ひとり座禅のすすめ

自分ひとり、坐禅(靜功)を日常生活の中で取り入れていくと今までと違った感覚を覚えていく。

座禅は理屈で考えるものではなく実践を通して感得するもの

2008-11-11 08:03:47 | 座禅
 私の友人で、何でも自分自身で理屈的に納得しないと、一歩を踏み出さない人がいます。 誰でもが、そうあるのが一般的であるかもしれません。 座禅は、理屈では分からないものが、その奥にあります。 座禅の研究者や哲学者がおられますが、その本を読んで理解するというのは、まず不可能と言えるかもしれません。 私自身は、途中で読むのをやめたぐらいです。

 私の場合、生まれて初めて座禅を行った日に、頭のてっぺんにある百会が開き、頭が電子の輪のようなものを、感じてしまったので、興味半分で胸式肺呼吸で、吐く息をゆっくり吐く呼吸法を、我流で日常的なあらゆる時間、場所を使って、行っていました。

 勿論、1時間の座禅時間は、夜に朝に行っていました。 あとで考えれば、胸式肺呼吸が、そのまま逆腹式呼吸につながり、逆腹式呼吸が深化する過程で、いつの間にか肺呼吸を伴わない胎息(気の呼吸)が、できるようになっていました。

 その間、体の変化が先行し、分からないことばかりでしたので、本屋さんに行っては、買い求め読んでみましたが、必ずしも明快な答えが、そこにあったわけではありません。

 座禅(静功も含め)では、多くの場合、師匠が弟子に口伝で、その技法や意味について話されてきたこともあり、たいていの場合は、本には満足するものが記載されていることは、殆どありませんでした。

 私が、このブログを通して、一人でも多くの人に伝えたかった理由は、そこに起因します。 口伝されてきたことを、文章で明らかにすることには、躊躇しましたが、座禅の素晴らしさを伝え、一人でも多くの人が座禅を始めてもらうことのほうが、より大切であると考えたからです。

 はっきり言います。 座禅は頭で考えるものではありません。 座禅の実践を通して、自らがその素晴らしさを、感得するものなのです。 座禅を楽しんでください。


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