私の二人の恩師、任晳宰・李杜鉉両先生を思い出している。私は両先生から世相の「俗的なこと」は学ばず妥協せず生きることを影響されているようである。先生方のその人生観はどこから縁由したものであろうか。30年ほど前に私と伊藤亜人氏が任先生にインタビュー、名桜大学の李君が撮影して残っている映像がある。その時、同席した有名な評論家の李相日氏が任先生に「任先生の人生観と関連して尊敬する人あるいは影響されたと思われる人は誰ですか」と質問した。先生は「京城帝国大学の先生たちだ」と答えた。われわれは一瞬戸惑った。先生自身より聞き手のわれわれが過剰に「親日」を意識していたからであろう。今の私に似ている現象がある。私が反日や親日を意識する以上に周りの人たちが、特に教え子たちが過剰に「親日」を意識しているのではないかと想われる感がある。