Con Gas, Sin Hielo

細々と続ける最果てのブログへようこそ。

「ネクストゴールウィンズ」

2024年02月29日 08時12分13秒 | 映画(2024)
良くも悪くも、てーげー。


なでしこジャパンが2大会ぶりのオリンピック出場権を獲得した真裏でこの作品を観たというのは、水曜日がTOHOシネマズの割引日だったことと、上映時間がちょうど良かったというのが重なったからに過ぎない。

アカデミー賞の発表に合わせるように興味深い作品が最も多く公開されるこの時期だが、最近の映画はとにかく上映時間が長く、平日の夜に観るのはなかなか厳しい。そうした中で、上映時間が104分で内容も明るい娯楽作品は貴重である。加えて安定した品質の作品を届けるSearchlight Picturesの配給ということもあって19時台の回に足を運んだ。

W杯予選史上最大の失点での敗戦という黒歴史を持つ米領サモアのナショナルサッカーチーム。半分諦めにも似た感情に、南国特有のおおらかでのんびりした気質が加わって、選手たちのモチベーションは上がらず、対外試合で1点も取れない不名誉な記録が継続していた。

その空気を何とか変えようと、協会長(といってもご近所の町内会長レベル)が一念発起して米国本土に新コーチの求人を募集。そこにやって来たのがトーマス・ロンゲンであった。

ロンゲンは決して自ら希望して南太平洋のへんぴな土地に来たわけではなく、彼は彼で大きな問題を抱えており、この役職を引き受けない限りサッカー業界から追放されると言われて渋々受け入れたという経緯を持っていた。

いわゆる負け犬同士がめぐり会って化学反応を起こすという非常によくできた話である。しかも「実話に基づいた」という冠が付く。よく今まで映画化されてこなかったとすら思う。

しかし、これは上映時間が短かったためなのだろうか。コーチや選手、協会長など個性があって魅力的なキャラクターを配置した割りには、話の流れがぶつ切りで、コーチと選手の衝突から和解に至る経緯、コーチングによる技術面の上達度合などが伝わってこず、結果的にクライマックスの盛り上がりやカタルシスが中途半端なものになってしまった。

冒頭とラストに登場するT.ワイティティ監督の下りもおすべり気味で、これまでそれほど悪い印象は持っていなかったのだが、今後は少し割引になりそう。

ただ、ロンゲンを巡る話として、娘との関係の描き方は良かった。遠く離れて携帯の電波も入りにくいという状況を見せた後で、娘からの伝言メッセージを聞く場面が何度も流れる。その真相がクライマックスの直前で明らかになるのだが、他の人物もこのくらいきっちり描ければ良かったのにと思う。

失意に堕ちた人がどう再生するか。序盤でロンゲンが米領サモア行きを促される場面で登場する「悲しみの5段階」=否認、怒り、取引、抑うつ、受容。

彼自身もチームも、自分だけでこのステップを上がっていくことは難しかった。お互いに、そして時には別離した妻などの支援を得ながら現状を受け入れて前へ進みはじめる。バランスが良い作品とは言えないけれど、ポジティブなメッセージは伝わってきた。

(65点)
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「マダムウェブ」

2024年02月25日 20時38分27秒 | 映画(2024)
「ミステリー」と言うなかれ。


スーパーヒーロー疲れという言葉が言われるようになってだいぶ経った。昨年は、シリーズの立て直しに踏み切ったDCだけでなく、マーベルにも「大コケ」のレッテルが貼られる作品が登場する事態となってしまった。

そうした中で公開された本作。少しでも新味を出そうと「マーベル初の本格ミステリー」という宣伝文句を謳ってきたが、先に公開された北米から伝わってきたのは、かつてないほどの酷評と、第1週の興行成績で首位を逃すという散々なニュースであった。

ちなみに本作は、マーベル印でもソニーピクチャーズなので、「ヴェノム」「モービウス」の系列である。・・・といっても、そこがまた微妙なところなのだが。

それにしても、もともと観に行く予定ではあったが、あまりの酷評ぶりにはかえって興味をそそられたので、祝日なのを幸いに公開初日に映画館へ足を運んだ。

まず結論であるが、「そこまで酷く言うほどでは・・・」であった。よくある話だが、事前に入手した情報が過剰だとだいたい結果はこうなる。

ツッコミどころは多い。数えればキリがないが、最たるものは主人公が拝借したタクシーを何のおとがめもなく終盤まで乗り回していたところだろうか。

ただ娯楽作品はすべてに正確さや整合性を求めるものではなく、話がおもしろく盛り上がるのであれば多少の間違いや矛盾には目をつぶるのが常道である。要は、観ている側を心地良く作品の世界に丸め込む力量があるかが最大のポイントなのである。

そういう捉え方のもとに考えたときに、この作品はそこまで酷くないと感じた。主人公と敵役のキャラクターと配役は合格点を与えられるし、物語のカギになる3人の少女についても、白黒ラテンと丁寧にポリコレを踏襲した上で、観る側に反感を抱かせない程度のキャラクターに収めていた。

しかし称賛に値するかと言えば、残念ながらそこまではいかないというのも事実である。良くできているけど、新しい驚きが感じられないのである。少なくともこれは「ミステリー」ではない。これをミステリーと言うのであれば、世の中のアクション映画のほとんどがミステリーになってしまう。

作っている側も自信がなかったのだろうか。今回はエンドロール中のおまけ映像がなかった。3人の少女は「キックアス」のヒットガールみたいでかわいかったので、もう一度見てみたい気もしたんだけど。

(70点)
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「ボーはおそれている」

2024年02月18日 18時21分07秒 | 映画(2024)
転がり続ける悪夢。


A24製作、A.アスター監督。後味どころか観ている最中も気分が悪くなる予感しかないが、それでも確かめずにはいられない不思議な魅力の作品を送り続けるユニットである。しかも今回は名優J.フェニックスが主演となれば観ないという選択肢はない。

冒頭、真っ暗な画面の中、遠くの方でかすかに叫び声が聞こえる。案の定不穏な幕開けである。女性が「赤ちゃんはどうした?」というようなことを言ってしばらく問答が続いた後に産声が響く。これは主人公の出生の瞬間だろうか。

場面は切り替わり、J.フェニックス:ボーの登場だ。白髪に覆われた頭にくぼんだ瞳。初老の男性に見えるが、異常にやつれた表情を差し引くともっと若いのかもしれない。彼は疲れた様子でセラピストに、久々の帰省を控えているがいまひとつ気分が乗らないことを打ち明ける。

彼が自宅に帰るところから画面に異常性が現れはじめる。

道端に死体が転がり、狂ったような悲鳴があちらこちらから聞こえる町。全速力で走ってきたボーは、浮浪者の追っ手をすんでのところでかわして建物の中に入る。廃墟のような佇まいの建物には毒グモ注意の貼り紙があり、悲鳴と怒号が鳴りやまない中で彼は束の間の眠りをとる。

隣人からの抗議などでうまく寝付けなかった彼は、結局大きく寝過ごしてしまい、帰省の飛行機に間に合わなくなってしまう。母親に電話をかけ説明するが、いまひとつ納得してもらえない様子。電話を切ると、家に水がないことに気が付く。向かいのドラッグストアに買いに行った間に浮浪者たちが自宅を占拠。翌日部屋に戻った彼に届いたのは、母親が不慮の事故で死去したという報せであった。

ひとり息子として母親の葬儀を仕切らなくては。その思いとうらはらにボーは狂った世界を転がり続ける。

異常者に刺され、少女にクスリを吸わされ、行動を逐一録画され、なぜかその事実を囁かれ・・・。少女は目の前でペンキを飲み、急に現れた男性が「父親は死んでいない」と言い、戦争帰りの精神病患者が命を狙って襲撃してくる。こうして字面にすると、そのハチャメチャさがより明確になる。

この映画について深く考察しようとしても、何を言っても間違いである気がした。

何かおかしい。違和感がある場面がある。でもそれは必ずしもその後の伏線であるというわけではなく、違和感があって当たり前。この映画は全編を通して悪夢なのだから。それすら間違いなのだろうけど、たぶん一度の鑑賞ではとても頭が追い付かない。

ボーは家に戻ってくる。そこで待っているのは過去との対峙という悪夢である。

ボーの母親は名高い経営者であった。葬儀会場となった自宅の部屋には会社の歴史が綴られており、母親の業績とともに会社のプロジェクトに協力したらしいボーの写真も数枚飾られていた。

浮かび上がるのは、明らかに異常な母親との関係性。本当の話かは分からないが、父親の血筋にある身体の異常から母親は神経質になり、ボーに歪んだ子育てをしたと理論を積み重ねると合点がいく。

母親の死、途中で起きる事件・事故、ボーが野外劇場で目の当たりにする自分を主人公にした物語。いずれも真実であり、夢でもある。身の回りのことが本当に起きていることなのかどうか、判断するのは自分の頭でしかないとすれば、つじつまの合わない悪夢だって真実である。

重要なのは本当に起きていることなのかどうかではなくて、真実であろうが夢であろうが、それをどう捉えて生きていくかであり、できなくなったとき、許容限度を超えてしまった瞬間に、それは破裂してしまうのである。

本作を観る前日に、外食のお店の隣に座った女性客が鑑賞中ずっと心地悪かったという話をしているのを聞いて、かなり身構えていたのだが、これまでのA.アスター作品に比べると嫌悪感は軽かった気がする。父親の正体には度肝を抜かれたが。

(75点)
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「哀れなるものたち」

2024年02月07日 20時43分52秒 | 映画(2024)
哀れでも幸せに生きていける。


「目は口程に物を言う」なんてことを言うけれど、目が大きい女優さんというのは、それだけでかなりのアドバンテージがあるのはどうやら間違いない。

ただ、あまりに目だけが大きいと加工したプリクラみたいになってしまい、人間味から離れた次元に行ってしまう。物事には適度なバランスというものがある。

E.ストーンはその辺をよく理解しているのだろう。今回のベラ・バクスターという役は、彼女のややエキセントリックな容姿をストロングポイントと捉えた見事な配役だと思った。

時代は不詳、場所はロンドン。天才医師のゴッドウィンは身投げした身重の女性の再生に成功する。しかし、再生に当たって移植された脳はお腹にいた胎児であったため、新しく誕生した女性・ベラは、肉体は大人ながらまるで知能を持たない人間として生活を送ることとなる。

特異な設定の主人公を通して人間社会を客観的・俯瞰的に映し出すという設定はこれまでもあった。古くは「フォレストガンプ」であり、「ベンジャミンバトン 数奇な人生」もその系統だと思う。何も固定観念がない状態で社会に放り込まれたときの主人公の反応が新鮮であり、それによって周りが影響されていく様子が興味深く描かれるのである。

ゴッド医師に守られながら急速に知能レベルを高めていったベラは、やがて外の世界に何があるのかに強い興味を持ち始める。そして反抗期のような振る舞いを見たゴッド医師は、ちょうど彼女に興味を持った弁護士のダンカンに付いて旅行に出ることを許す。

若い肉体+幼い思考の女性を自分の思うままにできると思ったダンカンであったが、ベラの行動は想像を遥かに超えていた。更に悪いことに、ダンカンは手を煩わせるベラにますます心を奪われてしまっていった。

二人の珍道中はロンドンを出て、リスボンから船旅を経てフランスへと続く。その間、ベラは自分の興味の向くままに行動を続けて、様々な人と会い、様々なことを学習する。モノクロだった画面は色彩鮮やかなカラーへと変わり、カクカクとぎこちなかった動きは洗練され、発せられる言葉はまるで哲学者のように思慮に満ちたものとなっていた。

本作の原題は"Poor Things"。「哀れ」と言ってしまえば、登場人物すべてが哀れであると言える。最も分かりやすいのは、ベラを利用しようとして自分が溺れてしまったダンカンであるが、ベラだって、ゴッド医師だって、旅の途中で出会う乗船客やパリの娼館の店主だって、みんな何かしらの「哀れ」を背負っている。

ただ「哀れ」の質はそれぞれ異なる。不完全な形で命を吹き込まれながらも、常に前を向いて生きて行こうとするベラ。生命を操作するという大胆な行いの裏で、実は極めて謙虚で自分の哀れさを自覚しているゴッド医師。その一方で、目の前の欲だけに囚われて自分を見失うダンカンのような男たち。

現代の映画らしく多様性の要素が多分に盛り込まれているが、無理やりであるとか説教くさくなるとかいったことはなく、話のまとまりは非常に心地良い。

R18ということで、無知なベラが性的な事象に無防備+体当たりで突進していく場面が数多くあるが、映画全体として醸し出している芸術的な装いにうまく溶け込んでいる。あとは予告でも流れていた、少しピントのズレたような音を奏でる音楽も、発展途上のベラとシンクロしておりとても効果的だった。

(90点)
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