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【詩をめぐる対話】




【詩をめぐる対話】ロミー・リー、尾内達也

(翻訳・解説:尾内達也)


今年の2月からスイスの詩人、ロミー・リーと詩をめぐる対話を始めた。同じ詩を読んで、どのように違った感じ方・考え方が出てくるのか、確認しようという趣旨である。もともと、わたしが、西行全歌集が文庫で出たことをきっかけに、西行の歌を読み返していたときに、同じ歌を共同体外部の人間は、どう読みどう感じだろうか、とても知りたくなったことが、対話のきっかけである。お互いに、適当な詩を自分の本棚から選んできて、選んだ方が、コメントを付けて相手に送り、それに相手が応答するという形式を取っている。レディーファーストで、最初にロミーに詩を選んでもらった。

ここに取り上げたローゼ・アウスレンダー(1901‐1988)は、ユダヤ系の作家・詩人。オーストリア=ハンガリー帝国のブコヴィナのチェルノヴィッツ(現ウクライナ)に生まれる。戦時中、2年ほど、ブカレストのユダヤ人ゲットーで暮らす。このとき、パウル・ツェランと知り合い、影響を受ける。戦後、アメリカへ渡り、アメリカ国籍を取得。1956年まで、戦争のトラウマのため、ドイツ語で作品を書かずに、英語のみで書く。1965年にヨーロッパへ戻り、デュッセルドルフに住んだ。パウル・ツェランの友人の一人だった。

第1信(R.L→T.O)2014年2月26日

BEKENNTNIS (I)


Ich bekenne mich

zur Erde und ihren
gefährlichen Geheimnissen

zu Regen und Schnee
Baum und Berg

zur mütterlichen mörderischen
Sonne zum Wasser und
seiner Flucht

zu Milch und Brot

zur Poesie
die das Märchen vom Menschen
spinnt

zum Menschen
bekenne ich mich
mit allen Worten
die mich erschaffen

ROSE AUSLÄNDER

In: Andere Zeichen, 1975



告白(1)
                  ローゼ・アウスレンダー

わたしはわたしを告白する

大地に そしてその
危険な秘密に告白する

雨に 雪に
木に 山に告白する

母なる残忍な太陽に
水とその逃走に告白する

ミルクとパンに告白する

人間たちのメルヘンを
紡ぎだす詩に告白する

人間たちに
わたしは告白する
わたしを創造する
あらゆる言葉を使って

詩集『もうひとつの時』(1975年)より

bekennen(告白する)は多義的な動詞です。宗教として信じているものを表明するときに使う「わたしは告白する(I profess)」という意味で理解することができます。また、外に向かって、認める(I confess)、明言する(I avow)という意味でも使います。この場合は、より広い意味になり、言葉の対象は増えてきます(フランス語で言う、「confession de foi」(信条の表明)と「confession du p éché」(罪の告白)の二つの行為が、一つのbekennenには含まれます)。

ローゼ・アウスレンダーが、「ich bekenne」と書くとき、「I profess」(わたしは告白する)と響きます。それはなぜなのか、うまく説明できませんが、それが単にわたしの好みではなく、なにか本質的なことを告げていると感じられるからです。

ユダヤ人であれば、言葉(ロゴス)が世界を創ったということは知っています。だから、ローゼ・アウスレンダーは、「わたしを創造するすべての言葉で」という表現を使っているのです。

この限定を外して、ローゼは告白する対象を数え上げてゆきます。天地人と、列挙していく中で、水とミルクとパンに至るのです。これは、雨や雪、大地とは違った意味で、人間にとって本質的なものです。そしてこれは言葉で表現された詩でもあります。

ローゼは、「大地に そしてその危険な秘密に」と書いています。また、「母なる残忍な太陽に」と書いています。これは、大地と太陽が、人間やものに及ぼすことのできる行いの性格を語っているのです。

「母なる残酷な」は、一歩踏み込んだ大胆な表現で、本質的には、形容矛盾に思えますが、「危険な秘密」はある事態を現わしています。

この表現は、大地が危険で残忍で、母性的であると述べているわけではありませんが、このように表現されると、ちょうど、「陰の世界」という言葉で表現できるような大地の持つ昏い性格が浮かび上がってくるように思えます。

「雨、雪、山」は、独力で存在しているという一つの言明です。これらは、短音節でもあります。「木と山」は頭韻を踏んでいます。こうしたすべてが、この部分を読みやすくしており、「大地と太陽」という表現と対照をなしているように感じられます。

「紡ぐ」という動詞も多義的です。気が狂ったというときにも、使う言葉です。これは現代的な使い方です。もともとは、手で糸を紡ぐというところから来ています。メイドや女性は、妖精物語の中ではたいてい、糸を紡いでいます。この言葉は、夜や夢や伝承の世界を開くだけではなく、手仕事の世界も開示しているのです。紡績業が産業の黎明期に始まったことを忘れるわけにいきません。ここでは、詩が人間の妖精物語を紡いでいると考えることができます。テキストという言葉は、テキスタイル〈織物〉という言葉と、もともと近いところにあります。詩と妖精物語は、紡がれて一つの織物になるのです。そして、言葉と言葉が創りだす世界をつなぐのです。

わたしにとって、詩と妖精物語と言葉は、ひと続きなのです。これらは、弓なりにつながっていて、織られ、創作されているのです。

以上は、それぞれの言葉自体からの読解です。全体として詩を読むと、家にいるような寛いだ世界に連れていかれる気がします。この詩は、わたし自身の書くことのルーツを告白しているのかもしれません。ただ、言葉がわたしを創り、その世界の中にわたしは住まうという思想は楽観的かもしれませんね。わたしは、言葉のもつ破壊的な側面を、ローゼ以上に感じています。とはいえ、妖精物語の中のように、わたしも紡ぎ続けます。その作業は、長い骨の折れる手仕事の夕べを、楽しい時間へ変えるだけでなく、人間の根本的な諸問題を吟味する方向へとわたしを導いてもくれるのです。

第2信(T.O→R.L)2014年4月14日

わたしも、「bekennen」という言葉に引っ掛かりました。この詩のキーワードの一つと思います。何冊か辞書を調べたり、あなたの素晴らしい説明を聞いたりして、この言葉には、この詩の性格を決定する二つの重要な要素があると考えるようになりました。

一つは、言語に関連します、言いかえると、「bekennen」は、神を含んだ他者に言葉で自ら表現するという意味を持っているということです。この意味で、この言葉にはロゴスを感じます。あなたが言うように、この言葉には確かに宗教的な色彩、とくにキリスト教的色彩があります。わたしの辞書には、どれも告白や懺悔とばかり載っています。

「bekennen」にはロゴスと宗教的な契機がありますから、西欧文明を象徴しているとも言えますね。この二つの契機を踏まえて、この言葉の新しい解釈を提示してみたいと思います。つまり、この言葉には、全体的なものへの所属感や外部の存在への一体感があると思うのです。言葉を変えると、「bekennen」という動詞に模倣の感覚を見たいのです。それはキリスト教が入って来る前に、古代の人々がもっていた感覚です。著者は、人間と世界の間にあるこの始原的な感覚に触れているのではないかと思います。

わたしは、著者が大地や雨、雪、木といった自然存在だけでなく、ミルクやパンのような社会的存在も感受していることに興味を覚えます。食物や飲み物のような基本的な社会的存在も、今では、われわれから離れて距離があります。これは、近代社会の基本的な性格の一つでしょう。

ローゼの詩を読んで、西行の歌に近いものを感じました。ただ、違っているのは、言葉に対する考え方・感じ方です。ローゼは言葉をロゴスと理解していますが、西行は言葉の中にいのちを見ているような気がします。


COAL SACK 79


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詩的断章 ピンク・ノイズ




ピンク・ノイズ



銀河は耳の奥にあって
すごい勢いで旋回している
その音に一本貫かれていると
迷路ばかりがせりあがってきて
どこにいるのか
わからなくなる
  
その迷路の丁字路で
「東日本大震災復興義援金」という幟を立てて
じいさんが包丁を研いでいる
その音が 
銀河の耳に心地いい 
オレの方に刃を向けて
しきりにうなっている

あちめ おおおおおおおお  おけ
あちめ おおおおおおおお  おけ
  
おおおおおおおおおおおおおおおおお
おおおおおおおおおおおおおおおおお
  
じいさんは
包丁を研いでいる
その銀色の刃先で
呪文もろとも
突かれたい衝動に駆られるが
  
神はとっくに死んでいる
ならば 天皇も死んでいるだろう

ししししししししししししししししし
じぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ

「みな同じ音に反応されますね ピンク・ノイズです」
 
ピンク・ノイズ
かわいい名前がついているが
オレの銀河は
凶暴だぜ
銀色の声に耳を貸すと
ろくなことはない
雨に欲情し 雪を憎悪して
 
せが井や せが井の水を 
 
そう水ばかり飲むなよ
  
じいさんはあっという間に
新京成電車に飛び込んだ
電車の下に潜り込んで
シンダフリ 

若い駅員が
あの世にもとどくかの大声で
じいさんを叱っている
きっとなにもかも
この世には
届いているんだろう

あいし あいし
あいしあいししししししししし

そういえば
とうさんに
名を呼ばれなくなって
なん年になるだろう
こんどは
オレが名を呼んでいる
光を
海を
そういう名の をんなたちを




Pink noise

The galaxy deeply in my ears
Revolving like crazy.
Penetrated by the monotone sound,
I’m lost in a maze.
I lose my grasp
On this place.

At a crossroads in the maze,
Planting a flag saying,
“The charity for the recovery from the Great East Japan Earthquake,”
An old man edging a knife.

The sound sounds nice
for the ears of the galaxy.
He eagerly growling,

Achime ohhhhhhhh oke
Achime ohhhhhhhh oke

Ohhhhhhhhhhhhhhhhhh
Ohhhhhhhhhhhhhhhhhh

The old man sharpening a knife.
By its silver blade edge,
With his conjuration
I get an urge to be pronged.

Yet God already died,
So the emperor probably died too.

Shishishishishishishishishishishishishishishishishi
Jihhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhhh

You react to the same sound. It's called pink noise.

Pink noise:
A really pretty name.
Nevertheless
My galaxy so cruel
That hearing the silver voice
never comes to good things;
Getting horny to rain, having a hatred for snow

Eager for the water of Sega well, Sega well.

Don’t drink only water so much.

The old man has dived suddenly
To a train of Shinkeisei line.
He mimics the dead under it.

A young station staff
Chastises him fiercely
With his loud voice as if reaching another world
Everything has already indeed
Reached this world, I suppose…

Aishi aishi
Aishiaishishishishishishishishi

Now I remember,
A long time has passed
Since I was called my name lastly from my dead father.
This time,
I call your name
Light, sea―
Women named so.


COAL SACK 79

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一日一句(1181)







白米や梅干一つ炊き込んで






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