半農半X?土のある農的生活を求めて

「生きることは生活すること」をモットーに都会から田舎へ移り住み、農村の魅力を満喫しながら、日々、人生を楽しく耕しています

「道徳教育」と「お話」と「かいけつゾロリ」

2014年01月18日 | 自分の時間
昨日は、幼稚園の餅つきと小学校の授業参観でした。

小学校の授業参観は凧揚げと国語だったのですが、国語の授業が凄かった。

相変らず先生は完璧な指導をしていたのですが、とっても内容は難しいもの。

「こんな難しいことを小学校1年生で習うんだ~」とびっくりしました。

教えている先生も最後は「今日はちょっと難しかったですね。」と言っていました。


あの授業一本に絞って準備が出来るならまだしも、5日間授業が続き、1日何コマもあることを考えると、ああいったレベルの授業をやりきるのは、不可能に近いと思います。

そういう意味で、生徒も大変だけど、先生はもっと大変なんだろうな~と思える内容でした。


話は変わって、この前「道徳」について「幼少の頃に昔話を読み聞かせたりするのがいいんじゃないか」と書きましたが、「ストーリーのある本」などを読む時間など、やっぱり「本」かな~と思いました。

というのは、今、わが子が「かいけつゾロリ」という本にはまっているのですが、これがむっちゃくちゃ面白い
大人の私も「よくぞ、ここまで詰め込んだ本を書けるな~」と感嘆しているほどの本です。
そして大人の私も「むっちゃおもろい」と思います。

そして、今日読んだ魔法使いの少女のストーリーは、大冒険の末、大工さんや料理人などそれぞれの大人が自分達の仕事をしっかりやっている姿を見て、「色々な魔法を使いたいけど、1つ自分でこれというものを出来るようになってみたいと思うわ。そのために、もう一度魔法学校にいって勉強しながら自分の魔法をみつけたい」といって去っていくのですが、とても感動ものでした

そして「道徳の時間に、こういった本を1冊じっくり読む、でいいのにな~」という思いも沸きました。


多分、道徳の教科書などは、1コマの時間内に1テーマを「教える」必要があるのでしょう。
だから、最後に「答え」を先生は確認する指導要領になっているんだと思います。

でも、道徳心とかって、それぞれの心の中に「芽生えるもの」だと思うのです。

だから、答えを与えなくてもいい。
心を耕し、種をまく、というものでいいんだと思うんですよね。

幼少期は、心をふかふかの畑のようにするために、有機物を入れ、耕し、良い微生物が発酵している土壌にすること。

土作りさえ出来ていれば、あとからどんな種をまいてもすくすく育ちますもん。


だから、「かいけつゾロリ」とかでもいいんですが、ひとつの大冒険とか、何かのストーリーで苦労や困難や色々なことがあって、その最後に、登場人物が何か行動を選択した、それが読んでいる子ども達の心に「余韻」となって残って、それがいつしか何か花咲く種となる、というものでいいだと思います。


どんな感想をもったかを、言葉に表すことは大人でもとても難しいこと。
それを授業の中で発表させたり、子供たちでディスカッションさせることは、もっと難しいこと。

耕し、有機物を与え、じっくり耕す。

そんな授業でいいんじゃないかな~と思います。

そんなこんなで、やっぱり「ゆっくりと」「お話」に触れるということは、小さい子供にとって一番の心の糧になるんじゃないかと思いました
コメント (1)
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