陽だまりの旅路イスキア

あ、slice of life…日向香を感じる日々の暮らし…

季題 新酒

2024年09月27日 | eau de vie

新酒は秋の季題です。今年酒とも言います。

酒屋や酒蔵の軒先にはまあるい物体が吊り下がってます。杉玉(すぎだま)です。酒林(さかばやし)とも言います。新酒を知らせる目印と言われています。

桜正宗の季節限定の純米酒「秋あがり」が酒屋に並んでいたので買って帰りました。子の家族が遅ればせながらの帰省で帰神していたからですが、私は少しなめただけでした。久しぶりに酒の匂いを嗅ぎましたが、酒を断って7カ月も経つと、アルコールがつんと来てすっと飲めませんでした。人間ってのは順応するものですね。

以前、新酒は秋の季語だと言ったら、新酒は冬だろと言われたことがありました。寒造りの酒が新酒だということらしいです。概ねそういう認識が一般ですね。新酒は今年米から作るので出来立ては秋。だから新酒は秋の季語となっている訳です。そう説明したら納得してくれました。

食前酒に少し嗜む日本酒。もはや私の酒はハレの日のものです。日常のものではなくなりました笑

小鼓の新酒に虚子を語り合ふ

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新涼の候に思うこと

2024年09月25日 | tete a tete

やっと秋が来たなと感じられる気温となりました。“新涼”というのは八月の候に載る秋の季題ですが、9月後半になってやっと感じる新涼とは、もうこれは月遅れの新涼といった感です。

これから一気に爽やかな気候となるのかどうかは解らないみたいです。まだ気候は不安定です。奥能登の秋出水での甚大な被害に心がとても痛みます。今はただ行方不明の方の安否が判ることを願うばかり。また被災された皆さまには心よりお見舞い申し上げます。

さて俳句の世界も“ホ句の秋”と言われるほど、これから色んな大会が開催されます。先般は軽井沢で全国大会が開催されましたが、参加された方に聞くと軽井沢のイメージとは裏腹にとても暑かったそうです。

そんなホ句の秋ですが、昨今は各地で開催されていた俳句大会がどんどん減ってきています。これも少子高齢化の影響なのか、世話役不在、参加者の減少、また自治体の補助の削減などで、毎年恒例の大会が維持できず廃止となっていってます。以前関西では龍野や北近畿、明石や摩耶山などで毎年恒例の大会がありましたが、それらももうなくなりました。

まあ、地球、人類の長い歴史からみれば、ずっと衰退し続けることはありません。衰退してゆくもの、勃興していくもの。その繰り返しが地球の歴史でもありますし、それを繰り返しつつ総じて発展してきています。

ただしその中で生き残るのは容易ではありません。地球的規模で言えば昆虫が一番生き残ってるのだとか。彼らこそ最も変化に対応してきた種だと言われています。ただ生き残ってもその形態は変わっているでしょう。俳句もどう変化していくのでしょう。答えは我々の中にあります。

変るもの変らないもの涼新た

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いさよふ月 十六夜

2024年09月18日 | slow value

十五夜の翌日は十六夜(いざよい)。陰暦八月十六日の月である。

月の出がやや遅れるので、これを「ためらう」つまり「いさよふ」と表現したのである。

十五夜の月もいいが、私は十六夜の月の方が好きである。十五夜は皆空を見上げるが、十六夜の空を見上げる人はほとんどいない。その静けさが好きな由縁である。

既望(きぼう)の月は十六夜→立待月(たちまちづき、十七夜)→居待月(いまちづき、十八夜)→臥待月(ふしまちづき、十九夜)→更待月(ふけまちづき、二十夜)→二十三夜(にじゅうさんや、下弦の月)とつづく。ちなみに十五夜の前日は待宵(まつよい、十四夜)という。さて、これらはみんな季語。つまりそれほど日本人は月が好きなのである。

十六夜やビルの隙間をいさよへる

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令和六年の名月

2024年09月17日 | slow value

今日も暑かった。所用で大阪まで出掛けたが、歩いているだけで呼吸も荒くなってくるしも体もだるい。何とか熱中症にならずに済んだが、もう九月も後半である。暑さ寒さも彼岸までというが、頼むからそうなって欲しいものだ。

澄んだ夜空にぽっかりと浮かぶ名月を涼しく眺めたいものだが、この気温では十五夜と言えど気分は夏の月である。

仲秋の名月は芋名月ともいう。これはこの十五夜の日が里芋の収穫祭であった由縁であるという。稲作以前は里芋が日本の主食だった時代、この十五夜(満月)の日に神様に感謝を捧げたのである。

ちなみに芋(いも)という漢字はさといも、藷(いも)はさつまいも、薯(いも)はやまいもを指す。

宵の口、ちょっと雲がかった名月の出となった。それでも無月(曇って月が見えないこと)や雨月(雨で月が見えないこと)でなくて良かった。それにしても無月や雨月などの表現は日本人の繊細さを感じさせる言葉だ。いにしえの人はたとえ月が見えなくても、その雲や雨の上に見えない月を見ていたのである。見えないものを見る。それが心というものだと言うことなのだろう。

さて、それでは番茶を入れて月見団子をば頂きませう。

厨ごと終へたる妻と今日の月

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うまいもの選 ういろう

2024年09月13日 | slow gourmet

家人が名古屋へ行くというので、“ういろう”をお土産に所望。これも昔ながらの尾張の定番お土産。好きなお菓子である。

青柳総本家のういろうづくりにこう記されている。“米粉やお砂糖などを丸一日かけてお菓子にし、お客さまへお届けする。単純な作業ではありますが、140有余年続けてきたその積み重ねこそが、今の青柳総本家の伝統を支えています。”

極めてシンプルである。“もっちりとしたやさしい食感と上品な甘さがいちばんの特徴” 確かに。

ちなみに日本三大ういろうとは「名古屋ういろう」、「山口ういろう」、「阿波ういろう」だそうです。また歌舞伎十八番の狂言「外郎売」の外郎とは丸薬のことで、相州小田原、外郎家の「透頂香」(とうちんこう)だそうです。

個人的には神戸は長田神社前商店街にある「ういろや」のういろうもお気に入りです。

継続は力なり。でも以前と同じようにただやっているだけでは取り残される。変化に対応したものだけが生き残るのが万象の世界である。つまり伝統とは生き残るための変革の歴史なのだ。と、とある自分事にも言い聞かせつつ…。美味しく頂きました。ごちそうさまです。

◇青柳総本家 名古屋市守山区瀬古1丁目919

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うまいもの選 御座候

2024年09月10日 | slow gourmet

“御座候”は関西では馴染みの昔からの定番の回転焼である。

小麦粉でつくった皮であんこを挟んで焼いた丸い形のお菓子の総称で、“今川焼”や“太鼓焼”“どら焼”など、地域によっては色んな名前で呼ばれて庶民に親しまれている。

“御座候”は姫路に本社がある会社が作っている。たまにデパ地下で買う。たっぷりと甘い餡が入って、ふわふわで食べ応えもある美味しいおやつである。

JR姫路駅東口より線路沿いに東へ少し歩いた所に本社がある。現役時代に姫路地区を担当したことがあり、とある上場会社を訪問するときに、通りすがりにこの本社があった。一度ここに併設されている“あずきミュージアム”を見学したいと思ったが、意外と入場料が高かったので、結局入らず仕舞いだった。

“御座候”の名の由来はHPによると、「お買い上げ賜りありがたく御座候」と「私が焼いた回転焼で御座います」からきていると言う。手焼きがセールスポイントである。

お酒を飲まなくなって甘いもんを食べることが増えたように思う。甘いものは砂糖が多いのでちょっと注意しないといけないが、別に糖尿病を患っている訳ではないので、ほどほどならまあいいか。最近はナダシンのおはぎなど昔ながらの定番甘味に回帰しているこの頃である。

◇御座候 姫路市阿保甲611-1

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液晶の昔日

2024年09月04日 | tete a tete

「日本勢の液晶パネル退場」

衝撃的な見出しが今朝の新聞の一面真ん中に。米アップルが2025年以降、iPhoneに有機ELパネルを採用すると決めたとあった。日本でのスマホ液晶を手掛けているのはジャパンディスプレイ(JDI)とシャープのみ。その供給がすべてゼロになるのである。液晶パネルの凋落を示すニュースであった。英国の調査会社によると、2024年にスマホの画面は液晶と有機ELのシェアが逆転したと言う。

液晶と言えばシャープであった。「20世紀に、置いてゆくもの。21世紀に、持ってゆくもの。」

2000年に着物の吉永小百合さんを起用した広告では、風呂敷に包んだブラウン管テレビと、吉永さんが抱えた液晶テレビの写真のビジュアルが記憶に新しい。それからのシャープは飛ぶ鳥を落とす勢いだった。テレビで初めて自社デバイスを搭載することに強い高揚感があったと思う。

我が家のテレビは今でもAQUOSだ。(テレビは案外丈夫でなかなか壊れるものではないのだ)左上に今となっては時代の生き証人的なシールが貼ってある。「世界の亀山モデル」と…。液晶テレビは出だしは1インチ数十万円であったが、それが1インチ1万円になり、5千円と低減していった。私はこのアクオスを1万円から5千円の間の相場のときに買ったと記憶している。今はどれくらいかは知らない。

しかしもう亀山工場ではテレビの液晶パネルは生産していない。今の亀山はスマホ向け液晶を生産しているのだ。それも生産能力を三割減らしていると言う。堺工場は直近の2024年8月に停止。データセンターとして売却話が大手通信キャリアと進んでいると言う。

iPhoneの有機ELパネルは韓国のサムスン電子と中国の京東方科技集団(BOE)が供給するらしい。

私が一線で働いていた頃、液晶とプラズマの競争がシャープとパナソニックで繰り広げられた。やがてプラズマは敗れ、松下は尼崎の工場を売却する。当時そこで季節労働員として働いていた、行きつけのバーの元マスターはそれで職を失った。勝ち組になった液晶だったが、今は有機ELにとってかわられようとしている。この世界は今日の勝者は明日の敗者でもある。

オールオアナッシング(100か0か)の競争世界は厳しい。これがグローバルの掟なのか?かつて日本はそんな世界ではなかった。100かゼロではなくて、50位でみんなが我慢して幸せになる。そんな世界だったと思う。言わば利他の心、それが日本の精神性だった。利他の精神性など弱肉強食の世界では通用しないものなのか?素直な質問として稲森さん(京セラ)が御存命であれば聞いてみたかった。

ただ老兵は老いゆくのみ?

写真は虫鬼灯(ほうずき)

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季題 八朔

2024年09月03日 | slow haiku

今日、9月3日は旧暦では八月一日の新月。つまり旧の“八朔”(はっさく)である。

ホトトギス新歳時記では九月の候の第一頁目に掲載されてこう記されている。

“陰暦八月朔日のことである。新暦では九月上旬にあたり、農家では初穂を収め、秋の稔りの前祝いとして種々の行事を行なった。武家、公家では、君臣朋友相依り頼むという意味で八朔の贈答が行われていた。農家ではこの日を大切にしている所もあり、八朔の節句として団子などをこしらえて祝う地方もある”とある。

京都・祇園では、芸妓・舞妓さんたちが絽の黒紋付きという正装で、師匠宅やお茶屋さんなどへ挨拶回りをするが、これは新暦の8月1日に行われているようで、毎年テレビニュースに取り上げられている。

私たちの日常では特にこの日を祝うなんてことはないだろう。そもそも八朔と問えば、みかんの一種の果物のことだろうという位の認識しかないと思う。

今、世間では米不足?だ。スーパーのお米売り場の棚は相変わらずほとんど空っぽである。よってこの日は秋の稔りが順調でありますように。そんな願いをしたい今日の八朔である。

八朔や村に移住の若夫婦

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走り萩

2024年09月02日 | nonoka

台風が去ったが、変わらず残暑がつづく毎日である。入道雲は相変わらずむくむくしている。

それでも天には秋の筋雲が。地には秋の花々が咲き綻びだした。

萩も小さな花をつけ始めていた。走り萩だ。もう少ししたら零れるように咲き揃うのだろう。

今年も短い秋になりそうだが、そんな秋の気配を見逃さないようにしたい。

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