「手描きの時代」育ち-2・・・・アアルトの設計図面(1)

2008-03-06 18:33:39 | 設計法

[副題:番号追加 03月07日 9.57]

上掲の写真と図は、アルバー・アアルト設計の「セイナッツァロの町役場(civic centre)」の外観と設計図の一部。1949年の設計競技で入賞。1952年に完成。

   写真は “ALVAR AALTO:Between Humanism and Materialism”
               The Museum of Modern Art,New York 刊
   図面は  Finnish Buildings
        “ATELIER ALVAR AALTO 1950-1951”
               Verlag fur Architektur 刊

ここでは、いわゆる一般図として、「周辺図」「平面図」「屋根伏図」を掲載。
実施用の烏口による墨入れの図面と考えられる(この頃には、ロットリングの類はなかったように思う)。
設計競技に提出された図面は別にあるので、これも別途紹介。

万博フィンランド館の「うねる壁面」の意味が分かるまで、しばしの時間がかかった、ということを以前書いた覚えがある(2006年11月12日)。
しかし、その意味が分ってからというもの、アアルトの設計する建物、そこに表われる建築や設計に対する考え方、そしてその設計図面の描き方に、すっかりはまりこんでしまった。アアルトにかかわる著作もできるだけ集めた。

彼の図面には余計なものが描かれない。そして、描かれる線は鋭利で(烏口だからではなく、鉛筆でも同じであることは06年11月12日紹介の図で分る)、しかし、そこから暖かな空間が髣髴と浮びあがる。そこには、彼が考えていることを示すのに必要なことのみが、要領よく描かれている。
逆に言えば、彼の考える空間を正確に示すために、図を描いているのである。考えてみればあたりまえのこと。

たとえば上の周辺との位置関係を示す図。これは、当の建物の設計が固まった段階の図で(つまり実施設計)、周辺との関係をいろいろ考えている最中の図:スケッチも残されている。
図に示されている斜めの道を役場へ向ってゆくとき、どのように場面が展開し、建物にどのようにたどりつくか、それを示すための図がこの図なのだ。図を見る側にも、それが見えてくる。
つまり、これは、通常図面につけるおざなりの配置図、周辺図、案内図ではない。アアルトは、「役場へ向う過程」をきわめて重視しているのである(これは後に紹介するスケッチによく表われている)。

平面図に於いても、煉瓦壁と他の壁:木造とをメリハリをつけて描くから、紙の上に空間が浮き上がる。

線の描き方の細部は、屋根伏図で分る。一気に引いたのびのびとした線が、全体を形づくる。屋根は瓦棒葺きと平葺き部分とに分かれているが(この部分の詳細も別途紹介)、手描きゆえに、瓦棒は機械的な均等の間隔では描かれず、棒の太さも一様ではない。これがかえって屋根面をリアルに浮びあがらせている。
注目したいのは、出隅部分。
線が僅かながら角からはみ出す。線が角の一点で交叉するのである。そうすると角がはっきりするのだ。線を角で止めてしまうと、角が丸まって見えてしまうのである。
製図の時間、角はそのように描け、と教えられてもいたが、出すぎてもよくないから、なかなかうまくゆかない。どこで筆を止めるか、が問題なのだ。

そんなこと、どうでもいいじゃないか、と言われるかもしれない。
しかしそうではない。空間の展開を二次元で表す上で、一点一画が重要なのである。少なくとも私はそう思う。そのようにメリハリをつけて描いた方が、意図が伝えやすい、伝わりやすい、逆に言うと、見る方も意図が分りやすいように思えるのだ。
そのためには何が重要であり、何を省いてよいか、分ることが求められる。しかし、これは容易なことではない。

1960年代、いまもあると思うが、フィンランドの月刊の建築雑誌に「ARK」というのがあった。そこに掲載される建物の図面は、大半が上掲の図と同様な描き方であった。建物にも、アアルトの影響が色濃く出ていた。これもいずれ紹介したい。

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