小企業診断士は同格と言われています。上から見てきたので簡単そうに見えるかもしれませんが(笑)、ネット情報では「働きながらの勉強でも受かる最も難しい試験」と言われています。つまり働きながら合格するのは極めて難しいということでもあります。7科目もある1次試験を合格しても、論文形式の2次試験があり、トータルの合格率は5%程度です(司法試験並みやで!)。1次試験の1科目ごとが簿記2級クラスの難易度と考えたほうがよさそうです。あの苦しみを40代後半のおっさんになって7回分味わうのか!と考えるだけでも吐き気がしてきます・・・(もちろん、それは1次試験だけの話。中小企業診断士のメーンは記述式の2次試験です!これで心を折られる受験生がたくさんいるのだとか)。

 さらにさらに。受験生の知的レベルが非常に高いようです。東大生をはじめ一流大卒のエリートサラリーマンはもちろん、公認会計士や税理士、弁護士なども普通にいるそうです。国立最安易のR大卒の8郎ではスタート地点が違います。さらに「不動産業を継ぐために父ちゃんに行けといわれた」というあんちゃんたちがたくさんいた宅建ともレベルが違いすぎます。

 合格までに要する勉強時間は1500~2000時間といわれていますが、8郎は宅建のときの反省点もあり、個人的には2500時間と想定しているので、毎年700時間だと4年で届く感じです。遅くとも49歳(つまり40代)で受かる決意ですので、宅建のときのラストスパート同様の猛勉強をこれから4年間続けていくことになります(怖!)。

 取得した場合のメリットは、やはり中小企業の経営状況を分析できることにあります。会社が評価してくれるかどうかは分かりません。うちの会社ではまずしてくれないでしょう。

 反対にデメリットは、何といっても、国が唯一認めたコンサルタント資格でありながら「独占業務がない」ということです。この資格があるからこそできる業務というのがないのですよ(宅建士ですら35条説明など独占業務が法律で規定されています)。これは資格としては類を見ないデメリットだといわれています。つまり、この資格を持っていなくても経営コンサルタントはできるのです(8郎も入社当時に会社御用達のコンサルの講習を受けました。こいつら従業員を物言わぬ兵隊のように洗脳することこそ、あなたの地位を安住させる唯一の手段ですよ、社長!と主張する単なるヤカラでした)。そういう意味で中小企業診断士は「取り損」資格の代表格だと蔑視する人もいるようです。こんなヤカラでも、自信たっぷりに声をでかくして知ったかぶりを押し付ければコンサルタントを名乗れるのですから。

 ほかにも、5年に一度煩雑な更新手続きがあるなど、中小企業診断士はデメリットも多くて怖いくらいです(笑) 

 しかし、ここ数年の人気ぶりは何を意味するのでしょうか。それは、たとえ独占業務がなく将来独立などできない「取り損」資格でも、今自分が勤める会社の現状を専門的に知りたい、そして的確な診断、治療ができるようになりたい、というサラリーマンとして当たり前の考えがあるからではないでしょうか。8郎と同じことを考えている人がたくさんいるということです。うちの社内にも数人はいるはずです。

 とはいえ、8郎は20年ほどのサラリーマン人生で、組織とは数字ではなく「人」だと痛感しています。真面目に頭を使って働く人が多い組織はたいていのことでは倒れないでしょう。逆に汚いやつが自分の階級を上げるためだけに裏で動く組織は間違いなくだめになります。それはわかっています。しかし、外部的にはやはり数字で説明できないといけないでしょう。

 右肩下がりの会社、それに反比例する育ち盛りの愛息10郎のことを考え、最低でも独立できる資格がいいのではないかと、穴場ともいわれる土地家屋調査士、海事代理士、マンション管理士などマニアックなものも検討しました(宅建士はそういう理由で挑戦しましたが)。しかし、なにより、目の前の仕事が一番重要なのですから。それを忘れては元も子もありません。そこが資格試験の難しいところなのですが、ただ、中小企業診断士なら、まさに目の前の仕事と関連づけながら学べるのではないかという気持ちも後押ししました。それに、「財務と会計」という科目では簿記2級の知識が生かせるのだとか。財務会計は2次試験でも出てくる最も大事な科目なので、一から勉強するよりは非常に助かります。さらに「経営情報システム」という科目では依然取得したITパスポートの知識もプラス材料になるそうです(まぁ、それを視野に取得したのですが)。

 中小企業診断士で本当にいいのか? 最後の最後まで悩んだ理由はいろいろありますが、その最たるものは、やはり「自分の人生で本当にやりたかったのはこれなのか?」という率直な疑問です。このくすぶりは今も胸にありますし、今後、過酷な勉強で苦しい時期に「後悔」となって8郎を襲うでしょう。人生で一番大事な時期をこれにかけていいのかという。幼いころの8郎が今の8郎を見ても残念ながら「かっこいい」とは思わないでしょうね。もう一度人生をやり直せるなら弁護士に挑戦したい8郎です。学生時代も目指しましたが、金銭面、家庭の事情で断念(もちろん努力不足が一番の原因ですが)。正直「15年かければ司法試験だって受かるかも。その頃には10郎と一緒に親子同時合格を果たしたりして。一度きりの人生、挑戦してみようか!」とまで夢想しましたが(笑)、さすがにちょっと非現実的ですね。共働きの妻にとっても、失うもののほうが多いかも知れませんし。

 しかし、現実を見ると、何度も言いますが、会社は右肩下がりです。いまさらながら社員も浮足立っています(権力者に媚びを売ることで生き延びる策しか頭にないやつらの腹踊りのコンテスト状態です。辞令交付式を見れば一目瞭然です)。8郎はこの会社には20年近く前に採用してもらった恩を強く感じているので、50代は会社に対する恩返しとして、会社の再興に貢献できる力を持っていたいのです(再興というのはほぼ絶望的ですが)。以前にも書いたかもしれませんが「50の壁」というのは誰にでも本当にあると思います。更年期とも重なるでしょうが、気力・体力的にもう踏ん張れないっていう。先輩方を見ていても痛感します。50を過ぎると40代までにやってきたことしかアウトプットできませんよ。40代のうちにできることをしておきたい。そして同時に、家族を養う責任者として、社会的にもそれなりにインパクトのある履歴を持っていたい、という保険的な意味合いがあるのも事実です。この資格がどこまで頼れるのか疑問ですが、持っていないよりは間違いなくいいでしょう。

 やると決めた、というより、やらざるを得ないというのが正直なところです。やらない理由は探しても見つからないですね。

 働きながら学ぶという厳しい4年間となります(4年で終わらせたい!)。しかし、やらなければなりません。きったねー人事権者が保身のための証拠隠滅と個人的ないやがらせのために、8郎を閑職に置き続ける可能性が高いという現実も踏まえての決断です(毎年恒例の異動願いは毎年恒例で解禁初日に提出済みですが)。閑職だからこそ、できることがあります。いやがらせをエネルギーに変換しなくては、人生本当に負けてしまいますよ。逆境ほど鍛錬にふさわしい場所はありません🔥 かっちょいいでしょう? ここまで読んでしまった方、ここ、メモってください。2017年の流行語大賞に間に合います(笑)【後記】誰だ!? 今「ちーがーうーだーろー、このはげー!」と言ったやつは!?

 冗談はともかく。ということで最初に書いたように、今回ブログアップしたのは、誰のためでもない、自分自身のためです。今後ぶち当たるであろう高い壁に挫折しかけたときに、初志を振り返る備忘録として残しておきたいのです。たかが資格とはいえ、いったん受験地獄に足を踏み入れると、トータル的な人生として見ると失うものも多いはずなので、文章が気負ってしまったことをお許しください(笑)。

 宅建のように独学ではまず無理なので、講座を利用します。予備校か、WEB講座か、いずれかを選択することになるでしょう。勉強自体は一日も早く本格的にスタートさせたいです(今は簡易版テキストを流し読み程度)。

 44歳、資格試験という意味では、人生最後の挑戦です。大げさな言い方ですが、あくまで資格なので、人生の大事な時間を費やすのはこれで終わりにしようという意味です。目標達成まで数年単位となりますが、応援よろしくお願いします!


ムチと運動会

2017年11月09日 | 10郎

 愛息10郎の小学校初めての運動会に参加してきました。

 台風の影響で延期となっていたのですが空は秋晴れ。まさに運動会日和でした。名護からじいじばあばも駆けつけてくれました。

 目玉のかけっこは10人中2位でした。本番1週間前は、父にならってマンション8階まで階段を上るなど、即席トレーニングを実行しました。「1位を狙え」という父の激を背にスタート地点へ向かいましたが、例年通り、スタートで出遅れ(泣)。でも、階段上りのパワーを生かして最後まであきらめず、自分のけつにムチを打ち、ゴール直前で一人を抜いての2位でした。ゴールの瞬間、笑顔なのが優しい性格の10郎らしいところ。でも「負けて笑うな!」とザ・昭和世代の父にあとから言われましたが。

 1位になれなかったので微妙な表情で戻ってきた10郎。「最後まであきらめず一人を抜いたね! 階段上りがきいたね」と8つの目が褒めると、小皇帝は多少ご機嫌に。分かりやすいやっちゃ。かーかーとばあば特製の弁当で腹を満たしました。

 あっという間の運動会でした。

 

 家に帰ると、4週連続テレビで放映中のインディジョーンズを満喫。早速、恒例のなりきり撮影会です。ムチは父のA4用紙を大量に使い自分で作りました!  

 隣にあるは、黒い大蛇ではなく、掃除機です。

 このムチで、仕事帰りで横になっている父をバシバシ叩きます(超痛!) 

 お次は、これまたお手製のけん玉のひもの部分で、自分の顔を締めたときの写真です(なぜ!)。顔が細くなって大爆笑。加工などしておりません。

 わが息子の七変化。いつも楽しませてくれます。

 

 秋晴れが気持ちいい今日この頃です。どぅしぐわぁたーとのグラキャンの余韻も残る中、家族を連れて1泊キャンプも計画したいものです。

 

 どんなに意気込んでも、一日一日はあっという間に過ぎ、「今日一日頑張ったかなぁ」という不安だけが残ります。仕事もプライベートも、もっともっと自分のムッチムチのケツにムチを入れなければなりません! 

 テラスからの絶景朝日に誓いを立てたところで、今日はこれにて。


1973年生まれの秋旅

2017年11月07日 | どぅしぐわぁ

 2017年秋の3連休。8郎はN高時代のどぅしぐわぁたーとやんばるでのグランドキャンピング(豪華なキャンプ。略してグラキャン)を楽しんできました。

 2008年に亡くなった同級生ヤスーンを敬愛するどぅしぐわぁたー6人。1973年生まれの8郎たちはほとんどが今年44歳であり、来年は当然45歳と、40代後半の世界に足を踏み入れることになります。それぞれ、職種、家族持ちや独身貴族などのライフスタイルは違えど、50歳を前に体力・気力の衰え、職場での危機感、家族に対する責任の重みが加重するという事実は共通しています。どんなに気持ちが若くても、どんどん身動きがとれなくなっていくことでしょう。そういう意味で、このメンバーで少年時代に戻って遊べるのは今年が最後ではないか、という思いもあり、計画したのです(飲み会は続く限り続けていくつもりですが)。あの時やっておけばよかった・・・ということがないように日々を過ごしたいと思っているからです。

 残念ながら、ポン先生は家庭の事情で早々にキャンセル、砂吉は返信がなかったのですが、ホテル業の繁忙期に当たるためまず無理だろうと周囲が判断、当初大ノリだったTら~は2日前になって体調不良によるドタキャンということで、結果、亀さん森ドゥと8郎だけの3人となりました。半分がキャンセルなら中止しようと思ったのですが、賛同した二人が「3人でも行こうぜ」と言ってくれたので決行することになったのです。

 緊急事態にも関わらず、亀さんが車を出してくれることになりました。一つ空いた席には荷物を積めながらも、笑顔のヤスーンが座っている気持ちで、いざ出発!

 3人で運転を交代しながら国道を疾走します。窓から見える青い海と空が最高だぜい。空はもう秋模様です。 

 中継地点となった名護市での休憩含むランチには、8郎おすすめのカレー屋たんぽぽをご案内。初めてという二人でしたが、絶品カレーに大満足の様子でした。二人ともおそろいでハードロックなTシャツ着てるな~。ツルピカ8郎が言うのもなんだが、2人とも、老けたなぁ~(笑)

 8郎は恒例のカツカレー。この店で何回言ったかわかりませんが、おいしゅうございました!

 たんぽぽパワーでエネルギーをフル充電したあと後は、一気に沖縄本島の北端、国頭村へ。釣りをするために奥漁港に到着。家族連れらが散見されました。当初の計画では船釣りをする予定だったのですが、幹事8郎の不手際で予約が手遅れとなったゆえの漁港釣りです(謝)

 8郎はいつものごとく、てーげー垂らし釣り。ドライバーは森ドゥにチェンジしてもらったので、ビールに手を出します。北国のビールが断然うまい!

 開始10分でオジサンをGET。女子がまったく出てこない物語に、これ以上オジサンを加えなくても、と言わないでください。

 その後はガーラ。2匹とも20㌢に満たない小型魚でしたが、刺身にするために持ち帰りました(酷)。

 亀さんは投げ釣りに挑戦していましたが、一度も糸が突っ張ることなく納竿(悲)。「釣れんでもいいばーよ。この大自然のなかでキャストするだけでも楽しかったやっさ~」と、まさに坊主のときの8郎が常用する“負け惜しみ”を3回繰り返していました(笑)

 一方の森ドゥはというと、竿がしなるほどの大物と格闘! その大物の名は、地球。 

 ほとんど釣果はなかったのですが、のんびり3人での釣りは楽しかったです。

 宿には16時までにチェックインしようと、奥共同店へと。氷や水などを購入。ちなみに奥共同店は1906年開業で、県内の共同店の第一号店だそうです。111歳ということですね(凄)。

 

 今回使った施設は、奥やんばるの里です! 静かな山間に響く川のせせらぎが最高です。GW期間中のこいのぼり祭りではこの空間を無数のこいのぼりが占めます。  

 宿はこちら。赤瓦でいい感じです。こんなのが5棟設置されています。もちろん満室でした。8郎らは3~5人タイプの「ウニシ」という宿。税込み1万5千円。誰かさんのドタキャンにより一人当たりの料金が上がったため、誰かさんをちょっと恨みましたが(笑)、ウチナンチュ料金だった可能性がありで、正規料金よりは2千円ほどお釣りが来ました。

 室内はこんな感じ。窓越しにコテージが見えるのが最高です。こんな別荘持ちてぇ~。

 4畳半が二間。寝室を選択するじゃんけんで勝利した8郎は奥座敷をGETすることができました。

 トイレ、バス完備。

 洗濯機も! 連泊したほうが楽しいでしょうね。

 これからバーベキューの準備というタイミングで、亀さんが、今回の秋旅のまさに象徴ともいえるアイテムを取り出したのです。ウイスキーカナディアンクラブ(略称CC)です! じゃじゃん。

 それがどうした、CCなんてどこにでも売っているではないか、などと言わないでください。亀さんが持ち込んだのは、なんと1973年瓶詰。そうです、8郎らと同じ年を重ねたウイスキーなのです。その証拠にキャップにラベルが張られています。購入したのは、なんとディスカウントストアだそう。ずっと開封されずにいた方が何らかの理由で売りに出したのでしょう。

 ちなみに、ウイスキーは樽の中でだけ熟成を重ねるので、瓶詰にしたあとは何年たってもおいしくなることはないという意見もありますが、ネット上で調べると全く逆の意見もあり。こればかりは自分の舌で確かめるしかありません。ミステリアスな楽しみが増えました。

 釣ったオジサンとガーラは、居酒屋での調理経験があるという森ドゥがさばいてくれました。しかし、あまりの身の小ささに、リリースすればよかった、と毎度ながらの後悔。お魚さんたち、すいません! 命を無駄にいたしません。

  コテージはこんな感じ。

 椅子のアームにはカエルが気持ちよさげに眠っていました。やんばる固有種のハナサキガエルでしょうか。さすが、昨年2016年9月15日に33番目の国立公園として認定されたやんばるの森です。「国公園」と「国公園」では、管理者が国と都道府県という絶対的な違いがあるのですよ! と宅建受験で学んだ知識を披露いたします。それにしても眠たげな眼がかわいいカエルですね。アカマタ~に食われるなよ~。

 暗くなるころには、8郎持参のガス式ランタン「ノーザンスター」が活躍。雰囲気をグレードアップしてくれました。このコテージは屋根にライトが二つ付いているのですが、明らかに光量不足なので、別光源は必須ですね。 

  森ドゥの知り合いの店から購入したお肉。大麦牛ロースだとか。

  焼きあがるとごらんの色。にんにくも効かせて、大変おいしゅうございました!

 肉に満足したあとは、8郎持参のスキレットアヒージョに挑戦。ニンニクを多めのオリーブオイルで炒め、そこに缶詰の牡蠣マイタケ、そして赤唐辛子を入れるだけです。男の野外版簡単メシです。そうそう、忘れてはいけません。オジサンとガーラの白身肉もここで立派に成仏していただきました!

  完成! 具材が小さいのが反省点ですが、味は初めてにしては上出来だったかな。アヒージョのうま味がしみ込んだオリーブオイルを二次的に堪能できるバケットは、購入予定だったジャスコ名護店でまだ作っていなかったのでありません(店員さんによると売り出すのはお昼前だとか。泣)。

  腹を満たすと、プロミュージシャンである森ドゥ(実は一人だけ1974年生まれ)が、8郎のギターを使ってアコースティックなサウンドを披露。くわえたばこが絵になっています。8郎が10年間変えていなかった弦を、錆びにくいという新品に変えてくれました。さんきゅう!

 森ドゥが持参した電子タバコを味わう亀さん。けっして、1973年に連載スタートした、つのだじろう原作「恐怖新聞」で悪霊に憑りつかれた44歳やや肥満の男性が、エクトプラズムをはいている光景ではありません(これも1973年生まれがなせるオヤジギャグですね)。

 男3人、やんばるの森の夜の語らいも楽しかったです。森ドゥの二人の娘さんの健やかな成長、亀さんの結婚観、そして洋楽ハードロックのマニアックな話・・・。CCも甘くておいしかった。44年の時を経て熟成していたかどうかは分かりませんが、ブランデーのような深い甘味があり超おいしかったね。何よりこのタイミングに合わせて持参した亀さんの友情(受け狙いともいう)に感謝です。亀さん、ありがとう!

 日付けが変わる頃に就寝。8郎がGETした奥座敷の障子は1か所だけ意図的に敗れた箇所があり、多少のホラー感。夜中目が覚めた時に、これまた1973年連載スタートのうしろの百太郎(もちろんつのだじろう原作)がのぞいていたらどうするんだ! 

 とはいえ、朝からの疲れと飲酒のため爆睡。宅建試験に次いで人生二回目の耳栓も功を奏したのでしょうか。ふすま越しからだけでなく床から振動を通して伝わってくる亀さんのいびきもそれほど気になりませんでした。

 朝食はオジサン3人に似合わず、ペペロンチーノです。昨夜のアヒージョのオリーブオイルを活用しました。森ドゥが買って、結局使わなかった野菜も添えました。バジルをまいて完成。我ながらおいしかったっす。亀さんは味塩こしょうを雪のようにかけていました。成人病に気を付けよう!

  午前10時のチェックインを30分早く退館。お世話になりました。また利用します!

 せっかくだからと辺戸岬までドライブ。

 1972年に本土復帰するまでアメリカの統治下にあった沖縄。その翌年に生まれた8郎らは「アメリカ世」と言われてもピンとこないのが正直なところ。先に本土復帰した与論島を辺戸岬から眺めていたしーじゃ(先輩)たちの気持ちは想像もできません。どちらにしろ、時代の荒波と闘ったしーじゃたちの苦労をしのび、祖国復帰闘争碑に合掌。

 荒ぶる北の海を背にセルフタイマーで撮影。心だけは少年のオジサントリオをお許しください。与論島は見えませんでした。

 やんばるの県道沿いにはフヨウの花がちらほら咲いていました。

 ところで、車内は徹頭徹尾、亀森二人共通の趣味である洋楽ハードロックがガンガン鳴り響いていました。生粋の邦楽ポップ派である8郎は多少閉口(笑)。二日間で合計100曲くらい聞かされましたが、すべてが同じ曲にしか聞こえません! 亀さんが出してくれた車であること、そして8郎が3人中1人の少数派(マイノリティーという)である現実を踏まえ、おとなしくしていました。

 しかしこの二人は、フヨウの花などやんばるの大自然の中を走りながらも、会話のテーマの9割5分がハードロック  話題を変えようと8郎がほかの質問を振っても、心ここにあらずの返事を返した2秒後には、やっぱりハードロック! 日米両政府の沖縄圧政の象徴ともいえる東村高江のヘリパッド建設地前を走る時ですら会話のテーマはハードロック! 沖縄の自立、民主主義の将来を多少憂えた8郎です(笑)。「『オール沖縄』よ これが沖縄の現実だ!」という、うさんくさい本でも自費出版しましょうか。ドタキャンした男が助手席に座っていたなら事情は変わっていたかもしれませんね。

 でもいつになく生き生きとしていた二人でした。ここまで話が合う友達というのはなかなかいないのでしょう。いいことです!

 ランチは「俺たちよく知らないから8郎のおすすめでいい」というので、悩んだ挙句、本部町に近い名護市の西端にある必殺「よしこそば」へと。透き通っていながらもコクのあるかつおだしスープ。3人とも飲み干しました。ソーキも柔らかくてグー。2人とも「で~じおいしい」と言ってくれました。やんばるのそばのクオリティーに驚いたことでしょう。

 高速に乗る前に、久しぶりに許田道の駅へ。早速宝くじ売り場へと足を運ぶ亀さん。当たれば車を買い替えたいのだとか。その生き方、ハードロックなのか、思い切り庶民派なのか・・・。

 以上、1973年生まれのおじさん3人のやんばる秋旅でした。ヤスーンもたくさん笑ったことでしょう。

 残念ながら6人全員参加となりませんでしたが、とりあえず、3人だけでも実行できたという事実は、8郎の胸にちょっとした安堵感、達成感をもたらしてくれました。亀さん、森どぅ、楽しかったぜ! 幹事の役不足をフォローしてくれて本当にありがとう! 体調が悪くなったら、8郎特製のアヒージョでもなく、森ドゥ推薦の大麦牛でもなく、1973年生のウイスキーを疑ってください。44年は長すぎる!(笑)

 一か月後の忘年会では7人が集まれたいいね。

 今日はこれにて。