Con Gas, Sin Hielo

細々と続ける最果てのブログへようこそ。

「逆転のトライアングル」

2023年02月25日 14時44分19秒 | 映画(2023)
上を下への大騒ぎ。


昨年のカンヌ映画祭パルムドール受賞作品である。

「逆転」という言葉は邦題のアレンジ。様々なヒエラルキーの下で暮らす人物の立ち位置がちょっとしたことでひっくり返る様子を、強烈な毒を盛って描いている。

物語は3部構成となっている。導入ともなる「カールとヤヤ」で描かれるのは、都会で流行の最先端を行くモデル業界である。

カールは駆け出しの男性モデル。端正な顔立ちと鍛えられた肉体を持つが、オーディションの審査員からは辛口の評価を受ける。何かが足りないのだ。

一方のヤヤは既にランウェイを闊歩する売れっ子。そんな二人は恋人関係にあるのだが、収入もステイタスも明らかに上にいるヤヤがレストランの会計を払おうとしなかったことにカールが苦言を呈したことから、もやもやバトルが始まる。

偶然ではあるが、最近ネット界隈でも「デート代は男性がおごるべき」というテーマが賑わいを見せている。議論を見ていると、おごるおごらないそれぞれ言い分があるのだが、間違いなく言えるのは、価値観が合わない場合はどちらか、あるいは双方が歩み寄りを見せないとクラッシュするしかないということである。

カールとヤヤに関してはヤヤが下りてきた。それは経済的な余裕もさることながら、彼女はカールのことが好きでたまらないという様子がうかがえる。ステイタスが上のヤヤが実はカールに振り回されている?この微妙な上下関係は後半にもつながってくる。

第2部は「ヨット」。SNSのインフルエンサーでもあるヤヤは、その影響力を期待されて豪華クルーズ船の旅に招待された(もちろんカール同伴)。クルーズ船の乗客といえば、それは全世界共通で金持ちの年寄りと相場は決まっている。

限られた空間には、乗客のほかに彼らをもてなす乗船クルー、表に姿も見せない機械工などのブルーワーカーたちが同居していた。

悪気のあるなしによらず経済的な優位性をひけらかしてしまうセレブ老人たちと、ビジネスに徹していつかはのし上がろうという意思を胸に秘めるクルーたち。その関係は木曜日のキャプテンズディナーの席で崩壊した。

おもしろいのは、この「キャプテン」が実はまったく機能していないという点である。クルーの中にも上下関係はあるのだが、キャプテンは自室に籠ってしまっており、実質のトップは接客リーダーのポーラである。ただ形式的には、セレブな客人と唯一対等に橋渡しができるクルーの最上位はキャプテンであるため、ディナーの日程を彼の意向に沿って決めなければならなかった。

ディナーは荒れ狂う低気圧の夜に開催され、時間を追うごとに体調を崩す客が続出。パニックになれば地位も何もあったものでではない。セレブたちは食べたものを「逆転」させ、大きく揺れる船室の床を転げまわった。

阿鼻叫喚の光景が展開された先に待っていたのは、軍隊に匹敵する攻撃力を備えた海賊(?)からの攻撃であった。

第3部は「島」。船は沈み、カールとヤヤを含む数人が孤島に打ち上げられた。文明の利器がない中で地位を決めるのは何か。それはサバイバル能力。船内ではトイレ掃除のスタッフに過ぎなかったアビゲイルだけがその力を持っていた。

船ではポーラの部下であったが、もはやそれは関係ない。もう船はない。食べ物が欲しいのなら、誰が新しいキャプテンか判断しろ。

新しい関係の中でも、高級腕時計をエサに優遇してもらおうとすり寄るセレブたち。そして極めつけは、権力を手にしたアビゲイルが手に入れようとした、あるモノであった。

人は、自分を上に置いて下の者を従えている状態に安心感を覚える。ただ、その状態というのは必然でも永遠でもなく、脆い砂上の楼閣に過ぎない。

「戻ったら私の付き人にしてあげる」。ヤヤが最後に言ったセリフと、そのすぐ後ろに迫っている光景が象徴していた。

人間の業とでも言おうか、醜い部分をとことんまでさらけ出した秀逸なコメディである。それにしても、キャプテンズディナーの地獄絵図はえげつなかった・・・。

(80点)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「アントマン&ワスプ:クアントマニア」

2023年02月25日 13時28分10秒 | 映画(2023)
遠い昔 はるかかなたの量子世界で。


MCUの第5フェーズ。ここからいよいよマルチバースサーガのアベンジャーズに繋がる物語が始まる。

その先頭を飾る作品は、インフィニティサーガでも大きなカギを握ったアントマンとなった。神でも超人でもない、並み居るヒーローたちの中でも最も平凡な人物であるスコットラングがその役を担うところがおもしろい。

サノスとの闘いを終えて大切な娘やパートナーのホープたちとの生活を手に入れたスコットであったが、当然それは昔のままというわけではない。過酷な経験はそれぞれを変えてしまい、それはまっすぐ健全な方向へ成長させたわけではなかった。

「アントマン」第1作のころ小さな女の子だった一人娘のキャシーは高校生になったくらいだろうか。量子学に興味を持ち才能を開花させる一方で、強固な正義感を持ち、デモ活動の鎮静化に当たった警察の車をミニチュア化させてしまうなどの問題行動も起こしていた。

そして彼女が開発した量子世界との交信装置をお披露目したときに事件は起きた。悪い予感を感じたホープの母・ジャネットが止めようとした瞬間に、スコット、キャシー、ホープと両親の5人全員が量子世界へと引き込まれてしまったのだ。

そして、ジャネットが言えなかった量子世界での秘密が明らかになる。それは、世界を再び滅亡の危機に陥れる規模の脅威であった。

冒頭の数分で全員が飛ばされてしまうので、ほぼ全編を通して舞台は量子世界である。だから、お気楽な日常的な風景はほとんど描かれない。

そして、誰も見たことがないから仕方がないことではあるが、この量子世界、ミクロというよりは、どこのユニバースですか?といった印象を抱く。

人間と同様に頭や手足があって、外見だけ異様な生命体がコロニーを作って生活しているという絵面は、映像技術こそ発達しているが40年近く前のスターウォーズから何ら変わりがない。これはスターウォーズが偉大なのか、現代人の発想が貧困なのか限界なのか、おそらく両方の要素があるのだろう。

そんな世界に幽閉されていたのが征服者・カーンである。新たなアベンジャーズの敵として満を持して登場した彼は、サノスと違って見た目は普通の人間である。

しかしマルチバースを操るので、いくら駆逐しても次々にスペアが現れる存在らしい。そりゃ確かに強敵だ。相当上手い脚本を作らないと理解できないし、理解できなければカタルシスを味わうこともできないだろう。

演じるJ.メジャースのたたずまいは良いので、これからに期待したい。

全体的に可もなく不可もなく。こじらせ娘の設定がもう少し穏やかであったら素直に楽しめる作品だったと思う。あ、アリが活躍したのは良かった。

(70点)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「イニシェリン島の精霊」

2023年02月03日 21時28分37秒 | 映画(2023)
耐えられない退屈が心を壊す。


1920年代のアイルランド。イニシェリン島は、本土が見渡せるほどの距離に浮かぶ島であるが、耕せる農地があるわけでもない荒涼とした景色の中で、人々は細々と暮らしていた。

海の向こうでは内戦が繰り広げられており、時折砲弾が着弾する音が聞こえてくるが、島民たちはまったく意に介さず。主人公のパードリックをはじめ男たちは、することがないから昼間からパブに繰り出して酒を飲む。

そんな、豊かではないが至って平和な島に事件が起きる。

パードリックの飲み友達であったコルムが、ある日突然パードリックに絶交を言い渡したのだ。

嫌がるコルムに無理やり理由を聞くと、パードリックの無駄話に付き合うことで人生の貴重な時間を失っていると気付いたからだと言う。

楽しく飲んでいると思っていたのに。突然の告白に驚くパードリック。でも周りの意見を聞いてみると、どうやら自分は「いい人だけど退屈」というキャラクターで固定しているらしい。

しかし、いくら絶交しようにも島は狭すぎてどうしても日常的に顔を合わせる。その度ごとにパードリックの心は乱れ、異常に険悪な関係はエスカレートしていく。

実は50代も半ばになると、コルムの気持ちが分からないでもない。時間があるときに、ふと、残された時間、限りある時間を有意義に使わないとと、ある意味急かされたように思うことがある。

誰も忙しいときにはそんなことは考えない。考える余裕がない。むしろ、なんでこんなに忙しいのだろうと愚痴を言うかもしれない。

しかし不思議なもので、いざゆとりが出てくると、それが物足りなく感じる場合がある。コルムは言う。「作品を残すことで人は記憶に残る。いい人は誰の記憶にも残らない」。

自分は何故ここにいるのか。この世に生まれてきたのか。考えはじめてしまったら、それはもう出口のない迷路だ。

パードリックの妹・シボーンは、兄のことを心配する思いもあって島にとどまっていたのだが、悪意の塊のような島民たちに我慢が限界に達し、ひと晩泣いた後でついに島を出て行く。

過疎の町を捨てて行く人たちは、必ずしも都会に憧れて出て行くわけではない。退屈に飲み込まれるのが怖いから逃げるのだ。たとえそこが内戦の地だとしても。

(75点)
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする