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「三日住んだら浜っ子」の起源

 3日前に「三日住んだら浜っ子」と云う記事を書きました(Click here)。その折に、以前にblogにそう書いたらお叱りを受けたと書きましたが、その記事を見つけました。16年前に書いた「三日住んだらハマっこ?」と云う記事でした。

 そしたタイミング良くWeb Magazine Japaaanから横浜人の気質「ハマっ子三日」どういう意味?誰が最初に?言葉の起源をたどってみると… と云う記事が配信されてきました。

 詳しくはJapaaanの記事をお読みいただきたいのですが、故青木雨彦氏(あおき あめひこ。横浜生まれ、1932‐1991。コラムニスト、文芸評論家)が、「中学の先輩である草柳大蔵さんが、『だれの言葉だか忘れたが、江戸っ子は三代住まなきゃ江戸っ子じゃないけれども、ハマっ子は三日住めばハマっ子である』とおっしゃってくださったけれど、これは実は私が言ったんです。これは朝日の『新人国記』に書いてあります。(浜銀総合研究所「Best Partner ベストパートナー」1989年9月号)

 とのことで、青木雨彦氏は当初「江戸っ子は三代続かなきゃあ江戸っ子じゃないけど、ハマっ子は一日住めばハマっ子だ」と云った(書いた?)らしくそれが朝日新聞1981年11月16日夕刊「新人国記81(155)神奈川県12 ずらりペンの同窓」に掲載され、故草柳大蔵氏(くさやなぎ だいぞう。横浜生まれ、1924-2002。評論家、ノンフィクション作家)はそれを読んでいて上記の発言に及んだようだ。

 Japaaanの記事が事実との前提でまとめると、
★青木雨彦が1981年に、ハマっ子は一日住めばハマっ子だ」と云った(書いた?)

★草柳大蔵が1989年に、『だれの言葉だか忘れたが、江戸っ子は三代住まなきゃ江戸っ子じゃないけれども、ハマっ子は三日住めばハマっ子である』と、青木雨彦の言葉を紹介した。

★その後、元横浜市長の細郷道一(さいごう みちかず。1915-1990。市長在任1978-1986年、3期目在任中に死去)も青木雨彦の「浜っ子」に関する言葉を紹介。

 当初は「ハマっ子は一日住めばハマっ子だ」だったようですが「江戸っ子三代」の語呂の良さに倣って何処か、誰か(青木雨彦自身?)の時点で「浜っ子三日」になったようです。

 「浜っ子三日=三日住めば浜っ子」とは明治時代からある言葉なのかと勝手に思っておりましたが、探ってみると一番古いところでも1980年代、つまり昭和時代の最後の頃のようでした。とは云っても「明治は遠くなりにけり」から、すでに「昭和は遠くなりにけり」の時代、はや30年以上前のことになりますが・・・


Click on the photo to see it in larger size.

 と云う訳で今日の一枚は、多くの皆さんが「横浜、浜っ子」と聞いて思い浮かべる海の横浜=みなとみらい、山下公園、元町、山手、中華街とはまったくイメージが異なる私のフィールド、山の横浜=横浜の原風景=恩田の森の谷戸田です。

 blog「恩田の森Now」に、ただいまは6月21日に撮影した写真を6点掲載いたしております。梅雨さなかのはずの時期なのに、梅雨は何処へ? と云った風情の森の様子をご覧いただけましたら嬉しいです。
https://blog.goo.ne.jp/ondanomori/e/ead7ac910ca4c44f743421f709614d7e

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#横浜に転居 #浜っ子 #浜っ子三日 #三日住めば浜っ子 #ハマっ子 #横浜市 #新しい街 #青木雨彦 #草柳大蔵

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