文句を言う暇があったら自分ができることをしよう。
学校で習う戦争は、歴史という大きな物語の一部として扱われる。偉い人が率いる国や地域が対立し、その溝が埋められないくらい深まったときに必然的に争いが起きる。
でも、大多数のありふれた日常を暮らす人たちには、その争いは必然でも何でもなく、降って湧いた災厄としか言いようがないものである。
戦前の広島。宇品や草津は今も港として栄えているが、昭和の初期は瀬戸内独特の干満差を利用した漁業が盛んに行われていたようだ。
主人公のすずは、穏やかな気候とゆっくり流れる時間に寄り添うかのようにのんびりとした性格の女性であった。
決して出過ぎず、かといって引っ込み過ぎず。日々与えられた営みを全うする生活を続ける。世が世ならばそのまま一生を終えることであったろう。もちろん不満などなく。
少し年齢を重ねたすずに変化が訪れる。一人の男性に見初められて呉へ嫁ぐことになったのだ。
呉と言えば造船。この時代は軍港。高台の新しい家からは多くの戦艦の雄姿を見ることができた。誇らしげな港の風景は、裏を返せば戦時における格好の標的。真っ先に日常を戦争が覆い尽くす地域であった。
それでもはじめは、いきなり嫁いだ見ず知らずの土地で奮闘するすずの姿が時にコミカルに描かれる。のんびりでおっとりだけど、何もできないわけじゃない。工夫して努力して料理や裁縫や近所付き合いを地道に続ける姿に、日本人女性らしい芯の強さを垣間見た気がした。
大正時代の名残りを残したハイカラな街の風景はいつの間にか消え去り、ぜいたくは敵の時代が訪れていた。不便を強いられる中で、すずは相変わらず文句一つ言うことなく日常を生き抜く努力を続けた。
「お国のために」進んで努力するわけでもない。目の前の環境がそうなっている以上は、それを受け入れて暮らすしかないのだ。
義姉が言う。「自分はやりたいことをしてきてこうなったから仕方ないと思えるけど、あんたはかわいそう」。
すずと義姉は対照的な性格だが、話が進むにつれて非常に印象深い関係を築くことになる。普通であれば交わることのない二人が戦争をきっかけに同じ屋根の下で暮らし密接に影響し合うようになる。
それは一面から見れば戦争の不条理であるが、紆余曲折の末に異なる次元へ昇華する二人の関係は隠れた人間の強さと深みと可能性を見せてくれる。
戦争が引き裂いた日常の傷は限りなく深い。自分だったらこの悲しさ苦しさに耐えられるだろうかと思えば正直自信がない。それでもみんな少しずつ歩みを進める。
本作は戦争を素材にしているものの、決して単純に反戦を訴える類の映画ではない。
もちろん戦争は愚かしいことである。それはおそらく全世界の人がそう思っている。それを改めて声高に叫ぶのではなく、登場人物の目の高さに視点を固定して日常生活を丁寧に紡ぐことで、時代を覆った空気全体を伝えることに成功している。あとは観た側がそれぞれに感想を持てばよいのだ。
本作の話題の一つは、主人公すずの声を担当したのん(能年玲奈)。はじめこそ能年玲奈の顔が脳裏にちらついたが、ほどなく物語へ引き込まれていった。これは憑依型とも言われる彼女の力なのか、話の強さがなせる技なのかは判断が難しいところだ。
アニメの画は基本的に柔らかいタッチで登場人物もみなかわいらしい。華やかな昭和初期の街並み、何気なくも美しい自然の風景、登場人物の微笑ましい場面が前半を中心にふんだんに描かれていることで、後半の激動がより強く響いてくる。
広島と呉へ行ってみたくなった。
(95点)
学校で習う戦争は、歴史という大きな物語の一部として扱われる。偉い人が率いる国や地域が対立し、その溝が埋められないくらい深まったときに必然的に争いが起きる。
でも、大多数のありふれた日常を暮らす人たちには、その争いは必然でも何でもなく、降って湧いた災厄としか言いようがないものである。
戦前の広島。宇品や草津は今も港として栄えているが、昭和の初期は瀬戸内独特の干満差を利用した漁業が盛んに行われていたようだ。
主人公のすずは、穏やかな気候とゆっくり流れる時間に寄り添うかのようにのんびりとした性格の女性であった。
決して出過ぎず、かといって引っ込み過ぎず。日々与えられた営みを全うする生活を続ける。世が世ならばそのまま一生を終えることであったろう。もちろん不満などなく。
少し年齢を重ねたすずに変化が訪れる。一人の男性に見初められて呉へ嫁ぐことになったのだ。
呉と言えば造船。この時代は軍港。高台の新しい家からは多くの戦艦の雄姿を見ることができた。誇らしげな港の風景は、裏を返せば戦時における格好の標的。真っ先に日常を戦争が覆い尽くす地域であった。
それでもはじめは、いきなり嫁いだ見ず知らずの土地で奮闘するすずの姿が時にコミカルに描かれる。のんびりでおっとりだけど、何もできないわけじゃない。工夫して努力して料理や裁縫や近所付き合いを地道に続ける姿に、日本人女性らしい芯の強さを垣間見た気がした。
大正時代の名残りを残したハイカラな街の風景はいつの間にか消え去り、ぜいたくは敵の時代が訪れていた。不便を強いられる中で、すずは相変わらず文句一つ言うことなく日常を生き抜く努力を続けた。
「お国のために」進んで努力するわけでもない。目の前の環境がそうなっている以上は、それを受け入れて暮らすしかないのだ。
義姉が言う。「自分はやりたいことをしてきてこうなったから仕方ないと思えるけど、あんたはかわいそう」。
すずと義姉は対照的な性格だが、話が進むにつれて非常に印象深い関係を築くことになる。普通であれば交わることのない二人が戦争をきっかけに同じ屋根の下で暮らし密接に影響し合うようになる。
それは一面から見れば戦争の不条理であるが、紆余曲折の末に異なる次元へ昇華する二人の関係は隠れた人間の強さと深みと可能性を見せてくれる。
戦争が引き裂いた日常の傷は限りなく深い。自分だったらこの悲しさ苦しさに耐えられるだろうかと思えば正直自信がない。それでもみんな少しずつ歩みを進める。
本作は戦争を素材にしているものの、決して単純に反戦を訴える類の映画ではない。
もちろん戦争は愚かしいことである。それはおそらく全世界の人がそう思っている。それを改めて声高に叫ぶのではなく、登場人物の目の高さに視点を固定して日常生活を丁寧に紡ぐことで、時代を覆った空気全体を伝えることに成功している。あとは観た側がそれぞれに感想を持てばよいのだ。
本作の話題の一つは、主人公すずの声を担当したのん(能年玲奈)。はじめこそ能年玲奈の顔が脳裏にちらついたが、ほどなく物語へ引き込まれていった。これは憑依型とも言われる彼女の力なのか、話の強さがなせる技なのかは判断が難しいところだ。
アニメの画は基本的に柔らかいタッチで登場人物もみなかわいらしい。華やかな昭和初期の街並み、何気なくも美しい自然の風景、登場人物の微笑ましい場面が前半を中心にふんだんに描かれていることで、後半の激動がより強く響いてくる。
広島と呉へ行ってみたくなった。
(95点)