孤帆の遠影碧空に尽き

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アメリカ 流産女性が薬物摂取を理由に胎児を殺したとして故殺罪に問われる宗教原理主義的欺瞞

2021-11-23 22:23:36 | アメリカ
(【10月19日 読売】)

今年5月20日ブログ“アメリカ 人工中絶禁止の最高裁判断の現実味 司法を舞台にしたトランプ氏の「リベンジ」幕開けか”で、中米エルサルバドルにおける“たとえ流産であっても女性に禁錮刑が科される”という中絶禁止法絡みの裁判に関する記事を紹介しました。

****レイプ被害で妊娠、死産して収監された女性に逆転無罪判決。エルサルバドルで続く「中絶禁止法」とは****
人権団体はこの無罪判決を「画期的」と評価。一方、中絶禁止法によりいまだに約20人の女性が流産によって刑に服しているという。

中米のエルサルバドルで、「中絶禁止法」によって収監されていた女性に対し、逆転無罪の判決が言い渡され、世界から注目を浴びている。

AFP通信などによると、エルサルバドルの控訴裁判所は8月19日、レイプ被害によって妊娠し、胎児が8カ月の時に死産したエベリン・エルナンデスさん(21)に対し、無罪を言い渡した。

エルナンデスさんは、当初、中絶をしたとして殺人罪で禁錮30年の判決を受け、2年9カ月もの間、収監されていた。(中略)

エルナンデスさんは18歳だった2016年4月、妊娠8カ月のときにクスカトラン県にある自宅のトイレで子どもを出産。彼女は出産するまで妊娠に気が付いていなかったという。

エルナンデスさんはトイレで腹痛を覚え、出産したものの胎児は死産していたと主張していた。
だが検察側は彼女が出産前のケアを受けることを怠ったとして有罪を求めていた。裁判所は2017年、エルナンデスさんに対し殺人罪で禁錮30年の判決を言い渡した。

エルナンデスさんが妊娠したのは、レイプ被害を受けたためだった。しかし、家族が脅迫されていたために恐怖を感じ、警察には被害届を出せなかったという。

控訴審で弁護側は、一審では胎児が出産前に死亡していたとする法医学的証拠が見逃されていたと主張。検察側は一審判決より重い禁固40年を求刑していた。
検察側が期限である8月29日までに上告するかが注目されている。

エルサルバドルで問題となっている「中絶禁止法」とは
カトリック教徒の多いエルサルバドルでは1998年以来、あらゆる状況で中絶を禁じている。
中絶禁止法と呼ばれるこの法制度では、違反した場合に禁固2~8年となるが、さらに重罪である加重殺人で有罪となる場合が多く、最大で刑罰は禁錮50年となる。

2013年には、出産直後に死亡する可能性の高い胎児を妊娠しており、自らも難病を抱え、妊娠の継続が困難だった女性が特例的な堕胎許可を求めていたが、裁判所が不許可とした。

当時の保健相も、裁判所に中絶の特例許可と、堕胎手術を行う医師に対する刑事免責を求めていた。女性は妊娠27週で帝王切開し、女児は数時間後に死亡した。

1992年の内戦終結後、内政不安のなかでカトリック教会がキャンペーンを開始し、そのなかで中絶禁止が盛り込まれた法律が1998年に成立。

2016年には、野党が最大禁固8年としている中絶禁止罪の刑罰を50年に引き上げるよう法改正を提案している。

AFP通信によると、2019年3月には、流産したことで加重殺人で有罪となり、禁錮30年の刑となり収監されていた女性3人が釈放された。しかし、同様の罪で約20人の女性が今も刑に服しているという。

米州人権委員会はエルサルバドル政府に対し、中絶によって女性に対し実刑判決を下す制度について見直しを求める報告を、2019年1月に公表している。【2019年08月21日  Shino Tanaka氏 HUFFPOST】
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エルサルバドルの事例も中絶禁止法に基づくものですが、中絶禁止法がアメリカで社会を分断する対立軸となっていることを5月20日ブログで取り上げました。

エルサルバドルを含めてカトリックの影響が強い中南米は、人工妊娠中絶がほぼ認められていない国が多い地域です。

ただ、エルサルバドルの上記のような対応については、社会の根本的問題を放置しながらの“欺瞞・偽善”であるちょうに思います。

“人工中絶に対する考え方はいろいろあるとは思いますが、上記エルサルバドルの中絶禁止法が「欺瞞」「偽善」に思われるのは、ギャングの横行によって同国が世界でも最も殺人が多い、「世界一治安の悪い国」としてランキングされることがしばしばあるからです。”【5月20日ブログ】

一方、アメリカでもエルサルバドル同様に、“流産して刑務所に入れられる”ということが実際に起きていると聞き、非常に驚きました。

妊娠中の薬物接種が胎児虐待・故殺と解釈されたようです。
こういう事例は珍しくなく、「氷山の一角」とも。

非常に興味深い記事なので、長いですが全文を引用します。

****流産して刑務所に入れられる女性たち アメリカ****
米オクラホマ州の先住民の女性(21)が流産した後、故殺罪に問われ裁判で有罪となった。人々から怒りの声が上がったが、そうした経験をしたことがある女性は彼女だけではなかった。

ブリトニー・プーロー被告は、妊娠して4カ月ほどだった昨年1月、病院でおなかの中の胎児を失った。
その後、誕生しなかった息子に対する第1級故殺罪に問われ、今年10月に禁錮4年の有罪判決を受けた。

流産で苦しんだ彼女が、一体どういういきさつで、胎児を殺したとして収監されることになったのか――。そのことが、インターネットやメディアで大きな話題になった。

彼女に有罪判決が出たのは、アメリカにおける妊娠喪失に関する啓発月間の最中だったと、ソーシャルメディアでは指摘された。空恐ろしい近未来を描いたマーガレット・アトウッドさんの小説「侍女の物語」の世界に近づいたと述べる人もいた。

氷山の一角
プーロー被告は治療を受けるために病院を訪れた際、妊娠中に違法薬物を使ったと明かした。
流産後の胎児の検視報告書では、肝臓と脳から微量のメタンフェタミン(覚醒剤)が検出されたとされた。BBCはこの報告書を入手している。

検視官は胎児の死因を特定しなかった。遺伝子の異常、胎盤の早期剥離、母親によるメタンフェタミン使用が要因となった可能性があると記した。

プーロー被告の弁護士は、有罪判決について控訴するとしている。検察側は、手続きが進行中だとしてコメント取材に応じていない。

中絶の権利を支持する全国団体「妊娠女性の擁護者」(NAPW)のダナ・サスマン事務局次長は、プーロー被告の事案について、氷山の一角に過ぎないと話す。

「ブリトニーのケースは本当に腹立たしいものだった」。ただ、「みんなが思っているほど珍しくはない」。

逮捕の大半は薬物絡み
プーロー被告の控訴を支援しているNAPWは、アメリカの妊娠女性に対する逮捕や「強制介入」を追跡している。
そうした件数は1973〜2020年に計1600件に上っている。うち1200件は、過去15年間に起きたものだという。

逮捕された女性には、「意図的な転倒」や「自宅での出産」が逮捕理由となっていた人もいた。だが、大多数は薬物絡みで、有色人種の比率が高かった。

刑事事件が最近急増しているのは、「麻薬戦争」と、胎児を人と認めるパーソンフッド運動が交差する「アメリカ独特の現象」だと、サスマンさんは話した。

人間とは何か
胎児が薬物にさらされる問題は、1980年代に文化をめぐる議論において注目されるようになった。麻薬中毒の母親から生まれた子どもを指す「クラック・ベビー」という言葉が使われ出した頃だった。

妊娠中の薬物使用は、流産や死産のリスク上昇など、多くの負の結果につながることがわかっている。ただ、実際の影響は胎児によって差が大きい。コカイン中毒の母親の子どもは相当の発育不全がみられるとした1980年代の研究は、のちに誤りとされた。

以来、メタンフェタミン使用からオピオイド危機(鎮痛薬の過剰摂取)まで、麻薬の使用は広がりをみせ、常に問題となってきた。

同時にいくつかの州は、中絶を難しくする法律を成立させた。中絶に反対する理由はさまざまで、道徳や宗教が絡むことが多い。そうした中、議論の一部として、パーソンフッドの概念に焦点が当てられるようになった。

「パーソンフッドの概念は実はとても単純だ」と、中絶反対派団体パーソンフッド・アライアンス・エデュケーションのサラ・クエイル会長は話した。

「パーソンフッドは、人間が人間であることと、私たちの平等性は人間性に基づいていることをうたうものだ。私たちはまさに最初から最後まで生物学的に人間であるという科学的事実は、変えられるものではない。それゆえ、人間として、私たちは法の下で平等な保護に値する。生まれながらにして自然権をもっているからだ」

パーソンフッド運動は、中絶を規制するだけでなく、その先を行くような法律を推進することや、胎児に対してまるで州民のような権利と保護を与えることに、一役買ってきた。

パーソンフッド・アライアンス・エデュケーションは、薬物による安楽死や、胎児を破壊する研究、人身売買などにも反対している。

同団体は、薬物を使用する母親を司法が訴追すべきかどうかについて考えを示していない。しかしクエイル会長は、「生まれる前の子どもを、母親が妊娠中に薬物を使うことで起きる害悪から守る」措置を、個人として支持すると述べた。

「ただ、私たちの法制度は、責任と説明義務の問題を考えるだけではいけない。薬物中毒者の回復にも焦点を当てる必要がある」

目的は保護か危害か
中絶支持派の研究機関グットマーカー研究所によると、妊娠中の薬物使用は23の州で、子どもの福祉に関する法律によって児童虐待とみなされている。

アメリカの半数の州では、妊娠している女性の薬物使用を疑った医療従事者に報告を義務付けている。
アラバマ州は2006年、「化学物質で危険にさらす」法を制定。子どもを「規制薬物や化学物質、薬物の道具にさらしたり摂取や吸入させたりする」ことを重大な犯罪とした。米メディアのプロパブリカの調査では、同法の制定後の10年で、女性500人以上が訴追されたことがわかった。

テネシー州も後に続こうと、2014年に同様の法律を成立させた。しかし2年後に期限切れとなり、以来、更新されていない。

カリフォルニア州のある郡では、女性2人が共に赤ちゃんを殺したとして収監された。女性たちは死産を経験した後、違法薬物の検査で陽性判定が出ていた。

その1人、チェルシー・ベッカーさんに対する殺人罪での起訴は今年、取り下げとなった。だがそれまでの1年半、保釈金200万ドル(約2億2800万円)が支払えなかったため、刑務所で過ごした。

もう1人のアドラ・ペレズ受刑者は、11年の刑期の3分の1ほどを終えるところだ。故殺罪で起訴され、より罪の重い殺人罪による訴追を回避するため、有罪を認めた。現在、控訴しようとしている。

2人とも「胎児暴行法」として知られる法律に基づいて起訴された。同法は少なくとも38州で存在している。
それらの法律は、妊娠中の女性を虐待する薬物乱用者を処罰しやすくするのが目的だった。妊娠していたレイシー・ピーターソンさんが夫に殺害された事件を受け、2004年に連邦法が成立。それが、多くの州の法律制定を後押しした。

だが、それらの法律の多くはあいまいだ。流産や死産につながったかもしれない行動を取った女性を訴追するかどうかは、検察官の判断に委ねられている。

いくつかの州は、胎児に生存能力があるかを考えるうえで基準となる、妊娠週数を明確にしている。しかし、そうしていない州もある。多くの医師は20〜24週くらいを基準としている。

プーロー被告が流産したのは、妊娠16〜17週ごろだった。NAPWのサスマン事務局次長によると、アメリカで死産を受けて訴追された女性の妊娠週数としては、おそらく最も早期だという。

この先はさらに過酷?
もしプーロー被告が流産せず、中絶手術を受けていたら、彼女は何の訴追もされなかったかもしれない。オクラホマ州では中絶は合法だ。

アメリカでは近く、テキサス州の最高裁が、同州におけるほぼ全面的な中絶禁止の合法性について判断を示す予定がある。他のいくつかの州でも、中絶に対する規制が強まっている。そうした環境で、中絶の権利を支持する人たちは、これから状況が一段と厳しくなっていくのではないかと心配している。

中絶が非合法の国では、女性たちが流産をしたことで逮捕され、殺人罪で訴追されている。そうした国の当局は、妊娠を意図的に終わらせたとして、女性たちの責任を問うことが可能だ。

中米エルサルヴァドルは、世界で最も厳格に中絶を禁じている国の1つだ。その国で提起されたある裁判は、米州人権裁判所まで争いが続いている。年内に判決が出されるとみられている。

マヌエラさんは流産した後、治療を受けるために病院に行った。その後、殺人罪で禁錮30年の有罪判決を受けた。2010年に刑務所内で死亡した。

エルサルヴァドルの法律は、中絶をしたと疑われる女性に遭遇した医師に対し通報を義務付けており、怠った場合は医師が収監される可能性がある。マヌエラさんの弁護団は、こうした法律が国際人権法に違反すると主張している。

依存症は「犯罪ではなく病気」
こうした事件の根底には、女性はいったん妊娠したら何があろうと胎児を優先すべきだという発想があると、英ダラム大学で教えるジェンダーと犯罪に関する法律学者のエマ・ミルンさんは話した。

だが現実はずっと複雑だと、ミルンさんは言った。妊娠した女性は往々にして必死で、精神的にもろく、支援が必要だとした。「妊娠中や妊娠前の女性に国が支援を提供できていないのは、国の過失だ」

2012年の調査によると、アメリカの妊娠女性の約6%が違法薬物を使ったと認めている。飲酒については8.5%、喫煙は16%だった。

アメリカの医師団体は、妊娠中の薬物使用を児童虐待に分類することに反対している。そして、依存症の女性に必要なのは禁錮刑ではなく、治療だと主張している。

「薬物依存症は犯罪的な行動というより、治療できる病気だ」と、アメリカの医師たちを代表する米医師会は主張する。

母親の権利より優先されるのか
医療倫理の専門家で、米ハーヴァード大学法科大学院のI・グレン・コーエン副学部長は、胎児に対して法的に同等な権利を与えることについて、単純な問題ではないと話した。

「胎児が人類の仲間であることは議論の余地がない。(問題は)それが(法的に)人間なのか、そうではないのかだ」
仮に法律が胎児についてパーソンフッドを認めるとして、そのパーソンフッドは母親の自己決定権より優先されるものなのか。

「整理すべきことは多い。だが、政治や裁判の点では、ほぼまったく整理されていない」とコーエンさんは言った。
女性の人権を擁護する人々は、この問題が妊娠女性から自律性を奪うことにつながりかねない「滑りやすい坂道」だと懸念を示している。

薬物使用を理由に、胎児に危害を加えたとして女性が逮捕されるのであれば、ビールを飲んだ場合はどうなるのか。車を運転中にスピード違反をしたらどうなるのか。
「薬物でそうなるなら、次は何なのか」と、法律学者のミルンさんは疑問を口にした。【11月23日 BBC】
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胎児の人権を主張するパーソンフッドの概念から出発すれば、胎児に危険をもたらす妊娠中の薬物摂取は殺人的行為ということになるのでしょう。

しかし、中絶を社会的に受入れている日本などの常識からすれば、意図的な中絶が認められているのに、意図せざる薬物摂取などの結果(どこまで薬物摂取が胎児死亡に影響したかも定かではありませんが)が罪に問われるというのは原理主義的非現実性を感じます。

また、記事最後にもあるように、こういう薬物摂取を胎児故殺として問題視するなら、ビールは?酒は?車の運転は?転びやすい高いヒールの靴は?・・・・等々、際限なく範囲は拡大します。結局、妊娠した女性は家でじっと過ごすしかないということにも。(それも運動不足で胎児を死の危険にさらすとして糾弾されるのかも)

アラバマ州では妊娠中にけんかになった別の女から銃で腹部を撃たれ流産した被害者女性が胎児を死亡させたとして過失致死罪で起訴された事件もありました。(その後検察は起訴を取下げましたが)。
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