ばあさまの独り言

ばあさまから見た世の中のこと・日常生活のこと・短歌など

穀雨の恵み

2010年04月22日 | 随筆・短歌
 4月20日は、二十四節気の穀雨に当たります。(穀雨とは、春雨が降って百穀を潤すの意)今年は、とても寒い日々が続き、まだほとんど田圃に稲も植えてなく、百穀を潤すとはいえませんでしたが、雨は大地を潤し、植物には無くてはならないものです。時に雨が降りすぎると野菜など溶けてしまい、穀物も冷害となって、長雨に泣かされる場合もありますが。
 しかし、普通には恵みの雨(慈雨)とも言われ、雨乞いの祈祷やおまじないも有るくらいですから、万物にとってはなくてはならないものだと言えます。
 私の尊敬している杜甫の漢詩の中にも次のような詩があります。
  「春夜雨を喜ぶ」 
 好雨時節を知り
 春に当ってすなわち発生す
 風に随(したが)って潜(ひそか)に夜に入り
 物を潤して細やか(こまやか)にして声無し・・・以下略 ・・ と、春の雨の喜びを歌っています。
 雨は万物の生気を養うばかりでなく、人々の心に潤いを与え、気持を落ち着かせてくれます。また古くから雨降って地固まるとも言われて、雨の日の結婚式もお目出度いと言われたり、喧嘩をした仲でも、済んでしまえば以前よりも強固なつながりとなっていることはよくあることです。
 雨に咲く花と言えば、私には忘れられないのが、紫陽花です。幼い頃は、余り好きでなかった花でしたが、かつて私達夫婦は、娘夫婦と鎌倉へ出かけ、折しも八幡宮で開かれていた紫陽花展を見ました。西洋紫陽花の見事な大輪にすっかり心を奪われました。 夫もそうだったのでしょう。帰って来てから、早速花卉センターに車で出かけて、庭に紫陽花を二種類植えました。一つは、ピンクの大輪の西洋紫陽花、もう一つは、青いガク紫陽花です。この事は以前も少し触れました。
 紫陽花はとても水を欲しがり、少しお天気が続くとしおれて来ます。こまめに水を与えないといけないのですが、水はけが悪いとかえって良くないこともあって、気を使います。

 苛立ちて尖りゆく心を宥めつつ青き紫陽花に降る雨を聴く
 黙したる君の心は愛か否か紫陽花に降る雨に問ひゐる(二首とも実名で某誌に掲載)
 活けられし紫陽花のやうに涼やかに貴女は生きていたのだけれど(再掲)

 この度アイスランドの火山が爆発して、ヨーロッパを中心に、沢山の飛行機が運休になり、多くの人が立ち往生して困っておられますが、まとまった量の雨が降れば、少しは空気中に漂っている火山灰や、道路に積もった火山灰を流してくれて助かるのでは、と考えたりしています。中々思うようにうまくいってくれないのが世の常ですし、自然にはあらがえないと嘆息しています。穀雨に当たって、こんな取り留めもないことを考えています。

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