Con Gas, Sin Hielo

細々と続ける最果てのブログへようこそ。

「クロニクル」

2013年09月29日 12時48分08秒 | 映画(2013)
超能力学園だゼーット!


個人がビデオ撮影した映像にとんでもない出来事が、というドキュメンタリー風の手法をとって描かれた本作。

手法としてはもはや新鮮味はないが、扱う題材によって勝負していく感じか。

切り口は超能力=超常現象と多感な高校生時代。若さゆえの無邪気ないたずらが、挫折を経て絶望と怒りに変化する様子を追う。

主人公がいつでもビデオを回さなければならないところにどうしても無理が生じるが、そこに目をつぶれば、話の展開や超能力映像を十分に楽しむことができる。

特に、物を動かしたり自分が宙に浮いたりする映像は、個人用ビデオという設定があればこその驚き映像となるところが巧い。映画だったらありきたりで流されてしまうところに思わず目が止まるのだから。

高校生という設定も効いている。はじめは他愛もない、言い換えればくだらないことに超能力を使うから明るく楽しい場面が続くが、後半は一転してあっという間に主人公たちが追い詰められていく。その展開の速さが心地良い。

あと加えて言及すべきは、予告篇がいい感じに本篇を欺いているところである(もちろん良し悪しの判断は個人で異なるだろうけど)。

特に超常現象がきっかけで起こした事故(事件)の場面から、巻き戻してすべての発端となった穴に焦点を当てていく作りはまったくのミスリード。

決して本作は「X-FILE」ではない。むしろ来月リブート作品が公開される「キャリー」に近いのかもしれない。

予告では見せなかった場面も多く登場する。クライマックスは、シアトルのスペースニードル周辺のダウンタウンで結構派手な立ち回り。

この手の作品に多い低予算映画ということでは必ずしもないようだ。

(80点)
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「エリジウム」

2013年09月29日 06時43分37秒 | 映画(2013)
ヒスパニックは貧困の象徴?


はじめに言い切ってしまおう。

なぜこの映画に共感できないかというと、「エリジウム」が存在する社会の設定の根本がおかしいと思うからである。

宇宙コロニー「エリジウム」では、高度な科学技術によりどんな病気もたちどころに治療される。人々はいつも柔らかな日差しを浴び、豊かな緑の中で悠々自適な生活を送っている。

ただし、そこに暮らすことができるのは一握りの裕福な人たちのみ。大半の貧困層は、汚染と荒廃が進んだ地球で、常に死と向かい合いながらの暮らしを余儀なくされている。

実際の現代社会でも大きな問題とされている格差社会。この状況が著しく進んだとしたら、というのは近未来モノでよくみる設定なのだが、たいていの作品において問題の本質が直視されることはない。

本作の冒頭で語られる状況の解説。時は2154年、地球の環境は大気汚染と人口爆発によって変わり果てたと言う。

そう、問題はそこなのである。わが国の課題は少子化であるが、世界的にみれば人口は新興国や後進国を中心に爆発している。

このままでは水や食糧、そしてエネルギー資源の不足が迫ることは自明。そこで自然発生的に生じていることが弱者や貧困層の切り捨てだ。

更に経済効率を優先させる政治が状況を加速化させる。福祉を国民のすべてに行き渡らせたくても先立つものがない(と言う)。

それでも民主的に指導者が選ばれるかぎりは、表向きはできるだけ福祉を充実させようと努力するが、独裁国家となるとそうはいかない。

徹底した効率化で富める者のみが利益を享受し、貧困層はむしろその利益を生み出す道具として酷使され続けるのである。

もちろん利益を独占しようとする者にこそ圧倒的に非がある。しかし、その悪を倒して理想郷を開放することで最終目的が達成されるとするのではあまりにも問題認識が極薄だ。

M.デイモンの体を張った熱演には敬意を表するが、彼の努力で獲得した貧困層の権益をめぐり、そう遠くないうちに争いがはじまる光景が容易に想像できて、まったくカタルシスを得ることができなかった。

(45点)
コメント (2)
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「ウォームボディーズ」

2013年09月28日 09時55分18秒 | 映画(2013)
ゾンビとお花畑。


最近はゾンビ映画を観る度に、ゾンビものの受けの広さ、可能性の大きさを言っている気がするが、今回もまた今までと違った切り口の作品となっている。

「ゾンビミーツガール」と恋愛モノであることが話題となっている本作。確かにそれもあるのだが、もう一つ意外だったのが、ゾンビ映画定番の終末観からの脱却である。

リビングデッドであろうが、ウィルス感染であろうが、一度ゾンビになったらどうしようもなく、とにかく広がりを押さえるだけの悲壮な闘いを強いられてきた人間が今回は一転する。

コメディであってもなかなか描けなかった、とことん楽天的なゾンビ映画だというのが素直な感想である。

でも、いいじゃない。たまにはこんな作品があっても。

かわいくさわやかに、きれいごとを確信的に並べるのって、ちょっとダサくて恥づかしい部分があるけど、そういうことが必要な気分や時間は必ずあるから。

最近の潮流であるウィルス感染ゾンビであれば、感染の度合いの重みによって回復の可能性があるという設定も、まったくの的外れというわけではない。

手をつなぐことで感じる体温が、心と体に染み入って少しずつ変化していくなんていい話だ。

うめき声から少しずつ語彙を取り戻す過程も微笑ましい。のろのろとした動きも病気によるものだとすれば、リハビリの手を差し伸べてあげるのは自然な話。

随所に流れる80年代音楽がまたほのぼのとさせてくれる。こうなるとゾンビ映画というよりは、ゾンビ設定を添え物にした恋愛映画と言う方がしっくりくるだろう。

(70点)
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「鷹の爪GO 美しきエリエール消臭プラス」

2013年09月23日 14時19分24秒 | 映画(2013)
そうだ、島根、行こう。


毎度おなじみ鷹の爪団。今回はトイレットペーパーとの提携ということで、まさに毎度おなじみ。

そういえば、エリエールといえば例のカジノ社長がいた会社ではないか。

まああの事件は、商品や一般職員のモラルに負のイメージが付いたわけではないから、企業として堂々と表に出てきても抵抗はないのだろう。立ち直れるといいね。

映画のあらすじは、これまたいつものとおり協賛企業とはまったく関係なく、宇宙の星々の争いに地球が巻き込まれるという、なんともスケールの大きい話に対照的な細々としたギャグが絡む展開。

客席は小学生がかなり目立っていた。様々なパブリシティ戦略が功を奏した象徴であろうが、こうなると鷹の爪って、メジャーなのかインディーズなのかよく分からなくなってくる。

好き勝手やってる様子は変わらないから、両方のいいところどりができる居心地のいい位置取りと言えるのかもしれない。

相変わらずの中でも今回はフィリップが大活躍。ご都合満載ギャグアニメとして、便利キャラの威力をいかんなく発揮。

圧倒的な万能アプリ「どこでも島根」も重要な役割を果たす。でもまじめな話をすれば、手ごろになっちゃうとありがたみが薄まるのが地方である。

いまや国内の多くの場所が東京から日帰り圏内となっている中で、わざわざ行った感は実は売りですらある。

出雲大社が平成の大遷宮を迎えるなど、今年は島根が注目を集める年でもあった。景気回復と円安が重なっている中で、これからの季節、ますます熱くなることが期待される。

(70点)
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「怪盗グルーのミニオン危機一発」

2013年09月17日 00時52分48秒 | 映画(2013)
USJにはいつ来るの?


台風一過。風の音が止んで2時間くらいだろうか。14時開映の3D先行上映は満席だった。

午前中ガラガラだったのが一変。3連休なのに出かけられなかった親子連れが短時間娯楽として集まってきたのだろう。

前作の「月泥棒」は、子供向け作品が少ない秋に公開してスマッシュヒット。今回はそれより1か月早いが、見渡せばやはりライバルは少ない。

もちろん作品のデキは重要だ。魅力あるキャラクター、分かりやすく入り込める物語、アニメとしての彩りの美しさ。

しかし最近はレベルが高く、ほとんどの作品がこれらの必須項目はクリアしてくるので、すると勝負は作品の内容ではない要素にかかってくることになる。

元々の知名度がない中でヒットを放つのは難しい。10月にイオンシネマで特別公開される「ブルー 初めての空へ」は典型的な例で、北米で大ヒットするも当時のわが国では劇場公開を断念。

シリーズものでも安心はできない。「ティンカーベル」や「アルビン シマリス3兄弟」シリーズは途中から劇場公開せずDVD化。「スマーフ」「アイスエイジ」あたりも危ない。

そんな中でのグルーでありミニオンである。

「なんなんだろう、この生きものは」と考え込む暇を与えず、とにかく訳の分からない言葉をしゃべって、ごちゃごちゃ動いて失敗して笑って楽しいミニオン。

今回の見せ場である大量凶暴化も、話はいいからとにかく画を観て楽しんでという感じ。

人間キャラクターも、極端にデフォルメされた体型にバランスの悪い顔立ちなのに、見ているうちに正統派ヒーロー、ヒロインに見えてくる。

思い当たるとすればスピードとリズム。有無を言わせない振り切る勢いというのが、実は意外に大きい要素なのかもしれない。

それは日本語版声優の起用でも顕著だ。ひと声で本人の顔が脳内占拠する笑福亭鶴瓶がグルーを続投。

加えて、演技は巧いかもしれないが声の特徴があり過ぎる芦田愛菜と中島美嘉である。

それでもさほど批判が聞こえてこないのだから、勢いが勝ってるんだろうなと思うわけである。オリジナルのS.カレルの声にも興味があるが。

惜しむらくは、回収が中途半端だったことか。

伝説の悪者・エルマッチョ、小憎たらしいニワトリ、一旦は裏切ったネファリオ博士、グルーを過小評価した反悪党同盟の上司。

勢いよく散らかすのはいいけど、きちんと片付けてもらわないとすっきりしない。

うちの子は、エンドロールのサービスカットが少なかったのが残念だったようだ。

(75点)
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「ウルヴァリン:SAMURAI」

2013年09月16日 04時04分30秒 | 映画(2013)
「雪緒」なら十分有り。


ニッポンを舞台にしながら架空の話と解釈せざるを得ないトンデモ映画というのは、古くから数多くある。

日本人の、悪くても日系人の俳優やスタッフを使いさえすれば少しはマシになるところを、省いてしまっているとしか思えないデキに唖然としたものだ。

これは世界が本当の日本を知らないこと、突き詰めて言えば、これまでわが国がいかに世界へ向けて発信をしてこなかったかの裏返しである。

五輪招致でようやく成功を得たロビー活動。観光庁が掲げる年間来訪者1千万人とともに、わが国は世界で適切な位置を得られるよう遅まきながら進撃を開始したと言っていいだろう。

しかしながら、現時点でもニッポンのファンというのは世界中にそれなりにいるらしい。

「日本人の知らない日本語」シリーズを読めば、世界で多くの人たちが日本語を学んでいることが分かる。

H.ジャックマンも親日家の一人と言われる。

能年玲奈が自分の原点を「あまちゃん」と言うように、H.ジャックマンといえばやっぱりウルヴァリン。

今でこそ大スターのオーラに包まれている彼も、この役がなかったら今の地位はなかったかもしれない。

初心を忘れるなと自分に言い聞かせるように、彼が数年ごとにこの役に戻ってきてくれるのは、「X-MEN」シリーズをずっと観ている立場として非常にうれしい。

そして舞台はニッポン。かつて親交があった矢志田という男の財産と権力をめぐる争いにウルヴァリンが巻き込まれていく。

大々的にロケを敢行した情景は、リアルな日本と、外国人が抱くニッポン像がいいあんばいに混ぜ合わされた感じ。

それは、矢志田を取り巻く2人の女性「マリコ」と「ユキオ」の配役にも同じことが言える。

2名ともオーディションで選ばれた日本人モデルなのだが、「ユキオ」の福島リラがいかにも外国人が好みそうな東洋の神秘的な佇まいを持つ一方で、「マリコ」のTAOはとても穏やかな表情を持つ純日本人である。

多面的な要素を持つ国として描いてくれるのは実にありがたい話だ。もちろん娯楽大作ゆえのトンデモ場面も多くあるが、それはわが国への理解不足から来るものではない。

物語も、ウルヴァリンの能力であるアダマンチウムの爪と不老不死を核に、予測を超える展開が幾度もあって引き込まれる。

愛、苦悩、ミュータント。シリーズの重要な要素をどれも押さえてくれていてうれしい。

そして最後はあの二人の登場。シリーズ当初から重鎮なのに今でもお元気で何より。もう少し続けても大丈夫ですね。

ウルヴァリンが好きで、X-MENが好きで、そして日本が好きなのだから、おもしろくないわけがないのである。

(90点)
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「サイドエフェクト」

2013年09月08日 21時08分39秒 | 映画(2013)
この夏のトレンド、倍返し。


S.ソダーバーグ監督の作品って、実はあまり印象に残っているものがない。

「オーシャンズ」シリーズなども、メンバーが豪華だったねくらいしか憶えていない。すっきりした記憶もない。

でもそれこそ巨匠と呼べる実績を持つ人だけに、本作で引退というのはやはり気になる。

彼が最後の監督作品として選んだのは、見た目にあまり激しい動きのないサスペンスであった。

うつ病を病んだ妻が、服用した薬の副作用らしき症状から夫を殺害する。果たしてこの罪はどう裁かれるのか。

舞台では、精神科医師による実験的な新薬の処方といった社会派向けの要素が詰まった題材にかするが、肩透かしで通り抜けていく。

それでも、現代に生きる者であれば誰でも陥る可能性のあるうつ病を軸に二転三転する組み立ては興味深い。

J.ロウは、最近はワトソン助手のイメージが強く、そのまま引き継いでいる感じ。

R.マーラは元々病んだ雰囲気の容姿でハマり役。C.ゼタ・ジョーンズは、思いっきりおばさんの姿と現役女性の性が入り交じる、これまた適役。

派手さを欠くこともあってか、体調が整ってない中でやや眠気に襲われたが、2時間ドラマ的なおもしろさで十分みせる作品だと思う。

(70点)
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「あの日見た花の名前を僕たちはまだ知らない。」

2013年09月01日 18時26分11秒 | 映画(2013)
あの夏の日は理想郷。


秘密基地って、いや秘密基地に似た存在の何かでもいい。一体どれくらいの大人がそういう遊びの経験をしているのだろう。

今の子供って、仲のいい友達をあだ名で呼んだりするのだろうか。

埼玉県秩父市。登場人物がスマートフォンを使っているところをみると舞台は現代だ。

しかし、主人公たちの振る舞いはどこか昭和の匂いが漂う。

それぞれが思春期なりの問題を抱えているが、みんなキャラクターが立っていて、そして根はいいやつだ。

アニメのキャラクターとしては至極当たり前だけど、実際の現代の中学生・高校生はもっと全体がどよんとしている気がする。

本当はテレビシリーズでもう少し掘り下げられていたのかもしれない。劇場版の話は、小学生のときに事故で死んだ仲間の「めんま」を巡る思いの交錯に集中している。

1年以上も前に評判となったテレビ版はまったく見ていなかった。予習なしに劇場版を観て大丈夫か調べたときに、はっきりした答えがなく不安だったが、十分ついていける総集篇+αだった。

テレビ版を見ていなかった者には最低限分かるだけのエピソードを、すべて見たファンたちには感謝の気持ちを込めた後日談を。押さえるべきところをキレイに押さえた作品だと思う。

事件と事故が起きた小学5年の夏。帰ってきためんまの想いをかなえるため奔走したあの夏。そしてそれから1年が経ったこの夏。

かつての「男はつらいよ」シリーズは盆と正月に上映していた。中でも、夏の寅さんは「これぞ日本情緒」といった情景を切り取る作品として認知されていた。

故人の魂が帰ってくるからなのか。にぎやかなお祭りの風景を繰り返し見るうちに、直接経験したことがなくても日本人はそこに懐かしさを覚える。

漠然とした懐かしさは、具体的な課題を抱える今と対極を成し、心に安寧をもたらす。昔だっていろいろ問題はあったかもしれないけど、それは今にとっては意味のないこと。

ましてや昭和を経験していない人たちにとって、「懐かしい」風景は理想郷そのものなのではないか。本作を支持する人たちの広がりがそう言っている気がする。

理想郷で起こる奇跡の物語。そりゃ泣けるでしょ。

妖精のようなアニメキャラのめんまちゃんにちょっと注文でもつけようかと思ったけど、泣けてきちゃったのだから仕方ない。みんながんばって生きて幸せになってほしいと素直に感じた。

日本のアニメってほんと自由自在だ。オリンピック誘致にこのジャパニーズカルチャーをうまく使えなかったのかな。

(75点)
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「マンオブスティール」

2013年09月01日 00時40分36秒 | 映画(2013)
鋼鉄の破壊神、誕生。


人は年齢を重ねるほど、むかしの思い出ばかりが強く残ってしまう生きものである。

C.リーブの「スーパーマン」を観たのは小学生のときだった。映画館に行くようになって間もないころで、「まさに、これが娯楽」と強く植えつけられたものだ。

それから30年以上が過ぎ、ゾンビも平気で観られるほど娯楽の幅は広がったけれど、やっぱりスーパーマンといえば、「あの」スーパーマンが強く印象に残っている。

本作のスーパーマンは、スーツは垢抜けてるし、飛ぶ姿も断然かっこいい。でも、どうしても心に入ってこなかった。

観賞後に、古いパンフレットを引っ張り出してストーリーを読むと、クリプトン星の滅亡、ゾッド将軍の幽閉、育ての父との別れなど、基本的な流れは今回も一緒であることが分かる。

でも何て言えばいいのか、なーんか違うのだ。

ひとことで言えば、まず暗い。そりゃあ、一人だけあんな特殊能力持っていたら悩むだろうことは想像できるが、既に持っているスーパーマン像とイメージがつながらない。

加えて、理解力が足りないせいかもしれないが、ところどころで展開に置いていかれたのが大きかった(ロイス・レインとの出会い、ブラックホール?など)。

そうしているうちに、どの人物にも共感できずに傍観者として眺めるようになり、そうなると今度はあまりの派手な破壊ぶりに眉をひそめるようになってしまった。

生身の人間が危険な目に遭っているときは全速力で助けに行くスーパーマンが、中に人がいるかもしれないビル群を次々になぎ倒す。

大気圏外に飛び出して人工衛星を破壊したかと思えば、すぐさま直前とほぼ同じところに戻ってきて、突然個人攻撃を始めようとするゾッド。

そもそも、とてつもない規模の危険が迫りながら、目前に来るまで逃げ出さないおバカな群衆にも苦笑するしかなかったのだが。

ほかにもツッコミどころを挙げればおそらくキリがない。

ラストも、スーパーマンになるまでというふれこみだったので粗方想像はついていたが、ここまで地球規模に派手に活動しながら、いまさら身分を隠して一介の新聞記者になれるのか?

好きな俳優が何人か出ているのも観た理由だったけど、残念ながらその魅力が適正に発揮された人は見つけられなかった。

前回の「スーパーマンリターンズ」もイマイチだったし、スーパーマンはほかのヒーローものとは一線を画して考えた方がいいのではないか。

(45点)
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