気温も30度を超えてぐんぐん上がった日。
ショートステイで入所している施設から
突然一本の電話がかかって来た。正直
私たちは昨晩のワインのせいでまだ寝ていた。
「お母様の意識がおかしく、これから
救急車で病院に搬送しますので
すぐ来れますか。よろしくお願いします。」
えっ!今日は退所日のはずなのに…。
きつねにつままれた気分のまま
月初に退院したあの岬の病院へ行く。
妻は車の中で化粧をしていた。たぶん
こういうどうってことない光景だけが
後々記憶に残るのだろうなと
運転の隅でちらっと思う。もうひとりの
遊離した自分が見ている不思議…。
救急当番の放射線担当医師から説明を受ける。
「今の状態からみて危険な状態です。」
「えっ!……。」
何と言うことだ。気持ちが錯乱してきた。
取り急ぎ脳出血が疑われるので
CTを撮り、血液検査も行うという。
血圧も低下。呼吸も弱い。
危機的バイタルサイン?
カーテンの隙間から遠目に見えた母の姿は
点滴の管。酸素マスクに心電図のあの光景。
その誠実そうだが若そうな先生はこうも言った。
「今の体の状態からみてチューブだらけの
延命的な処置はしないほうがよいと思われますが。」
ガツン!「もう、そういうレベルなのか…。」
いきなり地獄に落されたのだが、神も今回は
私たちを救い上げてくれたらしいと判る。
結果は低血糖という思わぬものであった。
ブドウ糖の輸液をしたら急速に回復した。
ばつが悪そうにその若い当直の先生は言った。
「今までのことが解らなかったものですから。」
その医師を責めるつもりは毛頭なかった。
幸いその日の午後から主治医が来院すると言う。
「はは、出戻り入院やな。」
安堵感からだろう。シニカルにひとりごちる。
でも、今年も母には堪える暑い夏だ。
このひと夏だけでも病院においてもらえないか。
七月二十九日は忘れられない一日となった。
そういえば九のつく日は
母がとても嫌っていたのであった。