ばあさまの独り言

ばあさまから見た世の中のこと・日常生活のこと・短歌など

幼い目と心

2009年03月06日 | 随筆・短歌
 私が4歳の頃、転勤族だった父と家族はA市に住んでいました。お向かいには警察官のご両親と順子さん、隣に1歳年上の道子さんが住んでいました。お隣へは良く遊びに行き、近所の友達と鬼ごっこやかくれんぼをしました。
 ある日お隣に遊びに行った私は、かくれんぼで押し入れに隠れました。道子さんには直ぐに見つけられてしまいました。道子さんは私にミカンを一つ手渡して、食べなさいと云い、食べ終わると次に皮を食べる様に少し怖い顔で云いました。ミカンの皮など食べた事のない私は、道子さんの顔を覗って「これは食べなければならない」と判断して少し囓りました。苦い味がして顔をしかめながら飲み込んだた私に、道子さんは「あんた、明日までに死ぬぞ」と云ったのです。「えっ、どうして?」と聞いたら、「だって、そのミカンの皮を食べたでしょ」と云うのです。心臓が止まる程驚いた私は、飛ぶようにして家に帰り、母を捜しました。
 母は廊下で弟を抱いて、新聞を読んでいました。「ミカンの皮を食べると死ぬの?」と聞くと、母は新聞を膝に下ろして、にっこりと微笑み「死なないよ、ミカンの皮を食べたって」といったので、気持ちが動転するほど心配して帰ってきた私は、思わずらっくりして、涙が少し滲んだ程です。あの時の母の優しくて温かい顔は、今も鮮明に覚えています。
 しかし、心の何処かに道子さんの言葉が引っかかっていて、もし死んだらどうしよう、とか人は死んだらどうなるのかな、等と考えましたが分かる筈もなく、その日はそれで寝てしまいました。翌朝早めに目覚めた私は、直ぐに自分が死んでいるかどうか、確かめました。目は見えるし、両腕にさわってみましたら、確かに腕もありました。ナーンダ矢っ張り死なないんだ、とホットしました。
 その出来事は、A市を引っ越ししてからも、ずっと心に残っていて、他愛もない子供のいたずらを本気にしていた私の幼さを、今でも時折思い出し、幼かった自分が何だか愛しい感じになるのです。私達が引っ越した後で、A市にアメリカ軍の爆撃機がやって来て、空襲がありました。A市の被害は甚大でした。
 成人してから父の計らいで、あの頃の友達に、昔住んでいた家を案内して貰いました。昔の家は陰も形もなく、順子さんの家も道子さんの家も無くなっていました。順子さんが、負んぶされて逃げる時に焼夷弾で 亡くなられたと聞いた時は、戦争がとても身近に感じられて、そのむごさに身震いし、順子さんを悼みました。 家から左に三軒程離れた所に、子供一人では横切るのが恐ろしい程の、砂利道の大通りが交差して通っていた筈だと思って聞きましたら、「これです」といって指さされた道は、何と一車線ほどの幅の道なのです。「えっ、これですか」と思わず確かめましたが、子供と大人の尺度の違いに気付いて、思わず笑ってしまいました。
 幼児の見ること、聞くことはみな幼児の感じたまま心に残り、何時までも新鮮に思い出されることに、心が洗われる思いがするのは、私だけでしょうか。
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1 コメント

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興味深いお話を。 (ひさこ)
2009-03-06 14:37:25
 こんにちは、先日コメントさせていただいたひさこです。コメントのお礼をいただきこちらこそありがとうございます。
子供の心と目線、「道子さんのみかんの皮」で思い出しましたが、私が子供の頃「かすづけ(粕漬け?)」という奈良漬のような漬物があって、祖母の妹(かみじょうのおばちゃん)が作るそれを私も姉も大好きで、おばちゃん宅へ行くたび、せがんでいたところ、母が「かすづけはね、子供がたくさん食べると死ぬのよ。だから一日3切れまで。それ以上食べると死んでしまうよ」
 と言ったことを聞き姉妹して震え上がったのですが、ある日姉がうっかり4切れ食べてしまったことに気づき、泣きながら「おかあさん!いくこしんじゃうー」と母の職場に電話をかけ、夜かみじょうのおばちゃんの家まで「死ぬのか」と聞きに行った記憶があります。母としてはかすづけは酒で漬けていて子供が食べ過ぎるとよくないし、あまりに私たちがかすづけかすづけとうるさいので何気なく言った作り話だったのだと今は分かりますが、姉がふと「あっ!いくこ、4つ食べちゃった!!」と言ったときのあの時の恐怖は、いい年をした今でも忘れられません。
 しかし、子供の頃にはすごい!おおきい!こわい!などと感じていたものが大人になるとそうでもないことに気づく…子供の頃はなんと多感で繊細だったのだろうかと思いますね。 今日も長々とコメント失礼しました。
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