マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

『心淋し川』(著:西條奈加 出版:集英社)を読む

2021年02月12日 | 読書

 本作品が第164回直木賞受賞に決まった直後の、東京新聞著者インタビュー記事にこうあった。「・・・今作の川のモデルは幼いころに遊んだ北海道・帯広の細い川。“空港から市街地に向かう間の何もない景色が好き。今年中に帰りたい”」と。十勝空港から帯広へと向かう車の中で私たちも同じ風景を何度も見た。西條さんが音更小学校・音更中学卒業とも知った。孫たちの通学区域の小中学校だ。個人的な思い入れもあり、翌日、本屋さんへ直木賞作品を買いに行くと、全品売り切れですとの事で、ネット予約。10日ほど経って漸く到着した。
 6編の連作だった。最初の編「心淋し川(うらさびしがわ)」で作品の主舞台が分かる。中心人物は千駄木町の一角の心町にある長屋に住んでいる。「明けぬ里」には目赤不動も吉祥寺も登場する。そう、私が生活し、散歩に出かけたりする場所が舞台。作品がぐっと身近に感じられた。
 根津権現付近を南北に流れる藍染川。その支流のひとつに心川と呼ばれる小川がある。登場人物の誰も生きづらい環境の中に身を置かれ、日々の暮らしにあくせくしている。だからか主人公たちの川への心象風景は「溜めこんだ塵芥が重すぎて、川は止まったまま、流れることがない」のだ。
 登場人物は皆貧しく底辺に生きる人々。
 「心淋し川」の主役“ちほ”は飲んだくれの父を持ち、針仕事をさせられている。仕立て屋を通じて知りあった、思い人の元吉は腕を磨く修業のために京に去ってしまう。
 「閨仏」の“りき”はこの長屋で六兵衛に囲われているが、妾は4人に増え、共同生活を始めねばなくなり言い争いが絶えない。
 「はじめまして」での主役は飯屋を営む与吾蔵。根津権現で小さな子に出会い、かって捨てた女“るい”との間に出来た子かと期待するが、そうではないと告げられる。
 「冬虫夏草」の吉はかって日本橋薬種問屋の内儀だった。夫の死から不幸が相次ぎ、大怪我を負って歩くことも出来なくなった息子と二人での、ここの生活を余儀なくされている。
 「明けぬ里」の“よう”の夫は賭場で妻の稼いだ金まですってしまい、夫婦喧嘩が絶えない。
 このいずれにも登場するのが世話好きな、差配の茂十。最終章「灰の男」でその茂十の過去が明らかになる。物乞の楡爺に親切にして来たのには深いワケがあった。
 どの物語の最後には仄かな希望が待っているが、最後の最後に目出度い結びが用意されていた。第1章に登場の“ちほ”は仕立て屋の手代に縁付くことが決まり、間もない婚礼で茂十は挨拶をすることになっている。差配として世話を焼きながら、その実、灰の様になっていた自分を日常に還してくれたのが心町の住人だったと悟る茂十。住んだものたちには「生き直すには悪くない土地」と感じられる心町。
 読後感が爽やかだ。この作に導かれて、中山義秀文学賞受賞作『涅槃の雪』を読み始めた。
 
 
 

 


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