パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞、未公開DVD、お気に入り自己所有のビデオ・DVDの感想などネタバレ有りで記録しています。

ジュリエッタ ★★★★

2016年12月08日 | アクション映画ーサ行
『私が、生きる肌』などのスペインの巨匠ペドロ・アルモドバルが、アリス・マンローの短編集を基に描くヒューマンドラマ。音信不通となっていた娘を見掛けたと知人に言われた母親が、愛する娘に会いたいという気持ちを抱いたことがきっかけで物語が展開していく。『バカス』などのエマ・スアレスが現在、『ワイルド・ルーザー』などのアドリアーナ・ウガルテが過去の主人公を熱演。スタッフには、衣装に『ミッドナイト・イン・パリ』などのソニア・グランデ、美術に『抱擁のかけら』などのアンチョン・ゴメスらが名を連ねている。
あらすじ:スペインのマドリードでひとり暮らしをしている中年女性、ジュリエッタ(エマ・スアレス)。恋人のロレンソとポルトガルへの移住を計画していた彼女だったが、ある日、知人から“あなたの娘を見かけた”と告げられ、激しく動揺する。娘のアンティアは12年前、何も言わずに突然ジュリエッタの前から姿を消してしまったのだった。ロレンソとのポルトガル行きを諦めた彼女は、かつて娘と暮らしたアパートへ引っ越し、娘との再会にかすかな希望を抱く。そして心の奥底に封印していた過去と向き合い、所在も分からぬ娘に宛てた手紙を書き始めるジュリエッタだったが…。

<感想>ゲイというセクシャル・マイノリティである自分にこだわり続けて映画を撮る、スペインの鬼才ペドロ・アルモドバル。本作では、水難事故で夫を失い、また最愛の、母親というアイデンティティを保証する存在でもある娘に去られた女が、それによって崩壊した自分を取り戻すまでの物語になっている。

アルモドバルの映画は、ずっと母性を礼讃するであれ、嫌悪をもようさせるであれ、女性の性のイメージを過剰なほどに引きつれてくる。生きる、出会う、死ぬ、交わる、追う、隠れる、思い出す、告げるなどジュリエッタを形づくる動詞たちの中でも、孕むは人物を選ぶ点で特別であります。つまりは、母親である。母になること、母であろうとすること。母になってしまうこと。母であろうとしてしまうこと。
アルモドバルの描く女性たちは、「女性賛歌3部作」と呼ばれる「オール・アバウト・マイ・マザー」「トーク・トゥー・ハー」「ボルベール(帰郷)」がまさにそうであるように、何故にかくも魅力的なのだろう。

若き日のジュリエッタ(アドリアーナ・ウガルテ)と、マドリードに住む中年女性ジュリエッタ(エマ・スアレス)のヒロインを演じる二人はもとより、夫の女友達、母親、頑固な家政婦などに至るまで、みな忘れがたい印象を残すのであります。テーマは人間の責任感、罪悪感や死であり、暗く深刻なものだが、奇抜な人物造形とストーリーテリングで、心地の良い緊張感が続くのも最高。
子を産むという体験をさせてくれた子を失った者の回復、自分の命と引き換えに子供と向き合うこと。母娘にもたらされた者の残酷。娘の失踪に娘が妊娠して子供を産むということに、無知であった母親の痛恨。警察に捜索願を出し、探偵にも調べさせるも、娘の居所は分からない。
ここでは、母親のジュリエッタの不安を描き、その主たる原因である母子の断絶を解明すべき謎として差し出して、不安と未解決の緊張状態によって見る者を90分間宙吊りにするのである。

娘の不在という傷に蓋をして生きていたジュリエッタが、現在のマドリードで知人に再会したことで記憶の蓋がぱっくりと開いてしまう。ここから、ジュリエッタの回想は過去へとさかのぼり、自身の過去に起きた事柄を、一つずつ確認して、ジュリエッタはノートに手記をしたためる。

この回想される過去は現在にとって異物であり、サスペンスに飛んでおり、過去のトラウマティックな体験をも描かなくてはならないのだ。娘の父親となる漁師の男ショアンとの出会い、同じ車両でのメガネの男が列車が止まっている間に降りて、列車に飛び込むという惨事もある。
それに、娘の父親とは列車で出会うのだが、父親には寝たっきりの妻がいて、その他にも芸術家の若き愛人もいる。家を訪ねてみてその妻の葬式だということに驚き、家政婦のおばさんが、異様な感じで居ついている。

結局は、ジュリエッタが妊娠をしており、その漁師と結婚することになるのだが、芸術家の愛人とは別れない夫に腹を立てて始終喧嘩が絶えないのだ。娘が夏期講習で合宿に行く日にも、夫婦喧嘩をしてしまい夫は嵐が来るのに漁に出掛けてしまう。
その午後から嵐となり、荒れ狂う海で夫の船が転覆し、死亡。そのことを娘になんと説明しようか悩む母親。詳しいことは言わずに父親が亡くなったことだけ話して、娘は友達の家へ遊びに行ってしまう。こんな時こそ、母親として、娘と父の亡骸を見つめ、話をするべきなのに。
いつものようにジュリエッタの孤独を表すために、冒頭から臓器のように鼓動する真っ赤なブラウス。赤と白のきつすぎるほどの配置に目を奪われる。娘の19歳の誕生日ケーキの真紅色、列車の中でのブルーのセーター、ところどころに使われる真っ赤が印象的である。そして、鮮やかな色彩感覚と選び抜かれた小道具など美術、印象的な音楽などいつもながらの多才ぶりに感動するのだ。

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この世界の片隅に★★★★★

2016年12月07日 | アクション映画ーカ行
第13回文化庁メディア芸術祭マンガ部門優秀賞を受賞した、「長い道」「夕凪の街 桜の国」などで知られるこうの史代の同名コミックを、「マイマイ新子と千年の魔法」の片渕須直監督がアニメ映画化。第2次世界大戦下の広島・呉を舞台に、大切なものを失いながらも前向きに生きようとするヒロインと、彼女を取り巻く人々の日常を生き生きと描く。
あらすじ:昭和19年、故郷の広島市江波から20キロ離れた呉に18歳で嫁いできた女性すずは、戦争によって様々なものが欠乏する中で、家族の毎日の食卓を作るために工夫を凝らしていた。しかし戦争が進むにつれ、日本海軍の拠点である呉は空襲の標的となり、すずの身近なものも次々と失われていく。それでもなお、前を向いて日々の暮らしを営み続けるすずだったが……。能年玲奈から改名したのんが主人公すず役でアニメ映画の声優初挑戦を果たした。

<感想>この映画を観るために何度もミニシアターへ足を運んだ。いつも満員で席が無かったからで、やっとの思いで観ることができ、満員の席で小さくなりながら、感涙にひたりこんなにも自然に泣けて来る映画を観て、戦時中にすずさんのような女性が、広島原爆の後を生き抜いてきたことを、真実のように受け止めることが出来たのを嬉しく思いました。

水彩画的なタッチと主人公の絵心がマッチしていて、極上の効果を生んでいます。日常への余りにも平凡で、戦時中であるのにのんびりとしている主人公の姿に、少し不満もありましたが、終わってみると納得の出来栄えであり、さすがの構成力に感心しました。

もちろんCGでも昭和19年当時の、呉の街並みを再現することは可能でしょうが、本作のようにアニメで描かれたそれには敵わないであろう。つまり、描くということは、行為そのものの厚みがこの世界を生かしているからでもあり、それは北條すずをはじめとする人物造形についても言えるから。

主人公すずの声には、これ以外にはないと思わせる語りで大健闘をして、生命を吹き込んだ“のん”ちゃんの声優も偉いといえる。かくして、世界の片隅で生きる一人の平凡な女性の、戦中から戦後への暮らしが普遍的な輝きを帯びて浮かび上がって来るのだから。

太平洋戦争の末期の、日本の地方都市での生活の在り方を、じつに正確に、しかも暖かい温もりを込めて描いたアニメーションの力を感じました。戦中が特別なのではなく、戦前も戦後も継続した時間にすぎないという、忘却された個人の視点から見事に映し出されているのも素晴らしかった。

最初の方に出て来る県産業奨励館の新しい姿が浮かび上がるだけで、ここが原爆で骨組みだけになったとは。胸が痛むのだが、軍港である呉市が、まだ干潟だったころの、すずのお使い風景から始まり、ああそういう映画なんだと、胸をなでおろす感じがした。
広島に投下された原子爆弾のきのこ雲の描き方に、黒と赤色がチラチラと見えるあたりもリアルに描かれていた。そして、爆撃シーンもアニメならではの息吹がもたらされ、まるで花火が上がっているようなスケッチで描かれていて、柔らかなタッチながら日常のなかの戦争を、実感させているのも良かった。

すずが、母親の決めた縁談で、あれよあれよという間に、結婚してしまうのもあの時代らしい。18歳で嫁に行き、大家族の家庭を切り盛りし、ここでは、義姉が見かねて何でも自分でこしらえてしまうのだが、そんな嫌がらせともいえる小姑いびりも、頭に10円ハゲをいくつもこさえて耐え忍んでいたことを知る。

そして、コメの配給が少ないのを誤魔化すために、大根と葉っぱを米に混ぜて炊く、楠木正成が工夫したとかいうご飯の炊き方をしてみるのだが、あまりおいしくはなかったようだ。
その当時は、着物は贅沢ということで、農家の作業衣みたいなモンペを着なければならず、義姉に自分で着物を直して作れと言われて、浴衣を見様見真似で作り直す、すずの根気もすごい。
それに、故郷の男が自分勝手に恋人気取りで、ガキ大将だった若者が、水兵になって突然、すずの家を訪れるて困惑させるエピソードもある。いかにもあの時代の日本らしく滑稽であり、と同時に切なく思えてならなかった。

すずが嫁いだ先には、小姑の義姉が娘の晴美を連れて同居しており、その姪っ子と仲良く田んぼへ出ては、海を眺めてスケッチブックに「戦艦大和」「青葉」に航空母艦などを描いて楽しんでいたすずだが、憲兵に見つかりお小言をくらってしまい、そのことでは、家族は笑い話にしてしまうというとても物わかりのいい家族でした。

その姪っ子の晴美を連れて広島へいき、帰り道で落ちてきた爆弾に出会い、晴美と繋いでいた右手を失い、それにお腹の子供も失ってしまい、自分が生きていることを恥じに想いながら苦しむすずの姿が映し出される。
毎日、この世に生き延びたことを悔やみ苦しみ、あの時に自分も晴美と我が子と一緒に、あの世へ行っていたらと思う毎日。晴美を失って怒る義姉の声が耳から離れない。
余りにも戦争の音が生々しくって、中盤以降は、すずさんの上に覆いかぶさって来る苦難が、すずの小さな体には大きすぎるようで、いたたまれなくなり、夫の周平に言うすずの言葉に「ありがとう、この世界の片隅に、うちを見つけてくれて」。この言葉が一番私に勇気を与えてくれ、小さな心の灯となることを。

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古都 ★★★・5

2016年12月06日 | アクション映画ーカ行
文豪・川端康成の不朽の名作を、現代を舞台に原作のその後の物語として映画化したドラマ。生き別れになった双子の姉妹、千重子と苗子が、それぞれに年頃の娘を持つ母となり、人生の岐路に立つ娘との関係に葛藤する姿を描く。主演は松雪泰子、共演に橋本愛、成海璃子、伊原剛志、奥田瑛二。監督はハリウッドで映画制作を学んだTV「ロボサン」「昼のセント酒」のYuki Saito。

<感想>京都室町に先祖代々続く佐田呉服店の女主人・千重子は、20年前に店を継いで以来ずっと変わらぬ生活を送り続けてきた。千重子の娘・舞は、大学で就職活動に励む友人たちの中で、店を継ぐべきか迷っている。一方、千重子の生き別れた双子の妹・苗子は、京都のはずれにある北山杉の里で林業を営んでいるが経営難に悩まされていた。

ある日苗子は、美術を学ぶためフランスに留学中の娘・結衣に会うためパリを訪れる。同じ頃、舞も日本文化を披露するイベントに参加するためパリへ行くことになり、2組の母娘の人生が初めて交差する。松雪が千重子と苗子の姉妹役を1人2役で演じ、橋本が舞役、成海が結衣役をそれぞれ演じている。
ハリウッドで8年間にわたって映画製作を学び、その後もアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ監督作品の現場などに参加した経験を持つ新鋭Yuki Saitoが初メガホンをとった。(作品資料より)

京都とパリ、それぞれに素晴らしい伝統のある古都に住む娘の舞と結衣。お互いの存在を知らなかった2人が、それぞれの母親の生き別れの話を聞かされる。そして、絵を学ぶためにパリへ渡った結衣と、京都で呉服屋の跡継ぎ問題で悩む舞、就職問題にも疲れて悩み、書道教室の先生に誘われてパリへと日本の伝統文化の紹介のために舞がパリを訪れる。

松雪さんが、千重子と苗子の双子姉妹役を1人2役で演じているのも良かったですが、昔のシーンになるとモノクロ映像で別の女優さんが演じていて、現代のシーンでは、北山杉の苗子が製材所で働く姿が映し出され、生計を立てるのが困難なことを、パリの娘に伝えに行く母親の姿。

そんなことなんてつゆ知らず、母親がパリ観光にでも来たのだろうと、絵も挫折を覚え描くことが出来ず、キャンバスを切り刻んでいる。そんな時に、自分の故郷の北山杉を描きたいと思い、絵筆をとるのだが、それがとても斬新でよかった。本当だったら、稼業が経済的に困難なことをいいに来たのに、仕送りしている留学費用もままならないことを。何もそのことに触れずに、母親の苗子が日本へ帰る後ろ姿が、結衣は知ってか知らずか、何故かしょんぼりしているように見えてならなかった。

京都の千重子は、娘の行く末が心配で、やはり自分と同じように呉服店を継いでもらいたいのだが、きつく言い出せないもどかしさ。それに、娘は現代人間だから、親がそう思っていても、窮屈な京都の後継ぎなど敬遠して、しかし、何をしたらいいのか考えてもいないのだ。就職にしても、母親が根回しをして親戚の室町商事に頼んでしまい、結局は、内定が決まっていたのに面接でしどろもどろとした態度で、結局は自分で断ってしまった感じなのだ。
そのことでも、母親の千重子と口論をしてしまう。「喧嘩できるのは親子の印や」と言う、祖父奥田瑛二の言葉がいいですね。父親は「舞の好きなようにすればいい」と、自分の代で呉服屋をたたんでしまうような気配だ。

「古都」監督:市川崑作品で、山口百恵さんが2役を演じたのを昔観たことがあります。山口百恵さんの初々しい着物姿が綺麗で、内容が重厚なのに百恵さんが浮いているような感じがしてならなかった。
最近は行ってませんが、京都には何度か観光旅行で訪れたことがあります。この作品の中で、また京都の雅な佇まいや、嵐山、嵯峨野の竹林に、桂川の渡月橋、お寺など、走馬燈のように懐かしく蘇り、また京都へ行きたいと思いにかられます。この作品は、祇園川端康成の同名小説を現代版として映画化し、松雪泰子、橋本愛、成海璃子共演で描いた人間ドラマになっている。

原作では描かれなかった主人公の双子姉妹のその後にスポットを当て、成長した双子姉妹とそれぞれの娘たちの人生を、京都とパリという2つの古都を舞台に描いているという。時代が代わって日本の着物文化もすたれてしまい、着る人たちもすくなくなり、呉服屋は商売が成り立たない。それに北山杉の製材所でも、杉を加工して木材にするまでが、女の苗子の手で少ない家族の手で商っている苦しさ。その跡継ぎ問題で悩む展開も、京都でなくてもどこにでもある跡継ぎ問題は難しいく頭を悩ませるのだ。
それでも、パリへ行った舞が、書道の先生の下で踊りを踊る艶やかさに、パリ人たちが珍しそうに見入り、少しでも日本も伝統文化が伝わったらと思わずにはいられない。橋本愛が踊る、青い振袖姿の舞が、今までのことを吹っ切れたかのように艶やかに踊る姿に魅入らされた。
その後に、パリの教会で結衣と出会う2人、一度も会ってないのに、母親が姉妹だということも。しかし、教会で並んで座る2人も姉妹に見えてしまった。
中島みゆき作詞・作曲「糸」を歌う新山詩織の歌声が、「縦の糸はあなた、横の糸は私、」じんわりと心に染み入り、姉妹ってどこかで繋がっているから、離れていても、出会った時にはあい通じるものが感じたはずですね。
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RANMARU 神の舌を持つ男★★★

2016年12月05日 | アクション映画ーラ行
RANMARU 神の舌を持つ男 酒蔵若旦那怪死事件の影に潜むテキサス男とボヘミアン女将、そして美人村医者を追い詰める謎のかごめかごめ老婆軍団と三賢者の村の呪いに2サスマニアwithミヤケンとゴッドタン、ベロンチョアドベンチャー!略して…蘭丸は二度死ぬ。鬼灯デスロード編(正式タイトル)
今世紀最大の温泉ギャグミステリー。全国の温泉地を巡り、行く先々で事件に巻き込まれる主人公・朝永蘭丸が、“絶対舌感”という特殊能力で事件を解決していく堤幸彦監督、向井理主演のTVドラマ「神の舌を持つ男」の劇場版。共演はTV版のレギュラー、木村文乃、佐藤二朗のほか、木村多江、市原隼人、黒谷友香、財前直見。
あらすじ:傷心の旅の途中、怪しげな鬼灯村で行き倒れてしまった朝永蘭丸。介抱してくれた女医りんに人工呼吸された時、その口内細菌に不快感がなかったことに興味を抱き、村の温泉で働くことに。やがて甕棺墓光と宮沢寛治も蘭丸を追って村にやって来るが、折しも村では次々と不吉なことが起こり、ついにはりんと恋仲と噂のあった卜真の遺体が発見され、りんに疑いの目が向けられてしまうのだったが…。

<感想>日本人の誰もが愛する“温泉”を舞台に、旅をしながら事件の謎を解決ミステリー。伝説の三助の孫にあたる朝永蘭丸に、向井理が扮していて、こういうギャグ満載の風変りな役って似合うから不思議ですね。TVドラマは観ていませんし、原作も知りません。

観ていて思ったのですが、殆どドタバタ喜劇で、出て来る人たちのアドリブで演じているような山形弁のギャグ満載。ちっとも笑えませんから。蘭丸の他に史上最強ツッコミおじさんとして宮沢寛治の佐藤二朗に、古物骨董商の光に木村文乃が、蘭丸のことが大好きで追いかけて来るのだ。
村の医者には木村多江、村の「ボヘミアン」という旅館の女将に財前直見と、その息子に市原隼人。村の湧水を売っている女社長の湯川麗子に黒谷友香。その他、温泉の泊まり客にヤンキー娘の二人と、老婆軍団、刑事コンビなど、TV版のレギラー総出演。

ロケ地は山形ではなく京都の福知山と美山で撮影したそうです。ストーリーと重要な関わりを持つ玄武岩のある場所、福知山の玄武岩公園。柱状節理と呼ばれる自然にできた割れ目が美しい岩壁の前に、祭壇が作られている。真ん中の瀧が流れていて綺麗です。
美山の茅葺の里が夏で暑かったそうで、蘭丸は行き倒れ状態で温泉に入れられ、湯あたりみたいになり、木村多江に人工呼吸をされて気が付くのです。その後に、着せられた着物が、金田一耕助の衣装で似合っていた。

蘭丸が舌であらゆるものの成分を解析する能力を持つ男であり、今回は、堤監督が20年近く温めていた構想をドラマ化したものだそうです。2016年7月から9月までTV放送されていた本作、特殊能力のせいでキスをすると口内の細菌が気になって恋ができない蘭丸が、初めて気にならなかった温泉芸者のミヤビ(広末涼子)の足取りを辿り、温泉地を周る中、古物骨董商の光と宮沢寛治と出会い、珍道中になっていく。

物語は、鬼灯村で過去に起こった恐ろしい出来事と、村人たちと蘭丸が村の事情を聴くシーン。深夜に蘭丸や宮沢寛治たちが体験する大災難など、様々なシーンが撮影される。
そして、鬼灯村の住人である木村多江と市原隼人から、蘭丸が村の事件を聞いているところでも、とめどなく繰り出されるハイブローなギャグが連発して、向井、佐藤、木村文乃のトリオ芸も絶妙だが、この場面では、向井&木村多江&市原隼人のトリオ芸が殺烈して、これはこれで中々面白いのだ。

それに、村の医者リンの口内細菌が気にならなかった蘭丸が、リンに恋をするのだが、実はリンと市原隼人扮する龍之介は恋仲であり、後で知るのだが、蘭丸とリンとは姉と弟の関係なのが分かる。

夜になると鬼火発生、地面陥没、黒い水がわき始めるではないか。ついには殺人事件まで起こってしまう。酒屋の若旦那が、遺体となって発見されるのだ。これは、蘭丸が調査した結果、犯人は湧水に関わることと判断し、空洞になっている山の穴へと落ちてしまい、そこで犯人のテキサス男龍之介のペンダントを発見する。つまり、若旦那殺しは、水の権利を求めて争いになり殺してしまった龍之介。

事件とは裏腹に、村人たちは「呪い」だと大騒ぎ、かごめかごめの老婆軍団やら、ヤンキーバイク女2人やら刑事コンビも出て来て、忌まわしい村の伝説、子おろしの温泉と殺人事件は関係あるのかと、蘭丸たちが村の事件を解明していく。

なんだか、飛んでもなくお茶らけたドタバタ喜劇であり、痛快温泉ギャグミステリーとなっているようだ。エンドクレジットで、龍之介とリン先生が結婚して、子供が生まれて幸せそうな終わり方もいい。
ですが、日本の山奥の湧水が中国に輸出されているとは、これが本当ならシビアな問題ですよね。最後に綺麗な歌声と思ったら、坂本冬美の歌う「女は抱かれて鮎になる」が良かったです。

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ホラーの天使 ★

2016年12月04日 | アクション映画ーハ行
『くちびるに歌を』『サバイバルファミリー』などの葵わかなが主演を務めるホラー。映画の撮影で、スタジオとして使われている廃校を訪れた女優やアイドルらが、さまざまな怪現象に襲われる。メガホンを取るのは、『不安の種』などの長江俊和。『俺物語!!』などの恒松祐里、NMB48の矢倉楓子、お笑いコンビ「ライセンス」の藤原一裕、ベテラン竹中直人ら、バラエティー豊かな顔ぶれが共演。葵の絶叫演技と畳み掛けるショック描写に引き込まれる。
あらすじ:現在はスタジオとして使用されている廃校。そこでは、いじめられていた女子生徒が地下室に監禁されたまま姿を消したという事件が起きており、それ以降“アザミの呪い”と呼ばれる怪奇現象が続発していた。ある日、映画の撮影で2人の若手女優が廃校を訪れる。その場にいたアイドルユニットの3人、芸人コンビを巻き込むようにして、恐ろしい出来事が次から次へと彼らに襲い掛かってくる。

<感想>11月26日に始まって2週目だというのに、観客が少ないためか、1日に1回しか上映されていないので早く見に行かないと終わってしまう。で、内容は、冒頭で竹中直人が監督という役で、あの廃校のスタジオでは、「幽霊が出るって噂だよ」なんて言うのだ。
そして、舞台となる廃校で、イジメにより地下室に閉じ込められた女子生徒の事件をきっかけに、“アザミの呪い”という様々な怪奇現象が起こっていくという展開。知っている俳優では「くちびるに歌を」の葵わかな。

それぞれの部屋で、若手女優の葵わかなと垣松祐里の2人がセリフ合わせをしている。もう一つの部屋では、3人のアイドルユニットが、ダンスの練習をしている。そして、もう一つの部屋では、芸人コンビがネタ合わせをしているという、3組のお話しなんですが、どうやら、若手女優のさき子役の葵わかなが、ミナミというもう一人の女優とセリフの稽古をしている。そのミナミという女が、何処からか女の悲鳴が聞こえると、さき子を連れてハンディカメラを持ち、地下室へと降りてゆく。

おどろおどろしい音響と、暗い地下室を懐中電灯とカメラの明かりで突き進む怖さ。その二人のミナミが、どうやら共演者のこうへいと付き合っているというのだ。さき子もこうへいのことが好きで、ミナミがこうへいがさき子のことをウザイ女と言っていたとか。そんな口喧嘩をして、怒ったさき子が自分だけ地下室から出て、ミナミをその地下室に閉じ込めるのだ。

何事もなかったかのように振舞うさき子。地下室では、ミナミが半狂乱になり泣き叫ぶ。実は、みなみの名前が「あざみ」という名前だった。だから、噂の“アザミの呪い“とは、このミナミのことなのだ。しかし、この地下室に閉じ込められたあざみが、何年間もの間閉じ込められ、地下室へ来た人間を襲って食らい生き延びたという説は皆無だと思うのだが。

そして、2人の若手芸人は、ネタ合わせをしていて、太った男が命令調に相方に文句を言うのだ。そうこうしている内に喧嘩が始まり、デブ男の首を絞める相方。

そして、気になる女の声のする地下室へと向かって行き、地下室の中で、潜んでいたアザミ(人間を襲って食らう怪物となっていた)に襲われて死んでしまう。

それに3人のアイドルも踊りの練習をして疲れてしまい、夜になり寝てしまうも、女の悲鳴が聞こえて気になり初め、一人だけ怖いから嫌だと部屋に残るも、2人は声のする地下室へと勇気をだして行く。

ですが、やっぱり地下室に棲んでいた怪物となった“あざみ”に襲われる。一人は逃げるのだが、地下室の入り口まで来た残っていた女が、「助けて」という友達の声を無視して、怖いので地下室のドアの鍵を閉めるのだ。

この映画の中で、廃校のスタジオで3組が時系列に映し出されているが、実は、初めの2人の女子高生が問題の“アザミに呪い”であり、その後に若手芸人の喧嘩によるデブ男が死に、相方が行方不明だと話ていた3人組のアイドルのリーダー。だから、最後にこのスタジオを使ったアイドルの3人の内の2人が、地下室へ行き“あざみ”という怪物に殺されたというお話の時系列なのでは。

いやはや、結局この物語の発端は、“ミナミあざみ“を地下室へ閉じ込めたのは、さき子であり、閉じ込められたのが、性格の悪い“ミナミあざみ “で、地下室で獰猛な獣となって入ってきた人間を、食らって生き延びているというお話ですね。
怖いのは、地下室の暗い中で、9割がた出演者のカメラ撮影であり、手ぶれもあり、出て来る“アザミ”という怪物は、生きるために人間を食らって生き延びているわけで、前に観た、「ドクムシに似ているような感じがした。
最後にも、カメラめがけて出て来る怪物になった“アザミ”が可愛そうに思った。誰が悪いといえば、いくら好きなこうへいを横取りされたからって、地下室へ閉じ込めて、その後助けに行かなかった“さき子“が一番悪いと思う。それに、3人のアイドルの2人を地下室へ閉じ込めた女も、何故警察へ知らせなかったのか、その怪物女も精神病院送りになって生きていけたものを。
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ペイ・ザ・ゴーストハロウィンの生贄★★★

2016年12月03日 | アクション映画ーハ行
ハロウィンを巡る伝承をモチーフに贈るニコラス・ケイジ主演のミステリー・ホラー。ハロウィンの夜に姿を消した最愛の息子の行方を捜す主人公を待ち受ける驚きの真相を描く。共演はサラ・ウェイン・キャリーズ、ヴェロニカ・フェレ。監督は「バーダー・マインホフ 理想の果てに」のウーリー・エデル。
あらすじ:ニューヨークの大学で教鞭をとるマイクは、7歳の息子チャーリーにせがまれ、ハロウィンで賑わう祭りに連れて行く。ところがチャーリーは、“ゴーストに償ってくれる?”という謎のことばを残して忽然と消えてしまう。以来、懸命にチャーリーを捜し続けるマイクだったが、その行方は杳として知れず、妻のクリステンとの関係も悪化してしまう。それから1年、必死に手がかりを追うマイクの周辺で次々と不可解な現象が起こる中、やがて、毎年ハロウィンに子供たちの失踪事件が起きていて、その子たちは決して帰ってこないという恐るべき事実を突き止めるマイクだったが…。(allcinema)

<感想>今年も渋谷ではハロィンが大盛況で、日本人って何でもこういうお祭りに参加するんですね。死者の祭りなのに。まぁ、日本にはそういう魔女の幽霊とかに誘拐される人いなかったからいいようなものの。平和な日本も緊張感が足りないような気がします。
さて、ハロウィンの夜に忽然と姿を消した幼い息子チャーリーを、執念で探し続ける父親の役をしている久しぶりのニコちゃん。やがて彼は息子の失踪の裏に恐ろしい幽霊の呪いが潜んでいることを突き止めるんですね。

妻には、「何故に息子の手を放したのよ」ときつくお叱りを受けて離婚?、別居、みたいに離れて暮らすことになるわけ。どうして息子が消えたのか、誘拐されたとしても、身代金の電話はないし、警察も取り合ってくれないし、自分で探すしかないと。張り紙をしたりと、人づてに聞いたりとか、そして、バスの窓に息子が映っているように見えて、バスを追いかけるもいない。
絶対に息子は生きているに違いないと、望みを捨てずに探しまわるのだ。息子が消える前に言った言葉「幽霊に借りを返してよ」という謎の言葉をヒントに、消えた場所から気味の悪い廃墟へと入ってみると、恐ろしい現象に遭遇する。

息子の失踪は人間の仕業ではないと確信をしたマイクは、疎遠になっていた妻クリステンに連絡し、二人で調査をするのだが。妻も腕に奇妙な古代文字が現れるし。
やがて彼らは、ハロウィンの夜には、毎年のように決まって子供の失踪事件が起きていることを突き止める。

さらには、大学の同僚のハンナ(ヴェロニカ・フェレ)が読み解いた古い文献から、ニューヨークで数百年前のハロウィンの日に、凄惨な事件があったことを知る。魔女狩りと称して、母親と娘の3人を貼り付けにして焼き殺したのだ。
果たして息子は悪霊に囚われてしまったのか?・・・そうこうしている内に1年が過ぎて、またハロィンの日がやってくる。
廃墟へと行くと、そこには盲目の男が地獄への道先案内みたいにニコちゃんを連れて行く。そこには、人間と幽霊との境界の鉄の橋があったのだ。

インシディアス第2章のように息子に悪霊が取りついたことにより、次第に明らかになる彼の衝撃の過去を描写する。パトリック・ウィルソンとローズ・バーンが悪霊退治にやって来て、家で手を繋いで封印された衝撃の記憶の中へと父親が入っていくという。こちらは、父親のニコちゃんが、一人でその魔女らしき幽霊のところへと行くのだが、その人間と幽霊の間に鉄骨の長い橋がある。それが、ちゃっちいし、霧みたいなガスがかかっていて、先が見えない。時間までに戻って来ないと自分も幽霊の世界に置き去りにされてしまうというのだ。
とにかく、橋を渡るも、そこにはたくさんのハロウィンの姿をした子供たちがいた。今までに誘拐された子供たちだろう。そこから自分の息子チャーリーを探すことに。見つかったのだが、その時一緒に連れ去らわれた子供2人が一緒に帰りたいと言うのだ。仕方なく、3人の子供を連れて人間の世界への橋を渡るのだが。
刻々と時間が迫って来るし、橋を渡り切らないと人間世界へは戻れない。やっとのことで、息子と2人の子供を連れて橋を渡り切ると、そこは現実の人間の世界が現れて助かったのだ。
しかしだ、息子が「幽霊に借りを返してよ」と父親に言った言葉を考えると、最後に魔女退治のことを調べてくれた、大学の同僚のハンナが殺されてビルから真っ逆さまに落ちて、下の鉄骨に体が串刺しになっていることからして、この父親にも何かしら、借りを返さないとダメなのではなんて、思ってしまった。

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マダム・フローレンス! 夢見るふたり★★★

2016年12月02日 | アクション映画ーマ行
ニューヨーク社交界の顔にしてソプラノ歌手でもあった実在の女性、フローレンス・フォスター・ジェンキンスをモデルにしたドラマ。絶望的な音痴であるにもかかわらずソプラノ歌手になる夢を追う彼女と、それをかなえようと奮闘する夫の姿を描く。監督は、『クィーン』などのスティーヴン・フリアーズ。アカデミー賞の常連メリル・ストリープと、『アバウト・ア・ボーイ』などのヒュー・グラントが妻と夫を快演する。インパクトのある歌唱シーンや、夢を持つことの尊さを訴えた物語に魅せられる。

あらすじ: ニューヨークの社交界のトップ、マダム・フローレンス(メリル・ストリープ)の尽きない愛と財産は、夫のシンクレア(ヒュー・グラント)と音楽に捧げられていた。ソプラノ歌手になる夢を追い続けるフローレンスだが、自分の歌唱力に致命的な欠陥があることに気づいていない。愛する妻に夢を見続けさせるため、シンクレアはおひとよしなピアニストのコズメという伴奏者を見つけ、マスコミを買収し、信奉者だけを集めた小さなリサイタルを開催するなど献身的に立ち回っていた。しかしある日、フローレンスは世界的権威あるカーネギーホールで歌うと言い出して―。持病を抱えながらも音楽に生きる彼女の命がけの挑戦に、シンクレアも一緒に夢をみることを決める。さあ、笑いと涙で包まれた奇跡の公演の幕があがる!

<感想>この映画は、以前にフランス映画で偉大なるマグリットを鑑賞したが、あちらはフィクションだというが、殆ど同じ内容です。たぐいまれなるオンチであるにもかかわらず、あのカーネギー・ホールでリサイタルを開き、会場を満員にしたという大富豪の女性のお話しです。その実話を基にして、「クィーン」のスティーヴン・フリアーズ監督が、名女優メリル・ストリープを主演に描くお笑いと涙のドラマ。共演にはイギリスの貴公子であるヒュー・グラントが、他にピアニストにサイモン・ヘルバーグが、その他レベッカ・ファーガソン、ニナ・アリアンダなど。音楽を「英国王のスピーチ」のアレクサンドル・デスプラが担当している。

1944年のニューヨークが舞台ですが、まだ戦時中ですよね。それでも資産家のフローレンスは、音楽を愛し、音楽家たちを支援するクラブを設立して、様々な公演を催している。長年連れ添う内縁の夫であるシンクレアは、そんな彼女を裏であれこれサポートしていた。
ある日のこと、トスカニーニのコンサートに感動したフローレンスは、歌手になりたかった昔の夢を思い出し、プロの指導を受けたいとシンクレアに打ち明けます。早速手はずを整えるシンクレアは、その時、ピアノ伴奏者も同時に雇い、演奏も性格も穏やかなコズメが採用されます。

レッスン開始の日、コズメはフローレンスが想像を絶するオンチだと知り、唖然とする。しかも、彼女だけその事実を知らないのだ。レッスン中におだてられて自身を付けてしまったフローレンスは、「コンサートをやれるかしら」とさらに夢を膨らませるのであった。
クラブでは、何度もコンサートを開いているが、観客は事実を承知している友人ばかり。今度は、初めて彼女の歌を聞く者もいて、笑いが止まらなくなる者もあったが、なんとか事なきを得るのだった。
一方、フローレンスは重い病を抱え、それは徐々に進行していった。シンクレアに買われた新聞評の好評を知ったフローレンスは、自分のオンチなのも知らずに、大舞台のカーネギー・ホール出演の宿願を果たす決意を固めるのだが、・・・。

1968年生まれのフローレンス、裕福な家庭に生まれピアノの天才児と呼ばれた音楽家を目指したが、父親の猛反対を受けて断念。17歳でカケオチ結婚した年上の医師ジェンキンスに梅毒をうつされ、生涯病と闘うことに。ジェンキンスと離婚後、極貧生活を送っていたころ、父親に発見されて音楽家の道をあきらめて親元に戻る。
1909年、シンクレアと出会い、事実婚生活に入るも彼のことを思い寝室は別にして離れて暮らす。父親の死後、莫大な財産を相続して社交界に参入。芸術界に大きな貢献をする。こうした劇的な人生を送った彼女は、76歳で夢の「カーネギー・ホール」に立ち、その年に死去した。
オスカー女優のメリル・ストリープですもの、オンチ歌姫の役でもそんなに下手くそには歌いませんから。最初にオペラコーチについてきちんとアリアが歌えるほどにして、最後に2週間かけて、それをちょっと崩して歌うようにしたそうです。最後の方では、オンチどころかとても上手に歌ってましたよ。

そして、内縁の夫のヒュー・グラントのダンディなことといったら、渋くて優しい旦那さまを演じていて、フローレンスを本当に愛していたんですね。夫婦生活はないけれど、心から妻のフローレンスのことを思って、何でも叶えて上げようと奮闘する涙ぐましい努力を感じました。お二人のダンスがとても良かった。
そして、ピアノ演奏のサイモン・ヘルバーグが凄かった。フローレンスが音程を外してすまし顔で歌うシーン。彼は、ひたすら堪えてた笑いを、家を出た後のエレベーターの中で、思わずニヤニヤしてしまうのだ。観ている方もつられて笑ってしまう。それに、実際のピアノを弾くシーンでも、フローレンスの歌声に合わせて、素晴らしく素敵に自分で弾いてましたね。
亡くなる最後まで、フローレンスのことを愛して、カーネギー・ホールでのリサイタルを見事にやってのける夫のシンクレアは、別居しながら愛人と住んでも、お金目当てで一緒になっているわけでもなく、本当に妻を愛していたのですね。
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ブレア・ウィッチ ★★・5

2016年12月01日 | アクション映画ーハ行
製作費わずか6万ドルという低予算作品ながら、1999年に世界中で記録的な大ヒットとなったホラー映画「ブレア・ウィッチ・プロジェクト」の17年ぶりとなる続編。監督は「サプライズ」「ザ・ゲスト」などのホラー作品を手がけ、ハリウッド版「デスノート」の監督も務めるアダム・ウィンガード。
タイトルが「ザ・ウッズ」だったようですが、邦題を原題に合わせて「ブレア・ウィッチ」に変更したそうです。

<感想>前作は観てないので、怖いもの好きという興味本位で鑑賞。2000年に「ブレア・ウィッチ2」も制作されたが、本作がオリジナルの監督も認める“正統な続編”であると言う。かの「パラノーマル・アクティビティ」シリーズも、同じ手法を使っている。

本作ではPOV、(主観撮影)のモキュメンタリー(疑似撮影)というオリジナルのスタイルのままに、ヘッドセットカメラやドローン撮影など新たなテクノロジーも用いられ、最新撮影機器も織り交ぜ描き出す。出演は、弟にジェームズ・アレン・マキュ-ン、ヴァロリー・カリーら。有名ではない俳優が6人出演し、安上がりな映像。音響だけ後で加えたのだろう。

20年前に、映画学科に所属する3人の大学生、ヘザーとヘザー、ジョシュ、マイクが、伝説の魔女「ブレア・ウィッチ」をテーマにしたドキュメンタリー映画の撮影のため、メリーランド州のブラック・ヒルズの森へ分けは行った。だが、3人はそのまま消息を絶ち、手掛かりも発見されないまま捜索は打ち切られた。

それから物語の舞台が前作から20年後。失踪した学生の一人、ヘザーの弟ジェームズ(アレン・マキューン)は、姉らしき人物の映った映像をYouTube見つける。姉のヘザーを救い、ブレアの魔女の謎を解くべく、仲間と共に、あの森へ踏み込む。だが、そこには、彼らの想像を絶する恐怖が待ち受けていた。
その彼らが撮影したものと思われるフィルムとビデオが森の中で発見されたと言う、人物に会いに行く。そして、森の中へと入るも、川沿いに歩き、はだしで川に入った黒人の女・アシュリーが川で足をガラスか何かで切りけがをする。手当をする黒人の男ピーター。

この黒人の男女は、何かしら問題があるようなそんな感じがした。森の中で、足にケガをした女が、熱が出てテントの中で寝ているも、夜になると元気に歩き出し、次の日もいくらか足を引きずるも歩くのだ。それに、森でヘザーのフイルムを見つけた男・レインが案内係として一緒に行くも、途中で自分たちは帰ると言い出す。そして別れるも、後で2人は、恐怖に包まれた顔をして衣服もボロボロで、森の中で道に迷ったといい出て来るのが、一番の恐怖。その男が何度も出て来るし、森の中にある空き家でも出て来て、人間が狂ったような獰猛な感じで、狂気と化す。

初めは、テントを張る場所を探して、たき火を焚いて、夕食を用意して楽しそうに食事をする。夜になりテントの中で寝るも、夜中に奇妙な音を聞いたり、テントの周りに不自然に積み上げられた石を発見する。
足を怪我した黒人女が起きて、彼氏の黒人の男を探しに森の中へ行き、ドローンも飛ばしても森の木立に引っ掛かって落ちてこない。その黒人女アシュリーが、ドローンを見つけて木の上に登り、体重があるのに細い枝を登って、ドローンに手が届きそうになり、木が折れて落下して死んだ模様。そして、黒人のピーターも森の中へ行ったきり、突然の物音に同様して足を滑らしたのか、動物に襲われたのかは分からないが行方不明になる。

弟のジェームズと彼女のリサが森の中へと、雷鳴がとどろき雨が降って来るし、森の中では方角が分からないし、時計も狂っているのか時間が分からないのだ。森の中を堂々巡りをしているような、また元のテントの場所へと出て来る。そこには、魔女のおまじないのような木の切れ端で人形を作りぶら下がっている。これは、きっとあの案内係レインが作ってぶら下げたのだろう。その木の人形に魔女の呪いだと怖がる女。

そして、雨の中2人が森の中にある小屋を見つけ、ジェームズが先に入り中が暗いので、音もホラーらしくおどろおどろしい雰囲気で、幻覚か姉のヘザーらしき女が立っているように見えて、姉の名前を呼び追いかける。ボロ屋なので床下が抜け落ちているような、昔子供たちが行方不明になったという事件を表しているような、壁には小さな子供の手型がたくさんある。それに暗いし小さな懐中電灯ではよく見えない。なのに、ビデオで映しているし。
それに、女も小屋の中へと入るも、ジェームズは何処にいるのか探せない。そうこうしていると、あの案内係の男レインが狂ったように出て来るのだ。彼女は殴られて気絶をして地下室へと落とされる。その地下室の抜け穴から抜け出そうと、細い穴を這いずるも、恐怖を表す音楽がいかにもという感じ。その穴は小屋の外へと続いているのか、灯が見えるではないか。しかし、穴を出るとそこは小屋の中だった。またもや、レインに襲われて、リサは持っていたナイフでレインを殺すのだ。

もう、方向感覚が音痴になり、堂々巡りをしている感じ。小屋の中で初めにジェームズが何者かに襲われ、そしてリサも襲われてカメラが下に落ちて暗くなる。せめて、この女・リサだけでも助かって欲しいのに。何だか、全員死んでしまったような気配がして終わる。
またかという、擬似ドキュメンタリーとしての面白味が薄れているようだ。最初から、ドキュメント風に作られたフィクション映画だと身構えて観るも、音響の怖い雰囲気作りは良かったが、森の中の動物の声はいいとして、いのししとか熊とか出て来てもおかしくないのに、それに魔女が棲んでいるということなので、その魔女の幽霊らしきなものが見えてもよかったのにと思った。
それに、最後のオチが、誰か一人でも生きて帰れたら良かったのに、夢も希望もないただの脅かしホラーものになっているのが残念。
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コンカッション ★★★・5

2016年11月30日 | アクション映画ーカ行
アメリカの国民的スポーツであるアメリカン・フットボールが、選手の脳に慢性的な深刻なダメージを与える危険なスポーツであることを立証した実在の医師ベネット・オマルの感動の実話をウィル・スミス主演で映画化した社会派ドラマ。全米を揺るがす衝撃の事実を突き止めてしまったオマル医師が、NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)とアメリカ国民を敵に回してでも信念を貫き、様々な圧力に屈することなく真実を訴え続ける苦闘の行方を描く。共演はアレック・ボールドウィン、ググ・ンバータ=ロー。監督は「パークランド ケネディ暗殺、真実の4日間」のピーター・ランデズマン。
あらすじ:ナイジェリア移民の医師、ベネット・オマル。法医学の免許を持ち、検死官として働く彼は、“ピッツバーグ・スティーラーズ”の花形選手だったマイク・ウェブスターの解剖を担当する。その死に不審を抱いた彼は、脳の詳しい検査を実行し、ついにはそれまで知られていなかった新たな疾患“CTE(慢性外傷性脳症)”を発見する。それは、タックルによる脳への激しいダメージが蓄積することで引き起こされる脳の障害だった。さっそく論文を発表し警鐘を鳴らすオマルだったが、NFLはこれを即座に否定、様々な形で彼に圧力をかけてくる。それでも信念を曲げることなく、巨大組織に敢然と立ち向かっていくオマルだったが…。

<感想>アメリカの国技でもあるアメフトの最高峰NFL(ナショナル・フットボール・リーグ)は、膨大な資本を動かす巨大産業でもある。その選手の多くが、試合中に脳震盪で痴呆化を起こして、自殺あるいは若死にしているという告発を、若い黒人医師が行うわけ。

リドリー・スコットの制作で、ウィル・スミス主演による実話を基にした、最近よくある告発的内容の作品でもある。もう、これは象に挑む蟻の戦いのようだ。勝ち目のない告発劇、それでも真実を発表して、アメフト選手への保障を確約して欲しいという訴えなのだ。NFLの専属医師には、貫禄のあるアレック・ボールドウィンが。

NFL側の圧力、抵抗がいかに大きいかは想像がつきます。しかし映画では、彼を排除抹殺しようとするNFL側の悪質な工作は描かれずに、告発は予定調和的な解決で納まっている。
アメフトに興味がなく、日本人の中でもファンはごく少ないと思う。ですが、非常にシリアスで地に足の着いた良質な作りの映画になっている。

これは現在の継続中の問題を扱っていることもあってか、娯楽性は皆無であり、地味といえば限りなく地味なのだが、社会派ドラマとして正攻法の作りの中で、主人公のベネット・オマルを演じたウィル・スミスの抑えた演技がすこぶるいいのだ。

タイトルのコンカッションとは、脳震盪という意味です。何かを訴えたければ、真実を検証するよりもスピーチの見せ方や、論法を磨いた方が現実的なのかもしれない。もし、本作が娯楽映画ならば、ウィル・スミス演じる医師も、奇抜な説法でNFLに対抗しただろう。
逆に正攻法で描こうとすれば、シリアスで退屈極まりのないリスクをとるしかないのだ。アメフト信仰を脅かしかねない、ナイジェリア人のベネット・オマルへの攻撃は容赦なく迫って来る。アメリカ人にとって、アメフトのことを外国の医師にとやかく言われるのが嫌だということなのだ。

折角、土地と家を新築して、アメリカの地に落ち着こうと思っている矢先に、妻が妊娠しているのを知ってかどうか、FBIまで使って、車で執拗に追いかけて来るNFLの人たち。事故はまぬがれたが、流産という悲劇が二人に襲い掛かる。結局は、新築の家を諦めて、違う土地へと移るのだ。
ですが、観客が観たいのは、圧力に対して隠ぺいを暴露する緊迫した告発劇であり、彼が祖国と家族を愛する信仰心の厚い有能な医師だというお話ではないのだ。
だから、最後で元NFLの選手たちが、脳のダメージにより家族に乱暴をしたり、自殺をしてしまう選手がいることを公にして、選手のその後の保証をしっかりとして欲しいわけ。その後に、この選手たちに対して、医療費や保証とかが明示されていないのが気になって来る。果たして、解決は出来たのだろうか?・・・。
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高慢と偏見とゾンビ ★★★・5

2016年11月29日 | アクション映画ーカ行
ジェーン・オースティンの古典『高慢と偏見』をベースに、原文をほぼそのまま用いつつ、内容を過激なゾンビ・アクションに改変して話題を集めたセス・グレアム=スミスの同名マッシュアップ小説を「シンデレラ」のリリー・ジェームズ主演で実写映画化。18世紀末のイギリスを舞台に、結婚への葛藤と恋のすれ違いに胸を焦がしながらも、増え続けるゾンビに立ち向かっていくヒロインの運命を描く。共演はサム・ライリー、ジャック・ヒューストン、ベラ・ヒースコート、チャールズ・ダンス、レナ・ヘディ。監督は「セブンティーン・アゲイン」「きみがくれた未来」のバー・スティアーズ。

あらすじ:18世紀末、イギリス。謎のウイルスが蔓延し、増殖したゾンビが次々と人々を襲っていた時代。片田舎に暮らすベネット家の5人姉妹は、幸せな結婚に憧れながらも、カンフーや剣術の訓練に励み、ゾンビと戦う日々を送っていた。そんなある日、近所に資産家のビングリーが引っ越してきて、さっそく舞踏会が開かれることに。思いがけない殿方たちとの出会いのチャンスに胸をときめかせる姉妹たちだったが、次女のエリザベスは、ビングリーの友人ダーシーの高慢な態度に反感を抱いてしまう。以来、ことあるごとにダーシーに反発してしまうエリザベスだったが…。

<感想>ジェーン・オースティンの時代を舞台にして、画面は文芸映画のタッチなのに、「バイオハザー」チックなものに見えてしまう、ゾンビ映画である。このまま普通に「高慢と偏見」を続けてもいいんじゃないかと思えて来るくらいに、まともな演出をしているところへ、いきなりゾンビものやら戦闘美女ものやらの要素が、ぶち込まれているのが、原作小説同様珍妙な面白さを生み出す、と言う狙いなんでしょうね。

ですが、作り手の狙い通りに愉快に思ってもらえるかは、人によって分かれそうですから。観る前に、元ネタの乙女のきらめき、恋のときめき、女性の尊厳といった「高慢と偏見」を、せめてあらすじくらいは知っておくと良いですよ。まぁ、それでも、古典の原作の最重要テーマを薄めることなく、しっかりとゾンビ・映画と融合させているのはさすがと感じました。それに音楽も文芸映画と武闘映画の両方になっているのも興味深い。

ですが、女性による刀剣アクションまで混入して、コルセットを締め上げながら、美脚のあちこちにナイフを仕込むエリザベス(リリー・ジェームズ)他、姉妹たちには痺れました。ですが、実に目まぐるしく、映画的には好奇心は高まるものの、一体どうなることかと思ってしまった。

その間に、古典的な男女の物語とヴィクリア朝の階級制度も描かれていくのですが、やがてゾンビたちが産業革命の陰で貧困と病に苦しむ、差別された人々の群れが見えて来る。

ゾンビが蔓延したロンドンを壁で囲んで隔離させるっていう発想も、何だか他の映画にもあったような、娯楽映画をやろうとしながらも、作家たちはそこまで計算しているのかと思うと、気味悪くなってしまう。

しかもおちゃらけたノリで、撮ろうとしていない姿勢もいいのですが、少林寺拳法やら日本刀をフィチャーしているわりには、それがイイ感じで炸裂していないのが少し残念なところ。もちろん、ゾンビ映画の流儀に習った、かなり残虐な殺戮場面も見どころですから。
ラストに結婚式を上げるダーシー卿とエリザベス姉妹の美しいこと、そこへ、ゾンビ集団がやってくるというオチはどうかと思ってしまった。
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トーク・トゥ・ハー ★★★★

2016年11月28日 | DVD作品ーた行
昏睡状態の女性と彼女を愛する男性、2組の姿を描く異色ラヴ・ストーリー。監督・脚本は「オール・アバウト・マイ・マザー」のペドロ・アルモドヴァル。出演は「マルティナは海」のレオノール・ワトリング、新鋭のハヴィエル・カマラ、アルゼンチンで活躍するダリオ・グランディネッティほか。2003年アカデミー賞オリジナル脚本賞、ゴールデン・グローブ賞最優秀外国語映画賞ほか多数受賞。
あらすじ:病室のベッドで昏睡状態にあるアリシア(レオノール・ワトリング)は、看護士のベニグノ(ハヴィエル・カマラ)により4年間世話されてきた。バレエ・スタジオで踊るアリシアの美しさに魅せられたベニグノは、彼女が交通事故に会って以来、自ら献身的な看護を志願したのだった。
一方、女闘牛士リディア(ロサリオ・フローレス)も、競技中の事故によって昏睡状態で入院していた。彼女の恋人のマルコ(ダリオ・グランディネッティ)は絶望に陥っていたが、ベニグノと互いの境遇を語り合ううち、二人に厚い友情が生まれていく。
だがベニグノの盲信的な愛は、アリシアを妊娠させるという事態に発展する。8カ月後、リディアが死んで埋葬された頃、ベニグノはレイプの罪で投獄されていた。マルコはベニグノに面会し、彼の頼みでアリシアの現在について調べる。するとアリシアは、子供は死産となったものの自分は奇跡的に回復し、ダンス教室に松葉杖をついて姿を見せていた。しかしベニグノはそれを知らないまま自殺。マルコとアリシアは互いに惹かれ合っていくのだった。(作品資料より)

<感想>この作品のラブは現実的な愛じゃない。屈折して苦々しく、辟易するほど自己中心的で、完璧な作りごとのように思われる。だが、嫌な気分にすらなりながら、しかし何故か惹きつけられる。いくら否定したくても、アルモドバルのペースにハマってしまうのだから。

植物状態のアリシアとリディア、彼女たちにかかわる2人の男。ベニグノとマルコ。4人の関係が描かれ展開していく物語。中でも、献身的な介護を通し、自分だけの完璧した愛の世界を作り上げるベニグノのドラマは、まさに壮絶というべきもので、ここぞとばかりに監督アルモドバルの演出の腕が冴えわたる。

そのどこか仰々しい節まわしはそのままエスカレートしていく。だからなのか、映画的テンションは保たれ、ベニグノの動作や言葉からは、一つの真実が浮かび上がる。
そして劇中劇として作られた、オリジナルのサイレント映画「縮みゆく恋人」で、緊張感は最高潮に達するのだ。この映像は、素晴らしい出来だと思います。ベニグノの倒錯と妄想、夢想、現実を一体に包みこみます。

とはいえここまでは、物言わぬ相手への自己満足的な感情を描くに過ぎぬようにも見え、それに、言ってみればこの設定は、非常に体のいい比喩でしかなく、それをやってのける監督アルモドバルの、巧妙な自分の悪いところをわざとさらけ出す悪趣味と意地悪さを感じてしまった。だからなのか、正直かなり長い時間、嫌な気分の悪さが続いた。だが、本当の愛の物語が、倒錯の後にやってきてくれた。
それぞれ愛する女を失った2人の男、ベニグノとマルコの間に通う愛情こそが、本当の希望に映って見えた。これでやっとほっとする。2人は互いを認め合い、語り合える唯一の親友になるのだから。きっとこの映画は、2人の男のこの一瞬を描くためのものなのだ。
だが、無情にもそんな2人の間にすら、1枚のガラスの壁を置く。2人は果てしなく近くにいるのに、触れ合うこともないのだから。あの手この手で孤独を強調する意地悪さを恨めしく思う。
崇高か不謹慎なのか、それとも究極の愛か悪趣味なのか、見る人によっては監督の完璧に近いそのテクニックに称賛する方もいるのでは?・・・私にはとてもそうは思えなかったから。

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CAGED -監禁-<未>★★

2016年11月28日 | DVD作品ーか行
拉致された男女が3人、2つの檻、目的は不明ーー/究極のサバイバル・シチュエーション・スリラー登場!トラウマ×監禁×恐怖!あなたの神経を極限状態に追い込む!
あらすじ:旧ユーゴスラビアの紛争地帯。キャロル(ゾー・フェリックス)は国際救援で派遣された医師。この度任期を終えたので、同僚の男性医師2人マティアス(エリック・サヴァン)、サミール(アリ・エルマレ)と一緒に長距離ドライブの旅に出ることに。途中、地雷撤去中のため道が封鎖されており、迂回するか解除されるまで待つように足止めされてしまう。
3人は回り道する方を選ぶが、やはり道に迷ってしまう。不安な気持ちのまま道なき道を進んで行くと、突然、覆面姿の武装した男たちに襲われてしまうー武装グループは3人を目隠しし拉致すると、謎のアジトへと運びこむ。そして男1人と男女2人に分けて2つの檻に監禁。定期的に医者らしき男(フィリップ・クラジャック)がきて、脈を診る。負傷した者は手当をされるが、身代金の要求等は一切なく、ただ檻の中に放置されるだけだった。奴らの目的は一体何なのか!?果たして、彼らはここから脱出することが出来るのだろうか!
出演:ゾー・フェリックス/エリック・サヴァン/アリ・エルマレほか
監督:ヤン・ゴズラン脚本:ヤン・ゴズラン 2010年フランス(Amazonより)
<感想>劇場未公開作品。拉致監禁ものというと、拷問され痛めつけられる主人公が描かれますが、これはそういうものではなく、何者かに拉致監禁された後、殺されるわけでもなく、ひたすら薄暗い独房のような檻のなかで放置されます。ですので、一人足に銃弾をあびた男は、手当を受けて医者もいるんですね。食事は残飯のようなものを与えられ、生かされているといっていいでしょう、これは。
数日後に、別の檻の中に入っていた男が連れていかれ、内臓を切り開かれて台車に載せられ帰って来て、犬の餌にされたようです。それに続いて、同僚のサミールも臓器を取られ、犬の餌となるのを見てゾッとします。
このようなサバイバル・シチュエーション・スリラーというと、必ず女性が最後に活躍してここから脱出に成功するというお話の展開がお決まりですよね。この作品もご多分にもれずそういう展開になって行きます。出ている女優さんも有名じゃないので、そんなに盛り上がることはありませんから。
でもこの女性は、少女時代に野犬に襲われ友達を失った犬に対しての恐怖のトラウマがあります。音響は犬が吠える声がうるさく響き渡ります。
どうにかしてここから脱出したいキャロルは、自分が臓器を取られる番になり連れて行かれた汚い手術室で、医者が一人だったので、手首に結わえられたベルトを外して医者に飛びかかり、ナイフで殺してしまう。
そこから出て、一度独房へ戻り仲間に必ず助けにくるからと言い、外へ檻のカギを切る枝切りバサミを取りに行くのです。それには、あの大嫌いな犬の部屋を通り抜けなければならず、犬に吠えられながらも克服してキッチンへと、そこにはデブのおばさんが猪をさばいているところで、そのデブおばさんも殺してしまう。
キャロルという女性は、もの凄く強い意志を持っていて、こういう女性が監禁された場所から脱走するなんて考えられません。ですがやり遂げるのですね。それに少女も監禁されていたのですよ。昔のトラウマの犬から友達を救えなかったことを悔やみ、今度こそは少女だけでも助けようと頑張るわけ。
足に怪我をしている男と少女を連れて脱出に成功するも、追いかけてくる男たちに捕まるマティアス。キャロルと少女は森の中へ逃げ込み、ひたすら逃げるのですが、犬が追いかけてくる。そこからは、まさにハラハラの展開で、これでは捕まってしまうかもしれないと思ってしまった。
森の中ではあぶなく地雷を踏みそうになるキャロル、その地雷を利用して犬をおびき寄せる作戦が成功した時には、見ていて「ヤッター」という気分。それでもそこからが、とうもろこし畑に逃げ込むのですが、執拗に追いかけてくる男たち。
フランス版の監禁ホラーものですが、時間が短いので見れましたね。それに最後に、キャロルと少女が助かって良かった。臓器売買の物語だったのですが、その辺が上手く表現されてないので、ただ監禁から脱走の物語ですね。それでも面白かったです。
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ハンズ・オブ・ラヴ 手のひらの勇気 ★★★

2016年11月27日 | アクション映画ーハ行
第80回アカデミー賞ドキュメンタリー映画賞(短編)に輝いた作品をベースにしたヒューマンドラマ。病で余命半年となって同性のパートナーに遺族年金を残そうとする女性が、それを認めていない法制度に立ち向かう。メガホンを取るのは、『キミに逢えたら!』などのピーター・ソレット。オスカー女優のジュリアン・ムーア、『JUNO/ジュノ』などのエレン・ペイジらが結集する。ジュリアンやエレンの力演、平等や権利の尊さを訴えたストーリーに胸が熱くなる。
あらすじ:ステイシー(エレン・ペイジ)という若い女性と出会った、ベテラン刑事のローレル(ジュリアン・ムーア)。年齢も環境も違うものの惹(ひ)かれ合う二人は、郊外の家を購入して一緒に生活することにする。幸せな日々を送っていたが、ローレルが病で余命半年だということが判明。遺族年金の受取人をステイシーにしようとする彼女だったが、同性のパートナーには法的にそれが認められなかった。病気が進行する中、ローレルは自分たちの権利を訴えて法制度の改正を実現するために立ち上がるが……。

<感想>同性愛者の権利が認められていなかった時代、愛と自由のため制度改正に挑んだ女性カップルの感動の実話であります。世界的に注目される「同性婚」をテーマに、主人公や支援者たちの苦闘の日々を描いている。

日本でも最近では、レズ、ゲイ、ホモとか同性愛者に偏見の目を持つ者は少なくなりましたが、まだまだ古い考えの人は認知しておりません。その同性愛者の物語で、最初はあまり拍手するほどのことではと観ておりましたが、人を愛することは、同性愛者であれ普通の男女であれ変わりはないと思いつつ、2人の生き方に心を惹かれ初めて、心が揺さぶられていき、涙が自然に零れました。

確かに、自分の財産を愛する人に残したい、年金も預貯金も全部残してやりたいと思うのが当たり前のこと。

主人公の同性カップルを「アリスのままで」オスカー女優となったジュリアン・ムーアと「インセプション」のエレン・ページが演じるほか、マイケル・シャノンが、ローレルと警官の相棒を組んでいた仲間。

それに、ゲイの組合組織のスティーヴ・カレルら実力派キャストが脇を固めている。

この映画の中の同性愛者には、警官だった彼女の年金や退職金などは、一緒に住んでいるステイシーには渡らないという制度がある。それは、2人は夫婦として認めてもらえず申請は却下されてしまう。

それを癌の病気が進行する中、ローレルは自分たちの権利を訴えて法制度の改正を実現するために立ち上がるのですが、・・・。

確かに、法の定めに反することであり、自分が働いた金を残してやりたいと言う願いを、同性愛者の人たちを巻き込んで訴えを起こすわけ。お役所の人たちも全員悪い人たちばかりではない。中には隠れた同性愛者の社員もいるわけで、おおぴっらに同性愛者と言うことを宣言して付き合いたいのに、人目に触れるのを恥ずかしいと思う心に、今の時代だったら良かったのにと。

でも、ラストでその勇気は、同僚や地域社会、全米の同性愛者たちの心をも動かしていくことになる。平等を求めて立ち上がった彼女の勇気は周囲をも動かし、やがては全米の制度をも動かしていくのです。

ジュリアン・ムーアの癌闘病の、役に徹しての演技にさすがの拍手です。それに、エンドロールで流れて来る主題歌、人気シンガーのマイリー・サイライスが歌う「ハンズ・オブ・ラブ」が心に響いて良かったです。
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疾風ロンド★★★

2016年11月26日 | アクション映画ーサ行
「容疑者Xの献身」など数多くの著作が映像化されてきた直木賞受賞作家・東野圭吾の小説を映画化。大学の研究所施設から盗まれた危険な生物兵器の回収を命じられた中年研究員が、わずかな手掛かりを基に奔走するさまを描く。大学の医科学研究所に勤めるもどこか頼りなくツイていない主人公を、東野原作の『新参者』シリーズで主演を務めた阿部寛が演じる。メガホンを取るのは、NHKの連続テレビ小説「あまちゃん」などに携ってきた吉田照幸。

あらすじ:大学の研究施設の違法生物兵器「K-55」が盗難に遭い、さらに国民を人質に身代金3億円を用意するよう脅迫メールが届く。残された時間は4日間、主任研究員の栗林和幸(阿部寛)はひそかに兵器を探索するという任務を依頼されるも、手掛かりはゼロ。そんな折、犯人死亡というまさかの事態にぼうぜんとしながらも大惨事を回避すべく、犯人の遺品をヒントに国内屈指の規模を誇るスキー場へと向かう。

<感想>これまで「プラチナデータ」「天空の蜂」など数多くの映画化作品がヒットを記録している人気作家・東野圭吾の小説を映画化。東野自身も足繁く通っているというスキー場を舞台にした小説。
脅迫犯によって事件が引き起こされる危険な生物兵器を探すサスペンスではあるが、タッチは非常に軽快で面白くコメディー色が強いドタバタ喜劇。「サラリーマンNEO」などを手掛けてきた吉田照幸監督は、原作にユーモラスさを加味して映画化しているようですね。

主人公栗林を演じている阿部ちゃんは、真面目でおちょこちょいで、愛すべきキャラクターなので、そこのところを上手く演じていました。栗林が研究所の所長の柄本さんから秘密裏に生物兵器を探すことという命令を下されて、隠し場所はどこかの雪山の木の下で、目印は幹にくくり付けられたテディベア。4日以内に見つけないと、容器が破損して化学物質が空気中に漏れ出して大惨事になるというのだ。レジャー感満載のスキー場で、一人で必死の形相で走り回っているわけ。

妻が亡くなり、一人息子との確執も解決しながら、一気に楽しめる爽快なる物語だろうと思ってましたが、自分の仕事の重大さを息子に話ていないし、親子関係の修復のために、スキー場へ学校まで休ませて連れて来るなんてね。
阿部ちゃんのへっぴり腰のスキーはお見事でした。今回はコメディなので、笑いの場面が多くて、スキー場で雪の穴に落ちてしまうシーンが2回もあって、普通に笑ってしまい、レスキューの大倉さんがまたかっこいいので、スノーモービルで助けに来てくれたのでほっとしました。
ロケ地の野沢温泉が舞台なので、大倉さんと大島の関係には、もどかしい恋愛要素も少しはありそうで、最後の方でそんな感じのシーンもあり、でもキスぐらいしても良かったかもね。

大島さんが9歳からやっているというスノーボードを披露して、滑走しながらのムロツヨシとのアクションシーンでは、怪しいスキーヤーのムロツヨシとスキー場でストックで闘うシーンが面白くて、後半でそのチャンバラシーンがムロツヨシの股間を一撃、スターウォーズの音楽をバックに、ユーチューブに上げられていたのも笑えましたね。
問題の生物兵器を探す阿部ちゃんは、スキーが下手くそでダメ、仕方なく大倉さんと大島さんにお願いして探してもらうのですが、ゲレンデの外の林の中には見つからず、クマのぬいぐるみは阿部ちゃんをバカにしていた小さい女の子が持っていた、ということがわかり、名古屋行きのバスを止めるのに大倉くんの奮闘ぶりが笑えた。

その生物兵器が、見つかったと連絡が入り、研究所の所長に電話して直ぐに取りに来るようにと。すると女事務員がその生物兵器を海外に売り飛ばす計画をしていて、ムロツヨシはその女事務員の弟で、姉から命令で野沢スキー場まで行って生物兵器を横取りして来いと頼まれたわけ。だから、夜にうちに所長に頼まれたと女事務員が車で取りに来たのに、阿部ちゃんが渡してしまった。海外逃亡を目論んでいた女事務員は、成田でその生物兵器が見つかって大変なことに。その瓶を開けたらみんなが死ぬと叫ぶ女。

違うんですよ、実は阿部ちゃんの息子が、その生物兵器をこっそりとウィーンナーと中身を取り換えていたんですから。父親は、手渡してしまったと後悔していたところに、息子からそんな大事なことをどうしてマスコミに公開しないのかと言われて、極秘裏に違法に開発した生物兵器の尻拭いを、反省してTV公開することになる。父親とのわだかまりも溶けて、親子仲良くなって良かったです。
それでも、Goproを使って撮影された本格スノー・アクション、若手俳優と個性派俳優にベテラン俳優まで揃って織りなす笑いと涙の群像劇でありました。
2016年劇場鑑賞作品・・・255映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング
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最高の花婿 ★★★

2016年11月25日 | DVD作品ーさ行
ヴェルヌイユ家の結婚狂騒曲(フランス映画祭2015)2016年3月19日公開
4人の娘たちの結婚相手は、みんな外国人!?こんなありえない家族に、果たして平和は訪れるの?
2014年のフランスで興行成績第1位の大ヒットを記録した痛快風刺コメディ。フランスの伝統的なカトリック教徒の家庭を舞台に、4人の娘たちが揃いも揃って異国の男たちと結婚してしまい、偏見や文化の違いから次々と諍いやトラブルが巻き起こるさまをコミカルに綴る。出演は両親役に「ミッション・クレオパトラ」のクリスチャン・クラヴィエと「ディディエ」のシャンタル・ロビー。監督は脚本家としても活躍するフィリップ・ドゥ・ショーヴロン。
あらすじ:フランスのロワール地方に暮らすクロード(クリスチャン・クラヴィエ)とマリー(シャンタル・ロビー)のヴェルヌイユ夫妻。敬虔なカトリック教徒の2人は、三女の結婚式にもどこか浮かぬ顔。というのも、長女と次女の花婿がアラブ人とユダヤ人で、今度は中国人。決して差別主義者ではないものの、娘の結婚式をカトリックの教会で挙げるというマリーの夢もいまだ叶わぬまま。そんな夫妻にとって、いまや最後の砦となった末娘ロールがついに結婚することに。彼女によると相手はなんとカトリック教徒。それを聞いた夫妻は大喜び。ところがいざ挨拶にやってきた婚約者シャルルは、コートジボワール生まれの黒人だった。これにはクロードばかりか3人の婿たちまでが猛反対するのだったが…。

<感想>多様な人種が混在するフランスを背景に、4姉妹の結婚をめぐる騒動を映し出している。「なんでこうなっちゃうの?」を意味するフランス語の原題どおりのコメディーです。
フランスの白人中流家庭。一家の四人の娘たちが、それぞれアフリカ人、中国人にアラブ人、ユダヤ人など異なる人種の男たちに恋して、結婚式をあげるハメになり、両親はあわてふためく様を面白おかしく喜劇スタイルで描いている。

最初のユダヤ教の婿殿の子供の割礼ネタで、孫の割礼した皮膚を庭の木の下に埋めるという習わしに、庭のないアパート暮らしのユダヤ人の婿殿は、両親の庭に埋めてくれと頼むも、庭で穴を掘っていると、飼っている犬がそこに来て孫の割礼した皮膚を、食べてしまうというハプニングも面白い。

その後は、娘の母親の鬱病に、熟年離婚、文化の違いや、宗教や食べ物など、それに言葉の壁は共通のテーマですが、今作ではフランス語でみな通じるので、娘や花婿や相手の親たちが出会っての会話が、飛び切りはずんでおかしくて楽しめます。

娘たちはそのことにまったくこだわらずに平然としているのに、意地になって見栄を張ったりするのは男たち、婿殿の方である。むしろ多国籍・多人種の方が、今後あるべき家族かもと思えてくるから不思議だ。

末娘には同じカトリック系の婿どのを期待する両親だったが、彼女が選んだのは、同じ宗教を持つ黒人青年だった。両親はフランス人の男を末娘の相手にと、家に招待したのだが、それが背が低いしブス男でがっかりした。

それに、ラストの方で、アフリカから両親が飛んで来て、フランス人の嫁の両親と対面するのだが、母親の方は何とか宗教が同じで教会へいき意気投合する。
ですが、問題は父親同士で、話し合おうとはせずに、娘の父親は釣りに行き末娘の婿殿や父親とも会おうとしないのだ。挙句に両親の離婚騒ぎが勃発して、末娘は結婚を止めようかと悩む。

本国のフランスでは、1200万人が見たというから驚いた。フランスの観客が求めていた語りの形式がここにあったと想像するしかないのだけれど、どれだけベタでご都合主義であろうとも、異人種・異文化という決して容易くないテーマを、このようにした作品に観客が駆けつけて劇場で共に笑い声をあげるということに意味があると思う。
2015年にフランスで不幸なテロ事件があったが、それを思うと、家族的なユートピアで、多様性を語る理想の限界も感じるのだが、とはいえ、異質なる者への意識が低い日本人としては、おおいに勉強になりました。
2016年DVD鑑賞作品・・・64映画(アクション・アドベンチャー) ブログランキング
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