崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

ジハード聖戦

2015年01月12日 05時30分47秒 | 旅行
 昨日在日2,3世たちと話をした。ヘイトスピーチへの反対やコリアタウン活性化について話題が出たところに私が投票権を持つことを提案した。ある在日青年は今更「在日」を言い出す必要はないと言う。在日、日本人と意識することなく、お互い協力して上手くいっていると言うのである。したがって、そこにわざわざ在日を意識させるようなことは避けるべきだという。さらに彼は言う。在日と積極的に協力する主体は在日ではなく、韓国文化を愛する日本人たちであることを。この話は聞く人によって在日の民族意識が希薄になったとか、日韓親善がよくなったなどと言うかもしれない。しかし私は静かなショックを受けた。本当に国民や民族の意識を越えて、自然な友愛関係になっており、社会運動を通して和解などを主張する必要はない。わざわざ主張することが不和を生じさせる。日本人の中の韓国などを意識的に好きになろうというナショナリズムが危険だと警戒する声もある。そんな中で2,3世たちの中に生まれた自然な民族観や人生観は新しい希望だと感じた。
 今イスラム過激派によるテロに対して世界が怒っている。一方では殉教者とされている。被害者側からはテロだと言い、加害者側からジハード聖戦、殉教とされている。テロは戦争とは異なる戦いである。フランスの首相が過激派は宗教ではないと素晴らしい宣言をした。イスラム教との戦いになってはいけない。テロに戦争で対応することは出来ない。テロを以て自我反省をするところから始めよう。日本の改革維新も暴力によって、さらに聖戦(大東亜戦争)にした時、韓国は数多く暗殺やテロを起こした。広く反省的に見るとどの社会、どの国においてもテロや暴力を肯定、賛美していたことを反省しなければならない。殉教者とされるテロ国についても知ることが大事である。犠牲者に冥福を祈る。写真はCNN