マーちゃんの数独日記

かっては数独解説。今はつれづれに旅行記や日常雑記など。

『藤井聡太論』(著:谷川浩司 出版:講談社α新書)を読む

2021年10月15日 | 読書

 藤井聡太三冠の強さの本質に迫ろうとして、あるいは又藤井将棋の魅力を探ろうと、いろいろな書物が出版されている。その中でも特に十七世名人資格保持者谷川浩司が著した『藤井聡太論』が面白い。 谷川は“はじめに”で「将棋の世界はいま、歴史的な変革期にある。」と書き始める。その原動力のひとつが将棋研究にAIが取り入れられたことであり、もう一つが彗星のごとくあらわれた藤井聡太という天才だ。 
 本書は藤井聡太という巨大な才能の謎に迫ることを通して、新たな時代を迎えつつある将棋の現在と未来を展望し、読み応えのある「将棋論」
となっていた。(今回は敬称を略させてもらっています)
 谷川と藤井には共通点が多い。中学生でプロ棋士になったこと。詰将棋を愛好し、創作もすること。鉄道好きということ。(谷川は時刻表を見るのが大好きで、藤井は「乗り鉄」)。更に又二人とも数学好きであること。谷川は83年6月、21歳2ヶ月の最年少で名人を獲得したが、この最年少記録を藤井が更新する可能性があることも共通点として挙げておこう。
 従って、谷川の過去の記録や体験と藤井のそれを比較することに多くのページが割かれている。天才だけが知る若き天才の秘密に迫ろうとしたのが本書だ。
 終盤力については現在5連覇している詰将棋解答選手権が語られる。
 粗削りだった序盤は将棋AIを活用して指し手の精度がより向上していることが紹介される。(得た賞金で2台目のパソコンを組み立て、ディープランニング系のソフトで研究している)
 谷川が特に注目したのは中盤だ。今までに両者は2度顔を合わせ、谷川の0勝2敗。谷川は、特に持ち時間6時間という長時間の順位戦で対戦したときに計り知れない可能性の一端を皮膚感覚で見極めたそうな。藤井は50手目で104分の長考、谷川が1手指したあと、夕食休憩中も盤の前で再度の大長考。何時間でも考え続けられるケタ外れの「頭の体力」に谷川は驚愕したのだ。
 最年少記録などの記録を意識しない点も谷川は大きく評価している。今のより自分がより強くなることが使命と、藤井自身が語っているのだ。
 元名人中原は藤井将棋を「プロが観ても面白い将棋」と評価している。
 10月9日には竜王戦第1局で豊島竜王に逆転勝利し、タイトル4冠獲得への期待も高まっている。今までに将棋に無関心だった人々の関心をも集めたということが一番大きい功績かもしれない。所謂“観る将棋”ファンの増加だ。かなり年配と思われる女性の次の短歌が朝日歌壇に入選していたことには正直驚いた。
 “中盤に紗の羽織ぬぎ挑む棋士十九歳の目指す三冠” (9月12日の朝日新聞より)
 かつては将棋を指した私も今では観るのみだが、藤井が8つタイトルを全冠制覇する可能性のある時代に生きている。果たしてその瞬間を目にすることが出来るだろうか、楽しみにしている。


『黒牢城』(著:米澤穂信 出版:角川書店)を読む

2021年09月24日 | 読書

 実に面白い歴史小説だった。ミステリー小説でもあった。米澤さんの著作は過去に2冊しか読んでいない。ミステリー短篇の金字塔と言われた『満願』は山本周五郎賞などを受賞していた。『Iの悲劇』は限界集落を舞台とした連作短編集だった。現代の、短編ミステリーを描く作家と思い込んでいたので、戦国小説を描いたことに驚いた。

 ときは天正6(西暦1578)年。松永弾正滅びての翌年、本能寺の変の4年前
 ところは北摂津にある有岡城
 主な登場人物は荒木摂津守村重と黒田官兵衛
 織田信長に反旗を翻し、有岡城に籠城する荒木村重を、軍使としての黒田官兵衛が訪ね来るところから物語はスタートする。官兵衛は謀反を止めるよう説得に来たのだった。毛利の援軍は来ないだろうから、この戦に勝ち目はないと大局を説く官兵衛をこのまま帰す訳にはいかないと判断した村重は官兵衛を土牢に監禁してしまう。
 官兵衛を地下牢に閉じ込めたことを“起点”とし、約1年後に村重が城を捨て、官兵衛が救出されることを“終点”とする、二つの歴史的事実は抑えたうえで、その間はフィクション構成でミステリーが創作されていた。
 地上では、中川清兵衛の裏切りがあり、高山右近が守る高槻城が開城し、今また、大和田城を守る安部兄弟も戦わずして織田に下った。そこで人質としていた安部二右衛門の一子自念を成敗することとなるに及び、村重は自念を即刻成敗するのではなく、土牢が完成するまで屋敷に留め置くことにした。自念が閉じ込められた納戸は屋敷の奥にあったが、閉じ込め置いた翌朝、自念の死体が発見された。
 死体には矢傷があり、何者かに殺害されたのだった。納戸に通じる庭には昨夜降った雪が積り、人跡はなかった。村重は納戸を警護していた御前衆を中心に聞き取りを始めるが杳として犯人を特定できなかった。この曲事たる謎を官兵衛なら解けるかと村重は地下牢に下りていき、事の次第を官兵衛に語るのであった。
 ここまで読み進んできてはっきりわかるのだが、これは「地下牢に閉じ込められた官兵衛を“安楽椅子探偵”にしたミステリー」なのだ。
 第1章「雪夜灯籠」では雪密室が登場する。牢を去り行く村重に官兵衛は歌に託して解決へのヒントを謡う。ヒントから謎を解いた村重は犯人を突き止める。これ以降城内で不可解な出来事が発生するたびに、村重は秘密裏に土牢訪れ謎を打ち明ける。官兵衛は協力的に推理を披露するわけではなく、遠回しにヒントを出すのだ。
 村重が何度か地下牢に下りてくにつれ二人の人間関係は微妙に変化していく。官兵衛が徐々に精神的に優位に立ついくのだが、二人の駆け引きというか会話が実に面白い。
 最終章「落日孤影」で、官兵衛は村重に「何時まで待っても毛利は来ませんよ。摂州様が直々に安芸まで出向き毛利家当主に談判いたすべきかと」と語る。その言に触発されたか、天正七年九月二日、荒木村重は有岡城を抜け出る。

 村重が有岡城を落ち延びて行った後の登場人物のその後が語られる。特に村重の妻千代保(ちよほ)と竹中半兵衛の二人が光輝いて見えた。
 千代保は大阪本願寺の坊官の娘で、熱心な一向門徒。村重は、実はどの謎にも彼女が大きな役割を演じていたことに気が付く。その千代保、六条河原へと運ぶ車から下りると帯を締め直し、いささかも取り乱すことなく、穏やかに静かに首を切られた。物語には全く登場しないが、村重・千代保の子どもは後の岩佐又兵衛と言われている。
 救出された後、官兵衛は手打ちにされたと観念していた息子松壽丸(後の黒田長政)と再会する。官兵衛はわななく唇で「半兵衛殿は一命を賭して、善因を施されたのか。これが憂き世に抗うすべと申されるか、半兵衛殿」と。竹中半兵衛は信長の命に背き松壽丸の命を守ったのだった。
 完成度の高い作品だと思う。どんな賞にノミネートされるか今から楽しみに見守りたい。


『高瀬庄左衛門御留書』(著:砂原浩太郎 出版:講談社)を読む

2021年07月02日 | 読書

 久し振りにいい時代小説を読んだ。物語展開が面白い。読後感が爽やかで清々しい。そして、何よりも抑制された筆運びが美しい。最初の2回は図書館から借りてきて読んだが、その文章をじっくり味わいたくて、最近購入し3回目を読み終えた。

 舞台となるのは、架空の、十万石ほどの神山藩。主人公の高瀬庄左衛門は齢50歳目前。郡方(こおりかた)を務め、藩内の村を見回り、その様子を御留書として、上役に報告する日々。
 妻に先立たれた庄左衛門の一人息子が郡方のお役目中、崖から落ちて命を失うところから物語は始まる。嫁の志穂を実家に帰し、好きな絵を描くことで一人暮らしの寂しさ、無聊を慰めている。その志穂は庄左衛門の非番の日に絵を習いにやって来るようになる。
 静かな平穏の日々を過ごす庄左衛門に思わぬ人との出会いがあり波風が立ち始める。脇役ともいうべき人物やその交流も良く書き込まれている。
 志穂の頼みで人を見張る夜、偶然出会ったのが夜鳴き蕎麦の屋台を引く半次。暗い過去を持つが、江戸仕込みの旨い蕎麦を食わせてくれる。
 江戸から戻り藩校日修館の助教となった立花弦之介は、何故か庄左衛門に一緒に新木村を訪れたいと語り、二人して郷方回りを始める。
 剣の師匠の墓参りの折、師匠の娘芳乃と偶然再会した庄左衛門は若かった頃剣に打ち込んだ仲間と自分を思い出す。

 そんな平穏に見えた日々が突然破られる。庄屋の次郎右衛門の病を見舞いに新木村を訪れた際、強訴に向かう百姓の一団に遭遇し、弦之介ともども庄屋屋敷に擒となってしまったのだ。その災難をなんとか逃れた二人には「士道不覚悟の疑ひこれあり、ただちに評定所まで出頭いたすべし」との一筆が待っていた。果たして庄左衛門と弦之介の運命や如何に??
 実は強訴は藩の政争の一端だった。息子の死も其処に端を発していた。全てが明らかになり、政争は収束し、庄左衛門に再び平穏な日が訪れて来た・・・。

 庄左衛門は人の誠を貫き、厳しく己を律する日々。そんな義父に微かな思慕を抱く志穂だったが、思いを断ち切り、目付け役筆頭の娘花江の側仕えとして江戸へと旅立っていく場面が哀切極まりない。

 藤沢周平著『三屋清左衛門残日録』を連想させる作品で、是非この続きの「神山藩シリーズ」なるものを書いてほしい。
 直木賞選考委員会が14日に予定されているそうな。河鍋暁斎の娘を描いた、澤田瞳子著『星落ちて、なお』も本作品もノミネートされている。この2作品がダブル受賞されることはないだろうか


『心淋し川』(著:西條奈加 出版:集英社)を読む

2021年02月12日 | 読書

 本作品が第164回直木賞受賞に決まった直後の、東京新聞著者インタビュー記事にこうあった。「・・・今作の川のモデルは幼いころに遊んだ北海道・帯広の細い川。“空港から市街地に向かう間の何もない景色が好き。今年中に帰りたい”」と。十勝空港から帯広へと向かう車の中で私たちも同じ風景を何度も見た。西條さんが音更小学校・音更中学卒業とも知った。孫たちの通学区域の小中学校だ。個人的な思い入れもあり、翌日、本屋さんへ直木賞作品を買いに行くと、全品売り切れですとの事で、ネット予約。10日ほど経って漸く到着した。
 6編の連作だった。最初の編「心淋し川(うらさびしがわ)」で作品の主舞台が分かる。中心人物は千駄木町の一角の心町にある長屋に住んでいる。「明けぬ里」には目赤不動も吉祥寺も登場する。そう、私が生活し、散歩に出かけたりする場所が舞台。作品がぐっと身近に感じられた。
 根津権現付近を南北に流れる藍染川。その支流のひとつに心川と呼ばれる小川がある。登場人物の誰も生きづらい環境の中に身を置かれ、日々の暮らしにあくせくしている。だからか主人公たちの川への心象風景は「溜めこんだ塵芥が重すぎて、川は止まったまま、流れることがない」のだ。
 登場人物は皆貧しく底辺に生きる人々。
 「心淋し川」の主役“ちほ”は飲んだくれの父を持ち、針仕事をさせられている。仕立て屋を通じて知りあった、思い人の元吉は腕を磨く修業のために京に去ってしまう。
 「閨仏」の“りき”はこの長屋で六兵衛に囲われているが、妾は4人に増え、共同生活を始めねばなくなり言い争いが絶えない。
 「はじめまして」での主役は飯屋を営む与吾蔵。根津権現で小さな子に出会い、かって捨てた女“るい”との間に出来た子かと期待するが、そうではないと告げられる。
 「冬虫夏草」の吉はかって日本橋薬種問屋の内儀だった。夫の死から不幸が相次ぎ、大怪我を負って歩くことも出来なくなった息子と二人での、ここの生活を余儀なくされている。
 「明けぬ里」の“よう”の夫は賭場で妻の稼いだ金まですってしまい、夫婦喧嘩が絶えない。
 このいずれにも登場するのが世話好きな、差配の茂十。最終章「灰の男」でその茂十の過去が明らかになる。物乞の楡爺に親切にして来たのには深いワケがあった。
 どの物語の最後には仄かな希望が待っているが、最後の最後に目出度い結びが用意されていた。第1章に登場の“ちほ”は仕立て屋の手代に縁付くことが決まり、間もない婚礼で茂十は挨拶をすることになっている。差配として世話を焼きながら、その実、灰の様になっていた自分を日常に還してくれたのが心町の住人だったと悟る茂十。住んだものたちには「生き直すには悪くない土地」と感じられる心町。
 読後感が爽やかだ。この作に導かれて、中山義秀文学賞受賞作『涅槃の雪』を読み始めた。
 
 
 

 


『北区 古い道とみちしるべ』を読んで

2020年09月03日 | 読書

 2020/8/16のブログで「新たに王子道の道標発見」と題する文章を綴った。ネットでそれについて調べると、その道標について書かれたブログがあり、丁寧なことに参考文献が紹介されていた。『北区 古い道とみちしるべ』(北区教育委員会出版)と『郷土の歴史・文化マップ』がそれで、早速北区の教育委員会へ電話した。するとそれらは北区中央図書館に備えられているとのことだった。
 北区の図書館へは文京区民はオンライン予約が出来ない。最寄りの図書館へ出向き予約して本の到着を待つより、直接中央図書館に行った方が手っ取り早いので、2週間ほど前に出掛けて行った。駒込駅から北区コミュニティバス《愛称名「Kバス」》の「王子・駒込循環コース」を利用した。下車駅の一つに「中央図書館前」があり、至って便利。ここまでの所要時間も20分。予めスマホのメモ帳に書いておいた資料2冊を貸出カウンターに示すと、郷土資料の所へ案内してくれて、資料を取り出してくれた。膨大な資料のあるコーナーで私一人が探したら相当時間を要したと思われる。係りの方には感謝感謝。
 『北区 古い道とみちしるべ』は17ページの薄い冊子だったが、最初のページに北区の江戸時代の道が赤線で書かれ、その当時の“みちしるべ”が番号とともに記されていた(こんなもの、という意味で、最下段に掲載)。一番最後のページには番号の記されたみちしるべの現在地と道標名が一覧表で載っていて、今後そこを訪ねる上で大変便利に作られていた。
 内容は、まずは、道とみちしるべの概説が書かれ、古代の道から中世の道を経て江戸時代の道までが語られている。北区の古い道としては日光御成街道・中山道・十条富士道・王子道・十条板橋道・六阿弥陀道・西新井薬師道などが記されていた。他に日光御成道と中山道を結ぶ道や隅田川沿いの古い道など興味ある事柄が記されていた。いずれ歩いてみたい。今日のブログでは再度王子道に触れたい。
 王子稲荷へお参るするに利用された大きな道は5つ登場する。
 (1)日本橋方面からは中山道を通り、本郷追分からは日光稲荷街道(現在の本郷通り)を行くルート
 (2)下谷や三ノ輪などからだと音無川沿いの道(王子街道と言われている)
 (3)小台などからは六阿弥陀道を経て王子街道に合流するルート
 (4)大宮などからは中山道を経て、旧蓮沼村からは姥ヶ橋を通る道(王子道と呼ばれている)
 (5)大塚方面からは現在の折戸通りを経て都電に沿うように続く道(王子道と呼ばれている)
 以上のうち(4)については次のように記述されている。
 「旧蓮沼村の中山道から分かれて姥ヶ橋を越え、東南に進んで現在の十条駅の南端を通り、さらに進んで王子本町で日光御成街道に合する道筋で、北のほうからの王子稲荷への参詣道だったので、・・・」と。2020/8/13のブログに書いた私の推定と、中山道との分岐点を除けばほぼ同じだ。