Con Gas, Sin Hielo

細々と続ける最果てのブログへようこそ。

「天間荘の三姉妹」

2022年10月30日 15時55分25秒 | 映画(2022)
生ある者の再生と、生なき者の救済と。


観る前にどの程度の情報を持つことが正しいのか。これは映画人生の永遠のテーマである。

本作について知っていたのは次の二つ。何かの原作のスピンオフ作品であること。そして、主人公が生と死の狭間の世界に迷い込む話であること。

天間荘はその狭間の世界・三ツ瀬に建つ旅館。やって来るお客は現実の世界では瀕死の状態にあり、この旅館に滞在する間に生き返るのかあの世へ旅立つのかを自分で決めなければならない。

ある日、天間荘へ連れてこられた主人公・たまえ。彼女は実は天間荘で働く若女将・のぞみと、その妹で近所の水族館で働くかなえの、腹違いの妹であった。

物語の前半は、右も左も分からない世界に連れてこられながらも素直な心で奮闘するたまえと、突然知らない親族が客としてやって来て戸惑いながらも、たまえの純粋さに心境の変化を見せる姉たちを中心に進む。

この時点で本作の世界のルールは分からない。ただ確実なのは、この旅館の宿泊客が相当な「訳あり」であることであった。

1か月も滞在している財前さんは気難しく、大女将や若女将の言うことを聞かなかったが、たまえのことは気に入って次第に笑顔を見せるようになる。

たまえと姉たちが決定的に異なっている点、そしてこの世界が生まれた謎が、後半に怒涛のように描かれる。

日本人は無宗教者が多いと言われるが、それは決して信心がないとか欠けているとかいうわけではなく、おそらく我々の多くは他国の人たち以上にスピリチュアルなものへの関心が高い。

それはこの国が豊かな自然を有する一方で、災害の危険性と常に隣り合って生活しているからにほかならない。だから、個人としての神を信仰するのではなく、もっと大きな括りでの祈りを捧げるのである。

長い歴史の中で何度も大きな自然災害に遭ってきた我々は、この世界がときどき理不尽なことを起こすのを知っている。それでも打ち負かされる度に立ち上がってでき上がったのが、いまのこの国なのである。

三ツ瀬に暮らす人たちの何が違うのか。なぜのぞみたちが財前さんとそりが合わなかったのか。それは彼女たちがある種の諦めを抱いていて、その空気感が伝わったからではないのかと感じた。

現実を見ずに安住の地に居ることは楽かもしれない。しかしそれでは前へは進めない。

生きているとままならないことがたくさんある。むしろ上手くいくことの方が少ないかもしれない。でも、生まれた意味はきっとある、自分の役割はきっとあると思えば、この世界も案外悪くないと思えるようになるのではないか。

エンディングで流れる玉置浩二絢香の曲。ただ綺麗なのではなく、昼の日差しも夜の闇も、夏の暑さも冬の寒さも、すべてを湛えるから世界は美しいのである。

主題歌もそうだが、配役がとにかく豪華。ほぼテアトル系専属だったのんが座長の作品に、カメオ出演を含めてこれだけの俳優陣が集まったことに感動した。

ただ、この舞台装置だったら、主人公をのんが演じるのは必然としか言いようがない。宮城県人にはとにかく刺さる。中村雅俊高橋ジョージは県人枠というところか。

(90点)
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「LAMBラム」

2022年10月24日 22時55分02秒 | 映画(2022)
歪んだ幸せは長くは続かない。


羊と「禁断」の組み合わせで思い出すのは、クローン羊として世界的な話題を呼んだ「ドリー」である。

羊って、見れば見るほど表情が乏しく1頭1頭の違いが分かりづらい。そのうち、小屋で飼われている何頭もの羊が、ドリーの印象も相まってクローンもしくはCGか何かの合成に見えてきてしまった。

もちろん禁断の存在である「アダ」は特殊技術で作られたモノに間違いないのだが、小屋で飼われていた羊や、自分の子供を心配して家に見に来た羊はどうだったのだろう。

事前の情報で「アダ」がどのような存在なのかある程度知ってはいたが、映画の中ではまったく説明がない。前半に出てくる人間がイングヴァルとマリアという羊飼いの夫婦だけなので台詞もほとんどない。なので、禁断が誕生する瞬間もことのほか淡々と進み、二人は当然のようにそれをわが物とする。

人間の年齢にすると4歳か5歳くらいになったのだろうか。二人とアダは完全な親子として日常を送っていた。ともに食事をし、農作業に出かけ、お風呂に入り、寝床に就く。

ある日、イングヴァルの弟が現れてともに暮らすことになる。ここでも二人は当然のように彼にわが子を紹介する。戸惑う弟にイングヴァルは告げる。

「これは我々の"しあわせ"なんだ」

常識的には疑うべきであるにも拘らず、イングヴァルと妻のマリアにとってその存在は必然であった。これは神が私たちに授けた贈り物に違いない、と。

弟はこの狂気をあいまいに受け入れたが、終わりは突然にやって来る。

二人は誤ったことをした。ただ、それを責められるかといえば断定はできないような気がする。埋められずにいた心の隙間が原因で、思いがけず落とし穴にはまってしまったと考えると、突拍子もない設定ながら極めて普遍的な話であると感じた。

(70点)
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「グッドナース」

2022年10月22日 10時51分37秒 | 映画(2022)
誰かがどこかで止めていれば。


ジェンダーフリーがかなり世の中に定着し、男女を分ける言葉やカテゴリーの多くが姿を消したり形を変えたりしているが、幸いにも"nurse"という単語には性別を固定する概念がなかったため引き続き、というよりもむしろ頻繁に使われるようになった気がする。

本作に登場する主役二人も女性と男性の"nurse"である。細かい背景は説明されないが、二人とも子供を持つが配偶者とは別離しており、自らの収入で生計を立てなければならない看護師という立場にある。

特に女性看護師のエイミーは心臓に危険な病を抱えており、子育てと仕事と健康維持という難題をぎりぎりのバランスで毎日をこなしている。そんなときに男性看護師のチャーリーは、夜勤のヘルプとしてエイミーの病院へやって来た。

多くの病院で勤務した経験を持つチャーリーは、仕事での助けになる以上にエイミーの体調や家庭を気遣ってくれるようになる。そんな彼に信頼を寄せるエイミーであったが、その傍らで病院では不可解な事件が立て続けに起きるようになる。

冒頭に流れる過去の別の病院での緊急事態の様子でストーリーの柱は予測が付き、実際その予測に間違いはなく、そういった意味で展開の妙を楽しむ種類の作品ではない。

しかし、それを差し引いても主役の二人を演じるJ.チャステインE.レッドメインに終始目が釘付けになる。

苦しみ、悲しみ、信頼、疑惑と揺れ続けるエイミーに対し、常に包み込むような穏やかな表情のチャーリー。しかし、その笑顔のすぐ下にはどす黒い感情が蠢いていたのである。

本作は実話に基づいた話であり、映画の中でも実際にも犯罪の動機は不明とされている。

確かにわが国でも、医療機関や介護施設に勤務する者が患者や利用者を標的にした犯罪を犯す事件を聞くことがある。おそらく彼らは根っからの犯罪者ではなく、その職業を目指したときは尊い目的を持っていたはずだ。

しかし何かがそれを変えた。医療や介護ばかりではない。国会議員も不祥事を起こした企業の役員も同じである。

この映画の中で最も衝撃だったのは、事件に関わった病院がことごとく隠ぺいに走っていたことだ。悪い報せほど早く報告するのが鉄則と言われる中で、あまりに手に負えない案件だと蓋をしてしまおうとするのは万国共通なんだと虚しい気持ちになった。

一連の事件で被害に遭った遺族の方々に心からお悔やみを申し上げたい。

(80点)
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「ブレットトレイン」

2022年10月01日 23時19分46秒 | 映画(2022)
列車の旅はいつも楽しい。


B.ピットって、名前が超の付くメジャーでありながら、あまりブロックバスター的な娯楽大作に出るイメージがない。

だからこそ本作にはとても意外性を感じた。それに加えて舞台はわが日本である。公開から1か月と遅れたが、待ちに待った鑑賞であった。

ハリウッド映画に出てくる日本といえば、何を置いてもとんでも設定である。フジヤマ、ゲイシャ、ハラキリ、スモウ。この辺りを適当に出しておけばいいという演出がよく見られたものだ。

主な原因として、日本の社会や文化への無知に加えて、ある種の人種的蔑みによるものがあったのだろうと思われるが、さすがに今の時代にそこまでひどいものは見られなくなった。

本作も弾丸特急の描写を中心にツッコミどころは満載である。何しろ車内で殺し合うのだからリアリティからかけ離れるのは当然。

しかし、色彩等見せるための演出の範囲でのデフォルメこそ多いが、一貫してリスペクトを感じられるし、何より常に楽しく見ることができたというのが正直なところ。

クセの強い人物がぽんぽんと出てきて、ところ構わず殴り合いや殺し合いを始めるのも、ぶっ飛んでいるがとにかくテンポが良く見入ってしまう。それでいて全員のキャラクターが立っているので置いてきぼりになることもない。

特にうれしかったのは、真田広之の扱いである。数々のハリウッド作品に出演しているが、どちらかと言えばかませ犬的な役が多かった彼が、今回は重鎮として文字通り作品に重みを与える役回りになっていた。

米中が覇権争いをする世の中になって、ますます存在感が薄れていく中で自信を失くしているわが国。そんな時代に何故本作が作られたのか。それともそんな時代だからこそ作られたのか。

完全な娯楽作品だから政治的なメッセージは一切含まれていないが、ハリウッドがお金をつぎ込んでこんな作品を作ってくれたことがとてもうれしい。

(90点)
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