マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

『将棋の子』(著:大崎善生 講談社文庫)を読む

2017年10月07日 | 読書

 藤井ブームの影響だろう、雑誌『将棋世界』を9月号から購入し始め、『中学生棋士』(著:谷川浩司 角川新書)や『将棋の子』を読んだ。

 『将棋の子』は、『聖の青春』で新潮学芸賞を受賞した大崎善生の作品で、読みたいなと思いつつ、記憶から消えかかっていたドキュメント。『将棋世界』に連載され始めた大崎著「神を追いつめた少年―藤井聡太の夢―」の名文に触発されて、私の記憶に舞い戻って来た。

 最近、とみに読書量が落ちている。読みの速度が鈍っている。それにも拘わらず、この350ページの文庫本は1日で一気読みした。内容があまりにも衝撃的だったからだ。
 この作品は、棋士を夢見ながら、志半ばで去っていった奨励会退会者たちの物語だ。大崎は長い間、日本将棋連盟の職員だった。将棋道場の手合い係を手始めとして、雑誌『将棋世界』の編集員となり、最後には編集長を務めた。彼にはその20年間に、多くの奨励会会員との交流があり別れがあった。将棋界の裏も表を見て来たし、醉も辛いも味わって来た。

 奨励会には満21歳の誕生日までに初段、満26歳の誕生日を含む終了までに四段にならなければ退会という規定がある。三段リーグでは、2位以内に入れれば四段に昇段し、晴れてプロとなれる。しかしそこは生存競争そのもの世界。例えば藤井聡太四段が昇段を決めた第59期リーグは、29人で争われ、うち昇段者は僅か2名。藤井四段にしても13勝5敗と5敗も喫している。厳しい昇段規定と過酷な三段リーグ。
 「勝つも地獄、負けるも地獄」、『聖の青春』の聖(さとし)が書き残した言葉である。
 
入会して来た会員のうちプロとなれるものは2割。去っていく奨励会員の方が遥かに多いのである。大崎は将棋棋士を夢見て志半ばで、ただ一度も注目を浴びることなく将棋界を去っていった大勢の若者を見て来た。
 
「私の胸には彼らの残した夢の破片が突き刺さっている。それは時としてちくちくとした痛みとともに、私の心に鮮明によみがえって来る。その痛みが蘇るたびに私は抑えることのできない衝動に駆られた」と書いている。その衝動に動かされるように将棋連盟を退職し、時に北海道北見まで足を延ばして、書き上げた『将棋の子』で、第23回講談社ノンフィクション賞を受賞している。特にこの物語の主人公・元奨励会会員成田英二に、優しくも、時として厳しく接する大崎の姿勢に私は胸打たれた。

 以下蛇足を。
プロローグから涙なしには読めない。概略を記そう。
 
「平成8年の3月発行の『週刊将棋』に、ダイレクトに胸を衝く衝撃的な写真が掲載された。一人の青年ががっくりと首を落として座り込んでいた。場所は東京将棋会館。被写体は中座真。中座にとって退会の可能性も昇段の可能性も残る、最後の三段リーグ当日。当日までの昇段可能者の成績は上位順に 
 [
堀口 12勝4敗]  [木村 10勝6敗]  [中座 11勝5敗]
    [今泉
 11勝5敗]       [野月  12勝4敗]       [藤内 12勝4敗]
 この星勘定の中で2位までが昇段。中座は2連勝しなければ退会と覚悟を決めていた。12勝者が3名もいる彼らが1勝でもすれば自分より上位となるからである。最終日の第1局を彼は制した。運命の最終局の対戦相手は今泉三段。その闘いに中座は完敗。他の三段の勝敗を全く知らない中座は、万感の思いを胸に靴箱の前で帰り支度を始めた。「まだ可能性があります」との言葉にうろうろし始めた中座のもとに一人の奨励会員が駆け寄って来た。「おめでとう。昇段です」。“地獄から天国へ”の一瞬。あまりの運命の急転に、中座は壁にもたれて座り込み放心状態で膝を頭にうつむけてしまった。その姿を『週刊将棋』記者のカメラが捕らえたのだ。最終結果は 
 [堀内 14勝4敗]
   [中座 12勝6敗]   [今泉 12勝6敗]
 [野月 12勝6敗]   [藤内 12勝6敗]   [木村 11勝7敗]  
 終わってみれば中座は3人を順位差で頭ㇵネしていた」
 その中座は3年後、「横歩取り85飛」戦法で第26回(1998年度)升田幸三賞を受賞した。


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