マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

幻董庵(げんとうあん)は田中絹代の別宅だった

2016年05月30日 | お気に入りの店
 横須賀線は大船から東海道線と別れ、逗子を経て三浦半島を横断し横須賀へと向かう。その横須賀線に並行して走るのが神奈川県道21号横浜鎌倉線だ。かっての鎌倉街道。北鎌倉で下車し、この道沿いに幾つかのお寺を巡り鶴岡八幡宮まで足を延ばしたことはしばしばあった。今回はTさんの案内で初めて鎌倉とは反対逆方向へと向かった。
 車が気になって並んで歩くことが出来ないほどの狭い県道で、谷沿いの道である。しかし初めて歩く道は好奇心を刺激してくれる。道路の左右をきょろきょろと観察しながら進むうちに、右手に堂々たる建物が見えて来た。何ですかとTさんに問うと「郵便局です。谷中小学校の様にそれとは思えない建物」これが北鎌倉の”実力”かと、感心していると、その角を左に回って路地に入っていった。(写真:鎌倉小坂郵便局)


  (幻董庵近くの路地)

 県道と直角に交わる路地は上り坂となって山側へと向かい、その路地を右すれば、県道と平行する小道となり、人だけが漸く通れる極く狭い路地。それ故閑静な住宅街が形成され、その一角に、隠れ家的な幻董庵はあった。「あの二階建ての日本家屋が幻董庵です」とTさん。やや離れたところからも一段と高いその建物は目に入って来た。
 田中絹代の別宅だった。田中は神奈川県鎌倉市の鎌倉山に「絹代御殿」と呼ばれる自宅を建築しているがそれとは別である。その家屋を改築し、2005年に懐石料理店を開業。一切宣伝することなく、11年にはミシュランの一つ星を獲得したとか。(写真:路地から幻董庵を見る)


         (店内は全てテーブル席)


 12時前に入店し2階に案内された。2階の総ガラスの窓からは鎌倉の山並が良く見渡せ、7つほどあるテーブル席は殆ど女性で埋まり、ワインを嗜んでいた。私達はアルコール抜きで、Tさんが予約していた3800円のランチのコースを味わった。(写真:幻董庵玄関)
 料理は北鎌倉で採れた野菜が中心の懐石料理。見事な器に盛られ、手が込んだと一目で分かる料理が8品。全ての料理が出されるまでに2時間30分の時間を要した。それはTさんから聞いてはいたが、そのスローペースが妻には何よりも有難く、ここを予約してもらった大きな理由だ。妻は出された料理の殆どを食することが出来た。

 2時間半の食事時間と最後に出されたコーヒータイムを合わせて3時間弱。どのテーブルも人が席を立たない。ゆったりと、食事とワインと会話を楽しめるようになっている。長閑なときと優雅な空間がここにもあった。 
 次回は又違う場所をご案内しますとTさん。鎌倉に詳しい方のご案内で鎌倉再訪が出来ればそれに越したことはない。帰路は湘南新宿ラインで池袋へ

 
            (先付)                                   (お造り)

 
              (椀物)                                  (八寸)

 
             (煮物)                                  (揚げ物)

 
              (食事)                               (水菓子とコーヒー)

北鎌倉へ

2016年05月28日 | 

 定年退職して14年余りが経過した。普通は「定年後は人との付き合いが減少する」のだが、”例外のない規定はない”の如く、私の場合は付き合いが増している。地域では町内会や高齢者クラブ・ラジオ体操、定年後に勤務に就いた時の同僚、退職者会の仲間たち、指圧の先生、学習の場で出会った知人、「源氏の会」のメンバーなどなど。教え子たちとの再会もあり、山行を共にし始めた甥やその友人。今回北鎌倉散策にご一緒したのは、同じマンションに住むTさん。
 Tさんは10年数年前に文京の地に舞い戻り、会社務めもこちらから通われていた。我がマンションで開催する「花火鑑賞会」を切っ掛けとして知り合い、こちらに見えられたときは我が家にお出で頂いて、私達と長時間のお喋りを楽しむことも何度か。しかし病気がちとなったお母さんの為、彼女は会社を辞められ、今は鎌倉の実家で介護に過ごすことの多い日々。最近の会話で「新緑の頃に鎌倉へお出で下さい」とのお誘いを受け、昨年の春に鎌倉を訪れる予定だったが、妻の体調不良で中止。今年の5月25日(水)に漸く実現の運びとなった。場所は北鎌倉とし、懐石料理「幻董庵」(げんとうあん)の予約もしておいて下さった。

 当日は東京駅から横須賀線で北鎌倉へ。10時前に再会し円覚寺へと向かった。北条時宗の開基による臨済宗・円覚寺派の本山は、駅に隣接して建ち、この寺への参拝者は多い。小中学生や高校生の姿も多数見受けられた。山門から仏殿へと進み、その先の塔頭となると観光客の数はやや減ってくる。(写真:山門)







 谷に沿うように建てられた伽藍の間を、緩い勾配に従ってゆったりと上って行くと国宝舎利殿。ここへは以前は入れたはずだが、今は門前までで、
国宝建築を遠くから眺めるのみ。それでも新緑と建物が見事に調和し、全山緑の美しさにしばし息をのんだ。





        (この遥か遠くに舎利殿)

 道を隔ててその反対側に如意庵があった。ここには何かがあるとの妻の直感に従い階段を上ると門の先に見事な庭の一部が見渡せた。玄関の様子から「室内で抹茶やコーヒーが味わえる」ことが推測出来き、部屋に上がってコーヒーを頂いた。
 正式には「円覚寺如意庵茶寮 安寧」。コーヒーを乗せた盆には一輪の花が添えられていた。二人には紫陽花、私にはホタルブクロ。住職が朝に摘んだ花で、この演出と大きな団扇や背景の屏風が醸し出す風雅な雰囲気に3人とも酔った。テーブル席からも庭が見渡せ、鎌倉在住のTさんもご存知なかった場所でもう一度は訪れたい空間。水・木・金と第二土曜日のみの営業。(写真:結構な味のコーヒー)
 幾つかのお寺見学を回るものと想定していたが、円覚寺だけで1時間30分を費やしてしまい、他のお寺への拝観は断念し「幻董庵」へと回った。

  

 
      (この階段を上った)                        (如意庵の庭の一部)


『御宿 かわせみ』を観る

2016年05月26日 | 映画・美術・芝居・落語

 5月23日(月)、妻を誘い、明治座で『御宿 かわせみ』を観てきた。
 東京新聞のイベントに応募し当選したのだが、明治座の場合は、例えば美術館の入場券などとは違って、チケットの交換券がゲット出来るに過ぎず、指定された日に並んで希望の日のチケットを得なければならない。その面倒さを厭わず、5月上旬のある日、ひとり明治座まで出かけ長蛇の列に並んだのは、私が好きな歌舞伎役者中村橋之助と女優高島礼子の共演を観たかったから。

 明治座のチケット交換に並んだのは2度目のことで、今回の『御宿 かわせみ』は、主演の二人がテレビと同じということもあり人気が高く、前回以上の待ち時間でようやく手に入れた。平岩弓枝原作のこの作品、テレビでは一度だけ見たことがあったが詳しい人物構成などを今回初めて知った。
 主人公は南町奉行所の与力を務める、由緒ある武家の次男坊神林東吾(中村橋之助)。
 女主人公は、大川端にある旅館「かわせみ」のあるじ庄司るい(高島礼子)。二人は幼馴染で相思相愛の仲。

 東吾の兄の通之進(西村雅彦)と香苗(紺野美沙子)には子供がいないため東吾に家を継いでほしいと願っている。 
   
 そんな状況のなかで今回の舞台展開は、
 るいが親切にも一夜の宿を提供してあげた兄妹は詐欺事件に巻き込まれていて、これを助けようとする東吾たち。
 香苗の実家の麻生家は大身の武家で、妹の七重は東吾に思いを寄せ、今東吾との間に縁談話が一方的に進められようとしている。るいは、自分との仲を通之進に話して下さいと東吾に頼んでいたが、何時もその機会を逸し、逆に東吾と七重の縁談が進んいるの知ってはなはだ面白くない。
 家宝の千手観音を壊してしまった香苗は夫進之助に知られまいと義弟東吾に助けを求め、何とかしようとする東吾。

 この3つが同時進行的に舞台は進んでいくのだが、あまりはらはらどきどきする場面もなく目出度し目出度しの大団円で幕となる。登場人物の多くは善意の人で、悪側も小悪党。私はそうだが、観客の90%もの女性も主演の二人を眺め、江戸情緒が味わえればそれで充分なのだろう。
 洒脱な東吾を演じる橋之助はぴったりの役どころ。宿の娘を演じるにしては高島礼子はかなりの年齢のはずだが、色気が漂い私は好きだ。
 観劇後、浜町から人形町の甘酒横丁を散策し帰路に着いた。


伊勢ノ海部屋の千秋楽祝賀会に初参加

2016年05月24日 | スポーツ

 5月22日(日)は大相撲夏場所の千秋楽。白鵬が全勝し37回目の優勝に華を添え幕を閉じた。場所が終了すると各部屋では”千秋楽祝賀会”が行われる習わしらしい。伊勢ノ海部屋のそれは18時30分から両国「花の舞」で行われ、私の手元へは無料招待券が郵送されてきていたので、勇んで初参加してきた。
 150名ほど参加の賑やかで華やかな会だった。
 入口付近では親方夫妻初め一門の力士総出でのお出迎いがあり、指定された席に着席するとテーブルには既にチャンコ鍋・刺身・ビールなどがセットされていた。各テーブルでは、開会前に乾杯の”練習”が始まっていたので私もすぐそれに倣った。近くの方にお酌をするとお二人から名刺が。右隣りの方は「横浜相撲甚句会」の会長で、前の方は某会社の社長にして、先代親方(元藤ノ川)以来の後援会会員。相撲好きは相撲の話で盛り上がる。相撲談義は私も大好きで話の仲間に加わらせて頂いているうちに開会。

 建物の一角に土俵が作られていて、そこが今日のメイン会場。司会はマネージャー浅坂さん。全てのテーブルから土俵は眺められないのでモニターテレビが設えてあったが、私の位置は土俵に近かったので、度々土俵正面へ移動して写真撮影。
 会長挨拶に続いて各力士の成績発表。伊勢ノ海部屋は11名の力士中勝ち越しは2名のみで、今場所の成績は芳しく無かった。勢は千秋楽に勝利したものの4勝11敗。期待外れに終わった。上位陣と総当たりとなった位置は8場所あったが、全て負け越し。今場所もその壁を越えられなかった。このハードルを何時か越えて欲しい。
 錦木は7勝8敗で来場所は辛うじて幕内残留。
 しかし、場所が終われば成績は忘れて力士たちは皆リラックスしていた。土俵とは全く違う素顔がそこにはあった。

 宴半ば、中学を卒業したばかりの新米行司海之助のお披露目があった。若いというより幼い雰囲気。「50年後の木村庄之助をご期待下さい」とか司会は言っていたが、「俺たちゃ生きていねえよ」の声も多々。(写真:マネージャーと海之助)










 お楽しみ抽選会が始まった。その合間に席を外すと勢が会員との写真撮影に応じていた。私も絶好の機会とツウショットをお願いした。その勢は最後に舞台に登場し「ありがとう」・「山」などを熱唱し、角界随一と言われる自慢の喉を披露。ディナーショウの雰囲気を呈して来た。会は最高に盛り上がり、最後の最後に一門の親方と幕内以上が登壇し、副会長の〆で終了。(写真:熱唱する勢)







 私が当初予想していた以上の参加者でそれも女性ファンが多かった。甲山親方(元大碇)の周りには女性ファンが多数で、いまだ人気は衰えずか。この世界にはファンに女性が多いのもうなずけた。(写真:甲山親方)
 今まで見た事のない世界を垣間見たことで十分な満足。









 
        (元藤ノ川)                          (親方夫人)

 
              (錦木)                                           (閉会の挨拶)


都高教退職者会総会に出席し、『日本と原発 4年後』を観る

2016年05月22日 | 将棋

 昨日の5月21日(土)は、私も幹事に名を連ねる「都高教退職者会」の定期総会だった。参加者は来賓も含めて30数名。開会が13時。この会終了後、原発学習会が予定されているので、14時終了を目指しての総会としたいと、議長菅さんはまず初めに断りをいれた。
 会長挨拶・来賓挨拶の後、2015年度の経過報告・決算報告。続いて今年度の活動方針・予算の提案。3人の方からの質疑の後、拍手で原案は可決された。
 決議案「原発の再稼働を阻止し、脱原発社会を目指す決議(案)」と「辺野古新基地建設・高江オスプレイパット建設に反対する決議(案)」を可決。最後に「総会宣言(案)」を私が読み上げ、これも拍車で可決。来賓挨拶・活動方針案・総会宣言などを共通して流れていた思いは、迫りくる参議院選挙で3分の2の議席を確保し憲法改悪を狙う、安倍政権の打倒を目指そうとの決意。その思いがひしひしと伝わって来る総会だった。
 続いて新役員16名が紹介された。新たに3名が加わっての16名での新体制。この2年間の退職者会の活動を下支えすることとなる。私もその一員で、幹事を引き受けてから早や4年となった。もう一期2年は頑張ろう。
 最後に平岡会長の音頭”団結頑張ろう”で目出度く幕。(写真:活動報告をする平岡会長)



 会終了後14時半から映画会と講演会。
 映画は『日本と原発 4年後』。
 実はこの映画『日本と原発』の続編。弁護士の河合弘之氏がメガホンを握ったこの作品は、最初の一年間で約1,000回(観客動員数約7万人)の自主上映がされるほどの大好評。その続編が『日本と原発 4年後』。ここ一年の大きな出来事(高浜原発差止仮処分、元東電役員の強制起訴など)、被バクの問題、テロと原発の問題、推進派(近藤駿介氏、木元教子氏)の言い分等を入れた。製作者曰く「日本の原発の全ての論点を論じ尽くしました。これを見た人は必ず脱原発を確信するようになります」と。ただ2時間の長編で、主として学校用に1時間ものに再編集したもの。
 映画は冒頭に浪江町請戸の現状が流れます。町民の怒り・悲しみ・憤りを感じ取った河合氏たちがこの映画を作成し、多くの人に伝えねばならないと感じた出発点が胸に迫ります。


 その後の講演会は河合氏の予定だったが、アメリカの兵士が提起した「被曝米軍兵士が東電などを提訴」した問題で、聞き取りの為渡米。代わりに「脱原発弁護団全国連絡会」の事務局長で弁護士の只野靖さんが講演。弁護士だけあって、主眼点は原発再稼働を巡る裁判。主論点は”基準地震動は過小評価ではないか”。この講演の記録は私の役目。録音をし、Power Pointで映し出された全画面を撮影した。昨日の今日なので内容のまとめが出来ていない。この点は後日に回します。(写真:講演をする只野靖氏)

 (映画『日本と原発』のHP はhttp://www.nihontogenpatsu.com/ から)