電脳筆写『 心超臨界 』

だれもみなほめ言葉を好む
( エイブラハム・リンカーン )

歴史を裁く愚かさ 《 宮澤官房長官の政治犯罪――西尾幹二 》

2024-05-19 | 04-歴史・文化・社会
電脳筆写『心超臨界』へようこそ!
日本の歴史、伝統、文化を正しく学び次世代へつなぎたいと願っています。
20年間で約9千の記事を収めたブログは私の「人生ノート」になりました。
そのノートから少しずつ反芻学習することを日課にしています。
生涯学習にお付き合いいただき、ありがとうございます。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
東京裁判史観の虚妄を打ち砕き誇りある日本を取り戻そう!
そう願う心が臨界質量を超えるとき、思いは実現する
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■超拡散『世界政治の崩壊過程に蘇れ日本政治の根幹とは』
■超拡散『日本の「月面着陸」をライヴ放送しないNHKの電波1本返却させよ◇この国会質疑を視聴しよう⁉️:https://youtube.com/watch?v=apyoi2KTMpA&si=I9x7DoDLgkcfESSc』
■超拡散記事『榎本武揚建立「小樽龍宮神社」にて執り行う「土方歳三慰霊祭」と「特別御朱印」の告知』
■超拡散『南京問題終結宣言がYouTubeより削除されました』
■超拡散『移民受入れを推進した安倍晋三総理の妄言』
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━


ここにお集まりの記者団のみなさんは知らないのかもしれない。しかし知らなかったらみなさんの恥である。昭和57年、中国への「侵略」を「進出」へと文部省検定によって書き変えさせられた、というニュースが新聞に一斉に出て、中国政府がこれに激しく抗議する、という事件があった。そのとき、「侵略」を「進出」へと書き変えた事実はじつはなかった。虚報だった。だから文部省は抵抗した。当時の小川文相は参議院文教委員会でそのような事実はなかった、と証言してさえいる。ところが、宮澤官房長官は文部省の頭越しに、あっというまに中国に謝罪してしまった。鈴木訪中が近かったからである。


『歴史を裁く愚かさ』
( 西尾幹二、PHP研究所 (2000/01)、p74 )
第2章 なぜ私は行動に立ち上がったか
1 新しい歴史教科書の戦い

◆宮澤官房長官の政治犯罪

記者会見の後半は当然激しい質疑応答の場に変わった。

会の全体運営に関わるような質問は大体において私が答えた。しかし不思議なことだが、個々の質問に関しては、私は私自身が答えたこと以外はあまりよく覚えていないのである。

質問の中心が従軍慰安婦問題であったことは時局柄仕方のないことであったのかもしれない。「家永裁判支援の会」を名乗る人は、教科書のなかに実際に「強制連行」といった表現がどこにあるのか、と意地悪な質問を浴びせてきた。藤岡信勝氏はこの質問を予想していたようだ。『Voice』平成8年10月号に氏自身が7社の文例ぜんぶを洗い出して整理したページをすでにコピーし用意していて、そのとき会場に一斉に配布した。

藤岡氏は左翼の質問のパターンを熟知している。それに氏にかぎらずわれわれの側は受け身で、苦しんでいる。既成の教育界全体の圧倒的体制派はいまだに完全に、朝日であり、NHKであり、岩波である。彼らは苦しんでいない。だから勉強していない。質問は甘く、的外れである。私も予想していたこと以外を聞かれた覚えがなく、回答に苦しまなかった。

何人かから同じ質問が出た。この会の会員は従軍慰安婦の項の削除において意見の多様性があるのかどうか、また同項の削除それ自体を目的として結成された会なのか、と。

これには私が全員を代表して答えた。「新しい歴史教科書をつくる会」は、会の名称が目的をすでに明示しており、従軍慰安婦の項の削除を最終目的としているのではない。新しい教科書をつくることが最終目的である。しかし、従軍慰安婦の項の検定教科書からの削除は、そのための第一ステップであり、一里塚である。この点に関してわれわれ会員のあいだで意見の不一致はなく、会員が削除要求を当然視している、と。

たぶん『日経新聞』の人であったと思うが、50前後の方が、自分が学んできた歴史教科書はそれほどひどいものではなかった、なぜ急にそんなひどい内容になったのか分からない、どういうことだろう、と率直で正直な質問をしてきた。私はたいへんいい質問をしていただいてありがたいと感謝した。

おっしゃるとおり、あなたばかりではなく、私が受けた歴史教科書もたしかにいまほどひどいものではなかった。日本は満州事変以後少し変になったが、明治維新の偉業、日清・日露の苦闘は、正当に評価されていた。それなのにいまの教科書はそこがおかしいのだ。明治政府は悪であり、明治以後の歴史はすべて犯罪の歴史だということになってしまっている。ここにあなたの学んだ時代の歴史教科書とは完全に異なる異質の考え方、体制破壊を目的とする何か奇妙な価値観がするりと入ってきている。歴史教育のすべてがいっぺんにがらりと変えられてしまっているのである、と私は答え、彼に理解を求めた。

それならなぜ、そういう事態になったのか。彼のこの質問に私は、昭和57年の鈴木内閣・宮澤官房長官時代に遡る、一大政治犯罪の事実をもって答えた。ここにお集まりの記者団のみなさんは知らないのかもしれない。しかし知らなかったらみなさんの恥である。昭和57年、中国への「侵略」を「進出」へと文部省検定によって書き変えさせられた、というニュースが新聞に一斉に出て、中国政府がこれに激しく抗議する、という事件があった。そのとき、「侵略」を「進出」へと書き変えた事実はじつはなかった。虚報だった。だから文部省は抵抗した。当時の小川文相は参議院文教委員会でそのような事実はなかった、と証言してさえいる。

詳しく言えば、一テレビ局の誤報をマスコミ全体が鵜のみにして、間違った思いこみ記事を一斉に流しただけの、いわゆる情報産業の誤報である。ところが、宮澤官房長官は文部省の頭越しに、あっというまに中国に謝罪してしまった。鈴木訪中が近かったからである。そして鈴木首相は訪中のさなかに同じように深い考えもなく中国に再び謝罪した。かくて、悪いことをしていなくても“悪いのはすべて日本人”という原型がここでつくられるにいたったのである。あとは何を言ってもダメである。

同年11月、教科書検定基準を審議する文部省の機関が、検定に当たっては近隣諸国に配慮する、の一条を規定内に加えた。こうしてそのあとは垂れ流しのように、中韓両国の言いなりになり、媚態を示す内容が見境もなく、無制限に教科書のなかに取り入れられるようになったのである。
この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ◆『猿の惑星』は日本人がモデ... | トップ | ◆東京裁判史観に縛られた日本... »
最新の画像もっと見る

04-歴史・文化・社会」カテゴリの最新記事