陽だまりの旅路イスキア

あ、slice of life…日向香を感じる日々の暮らし…

7月の読書 二十歳の原点

2006年07月17日 | slow culture

JRの駅で待ち合わせの時間。
皆が揃うまで待っていると
改札前の広場で古本市が開かれていた。
時間待ちで何気なく文庫本を見ていると
懐かしいタイトルが目に留まる。
150円の値札が付いた「二十歳の原点」だった。
このタイトルとは三十年ぶりの再会となった。

二十歳前後の頃にむさぼるように読んだ本たち。
柴田翔「されどわれらが日々」、「贈る言葉」
奥浩平「青春の墓標」そして
高野悦子著「二十歳の原点」へと続いた。
母校から東大へ入り安保闘争の犠牲となった
樺美智子さんへの興味から辿った読書でもある。

高野悦子「二十歳の原点」は私にとっても
まさしくわが青春の墓標であった。
サークル活動の資金集めに映画会を開催しようと
配給元に紹介されたのが「二十歳の原点」だった。
学生会館で開催したカンパ百円のこの映画は
予想に反して当時大ヒットして大入満員。
サークル活動の貴重な資金となったのである。

今30年が経ち、読み返してみると
なんとアナログで純粋なんだろうと感じてしまう。
暗中模索の中で、
生きる意味としての存在の証を捜し
求め続けた青春の苦悩の様がそこにある。
当時私も好んで使った「止揚」という言葉。
今はもう死語と化した感のある響きが懐かしい。

“大きな杉の古木にきたら
一層暗いその根本に腰をおろして休もう
そして独占の機械工場で作られた
一箱の煙草を取り出して
暗い古樹の下で一本の煙草を喫おう
近代社会の臭いのする その煙を
古木よ おまえは何と感じるか”

六月二十二日の最後の日記に書かれた
この詩はこう終わっている。

“小舟の幽かなるうつろいのさざめきの中
中天より涼風を肌に流させながら
静かに眠ろう
そしてただ笛を深い湖底に沈ませよう”

この二日後に彼女は鉄道自殺した。

今は立命館大学の広小路校舎もなく
あのシアンクレールもないだろう。
けれど、こうしてときどき
未熟であることの高野悦子が時々現れて
私の心にまた何かを問うてくるだろうな。

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