昨日『ブレイブストーリー』を観てきました。
夏休みの日曜日の午前中だったので、
子どもたちがたくさんいました。
最初はざわざわしていましたが、
後半になるとみんな真剣に見入っているのか
静まりかえっていましたね。
昔、子どもや若者が冒険に旅立つのは、
「平凡で退屈な日常からの飛翔」
「未知の世界への純粋な好奇心」
という意味合いが強かったように思います。
でも、現代ではそれは動機付けにならないんだと思いました。
もっとヘビーで切実なものがなければ、
日常を捨てて未知という恐怖に立ち向かう勇気は持てない。
ワタルの場合は「家庭の崩壊」という恐怖から逃れることが
冒険への最初の動機になったのだと思います。
そして、子どもにとって「家庭の崩壊」は
世界が崩れるのと同じくらい恐ろしいことなんだな、とも。
一方で、ワタルは子どもらしい子どもでもあるので、
「本来の目的を見失う」という気まぐれさもあるのです。
例えば、ミツルを追いかけていたはずなのに
サーカスに入り込んで出し物に見入ってしまうところなんて
「おーい、ミツルがそんなところにいるわけないじゃない」
と思ってしまいました(笑)
ワタルって決して意志の強いヒロイックな子どもではないんですね。
だから、幻界の人々とも親しくなってしまうし、
キ・キーマやミーナのような家庭とは別の「世界」を得たことで、
その世界の崩壊をくい止めたくなったのだと思います。
彼が最後に願ったことが「家族を取り戻したい」ではなかったのは、
運命がどうのこうのではなくて、
彼の世界が広がったことの現れではないのでしょうか。
一方の主役・ミツルは、ワタル以上に過酷な体験をしたことで
「子どもでいることが許されなくなった子ども」のように思いました。
初志貫徹ってあまり子どもらしくないじゃないですか。
彼は常に孤独だし、決して目的を見失わない。
目的のためなら手段を選ばない。
その上、ミツルが取り戻したいのは、
自分を保護してくれる「家庭」ではなく、自分が守りたい「妹」。
彼は最後まで妹しか見ていなかった。
だから自分や自分を取り巻く世界がどうなってもよかったのでしょう。
ジョージ・ルーカスが『スター・ウォーズ』のインタビューで
「愛と正義なら正義を優先すべきだ」
「愛は時には利己的なものだからだ」
みたいなことを言っていたのを、ミツルを見ていて思い出しました。
でも、愛のためにすべてを捨てる人って、魅力的ですよね。
ワタル以上にミツルの造形が魅力的なのは、だからなのかしら。
絵も動きもとてもきれいで、観ていて十分満足できました。
特に、水の描写はステキだった。
本当はもっと色々なエピソードがあるんだろうな、という辺りも
うまく整理されていたと思います。
そりゃ『ニルスのふしぎな旅』並みに1年間かければ、
最後の別れの場面ももっと感慨が深かったとは思いますが。
(それは『千と千尋の神隠し』も同じだし。)
「幻界」と「旅人」の関係も、原作ではもっと深いのでしょうね。
(原作読んでいないんです、すみません)
声優陣は、どの方もとてもよかったと思います。
熱演ばかりではなく、時々気の抜けたようにリアルな声の人もいて、
それがメリハリになっていたように思いました。
最後に。
冒険の最終目的が「日常への回帰」だというのも
現代的なことなのかしら、と思いました。
『冒険者たち』のガンバとか『銀河鉄道999』の鉄郎とか
昔の冒険物では、一度冒険者になった者は
二度と日常には帰ってこなかったように思うんですけども。
個人的に、一番胸に染みたセリフが
ミツルの「おかえり」だったというのも
何だか象徴的だなあ、と思いました。
追記(07/05/05):
本日、TV放映されたのですが、
上記のミツルのセリフは「ただいま」でした。真逆じゃないの!
おわびして訂正いたします。