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すげーよ深月、そんな言葉しか出てきません。
歴史小説に浸っていたころに比べればここ二年ほどはジャンルが広がったものの、それでもせいぜいがミステリーです。
辻村深月は最初こそ殺人が起きるミステリーでしたが、しかしこの作品と同じくジャンル分けが難しいものが少なくありません。
それでも手に取ってしまうのはそれだけ惹きつけられるものがあるからで、周到に蒔かれた伏線に加えて鼻の頭がツンとくるような話の持っていきようは猫にまたたびです。
お久しぶりです、この一言にどれだけの思いが込められていたのか、もうそれだけでお腹いっぱいです。
オーナーであり飛ぶ鳥を落とす勢いの脚本家である赤羽環、中高生に絶大な人気を誇る作家のチヨダ・コウキ、作品に感情を込められない映画監督の卵の長野正義、営業をすることができない画家の卵のスーこと森永すみれ、悪を表現できない児童漫画家の卵の狩野壮太、コウキのファンでロリータファッションに身を包む加々美莉々亜、コウキの担当で敏腕編集者の黒木智志、この現代版トキワ荘とも言えるスロウハイツでの日々が描かれています。
ちょっとした事件があったり、平凡な日々が流れたり、全体としてはまったりとしたペースで話が進んでいきますので、序盤は戸惑うかもしれません。
各章毎に違った登場人物のモノローグで展開をしていきますので、その登場人物が多いだけに目線があちらこちらにいってしまい、やや散漫な感じもあります。
しかし10年遅れの青春ストーリーのような憧憬と、人それぞれが抱える、あるいは本人も意識ができていないのかもしれない闇、これらが丁寧に描かれていることに気付かされます。
それでいてしっかりと謎、のようなイベントも用意がされており、またらしい几帳面さできっちりと拾い上げる、あるいは行き過ぎかもしれないハッピーエンドが今となってはむしろ心地よく、これぞ辻村深月だと、そう叫びたくなるぐらいだとは読後の自分にとっては誇張でも何でもありません。
「凍りのくじら」の芦沢理帆子も登場をしますので、この愛すべきスロウハイツの面々に、またいつか出会えるであろうことが楽しみです。
この素晴らしさは映像にしてしまうと色褪せてしまう、文字で追ってこそだ、と思います。
そうは言いながらも読みながら頭の中では環な石原さとみ、コウキな松田龍平、正義な岡田将生、スーな多部未華子、狩野な濱田岳、莉々亜な橋本愛、黒木な及川光博が登場し、しかし幸いなことにその映像化はされていないようですから思い悩むこともなさそうです。
漫画にもして欲しくはありませんし、是非とも小説のままで輝き続けて欲しい「スロウハイツ」です。
2014年7月24日 読破 ★★★★★(5点)