(首都ストックホルム郊外のフレンにある受け入れ施設【11月25日 Newsweek】
【初の女性首相 選出から数時間後に辞任 背景に極右政党の台頭】
北欧スウェーデンで、同国初の女性首相が誕生したものの、政府予算案が議会で否決されたことを受けて、連立が崩壊し、首相選出からわずか数時間で首相を辞任するという「珍事」とも言えるような混乱が起きました。
****スウェーデン次期首相が辞任 選出から数時間後****
スウェーデン議会により次期首相に選出された社会民主労働党のマグダレナ・アンデション党首は24日、予算案の否決と緑の党の連立政権離脱を受け、選出からわずか数時間後に辞任した。
アンデション氏は記者会見で、「連立政権は、政党が離脱した場合には辞任するという憲法上の慣例がある」と説明。「正統性が疑問視されるような政府を率いる意思はない」と述べ、社会民主労働党のみの少数与党政権を率いる次期首相に後日改めて選出されることを望むと述べた。
アンデション氏は、年金支給額の引き上げに応じることで左翼党の支持を取り付け、女性で初めて同国の次期首相に選出された。
しかし、少数政党の中央党は、左翼党への譲歩に反発してアンデション氏の予算案への支持を撤回。議会は、保守の穏健党とキリスト教民主党、極右のスウェーデン民主党の野党3党が提出した代替予算案を可決した。
緑の党のペール・ボルンド党首は、「極右と共同で起草された初の歴史的予算案」は受け入れられないとし、連立解消を表明。これが決定打となり、アンデション氏は辞任に追い込まれた。 【11月25日 AFP】
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さして長くない記事の中に、多数の政党名が入り乱れることで、スウェーデン政治に馴染みがない私にはわかりにくい記事ですが、先ずアンデション党首の社会民主労働党はスウェーデン政治を牽引してきた老舗の中道左派政党です。
政府予算案が否決され、野党提出予算案が可決されたことに、連立与党の緑の党が激しく反発したのは、野党案が極右のスウェーデン民主党が加わる形で起草されていたため。
“社会民主労働党は議会第1党だが、過半数の議席を保有しておらず、同国では不安定な政権運営が続いている。ただ、緑の党などはアンデション氏の首相就任への支持を維持しており、同氏が再び首相に選出される可能性もある。”【11月25日 産経】とは言うものの、これだけ多くの党がが入り乱れるような複雑な政治状況にあっては、辞任したアンデション氏率いる社会民主労働党が緑の党を欠いた少数与党で政権運営するのは極めて困難とも思われます。
緑の党が激しく反発するスウェーデン民主党は右翼政党ですが、しばしば「極右」とも表記される政党です。
****スウェーデン民主党*****
スウェーデン民主党(SD)は、1988年に設立されたスウェーデンの右翼政党である。同党は自身を国家主義を根底に持つ社会保守主義者であるとしている。 同党は、外部から、右翼、右翼ポピュリスト、国家保守、反移民と見なされている。(中略)
同党はスウェーデンのファシズムに根ざしており、起源は1990年代初頭の白人至上主義運動であった。(中略)
現在、スウェーデン民主党は正式にファシズムとナチズムの両方を拒否している。(中略)
2010年現在、党首はイィミー・オーケソン(31歳)である。オーケソンは年金の受給に訪れたスウェーデン人の老女をイスラム系移民の女性が押しのける映像を政見放送で流し、高齢者、若者層に支持を広げた。また、「税金を納めない移民のただ乗りを認めれば社会福祉制度は崩壊する」と訴えている。
2010年総選挙で初めて国政に進出。以降、2014年総選挙(英語版)では49議席、2018年総選挙(英語版)では63議席と着実に勢力を伸ばしている。【ウィキペディア】
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上記説明でわかるように、反移民・反イスラムの排外主義的傾向の強い政党ですが、近年急速にその勢力を強めています。
【移民増加で変わるスウェーデン社会 「寛容さの限界」】
この極右スウェーデン民主党の台頭の背景には、スウェーデンに置ける移民の増加、それに伴う社会的摩擦の拡大、国民の不満の増大があります。
後出記事のようにスウェーデン社会の治安は悪化していますが、3月にはアフガニスタン出身者による刺殺事件もありました。
****スウェーデン刺傷事件、容疑者は22歳のアフガン人 報道****
スウェーデン南部で7人が刺され負傷した襲撃事件で、現地メディアは4日、容疑者は2018年に同国入りした22歳のアフガニスタン人と報じた。
事件は3日午後、人口1万3000人のベトランダで発生。警察はテロ容疑で捜査を進めている。負傷者数は当初8人とされていたが、4日朝の警察発表で7人に訂正された。
容疑者の男は警察に脚を撃たれ、病院に搬送された。警察はAFPの取材に対し、容疑者は「鋭器」を使用したと説明。現地メディアは男が刃物を所持していたと伝えている。
警察は当初、「殺人未遂」事件としていたが、後に「テロの動機に基づく犯罪の可能性」もあると発表。これ以上の詳細は明かされていない。
警察は容疑者の国籍には言及していないが、複数のメディアが、アフガニスタン出身で2018年にスウェーデンに入国したと報じている。
負傷者が治療を受けている病院があるヨンシェピングの保健当局によると、うち3人は命にかかわる傷を負っており、別の2人も深刻な容体となっている。 【3月4日】AFPBB News
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移民・難民の増加、それに伴う社会的摩擦の拡大は、移民・難民に対し寛容だったスウェーデン社会を変容させています。
****多数の難民を受け入れたスウェーデンがいま、痛感している「寛容さの限界」****
<人道的見地から難民・移民を受け入れてきたスウェーデン社会が、財政負担と治安の悪化で右傾化へ舵を切る>
スウェーデンの与党・社会民主労働党は先日、マグダレナ・アンデション財務相を新党首に選出した。長く首相を務めてきたステファン・ロベーンは近く退任する意向で、アンデションはスウェーデン初の女性首相となる見通しだ。
その彼女が新党首として初めて行った演説は新自由主義に対する福祉国家スウェーデンの勝利を祝う言葉で始まった。 ──と、ここまではお約束どおりだが、筋金入りの党員を驚かせたのは次の言葉だ。
アンデションは国内の200万人強の難民・移民に直接呼び掛けた。「あなた方が若いなら、高校卒業資格を得て就職するか、進学しなさい」 さらに、国から経済的支援を受けている人は「スウェーデン語を学んで週何時間かでも働いて」と訴え、こう続けた。「この国では男女共に働いて社会に貢献している」
2015年、国民はシリア、イラク、アフガニスタンなどの難民16万3000人を受け入れるという自国の決定を大いに誇りに思った。「私の知るヨーロッパは難民を受け入れる」と、当時ロベーンは語った。「私のヨーロッパは国境に壁を建てない」
今のスウェーデンには、こんな演説をする政治家はまずいない。当時は保守政党・スウェーデン民主党の極右分子だけが唱えていた排外主義的な主張を、今では与党も唱えている。
■「地球上で最も寛容な国家の死」
(中略)かつてのスウェーデンは戦火や専制支配から逃れてきた人々を大量に受け入れた。ドイツのように過去の罪を償うためではない。人類共通の道義的責務を果たすためだ。
改めて指摘するまでもなく、15年当時の現実のヨーロッパは国境に見えない壁を建てた。そして、ドイツやスウェーデンに、当時私が「共有されない理想主義」と呼んだもののツケを押し付けた。
筋金入りの社会民主主義者たちは、読み書きが満足にできないアフガニスタンの子供たちや宗教に凝り固まったシリア人を受け入れる自国の懐の深さを誇りに思うばかりか、過大評価していた。「強い国は(国外の問題にも)対処する」と、当時スウェーデン左翼党の党首は胸を張っていた。
もはや難民を歓迎する国ではない
その後スウェーデン人は学んだ。最も慈悲深い国でさえ、人助けには限度があることを。
ここ数年、この国は犯罪の急増に頭を抱えている。スウェーデン国家犯罪防止評議会の報告書によれば、この国では過去20年で銃による殺傷事件の発生率がヨーロッパ最低レベルから最高レベルに増え、今ではイタリアや東ヨーロッパ諸国より高くなっている。
北アフリカからの移民2世が中心メンバーのギャング団が密輸などで手広く稼ぐようにもなった。 今や犯罪対策がスウェーデン政府の最重要課題だ。
アンデションは演説で移民政策に触れる前に、ロベーン政権の成果として警察官の増員や刑務所の増設、刑法改正の草案作りなど治安強化を挙げた。
教育レベルや所得などあらゆる指標で、新参者が一般の国民に後れを取っているのは無理からぬことだが、驚くのは両者の差の大きさだ。
クルド系経済学者のティノ・サナンダジは著書で、「長期服役者の53%、失業者の58%が外国生まれで、国家の福祉予算の65%を受給しているのも外国生まれの人々」だと指摘している。さらに「スウェーデンの子供の貧困の77%は外国にルーツを持つ世帯に起因し、公共の場での銃撃事件の容疑者の90%は移民系」だという。
こうした数字は今ではよく知られている。スウェーデンで15年に行われた世論調査では移民の増加を歓迎する人が58%に上ったが、今は40%だ。
スウェーデンはもはや難民を歓迎する国ではなく、そのように思われることも望んでいない。
16年6月には長年の方針を転換して、難民の恒久的な庇護を停止。EUのルールに基づき13カ月または3年の一時滞在許可が与えられることになった。
これは15年秋に国内の受け入れ施設が物理的に足りなくなったことを受けた時限立法だったが、適用期間が延長されている。20年に受け入れた難民は、過去30年で最も少ない1万3000人だった。
スウェーデンの移民庁の高官は最近の論文で、難民の受け入れに冷ややかなノルウェーとデンマークが「難民や国際的な移民にどう対処するべきかという好例と見なされるようになった」と書いている。
右傾化しているのは、中道左派の社会民主労働党だけではない。中道右派の穏健党は、移民問題では保守のスウェーデン民主党と歩調を合わせている。(中略)
かつての「過激」が主流に
6年前に話を聞いたとき、(穏健派の外交官で元政府高官の)ヤンセはスウェーデン民主党にあまり好意的ではなかった。同党の支持率は20%前後で推移している。中道の諸政党が移民問題に関してスウェーデン民主党の主張を取り入れていなければ、この数字はほぼ確実に伸びていただろう。
「2015年には過激とされていたものが、今は主流になっている」と、ヤンセは言う。 古い理想の放棄は、スウェーデンの進歩派を深く失望させている。
ストックホルムのシンクタンク、アレーナ・イデーのリサ・ペリング研究主任は、大規模な難民の流れを食い止めるために「何かをする必要があった」ことは認めるが(15年に話を聞いたときは認めていなかった)、落ち着いた後は規制を撤回するべきだったと考えている。
とはいえ、スウェーデン人の寛容さも限界かもしれない。16年度は難民のために、国家予算の5%以上に当たる60億ドルを費やしている。 (中略)
もちろん、スウェーデンは今も非常に豊かで、それなりに平等主義的で、とても安全な国だ。しかし、この20年で、いにしえから続いてきた同質の文化が、事前の意思表示も公の議論もなしに、驚異的な規模で人口動態の変化にさらされた。
アメリカは1924年に外国生まれの市民が人口の約15%に達した時点で、移民に対して事実上、門を閉ざした。スウェーデンでは現在、移民が全人口の20%を占め、労働移住や家族の呼び寄せで年間約10万人(人口の約1%)のペースで増え続けている。
彼らの大多数は、スウェーデンと全く異なる社会──より教育水準が低く、より世俗的ではない社会──から来た。
こうした変化に対し、スウェーデンは「死」を選ばず、生き残るために大切な価値観を変えたのだ。
EUは15年夏の終わりから100万人以上の移民・難民が押し寄せたことを受けて、16年にトルコと合意を締結。トルコが移民の欧州流入を抑制する代わりに、EUがトルコに資金援助をすることなどを取り決めた。これは根本的な人道的危機に対処することなく、問題を政治的に解決しようとするものだった。
現在、EUの東の端で続いているにらみ合いは、それぞれの思惑を暴露している。ベラルーシは中東などからの移民をポーランドやリトアニアに送り込み、ヨーロッパを脅かそうとしている。
欧州は難民庇護の聖域にならない
EUの指導者は、ベラルーシの国境近くの森で何千人もの無力な人々が凍える寒さにさらされていても、ポーランドの冷徹な対応を全面的に支持している。さらに数万人の人々が押し寄せることを恐れているからだ。
ヨーロッパが、世界の7000万人の難民や強制移住者を庇護する聖域になることはないだろう。彼らの大多数は祖国に近い場所に定住せざるを得ない。
ただし、富裕国は、彼らに人並みの生活を提供する費用のほとんどを負担するべきだろう。
民主主義社会の基盤は、建国文書に記された抽象的な原則ではない。アメリカ人が苦しみながら身をもって学んできたように、国民の集合的な信念に依拠するのだ。
生々しい経験は、聖域とされた価値観からも人々を解き放つ。 国のリーダーは、人々にそうした価値観を思い出させるべきだ。そして、民主主義の原則を最も深く脅かす力を抑え込みつつ、その価値観を生かしながら再生すべきだ。【11月25日 Newsweek】
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なお、スウェーデン社
8008
会の移民・難民への対応の変化は、2015年の大量移民に始まる訳ではなく、それ以前から着実に進んでいたようにも思えます。
8008
会の移民・難民への対応の変化は、2015年の大量移民に始まる訳ではなく、それ以前から着実に進んでいたようにも思えます。
同国の代表的警察小説にヘニング・マンケルによるクルト・ヴァランダー警部シリーズがありますが、90年代前肺に発表されたこのシリーズでは移民・難民に対する排斥がしばしば取り上げられており、作中の主人公が「この国はいったいどうしてこんなことになったのか?自分の知っているかつてのスウェーデンではなくなった」とつぶやくシーンが多く登場します。