崔吉城との対話

日々考えていること、感じていることを書きます。

自然教育

2009年11月28日 05時35分29秒 | エッセイ
 韓国から来た若い奥さんから聞いた話である。教育に熱心な韓国の人から見て日本の子供の学力が低いのは目だつようである。彼女の子供たちは日本の小学校では優秀なようであり差別云々というような話はなく、よく適応しているという。学力に力を入れる、競争させる韓国教育と日本の教育の差が現場で表れている。特に低学年においてのゆとり教育は放置、無力化教育なのか、知識注入式教育から解放されてのびのび人間を愛する教育であるのかは難しい。両方を総合的に組み込まなければならない。この点について韓国の若い夫婦と話をした。日本の教育がよいとはうなづくが、韓国社会では個人がゆとり教育に賛成しても競争社会なので結果的には子供が犠牲になってしまうというのが大体の意見である。
 その若い奥さんが隣の子供に対する家庭教育の話をしてくれた。子供が母親に悪口や顔を殴っても放置しているのを見て驚いたという。自分の夫は子供には厳しく、時には体罰もするという。日本では子供の虐待を社会で問題にしている。動物虐待も問題になるほど人権や生命観の尊重は一般的である。セックスハラスメントなど一方的に女性の方だけ尊重し、男性の方は無視されている。つまり子供や女性に対して親や男性の人権が無視されているように感ずる。バランスが取れた人権教育にならないといけないと思う。子供虐待で母親と情夫が逮捕されている。子育て中には様々な問題や悩みが起きている。しかし子育てとは動物も行う自然なことであろう。そこには愛情が基本であろう。ジャンジャク・ルソーのいうように自然教育に立ち止まって家庭教育、学校教育をもう一度考えるべきである。

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