Con Gas, Sin Hielo

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「アフターサン」

2023年06月03日 09時47分58秒 | 映画(2023)
父と娘の間の捉え難い空間。


予感はしていたが、エンドロールが流れ始めたときはさすがに虚を突かれた。

本作は、劇中に展開の説明が一切ない。全編にわたって父と娘がトルコで過ごした休暇の情景が続き、時折、ブラックアウトした背景に人影が点滅しながら見える映像が挟まれるのみである。

すべての解釈は観る側に委ねられており、とんでもなく見当違いな理解をしてしまうことを恐れながらも、逆に百人いれば百通りの捉え方をするのが当然と開き直って鑑賞した。

と半分言い訳をしておいて、感想を述べる。

父・カラムは離婚して娘・ソフィと離れて暮らしているが、二人はお互いのことをとても慕っている。情報はないが、二人で過ごした休暇は1~2か月であろう。その間に数々の何気ないエピソードが積み重ねられ、観る側は二人の仲の良さを理解する。

しかしその一方で、時々二人の間に明らかに気まずい空気が訪れる。それは父からであったり娘からであったりするけれど、明確な原因はわからない。ただどちらかが明らかに不機嫌になったり感情を昂らせたりする。

普通の話であれば、それに端を発して何か大きな事件に発展するのだろうが、そうならないところがまた本作の特徴となっている。

気まずい思いをした次の場面で父娘の関係は元に戻る。時に素直な反省の弁を相手に伝えて、また二人は淡々と休暇を楽しむ。

父が離婚した母と電話で話している様子を見て、娘が「どうして愛してるって言うの?(うろ覚えであり、違う言葉だったかもしれない)」と尋ねる場面がある。

父は応える。「家族だからだよ。祖父も祖母も、みんな家族だ」

離婚は結婚以上に難しい判断の上での行為である。お互い顔を見たくないくらいに嫌っての離婚もあるが、中にはお互いを慕ったままでより良い選択として離婚を決断するケースもある。

別れても家族と言える関係がある一方で、戸籍を一にしながら関係が疎になることも少なくない。もっと広げて言えば、赤の他人でもチームを組んで物事に当たるときに家族以上の深い絆を築けることもある。

そして親子である。先述のとおりカラムとソフィは強い絆で結ばれていて、お互いにそれを理解している。しかしそれでも、いや、だからこそ時折気まずい空気が流れたり、心が不安定になったりしてしまうのである。

二人のエピソードの間に挟まれるブラックアウトの映像。そこに映るのは、成長したソフィであったり、カラムの姿であったりするが、共通するのは表情がどこか虚ろなところである。

結婚の誓いで、健やかなるときも病めるときも、というセリフがある。お互いを深く愛することができれば、相手を思いやり、時にはうまく甘えて生きていくことができるのだと思う。

休暇が終わる少し前、ソフィ宛てに書いた自分の手紙を見て号泣する場面がある。ソフィにビデオ撮影を止めさせてから自分の秘密の話をする場面がある。

休暇が終わり飛行機で旅立つソフィを送った後に、180度振り返って歩いていく先にはブラックアウトの空間が待っていた。

11歳のソフィにまだ虚無はない。ただ漠然と、楽しい休暇がずっと続けばいいのにと思っている程度だ。そんな彼女が休暇中に父や周りの人たちを見て、少しずつ大人への学びの過程を進んでいく。そしてその様子を父は温かく見守っている。

終わった瞬間は戸惑いを隠せなかったが、思い返すほどに味わい深い父娘の物語だと感じた。

何よりソフィ役のF.コリオが映画史上に残るレベルで魅力的で、画面にぐいぐいと引き込まれた。

(90点)
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