孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

タイ  軍政の新憲法案、二大政党がともに反対、国民投票で否決の可能性も タイ民主主義の現状

2016-04-11 23:02:18 | 東南アジア

(新憲法案への反対を表明する反タクシン派・民主党のアピシット党首(中央)【4月10日 neswclip.be】)

総選挙に向けて動き出すタクシン派
タイ軍事政権が民政移管の基礎となる新憲法について最終案を発表したことは、3月31日ブログ「タイ  新憲法最終案発表 1月当初案より更に強まる軍部の影響 タクシン派は国民に拒否を呼びかけ」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160331で取り上げました。

その内容は、“(1)議員でない人物が首相になれる(2)上院議員を20の職能分野ごとに間接選挙で選ぶ(3)選挙によらない憲法裁判所などの機関に強い政府監視権限を与える――といった民主化に逆行する制度のほか、選挙に強いタクシン元首相派の封じ込めを狙ったとみられる、単独政党が過半数をとりにくい小選挙区比例代表併用制の導入などが柱だ。”【3月30日 朝日】という、タクシン派封じ込めと軍部の影響力維持を狙ったものとなっています。

タクシン派は当然のように新憲法案を批判、同時に、タイ貢献党の集会で党幹部、支持者らに対し、「総選挙が(予定通りに)来年実施されると確信している」というタクシン元首相のメッセージを大型スクリーンに映し出されるど、来年後半にも予定される総選挙に向けた動きを示しています。(中国と回線を結んだスクリーンとのことですから、タクシン元首相は現在も中国にいるということでしょうか)【4月8日 バンコク週報より】

一方の軍政側は、政権に批判的な者を「態度矯正」施設に拘束し、「再教育」を行うなど警戒を強めています。

****<タイ>タクシン元首相派、動き活発化 総選挙にらみ****
タイ軍事政権下で政治活動を厳しく制限されてきたタクシン元首相派が、徐々に動きを活発化させている。来年後半にも予定される総選挙をにらみ、存在感を誇示する思惑がある。一方、民政移管後も権力温存を狙う軍政側はタクシン派を執拗(しつよう)に警戒しており、締め付けを強化している。

首都バンコクにあるタクシン派政党「タイ貢献党」本部に今月7日、タクシン氏の妹のインラック前首相をはじめとする党幹部や支持者ら約300人が集まった。国外に亡命中のタクシン氏とのテレビ電話がスクリーンに映し出されると、大きな歓声が上がった。

タクシン氏は「政治に関わる者が国民を愛さなければ、民主主義は死んでしまう」と政党政治の弱体化を狙う軍政をけん制した。

タクシン氏は軍政との対立姿勢を強調せず、目立った動きを控えていた。しかし、最近になり海外メディアとのインタビューに応じるなど存在感をアピール。政治活動を禁じられているインラック氏も今年2月、「家庭菜園の披露」を名目に外国メディアを招き、事実上の会見を開いた。

軍政は来年後半にも総選挙による民政移管を予定。だが、その前提となる新憲法案は、国政に軍政の強い影響力を残す内容で、多くの政治家や学者が「非民主的」だと反発している。輸出不振などで国内経済も低迷し軍政に陰りが見えてきた。

タクシン派は、総選挙での巻き返しに向けた機運を高める時期と判断したとみられる。まずは、新憲法案の是非を問う8月の国民投票で支持者に反対を呼びかけ、軍政に揺さぶりをかける方針だ。

対する軍政側の警戒ぶりは異常なほどだ。これまでも批判的な政治家やジャーナリストを「態度矯正」と称し軍施設に拘束してきたが、さらに1週間の「再教育」を施し、締め付けを強化する方針を発表。

先月末には、タクシン氏の旧正月祝いのメッセージを記した赤い小鉢をフェイスブックに投稿しただけで、女性(57)を扇動罪の疑いで逮捕した。【4月9日 毎日】
******************

選挙に自信を持つタクシン派としては、新憲法に反対云々はともかく、とにかく早いとこ総選挙をやって政権の中枢に返り咲きたい、そうすればどうにでもなる、憲法云々はその後の話だ・・・といったところでしょうか。

反タクシン派も新憲法案反対の姿勢 国民投票で否決の事態も
対する反タクシン派の野党・民主党も、軍部の影響力を温存し、政党政治を弱めることにつながる新憲法案に反対する考えを明らかにしています。

****新憲法案、否決の流れ=反タクシン派も反対表明―タイ****
タイの有力政党、民主党は10日、軍の政治的影響力を温存する内容の新憲法草案に反対する立場を表明した。

既に反対を打ち出しているタクシン元首相派のタイ貢献党と反タクシン派の民主党の二大政党が足並みをそろえたことで、8月7日に実施される見込みの国民投票で草案は否決される流れが強まりそうだ。

民主党は声明で、反対の理由について「プラス面よりマイナス面の方が多い」と指摘。アピシット党首(元首相)は「われわれにとって良い憲法とは、民主主義の原則に基づいて汚職を防止する憲法だ」と強調した。

新憲法草案は、上院議員を軍事政権が任命するほか、軍人の首相就任の可能性にも道を開くなど、軍の政治への関与を保障する仕組み。このため「非民主的」と批判する声が広がっている。【4月10日 時事】 
*******************

ただ、即座に反対表明したタクシン派に比べ、民主党の方は態度表明に10日ほど要しており、複雑な内部事情があるのかも・・・とも思われます。

****民主党、国民投票の追加質問である上院議員による首相選出に反発****
・・・・軍政も民主党も反タクシンではほぼ共通しているものの、政治対立を解消して国民和解を実現する手法に関しては意見が完全には一致していない。

このため民主党は軍政をしばしば批判しているが、現在政治集会が禁じられていることから党の総会が開催できず、今回の表明が民主党の総意かどうかは今のところ不明だ。【4月11日 バンコク週報】
*********************

“現在政治集会が禁じられている”のなら、前出のタクシン派・タイ貢献党の300人集会はどうして認められたのか?という疑問もあります。タイ正月(4月13日)を祝うソンクラン祭にちなんだ前倒し祝賀イベントとして行われたので「政治集会」ではないという扱いでしょうか?

「タクシン派潰し」にやっきとなっているとされる軍政がそうした集会を認めるというのも、よくわからないところです。前回ブログの冒頭写真のように、インラック首相による事実上の海外メディアとの会見も認められています。

それはともかく、タクシン派、反タクシン派双方の政党が新憲法案に反対するということで、新憲法案が国民投票にかけられても否決される可能性が高まっています。

以前から、プラユット暫定首相は国民投票で新憲法草案が否決された場合でも、予定通り来年総選挙を実施する考えを示しています。

****憲法案否決でも来年総選挙=タイ暫定首相が表明****
タイ軍事政権のプラユット暫定首相は26日、今夏に実施される国民投票で新憲法草案が否決された場合でも、予定通り来年総選挙を実施する意向を表明した。

プラユット氏は記者団に、「国民投票で通らなくても、ロードマップに従って選挙を実施する。2017年に行う必要がある」と述べた。ただ、国民投票で否決された場合、新憲法をどう起草するかなど詳細については触れなかった。(後略)【1月26日 時事】
******************

1月30日ブログ「タイ 新憲法案の「第2次案」発表 タクシン派などの批判は強く、民政移管に向けた先行きは不透明」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20160130でも触れたように、新憲法案が否決された場合の総選挙となると、憲法がない状態での民政移管ともなります。

*******************
・・・・だが、憲法がないままの民政移管が可能かは疑問だ。

一部では現行の暫定憲法を適用する案も浮上するが、その場合は「民政移管後も軍政の権限が残る可能性が高い」(憲法起草委メンバー)。

プラユット氏は「私の頭のなかには解決法がある」と語るだけで、具体的な道筋を示していない。【1月29日 毎日】
*******************

政権から与えられるサービスにしか関心がない多くの国民は、新憲法問題に無関心
実際のところ、国民の多くはこうした新憲法問題には無関心ともされており、「非民主的な新憲法草案を多くの有権者が非民主的と読み取れないところに今のタイの病巣がある」との、タイ民主主義の現況を憂う指摘もなされています。

****タイ新憲法草案に潜む危うさ 問われる民主主義 ****
軍政下のタイで憲法起草委員会による新憲法の最終草案が3月29日に発表された。軍人を含む非議員の首相就任が可能となるなど民主化の大幅な「後退」が特徴で、当分の間、軍の直接的間接的な支配が継続する見通しだ。

全権を統率する元陸軍司令官のプラユット暫定首相も「満足している」と述べ、8月にも予定される国民投票に向けて周知活動を進めていく考えだ。

だが、国民の関心は総じて低く場当たり的で、軍政が目指すとしている「国民和解」の実現は困難との見方が広がっている。

 ◆タクシン派封じ込め
最終草案のポイントは大きく3つ。(1)非議員の首相就任を容認(2)上院(250議席)は任命制(3)憲法裁判所の権限強化だ。(中略)

 ◆国民の大半が無関心
こうした政治の舞台での動きとは裏腹に国民の関心はいたって低い。国立ラチャパット大学スアンドゥシット校が緊急に実施した国民意識調査(回答数1158)で草案の内容を「全く理解していない」あるいは「あまり理解していない」と答えた有権者は計55.5%を占め、「よく理解している」「ある程度理解している」の合計44.5%を10ポイント以上も上回った。

国営シンクタンクの国家開発管理研究所が行った世論調査(同1250)でも上院の完全任命制について52.1%が賛成すると回答した。その理由は「政権に対する監視が進んでよい」が多数を占め議会制民主主義を理解しない人が多かった。

富が極度に偏在するタイでは、支配する側とされる側の区分が明確だ。富む者は異様なまでに富に執着し、富まない者は生涯を貧困や無関心の中で生きる。タクシン元首相が国民に受け入れられたのも、こうした現実に一石を投じたからだが、票が「売れる」と分かったためでもある。

国民は時の政権から与えられるサービスに一喜一憂し、為政者はサービス合戦に固執する。これが01年のタクシン政権発足以降のタイの政治だった。

タイの名門タマサート大学で法律学を研究するトゥーイさんもこうした現実を憂慮する一人だ。
「政治家も有権者も自身の利益第一で国の将来を考えようとはしない。タクシン派と反タクシン派の対立も一握りの富裕層の利権争いで政策論争ではない。軍政は国民和解というが、感情論も加わって難しい。非民主的な新憲法草案を多くの有権者が非民主的と読み取れないところに今のタイの病巣がある」と話している。【4月8日 小堀晋一氏 SankeiBiz】
*******************

タクシン派が選挙に強いのも、農民等へのバラマキ政策のためとも言われており、バンコクなど都市中間層がタクシン派に反発するのも、そうした露骨な利益供与に群がる農民等への反発があるとも言われています。

そうした反発は「カネにつられる農民等には選挙で議員を選ぶ資格がない・・・」といった侮蔑にもなり、タクシン派・反タクシン派対立を生む土壌ともなっています。

まあ、確かに“国民は時の政権から与えられるサービスに一喜一憂し、為政者はサービス合戦に固執する”というのはタイ政治の現状でしょう。

ただ、選挙が自分たちの利益を実現すための手段であるというのは、日本を含めて、多かれ少なかれすべての民主主義国にも言えることであり、民主主義の一側面でもあります。

長期的には、民主主義への理解、自己利益だけでなく国政全般への関心を啓もう活動で高めていくということにはなりますが、軍政は新憲法への批判的な言動、軍政の意に沿わない言動を封じ込めようとするだけの対応であり、タイ民主主義の前進につながるものとはなっていません。

****国家安全保障会議、新憲法草案周知キャンペーンの妨害に警鐘****
国家安全保障会議(NSC)のタウィープ事務局長はこのほど、新憲法草案に関する国民投票に影響するような不適切な行為は新憲法草案国民投票法に違反する恐れがあるとして、このような行為を控えるよう呼びかけた。

同法では、不適切な方法で反対票あるいは賛成票を投じさせようとする行為などが禁じられている。そのため、関係当局が監視の目を光らせているが、今のところ違反行為は確認されていないとのことだ。

なお、新憲法草案の内容を国民の理解してもらうためのキャンペーンは選挙管理委員会が展開する。【4月11日 バンコク週報】
*******************
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする