パピとママ映画のblog

最新劇場公開映画の鑑賞、未公開DVD、お気に入り自己所有のビデオ・DVDの感想などネタバレ有りで記録しています。

スクランブル★★★・5

2017年09月26日 | アクション映画ーサ行
『ロンゲスト・ライド』などのスコット・イーストウッドを主演に迎えたクライムアクション。高級クラシックカー専門の強盗団が、フェラーリの強奪に挑むさまを描く。『96時間』などの監督ピエール・モレルが製作、『ワイルド・スピードX2』のマイケル・ブラントとデレク・ハースが脚本を担当し、テレビシリーズ「ARROW/アロー」などのアントニオ・ネグレが監督を務める。盗みのプロたちによる巧妙な強奪計画、高級クラシックカーの数々に目を奪われる。

<感想>高額な芸術品の、クラシックカーを盗むということから始まる、二人の脚本家『ワイルド・スピードX2』マイケル・ブラントとデレク・ハースの、アイデアが良かった。この作品でギャングが所有する本物とレプリカの入り混じったコレクション映像には驚嘆した。

そして、主人公のスコット・イーストウッドとフレディ・ソープの、義兄弟のやり取りは面白く、その車を盗む新しいヒーローであり、スコットは「ワイルド・スピード」シリーズの前作ではマッチョな男たちの陰で、霞んで見えたが、今度は美人で一流ハッカー恋人アナ・デ・アルマスに、指名手配中の天才美人スリ女や、爆弾オタクの男らを招集し、風変わりな出てくるキャラも濃い人ばかりを集めている。

物語は、「アル・カポネが銃撃用に改造した車だ」などと、ひと目でその車の伝説を語る膨大な知識を持ち、兄のアンドリュー(スコット・イーストウッド)は頭脳、弟のギャレット(フレディ・ソープ)はメカニックを担当──。それが高級クラシックカー専門の世界一の強盗団、フォスター兄弟だ。彼らにとって、どんな盗みも成功させるのは当たり前。大事なのは、誰も思いつかない〈驚愕の手口〉で、いかに美しく完璧に盗むかだ。

今回もオークション会場から搬出された世界に2台の37年型ブガッティを奪うはずだった。しかし、落札したのが残忍なマフィアのモリエールだったために、兄弟は囚われの身に。
命が助かる条件は、敵対するマフィアのクレンプが所有する62年型フェラーリ 250GTOを1週間で盗むこと。アンドリューの恋人で一流ハッカーのステファニー、指名手配中の天才スリの美女、火薬を自在に操る爆弾オタクら寄せ集めチームで、犯罪史上最大の強奪作戦に挑むはずが、インターポールに追われ、ステファニーを人質に取られ、挙句の果てにはクレンプに計画を知られてしまう。だが、実はピンチさえも兄弟の〈計画〉だったとは?結局インターポールも偽物でモリエールの車を奪い去ってフェリーで逃亡する。エッフェル塔の前で次の計画を話しながらエンドになる。

この手の作品の最高峰として、「ワイルドスピード」シリーズが君臨しており、スケール面で叶うわけがない。その二番煎じ感が残念なんだけど、クラシックカーをガンガン登場させてやるという、アイデアはグッドである。それに、力量が不安定に見えていた出演者たちも、魅力を発揮してくる辺りから面白くなってきた。

車泥棒な話だけど容赦なく次々と人を殺しちゃうし、ハッカー恋人のアナ・デ・アルマスが誘拐され人質にされるし、車も盗みたいし、恋人も助けたいしと、膨大なクラシックカー(殆どがフェラーリ)をフェリーに乗せて、パリまで運ぶという計画が最高でした。

ですが、あまりにも車のフェラーリが貴重すぎて、猛スピードでぶっ飛ばすことも、クラッシュもできずに、「くれぐれも傷をつけないように運転を」なんてことを言われているのだろう。
それでも、カーチェイスの聖地である南仏の風景が飛び切り魅力的で、ロケ地の特徴は人間同士のチェイスシーンでも活用されているのも最高。あくまでもレア車鑑賞ムービーとして楽しんで下さいませ。
2017年劇場鑑賞作品・・・218アクション・アドベンチャーランキング
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スイス・アーミー・マン★★★

2017年09月25日 | アクション映画ーサ行
「ハリー・ポッター」シリーズのダニエル・ラドクリフが無人島に漂着した腐りかけの死体を怪演し、遭難していた青年の心の友となるばかりか、“スイス・アーミー・ナイフ”ばりに様々な場面で役立ち、彼の過酷なサバイバルを助けていく奇想天外アドベンチャー・コメディ。遭難した青年ハンクには「ラブ&マーシー 終わらないメロディー」のポール・ダノ。監督はミュージック・ビデオ畑出身で、これが劇場用の長編デビューとなる監督コンビ、ダニエル・シュナイナート&ダニエル・クワン。昨年のサンダンス映画祭では最優秀監督賞を受賞した。

あらすじ:無人島で遭難し、死を覚悟していた青年ハンク。そんな彼の前に男の死体が流れ着く。死体からはガスが吹き出しており、思い切ってまたがってみると、まるでジェットスキーのように勢いよく海面を滑り出した。死体はその後も驚くほどの多機能ぶりで、追い詰められたハンクの窮地を救っていく。やがて過酷なサバイバルの中で、2人のあいだには確かな友情が芽生えていくのだったが…。

<感想>遭難した男が救ったのは、“便利な死体”だった?・・・奇想天外な発想で語られる青春のサバイバル・コメディー。主演ハンクには「グランドフィナーレ」のポール・ダノ。前代未聞の“死体”役には、「ハリー・ポッター」のダニエル・ラドクリフが、それに、「10クローバーフィールド・レーン」のメーリー・エリザベス・ウィンステッドが絡む。

アイデア勝負のブラック・ヒューマン・コメディのようにもとれる。スイス・アーミーマンとは生き返った死体、つまり一種のゾンビ映画でもあり、描写は悪趣味スレスレってところだが、不思議な爽やかさがあるのだ。無人島に漂流したハンクが、孤独のあまり首つり自殺を試みるも、死ねない。その時浜辺に打ち上げられたのが、ラドクリフの死体だった。で、その腐乱死体から発するガスで、浮力と推進力をかんがえることを思いつき、死体を操って島を脱出するわけ。

それに、この死体のガスは、実際にジェットスキーなみに海を走り陸に辿り着く。スイス・アーミー・ナイフをもじっての「スイス・アーミー・マン」というタイトルだが、ラドクリフが演じる「死体」は、数々の機能を持った「万能死体」という設定。

体内のガスを利用してジェットスキーになったかと思えば、弾丸を発射したり、死後硬直を利用して腕で丸太をへし折ったりするなど、ガスバーナーの役目も果たし焚火もつけるしで、過酷な状況を生き抜くサバイバル・ツールとして大活躍。言葉も発して主人公とコミュニケーションも図るなど……謎もいっぱい!
蘇った死体に名前を「メニー」と付けて、雨水をお腹の中に溜めこんでいたので、水道の代わりになったり、シャワーにもなる意外と便利なことに気が付く。

その死体のメニーは、ハンクと行動を共にするうちに、次第に人間性を見せるようになり、ハンクはメニーを友達として扱い一緒に故郷へ帰ろうと誘うのだが。森の中で二人はハンクがバスの中を作って、ハンクが恋焦がれたの恋人のサラのように、ハンクが女装をしてメニーには、自分になってもらう芝居ごっこだ。

それが、まるで「イントゥ・ザ・ワイルド」のような感じ、つまりハンクが森の中で彷徨い、飢餓状態になり記憶が遠くなること。映画が進むにつれ、これは「孤独」に関する寓話なのではないかと分かって来る。

そこで、家を見つけて声をかけると、そこにはあのサラが、子供を産んで幸せに暮らしている。サラが警察へ連絡をして、そしてメニーの死体は、身元不明で身寄りのないことが分ると、ハンクはメニーのことを思い海に連れて行こうとする。

その死体との友情物語であることが分るのだが、残念ながらその面白さが伝わってこない。しつこいギャグと下ネタの繰り返しに辟易してくるのだ。
タイトル表示では死体の、ダニエル・ラドクリフがトップになっているが、主役はあくまでポール・ダノの方だろう。ですが、死体を相手に全篇一人芝居を見せきるには、チャップリンなみの力量が要求されるので、さすがにポールには荷が重いようであった。

2017年劇場鑑賞作品・・・217アクション・アドベンチャーランキング
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海底47m ★★★

2017年09月23日 | アクション映画ーカ行
水深47メートルの海に沈んだ檻の中で、人喰いザメの恐怖と対峙する姉妹の姿を描いたシチュエーションパニックスリラー。「塔の上のラプンツェル」で声優を務めたマンディ・ムーアと、テレビシリーズ「ヴァンパイア・ダイアリーズ」などで知られるクレア・ホルトが主人公姉妹を演じた。監督は「ストレージ24」のヨハネス・ロバーツ。

あらすじ:メキシコで休暇を過ごしていたリサとケイトの姉妹は、現地で知り合った男から、海に沈めた檻の中からサメを鑑賞する「シャークケイジダイビング」に誘われる。水深5メートルの檻の中からサメを間近に見て興奮する2人だったが、ワイヤーが切れて檻が一気に水深47メートルまで沈んでしまう。無線も届かず、ボンベに残された空気もわずかという極限状態の中、サメの餌食になる危険におびえながら、2人は生還を目指すが……。

<感想>シャーク・ケージ・ダイビングを題材にしている内容で、以前に観た「ロスト・バケーション」が海上でたった一人というシチュエーションだったのに対し、本作は真っ暗な海底で姉妹が二人で、迫りくる危機は、サメ以外にも、酸素欠乏、潜水病、窒素酔いなど、バラエティーに富んだピンチの連打で飽きさせず、心が休まるヒマがないという。余りお金を使わずに面白い映画を作る、上手い企画を考えたものだと思った。それにずいぶんと意地悪な話を考えたものだとも思った。こちらも、被害に遭うのは女性2人ですからね。
でも、気になったのが、遭難後の姉妹の声がダダ洩れ状態な勢いで、ずっと喋りっぱなしでいること。それで、ボンベの酸素がなくなるんじゃないかと心配し、ボンベの替えも頼むと落としてくれるのだが、簡単にボンベ取り換えをするところも、普通はそんなに容易く出来ないのではないかと?・・・映画で用意をしたサスペンスとは関係のないところでハラハラした。

きっと、真っ暗な海の底で、セリフがないと観客に状況が伝わらないと考えてのことだろうと、画面で見て分かることを、わざわざセリフで口にして言わなくても、それにしても、監督はダイビングに詳しいらしく、酸素の温存や、急な浮上で潜水病を招くことなど、次々と危険な課題を映像化して見せている。それに応えるケイトのクレア・ホルトもガンバルのですが、暗くて広い海が密室となり、観客は観ていて疲れ果ててしまうのだ。
陽気で軽い感じのクレア・ホルトが、失恋をして陰気な姉のマンディ・ムーアを慰めるためにと、メキシコ旅行に誘ったまでは、まともな話なのだが、サメ見物のために一見してワイヤが老朽化して、危なっかしいケージに乗り込むあたりから、予想通りの展開であり、娘たちに災難が襲い掛かるという。

まぁ、気合を入れて泳げばなんとか助かるかも。そんな希望を観ている観客に抱かせる“海底47m”という状況設定は良かったと思う。それに、ダイビング業者が、装備的にも人格的にも信用できないように描くことで、スリルを盛り上げており、暗い海の中で無線だけが頼り。この無線のやりとりで表情が良く分からないし、声で、セリフで喋るしかない。だからこいつらの動きにはサメ以上にハラハラさせられる。
スタジオのプールでも使っているのだろうが、ほぼ全編に渡って水中シーンという根性にも敬礼したくなる。妹のケイトもケージの外へ出て、無線機が使える水深40mまで泳ぎ、サメに襲われ太ももを怪我をしておびただしい血が流れ、それによってサメが集まってくる恐怖。

ラスト近くで、真っ暗な海の中で、何とか船から降ろしたワイヤーをケージに付けて、引き上げてもらうが、35m、34m、33mと少しずつ上がっていくのだけれども、重さに耐えきれずロープがプツンと切れてしまい、また落ちてゆく恐怖。それに、リサがケージが落ちた時に足を挟んでしまうこと。

そして、ケージから脱出して上へ上がる時に、発煙筒の明かりで目の前にサメの大群の恐怖とか、タンクを外して姉妹が抱き合い上昇する時に、海面に浮かび浮輪に捕まり引き上げてもらうのだが、リサの足に食いつくサメ、姉があっと言う間に海の中へと沈んでいく恐怖。
もう一つの終わり方が、ケージの中で足を挟まったリサ、酸素の残量も少なくなり、湾岸警備隊が救助に来ると言っていたが、10分間、いや2,30分間くらい、長く感じるよね、気が遠くなり意識が朦朧となる瞬間に、救助が来て連れて行くシーンで終わる。きっと、窒素が脳の中に入ったのかもしれない。それに、妹はサメに襲われて死んだのかも。
ラストが、気弱な姉のリサの成長を見せつけて置いて、それを完全に活かせずに終わったのが残念でした。
2017年劇場鑑賞作品・・・216アクション・アドベンチャーランキング
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フィフティ・シェイズ・ダーカー★★

2017年09月21日 | アクション映画ーハ行
世界中の女性を虜にした一大ベストセラーを映画化した官能ラブ・ロマンスの第2弾。主演は引き続きジェイミー・ドーナンとダコタ・ジョンソン。監督は「コンフィデンス」「パーフェクト・ストレンジャー」のジェームズ・フォーリー。復縁したアナとグレイの禁断の愛の行方と新たな試練を描く。
あらすじ:巨大企業の若きCEOクリスチャン・グレイに見初められ、一度は恋に落ちた女子大生のアナ・スティール。しかしグレイの倒錯した愛を受け止めきれず、彼のもとを去ってしまう。やがて大学を卒業し、念願だった出版社に就職するも、グレイのことが忘れられず涙に暮れる日々。一方グレイもまた、いままでの女性には抱くことのなかった初めての感情に戸惑いを覚えていた。そしてグレイの“戻ってきて欲しい”との懇願に、アナは“ルールと秘密のない関係”を条件にこれを受け入れる。こうして再びヨリを戻したアナとグレイだったが…。

<感想>地方でもやっと上映されました。エロ映画というよりも、主人公のダコタ・ジョンソンが綺麗で可愛いので、それに大富豪というジェイミー・ドーナンに見初められて恋愛をするも、彼がSMプレイのド変態でとても相手は出来ないと分かれてしまうのが、1作目。

今回は、クリスチャン・グレイの貧乏な幼少時代とか、金持ちの家に養子に貰われ、養母に貫禄のあるマーシャ・ゲイハーデンが、どうやら金持ちなので子供の養育係として、グレイをSMの世界に引き込んだ女性エレナ役で「L.A.コンフィデンシャル」のキム・ベイシンガーが新たに参加している。パーティの席では、アナに別れなさいと忠告をする嫌味なオバサン、美容整形に失敗でもしたかのような顔に驚いた。

その他にも、義理の妹がいて、クリスチャン・グレイが以前、従僕としてアナと同じSMプレイをしていた女性で、「ネオン・デーモン」に出ていたモデルのベラ・ヒースコートが、まるで幽霊のように現れ、付き纏い、最後には、まだ私の彼だと言わんばかりに拳銃でアナを殺すようなシーンもある。


とにかく今回は、アナが私と付き合うならとクリスチャンに条件を出すのだ。それでも、2人は本当に愛し合っているから、彼が変態SMプレイさえしなければ上手くいくのにね。

それでも、今回はクリスチャンもアナを手放したくないのか、自分の性癖を改めて絶対に無理強いはしないと約束する。だから、二人で食事に、パーティにも行き楽しそうですね。

セックスの方も、アナの約束を守って紳士ふうに優しくしてくれるクリスチャン。だから関係が上手くいき、結婚を申し込むクリスチャン。すると、彼のマンションへ行く途中で、怪しげな青白い若い女性が立っている。

それに、部屋の中まで入り込み、アナに危険が迫るのだ。クリスチャンが気づいてくれたからいいものを、危うく殺されそうになる。彼女は以前従僕として付き合っていた女性で、飽きたのか別れてしまったようで、彼女は未練たっぷりで、次の女のアナを見つけて、暗殺を企てたというわけ。彼女は精神病院へ入れたというが。

相変わらず、クリスチャンは自分好みに服装もこれを着てと、強引な男に変わりはない。それでも高価なドレスは持っていないので、パーティへ行くときは仕方なく着るしかないのだ。ダコタ・ジョンソンはスタイル抜群で、ドレスが似合うから女性から観ても素晴らしい。

でも、相変わらずクリスチャンのド変態は治っておらず、ノーパンでエレベーターの中で、二人だけではないのに、混んでいる中でアナをお触りするHな彼に戸惑いを隠せないアナ。

ですが、働き始めたアナの上司ジャック(エリック・ジョンソン)が、秘書のアナにベタ惚れ状態で、目つきが鋭くていつかきっと、彼女を落としてやるとばかりに口が上手いのだ。誘いを断るも、どうしてだとしつこく付き纏い、そこへクリスチャンが現れて「俺の女に何をする」と喧嘩腰になり、これでは、アナが明日から仕事にこれなくなってしまうと。

すると、巨大企業の若きCEOクリスチャン・グレイは、自分の友人にその上司を首にしてくれと頼むのだ。そして、代わりにアナが編集長になってしまうとは。それを知った上司は、それからアナとクリスチャンに付き纏い、クリスチャンの誕生日パーティにも潜入して、家族写真を写メして、最後にはこれから何か起きるような、そんな感じがありありなシーンで終わる。続編もありなようですね。
2017年劇場鑑賞作品・・・215アクション・アドベンチャーランキング
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ありがとう、トニ・エルドマン★★★★

2017年09月20日 | アクション映画ーア行
アカデミー賞外国語映画賞ノミネートをはじめ2016年度の映画賞レースを席巻した異色のコメディ・ドラマ。仕事一筋のキャリアウーマンが、悪ふざけが好きな父の突然の訪問に当惑し、神出鬼没な父の奇っ怪なイタズラの数々にイライラさせられながらも、いつしか忘れていた心の潤いを取り戻していくさまを個性あふれる筆致で描き出していく。主演はペーター・ジモニシェックとザンドラ・ヒュラー。監督は「恋愛社会学のススメ」のマーレン・アデ。

あらすじ:ドイツに暮らす悪ふざけが大好きな初老の男性ヴィンフリートは、ルーマニアのブカレストでコンサルタント会社に勤める娘イネスのもとをサプライズ訪問する。大きな仕事を任され、忙しく働くイネスは、連絡もなくいきなり現われた父を持て余し、ぎくしゃくしたまま数日間をどうにかやり過ごす。ようやく帰国してくれたとホッとしたのも束の間、父は変なカツラを被って“トニ・エルドマン”という別人を名乗って再登場。そして、イネスの行く先々に神出鬼没に現われては、バカバカしい悪ふざけを繰り返して彼女の神経を逆なでしてしまうのだったが…。

<感想>変装、オナラ…こんなパパはいやだ! 笑いと涙溢れる父娘の物語。ダサくて不格好な父親というものは、娘にとっては迷惑この上ない。友人や仕事関係者には絶対に見せたくない。ひた隠しにしてきた自分の恥部を匂わせてしまう。「あのお父さんだから貴方はこうなったのね」という不本意な想像を掻き立てるに違いないのだから。恐ろしいことだ。
だから、本作品で描かれた世界はホラーであり、最高に面白いコメディでもあるのだから。元音楽教師のヴィンフリートは、メタボな身体に無精ヒゲ。ボサボサな白髪頭の上に、イタい級の悪ふざけが大好きな父親。

娘は世界を股にかけ活躍する、経営コンサルタントの美人キャリアウーマン。こういう組み合わせの父と娘は無数に存在していると思う。実は、我が父親もそうだった。ヴィンフリートほどではないが、職場にはきていないが、仕事で出張だと聞けば、会社の支店長へ電話をして「若い娘にそんなキツイ仕事をさせるな」と苦言を申し立て、結局私は会社を辞めざるを得なかった。それに、結婚すれば、1週間に1度は新婚のアパートへ泊まりに来て、自分の家みたいにくつろいでいる。これには、夫が私に迷惑だといい、喧嘩になってしまった。
さて、こちらは娘が帰省したさいに和やかな数時間を共に過ごすくらいが、害のない範囲だろう。ですがこの父は、キリキリとビジネスに邁進する娘が心配で、彼女が働く異国の地にまで赴いてしまうのである。

ラフな格好で大使館のレセプションに同行する父に、娘の仕事はよく分からないが、取引が難航して気落ちしている様子は敏感に感じる。ぎくしゃくした関係は始終変わらないが、父親の滞在期間が終わり帰路に着く朝に、娘は涙するのだ。この何とも言えない感情は、近親増悪と揺るぎない愛情のせめぎあい、と言うべきか。

人間は美しいものだ、と思ったら騙された。なんと父ヴィンフリートはその後、別人格トニ・エルドマンとして娘に付き纏い始めるわけ。不気味な入れ歯と変なカツラを付けて、神石のコーチングだとか、ドイツ大使だとか適当なことを言って、彼女の女子会やビジネスの場に乱入する。まさに神出鬼没で、トニが登場するたびに「また出た!」と笑っていいものか、怖がるべきなのか、微妙な緊張が走るのだ。

ドイツ的なユーモアと言っていいのかどうかわからないが、これって笑うところなの、といちいち脳内で納得してからやっと、笑え感じに慣れてきた。
けれども、同時に眼光鋭い娘の殻が少しずつ砕けてゆく様子が面白いのだ。父のオルガン伴奏で無理やり歌わされる時も、最後は吹っ切れたような熱唱に変わって、感動すら与えるのだ。

自分の誕生パーティで、ドレスのファスナーが上がらずに、全裸パーティに変えてしまうところなど、可愛くて爆笑してしまった。その直後に怪しいぬいぐるみの登場には、爆笑と感涙が待ち構えている。やはりこれがクライマックスだろう。

抱擁しあう二人の姿には、意味とか理性を超えてひたすら泣けてしまった。ユーモアで観る者を煙に巻きながら「大切なことは、その瞬間には分からない」と言う、誰でも思い当たるような痛みを誘うのだから。子供時代の純粋さを、ふと思い出してしまった。上映時間が162分が全然長く感じなかった。

2017年劇場鑑賞作品・・・214アクション・アドベンチャーランキング
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素敵な遺産相続★★★

2017年09月20日 | アクション映画ーサ行
オスカー女優のシャーリー・マクレーンとジェシカ・ラングが共演した人生賛歌。夫を亡くした主人公が思わぬお金を手にし、親友と2人で旅行に出掛けるさまを生き生きと映す。『ゴースト/ニューヨークの幻』などのデミ・ムーアが母を案じる娘を演じ、「海賊じいちゃんの贈りもの」(15)などのビリー・コノリーがミステリアスな紳士を好演。自分らしく生きようとする女性たちの姿に元気が出る。
あらすじ:夫を亡くしてふさぎ込んでいる元教師のエヴァ(シャーリー・マクレーン)を、長年の親友マディ(ジェシカ・ラング)が元気づけていた。ある日、エヴァは夫の保険金5万ドルを受け取るはずだったが、保険会社のミスで500万ドルもの大金が入金される。マディは返金しようとするエヴァを引き止め、スペインのカナリア諸島へのバカンスを持ち掛ける。

<感想>いつもなら爺さんたちが集まってアクションをする映画が主流ですが、今回はお婆ちゃん二人、それもオスカー女優のシャーリー・マクレーンとジェシカ・ラング競演のハートフルコメディ。元教師のエヴァのシャーリー・マクレーンと親友のマディーにジェシカ・ラングが扮しており、お葬式のシーンから始まります。
お墓の前でお祈りの後に、みんなで花を投げてお別れを、その後が家族や友人たちとの忍ぶ会みたいな、パーティが開かれます。日本でいうと、告別式の後の法要食事会みたいな感じですね。

そこで、娘のデミー・ムーアが出て来て、余りにも老けてしまって驚きました。それに反して、80歳を超えたシャーリーと67歳のジェシカの女優さんの方が数段綺麗で、美にお金をかけているみたいですね。

夫の生命保険が5万ドルでは、今住んでいる家を処分して老人ホームへ入れようとする娘の考えには、私も老人になったらそうなるのかと考えてしまいましたね。きっと、独りで田舎一軒家で老後を過ごす方がいいなぁ、なんて想像してしまいました。
で、その保険をどのように頂くのか保険会社へ電話をかけたら、音声ガイダンスで、さんざん待たされたあげくに初めのガイダンスの所へと戻ってしまいます。日本でもそういう経験がある私、何度もその会社へ電話をして、結局は最寄りの保険会社へ出向きましたね。老人にはそれが一番手っ取り早いかもです。
見ていてイライラしてしまい、あれだけ待たされた挙句に電話を切られたら、それも保険会社の方が間違って5万ドルを500万ドルと間違っていたのですし、保険証券も500万ドルに書いてあったようです。だから、5億の小切手をそのまま銀行へと2人で行き、全額引き出しをお願いします。

その時だって、保険会社に問い合わせをすると思うんですよね、それがどういうわけか、500万ドル引き出せたわけ。しかし、銀行内の挙動不審の二人に笑わせてもらいましたよ。確かに、間違っていることを認識して使い込んでしまうのは罪になるのでしょうが、この2人は何とかなるさとばかりに、北アフリカのリゾート地、スペイン領のカナリア諸島へバカンスにいくのですが、ファーストクラスで豪遊ですよね。ホテルも一流ホテルのスイートルームでしょう。何でそんな遠くへ行くのかなぁ、私だったら、ヨーロッパ一周するのにね。

お金がたくさん入ると、心もウキウキ豪遊したくなるもので、後先考えずに高級洋品店で洋服やバックに靴をたくさん買い込んで、毎日取っかえ引っかえで、頭も美容院で綺麗にして、どうみても有閑マダムぽい感じで、プールサイド呑気にしていると、そこへ金持ち風の老紳士のビリー・コノリーが声をかけてディナーでもどうかと誘って来るし、カジノでルーレットにバカラと、ジェシカは掏ってんテンになってしまうし、こちらのシャーリーは付きが回ってきたのか、40万ドル以上儲けてしまう。

老紳士のビリー・コノリー、もしかしてと怪しんだら詐欺師だったという。それでも、シャーリーが、年齢的にはどうってことないのか分かりませんが、そのビリーとベッドインまでやってのけるんですから。それに盗まれたのが、カジノで儲けた44万ドルのチップだったと思う。

ですが、保険会社の方もやっと間違って保険金を支払ってしまったことが分り、その495万ドルの保険金を返済してもらおうと、定年間近のヴェスプッチ(ハワード・ヘスマン)に白羽の矢が当てられ、仕方なく回収へとカナリア諸島へと、娘のデミー・ムーアも一緒に行くことに。

いや、若い女優さんのベッドシーンだったら観ていてもどうってことないのに、こうも歳をいっているとつい、がっかりしてしまう。でも、マディーは、夫は浮気をしているし、自分は病気で余命半年宣告を受けているからね。マディーのジェシカも、負けじと若いイケメン青年をゲットして、ベッドシーン頑張りました。青年が腰や首、ギブスをはめて気の毒なくらいになっているのが笑えた。
やっぱり、老男性俳優のベッドシーンは何てことないないが、女性はちょっとキツイし、下ネタはどうも控えた方がいいと思った。
エヴァとマディが、カジノで儲けた金を取り戻すべく、スペインのマフィアのカルロスのところへ行くのだが、門番のカルロスの弟が機関銃で撃って来るし、ボスのカルロスは年甲斐もなく、若い妻と赤ん坊がいて、持て余している感じで、妻は勝気な性格で赤ん坊を夫任せで、門番の弟と不倫をしているし。

最後は、どうにかボスのカルロスが、アメリカへ留学した時の先生が、エヴァであったことで、お金は全額返金してもらった。そして、マディとイケメン青年の結婚式へ参列するエヴァと保険会社の職員ヴェスプッチと娘のデミ・ムーア。どういうわけか、保険会社の職員ヴェスプッチとエヴァがいい関係になっているのに、驚きましたね。日本ではあり得ないお話なので、ハリウッド映画だからこれも良しと楽しみました。
2017年劇場鑑賞作品・・・213アクション・アドベンチャーランキング

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奥田民生になりたいボーイと出会う男すべて狂わせるガール★★★

2017年09月18日 | アクション映画ーア行
渋谷直角の同名マンガを「モテキ」「バクマン。」の大根仁監督が、主演に妻夫木聡と水原希子を迎えて映画化したラブコメディ。奥田民生に憧れるうだつの上がらない雑誌編集者が、無自覚に男を狂わせる魔性の美女に振り回され、人生を狂わされていくさまを、奥田民生のヒット・ナンバーの数々とともにコミカルに描き出す。共演は松尾スズキ、新井浩文、安藤サクラ、リリー・フランキー、天海祐希。

<感想>人気漫画家でコラムニストの渋谷直角氏によるサブカル漫画「奥田民生になりたいボーイ・出会う男すべて狂わせるガール」を実写映画化したもの。映画の中ではコーロキの状況や感情、理想を代弁していた奥田民生の歌詞が、BGMとして流れてくるのは本作の醍醐味でしょう。

物語では、少年時代に歌番組で奥田民生の“カッコつけないカッコ良さ”に影響されて33歳の大人になったコーロキが、今でも自然体な大人を目指している。そんな彼が、念願のおしゃれライフスタイル雑誌「マレ」の編集部に異動となり、先輩のヨシズミ(新井浩文)から担当のクライアントを幾つか引き継ぐことに。

その一つであるブランド“ゴフィン&キング”の美人プレス、天海あかりに一目惚れしてしまう。彼女に気に入られたい気持ちが空回りしつつも、何とか挽回に成功したコーロキは、自分の熱い思いをぶつけて口説き落とし、あかりと付き合い始める。

尊敬する編集長の木下(松尾)からも期待をかけられて公私ともに上々なはずだったのに、気づけば自由奔放なあかりに翻弄されていたのだった。男を狂わせる魔性の女に、もがき苦しむコーロキの妻夫木くんの、三枚目ぶりの演技が滑稽でもあり、余りの演技の巧さに感心してしまった。

と言うよりも、天海あかりに一目惚れして、彼女を口説き落として有頂天になり、恋人にしてしまうのだが、編集の仕事は夜も昼もないくらい忙しい仕事なので、大好きな彼女のワガママに翻弄され、あかり好みの男になるために努力をするも、結局はフラれてしまうと言う物語。

演技が上手い妻夫木さんだから、雑誌編集者コーロキに成りきり演技で、ハマリ役なので難なく最後までスムーズに観れましたね。これまでにも男子が脳内で描く女の子の可愛さを、さまざまな女優を起用して描いてきた大根監督だが、本作でもそれは健在ですから。むしろ、水原希子が大根監督の心を、歴代の女優以上に鷲づかみにしてしまったのではないかと思うほど、彼女が持つ強烈なエネルギーが爆発し、パワーアップしているのだ。

魔性の美女・天海あかりには、水原希子さんが『モテキ』の100倍エロい演技を、可愛さとエロさが絶妙なキラキラ系の女子となって男たちを魅了する。水原希子さんが、そういった役をなんの躊躇なくやり遂げているのも可愛いし、キスシーンも多いし、ベッドシーンもありで、男性の方なら絶対に満足するエロイシーンもあるので期待して、お見逃しなく。そうそう、天海祐希があかりの事務所の社長で、ちょっとだけ出て来るのも良かった。
それに、天海あかりの衣装は毎シーン変わり、さすがにモデルだけあってどれも素敵で似合っている。もちろん奥田民生さんの楽曲もふんだんに使われていて、知らない人にも楽しめる、笑いがそこかしこに散りばめられて、コメディ映画としても受けます。

その他に、倖田シュウにリリー・フランキーさんが志村けんさんの物まねをして笑わせてくれるし、猫を飼っているライターの美上ゆうには安藤サクラさんが扮して、飼い猫がたくさんいるので毎日猫に振り回され、原稿が上がるのが遅いというか、猫次第という。それに、編集長の松尾スズキさんもあかりと付き合っていて、まさか天海あかりに耳をナメナメしてもらい、結婚を申し込む中年エロオヤジみたいな感じで、出て来るのも面白かった。

先輩のヨシズミもあかりの元恋人だったということを知るコーロギ。彼女に惚れた男たちは例外なくボロボロになるが、本人たちは幸せそうだからそれでいいのだろう。

しかし、本作のキーとなるのが、“力まないカッコイイ大人”の代表・奥田民生である。コーロキが「奥田民生ならどうするか」と考えて行動するも、その憧れは叶うどころか、あかりの圧倒的なパワーに敗北するわけ。

コーロキはどういうわけか、ラストで猫を飼っているライターの美上ゆうこと、安藤サクラと夫婦になっているような塩梅に唖然とさせられつつ、あかりは、外国人と仲良く腕を組んで楽しそうだし、そんな結末に、妄想男子は憧れへの悪酔いから醒めて大人になれたのだろう、その後味は結構苦いはずだと思う。
2017年劇場鑑賞作品・・・212アクション・アドベンチャーランキング
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エイリアン:コヴェナント★★★・5

2017年09月16日 | アクション映画ーア行
リドリー・スコット監督による「プロメテウス」の続編にして、79年製作のSF映画の金字塔「エイリアン」へと繋がるSFホラー。地球を後にした宇宙船コヴェナント号のクルーたちを待ち受ける驚愕の運命とエイリアン誕生の秘密を描き出す。主演はキャサリン・ウォーターストンとマイケル・ファスベンダー、共演にビリー・クラダップ、ダニー・マクブライド、デミアン・ビチル。

あらすじ:人類初の大規模移住計画により、新たな植民地となる惑星オリガエ-6を目指して2000人の入植者とともに地球を旅立った宇宙船コヴェナント号。船の管理は最新型アンドロイドのウォルターによって行われていた。ところが突然のアクシデントで、船長を含む数十人が命を落としてしまう。そしてその直後、コヴェナント号は謎の電波を受信する。

急遽、船長代理となったオラムは、亡くなった船長の妻で科学者のダニエルズの反対を押し切り、進路を変更して電波の発信元である惑星へと向かう。ダニエルズ、オラム、ウォルターらが調査隊として探索をしたところ、本来の目的地よりも遥かに地球の環境に近いことが分かってくる。ところが、そんな調査隊を、思いも寄らぬ事態が襲う。窮地に陥った一行の前に、かつてプロメテウス号に搭乗していた旧型アンドロイド、デヴィッドが姿を現わすのだったが…。

<感想>エイリアン誕生には隠された真実があった。宇宙最凶の生物エイリアンは何処から来たのか?、その進化の背後にはどんな秘密があったのか?、そして図らずも、この怪物に遭遇してしまった宇宙船コヴェナント号のクルーたちの運命は?。

舞台は第1作の20年前「エイリアン誕生」の秘密が明らかになる。「エイリアン」は未知の惑星LV-426に辿り着いた宇宙船ノストロモ号の悲劇を描いていたが、本作はその20年前のエピソードが描かれる。それにエイリアンの出自の謎が明らかになります。
その前に、本作は「プロメテウス」の続編でもあるので、今回の作品の根幹にも関わるテーマも含んでいるから、できれば見ておいた方がいいかもしれませんね。アンドロイド役のマイケル・ファスベンダーが、デヴィッドとウォルターの二体出て来るのも、前作を知らないと???のことになるから。

今回エイリアンと戦うのは宇宙船のコヴェナント号乗組員、ダニエルズに扮するキャサリン・ウォーターストンが、「ファンタスティック・ビーストと魔法使いの旅」に出ていた女優さん。ここでは、リプリーへのオマージュらしく、戦う女戦士のごとくタンクトップ姿で勇ましく、船長だった夫と死別したばかりだが、サバイバルの過程でタフな女になっていた。コールドスリープ中の船長のジェームズ・フランコが解凍できなくて焼け死ぬ。ちょっとだけの出番でした。

船長代理のオラムに扮したビリー・クラダップは、部下の信用を得られずに苛立ち荒れ狂う。最後はデヴィッドによって、エイリアンを体内に入れられてしまう。それに、乗って来た船も爆破によって燃えてしまう。

「プロメテウス」でアンドロイドのデヴィッドに扮したファスベンダーは、今回は新旧二役を演じて、最新型のアンドロイド、ウォルター役にも。コヴェナント号が着陸した惑星には、デヴィッドが君臨しているのだが、そこでいささかホモセクシュアルな雰囲気を漂わせながら、ウォルターと対峙し、「オジマンディアス」を口にする。それに、エイリアン誕生にも彼らは深く関係していく。

新旧アンドロイドを二役で演じたマイケル・ファスベンダーが、あまりにもソックリすぎているので、もしかして「入れ替わっている」って思う最後のオチが当たってしまったのがやはり残念。

コヴェナント号は謎の電波を受信するのだが、それがなんと20世紀の歌「カントリー・ロード」を歌う女性の声。しかも発信地は近くの惑星だということが判明し、調査にいくことになるわけ。どうみても怪しいと考えねばならないのにね。

そこはお約束の話で、降り立った調査員は、奇怪な生物に遭遇するわけ。エイリアンには似ているけれど、違う新種の種族。小さな胞子みたいな存在だが、人間の耳の中、喉の中へと入るとその中で成長し、体を食い破って出て来るところはエイリアンと同じ生態ですね。とにかくすばしっこいし、手ごわいのだ。

シリーズを通して登場するエイリアンも作品によって微妙な違いを見せてきていたが、ここでは、新種のエイリアン、ネオモーフが出現して大暴れをする。人間の胸から飛び出すチェストバスターとは異なり、この新種は背中を突き破っておぞましい姿を現すのだ。だから人体への寄生方法も異なるわけ。
しかし、その真相はあまりにも恐ろしい。また、これまでさまざまな形でエイリアンの怖さに直面させられてきたわけだが、今回はオリジナル版を初めて見た時の絶望感と恐怖に勝るとも劣らない壮絶な内容で、「究極のエイリアン譚がついに語られた」と言ってもいいようだ。

冒頭にて登場するデヴィッド、生命を吹き込まれた彼は椅子に座っており、目の前には山脈と湖とからなる自然の景観が広がっている。ウェイランド社のガイ・ピアースが、デヴィッドに何が見えると尋ねる。すると、彼は椅子とピアノ、左側の壁に掛けられてある絵画と次々と答えていく。これはどういうことなのか、大自然が目の前にあるのに、椅子もピアノも絵画も人間が造ったものである。彼には自分に近しいものしか目にはいらない。つまりは徹底的に人工物であるということなのだ。しかしデヴィッドにとって創造主=神の存在は知れている。披創造主である自分は創造主よりも偉いのではないかと。自分にとっての神々=人類の滅亡を暗示している。自分が神になる、人間たちを支配する王になるということだ。

このエイリアン、ネオモーフの群に襲われて絶体絶命のところを、この惑星にいた「プロメテウス」に出てきたデヴィッドに助けられる。マイケル・ファスベンダーの二役を演じ分けるのが凄い。それに、本家のエイリアンも登場するのだから。単純にモンスターが登場する宇宙SFホラーだと思えば、サスペンスフルな見せ場たっぷりの娯楽作品に仕上がっているのも楽しい。

特に、ヒロインのダニエルズに扮するキャサリンが大活躍をするシーン、ハラハラしながら観るのもこのシリーズならでは。

さらに旋律が走るエンディングでは、最も恐ろしいことが起きるのだが、人間が創造したアンドロイド。本作ではついにアンドロイドが主人公になる。しかし、彼がエイリアンのルーツを探る旅でどんな存在になるのか、本作はその序章にすぎない。

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アメイジング・ジャーニー 神の小屋より★★・5

2017年09月15日 | アクション映画ーア行
ウィリアム・ポール・ヤングのベストセラー小説を映像化した感動作。連続殺人犯に愛する者を奪われ、崩壊寸前の危機にあった家族に救いの手を差し伸べる3人組と父親の心の旅路を描写する。苦悩する主人公を『タイタン』シリーズなどのサム・ワーシントンが熱演。オスカー女優のオクタヴィア・スペンサーをはじめ、すみれ、アヴラハム・アヴィヴ・アラッシュらが共演している。

あらすじ:マック(サム・ワーシントン)は愛する妻と3人の子供たちに囲まれ、幸福に暮らしていた。ある日、キャンプ中に娘のミッシーが何者かによってさらわれてしまう。捜索から数時間が経過し、山の中にある荒廃した小屋で血にまみれた彼女のドレスが発見されるが、ミッシーの姿はどこにもなかった。その事件以来、マックは悲しみに打ちひしがれ……。

<感想>ウィリアム・ポール・ヤングの全米ベストセラー宗教小説『神の小屋』の映画化と言うので、物語は、一言でいうとキリスト教プロパガンダのごとき内容であります。サム・ワーシントン演じる主人公マックの、最愛の末娘ミッシーがキャンプで誘拐され、捜索から数時間後、廃れた山小屋で娘の血に染まったドレスが発見される。そこに残された証拠から、警察が追い続ける連続殺人犯の凶行であることは間違いなかったが、ミッシーの遺体が見つかることはなかった。

主人公を襲う試練の過酷さに反して、設定が幼稚すぎて学芸会レベルにがっかりした。だから、役者の使い方がもったいないですよね。不幸な事件で娘を失くし自暴自棄に陥っている男の魂の救済と、癒しを扱った涙と感動のベストセラーの映画化というキャッチフレーズだからなのかも。

確かに救済と癒しは描かれているが、製作者たちが意図した感動は、優れた映画が与える芸術的な感動とは別のものだろう。日本人だからなのか、不幸な人を見つけて、救いの手を差し伸べようと近づいて来る、新興宗教の持ついかがわしさのようなものを感じざるを得なかった。

山小屋のパートは、途中から別の映画が始まったのかと思うほどの驚きの展開と設定。もしも、このテーマを扱って真に魂の救済を目指すならば、聖書を一冊読み直した方がいいと思ったほど。

きっと、山小屋(神の小屋)へ誘ったのは、主人公のマックが幼い頃に母親を虐待する父を毒薬で殺したことを忘れているのでは、自分も人を殺しているのに、娘を殺した殺人鬼を「許してあげよ」と、導くために読んだのかも。

ところが、主人公が行く途中で交通事故に遭遇していることが映し出され、きっと自分も娘と同じ天国へいく途中だったのではないかと思った。だから山小屋で出てきた、神様という黒人のオクタヴィア・スペンサーを初めとし、日本人のすみれが流暢な英語で出演をし、ストーリー上で、重要なサラユー役でしっかりとセリフもあるし、中々の出来でした。彼女は妖精のような、交通事故で瀕死のマックを、娘のいる天国へと導く役目。

そこは、森の中に突然花園が現れ、別次元の世界観であり、娘もいるではないか。でも、一緒に帰ろうとマックが誘うも、ここに残るという娘の言葉に、自分は妻のいる家へ戻りたいと思うのだ。

それで、最後が、夢オチのような映像になって、娘を殺した犯人を許しなさいという、神の救済、教えがあるわけ。マックは、娘を見殺しにした神様を罵り罵倒する言葉を投げつける。

これは、やはり聖書を読まないと理解出来ないのではないかと。日本人ならば、あの小屋に現れた3人は、何だったのだろう?、神様、天使なのという疑問は最後まで残った。実話なのか、夢なのかも気になるところだ。
ですが、娘の誘拐事件の描写は、思いのほかショッキングで迫力があるので、そっちの方を上手く構成し直して描いた方が良かったのでは、と思ったが、そうなると、ホラー、サスペンス色が強くなってしまうからなのかも。

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あしたは最高のはじまり★★★

2017年09月14日 | アクション映画ーア行
『最強のふたり』などのオマール・シーを主演に迎え、突然父親になった男性の奮闘ぶりを描く感動作。メキシコの人気コメディ俳優エウヘニオ・デルベスが2013年に主演し、全米でもサプライズ・ヒットしたメキシコ映画「Instructions Not Included」をリメイク。監督は本作が長編2作目のユーゴ・ジェラン。遊び人の主人公がいきなり赤ん坊を押し付けられ、偶然知り合ったゲイの男性と子育てをする様子を映す。ワケありの母親を『ハートレス』などのクレマンス・ポエジーが好演。次第にベストパートナーとなっていく主人公と少女の姿が胸を打つ。
あらすじ:南仏コートダジュールの海辺の町で、観光ヨットの船長をしながらお気楽な毎日を送るプレイボーイのサミュエル(オマール・シー)は、毎日を楽しんでいた。ある日、彼の前にかつて関係を持ったクリスティン(クレマンス・ポエジー)が突然姿を現し、生後数か月の赤ん坊グロリアはサミュエルの実の娘だと爆弾発言。クリスティンは、娘を置いて行方をくらましてしまい……。

<感想>黒人のオマール・シーと白人のクレマンス・ポエジーのカップルから生まれた赤ん坊を、突然「あなたの子供よ」と置いて行かれる。その時は、タクシー代が無いので20ユーロ貸してと言われ、待てど暮らせどそのまま戻って来ない彼女。養母の母親からは「大人になれ」と説教されている男が、赤ん坊を押し付けられてさぁ大変!さて、どう育てるのかというのが、結構面白い展開でした。

赤ん坊を置いて行かれた男は、その女の住んでいるロンドンまで、赤ん坊を連れて向かうが、どうやらパスポートの住所には住んでいなかった。普通だったら、突然置いて行かれた赤ん坊を、遊び人の男だったら孤児院へでも頼むと思うのだが。

男親が、遊んだ不始末で赤ん坊を押し付けられ、育てて行く過程を物語っているが、独りじゃ育てられないに決まっている。ロンドンへ飛んで行き、地下鉄で途方に暮れていたサミュエルに一目惚れした、ゲイでTVプロデューサーのベルニーに救われ、スタントマンの仕事を紹介してもらった上、彼の部屋にも居候させてもらう。

こうしてベルニーの助けを借りながら、グロリアを育てていくサミュエル。娘を育てている話は、まだ1歳頃のグロリアが「パパ」と呼んでくれて嬉しいオマール・シーの顔が最高に輝いていた。

しかし、すぐに8歳に飛んでしまい大きくなるも何だかなぁ~、父親としても愛情が湧いて来て、学校にもあまり通わせていなかったらしいのだ。それは、サミュエルが娘が母親のことを思って、落ち込んだり悲しい気持ちにさせたくないがために、母親に成り代わって娘にメールを送り、イギリスのスパイ(諜報部員)をして世界中を飛び回っているので、忙しくて帰って来れないと嘘をつく。それに、仕事先やサーカスなどへ連れて行き、学業よりも遊び等を優先させるのも、限られた時間の中でグロリアとの思い出をたくさん作って置く為だと分かるのだが。

そこへ、本当の母親、あの赤ん坊を置いて行ったクリスティンが現れて、娘を返してと無理難題を言う。今更何を言っているのかと、怒ってしまうサミュエルに、親子鑑定をするから、裁判して親権争いをすると言うのだ。

その理屈が分からないのだ。どうして今更、それもNYに住んでいて、黒人の恋人もいて一緒に来ている。普通だったら、この反対で、男に捨てられて苦労をして立派に子供を育てている、母親が主役の物語がたくさんあるのに、その反対なので、1986年の3人の男たちが、家の前に捨てられた赤ん坊を育てるお話赤ちゃんに乾杯」を思い出してしまった。

我儘、勝手な女性が、8年間もの間一度も会いに来ないで、今更何をどうしろって言うのだ。実は、この母親のクリスティンが、父親をサミュエルじゃないと確信していたらしいのだ。裁判で血液が一致していなかったので、父親じゃないということで、グロリアは母親の元へと。

その後もまさかの展開となり、お涙頂戴となっていき、こんな物語じゃ、受けを狙いすぎじゃないのって。なんと理不尽なことを、8年間苦労して育てて、愛情も湧いて来て、やっと手がかからなくなったのに。ベルニー役を人生、ブラボー!」のアントワーヌ・ベルトランが熱演して好印象でした。
でも、ラストが良かった、やっぱり娘が父親を大好きで、母親だからってそういうことにはならなかったのが、良かった。勝敗は、父親の愛情に勝るものはないってことなのね。

2017年劇場鑑賞作品・・・209アクション・アドベンチャーランキング
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甘き人生★★★

2017年09月13日 | アクション映画ーア行
イタリア人ジャーナリスト、マッシモ・グラメッリーニのベストセラー自伝小説を「夜よ、こんにちは」「愛の勝利を ムッソリーニを愛した女」のマルコ・ベロッキオ監督が映画化。幼くして亡くした母への想いに囚われ続けた男が、運命の出会いをきっかけに、未来へと向かって歩み始める姿を、イタリアの激動の歴史を背景に描き出す。主演は「ローマに消えた男」「おとなの事情」のヴァレリオ・マスタンドレア、共演に「アーティスト」のベレニス・ベジョ。
あらすじ:1969年、トリノ。9歳のマッシモは、大好きだった優しく美しい母を突然失う。しかし母の死について周りの大人たちは言葉を濁し、そのあまりにも大きな喪失を、少年のマッシモは受け止めることができなかった。90年代のローマ。大人になり、ジャーナリストとして成功を収めたマッシモだったが、未だに母の喪失を乗り越えることができずにいた。そんな中、サラエボでの過酷な取材が原因でパニック障害を起こした彼は、駆け込んだ病院で、精神科医のエリーザと運命の出会いを果たすのだったが…。

<感想>幼いころの思い出として出て来る、母親の極端に躁鬱てきな描写が、彼女の死を色濃く匂わせるのだ。母親を亡くした男の異常なまでの、固執を描いているような作品ともとれる。生涯認めることのできなかった幼い日の、母親の死に想いをめぐらす。冒頭での、小さい息子とツイストダンスにこうじる母親の姿は、楽し気というよりも、なかば狂気じみて見え、どうしようもなく胸をざわつかせるものがある。幼少期の子供には、大人の事情を知る由もなく、母親の衝撃なる死を、大人たちが隠して「心臓麻痺」という病気で亡くなったと説明するばかり。

しかし、その時に、実際、一緒の場にいた少年には、母親に何が起こったのかの真相は知らされていなかったのだ。大きな男の声と、ドスンという音だけが耳に残る。この作品では「落下」と「ダンス」が、大きな意味を持っているということが分ります。

母親の葬儀の後、少年は父親の書斎のナポレオン像を窓から投げ捨てるし、立派な応接室では、少年がサッカーのリフティングをしていて、高そうな聖母が描かれた飾り皿に、サッカーボールを当ててしまい割ってしまうのだ。短時間で強烈な印象を残し、主人公の人生に長く影を落とすその真相を、そこはかとなく仄めかすこの描き方はさすがだと思った。

それに、大人になったマッシモが新聞記者となり、父親と再会するシーンがあるのですが、その背景として映し出されるのは、1940年代の全盛期に飛行機の「墜落」事故で監督と選手をいっきに失ったトリノFCの慰霊祭であります。

もちろんのこと、母親の葬儀の後に、マッシモの少年時代のサッカー場へ父親と一緒にいったことも、映し出されます。
母親の美しい美貌とスタイル、自分に接する優しい言葉に仕草は、男として理想の女性像として心の奥深くに残っているものなんですね。取材先の世界の各地で、目の当たりにするのは、数々の人の死にゆく衝撃的な光景であり、それが全て母親の死に執着してゆくという語り口には迫力がある。

しかし、「男はみんな死ぬまでマザコン」と言った、ある作家の言葉を思い出します。確かに、例えばイタリアを始めとするラテン系の国の男性は、比較的マザコンであり、母親への愛情が深いということが分りますね。

新聞記者である主人公が紙面で人生相談に答え、本人の思惑に反して大評判を呼んでしまい、戸惑うくだりがやるせない。物事はいつだって自分の思惑を裏切るのだから。
彼は母親の葬儀後、踊ることを封印する。だから、何処へ行っても、踊れないと拒否をしてしまう。ジャーナリストとして成功を収めたものの、いまだ心の傷がいえずにいたマッシモは、彼の苦悩を理解し、愛を与えてくれる女医のエリーザと出会う。

ところがそれが解放されるのが、精神科医エリーザのパーティーでのことだ。母親にどこか似ている彼女の微笑み、姿やダンスなど、そして、プールでの飛び込み台からのジャンプという「落下」の衝撃なことといったら。

今まで彼は、心を閉ざして生きていたのだが、母親と一緒に観たTVの映画の「怪人ベルフェゴール」の名を呼ぶことで、さまざまな障害を克服しようとしてきたはずなのに。そのことを初めてエリーザに告白できた。つまりは、母親の記憶に残っている「落下」「ダンス」が、女医エリーザと出会い、恋人のエリーザの力で初めて克服されるのであります。
60年代のトリノと90年代のローマを断片的なエピソードで往復しながら、主人公マッシモの、最愛の母を喪ったことで、深く傷つけられた心の行く末を描いていく。どうも、金持ちのお坊ちゃまとしての、マザコン的な部分が物語の中に織り込まれていて、自分の恋人も母親と見比べているような感じがしてならない。
2017年劇場鑑賞作品・・・208アクション・アドベンチャーランキング
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三度目の殺人★★★★

2017年09月11日 | アクション映画ーサ行
第66回カンヌ国際映画祭審査員賞受賞作『そして父になる』の福山雅治と是枝裕和監督が再び組んだ法廷サスペンス。死刑が確実視されている殺人犯の弁護を引き受けた弁護士が、犯人と交流するうちに動機に疑念を抱くようになり、真実を知ろうとするさまを描く。弁護士や検事への取材に加え、作品の設定通りに実施した模擬裁判で出てきたリアルな反応や言動などを脚本に反映。福山ふんする主人公が弁護を担当する殺人犯を、役所広司が演じる。
あらすじ:殺人の前科をもつ三隅(役所広司)が解雇された工場の社長の殺害容疑で起訴される。死刑が確実なその弁護を担当する重盛(福山雅治)はなんとか無期懲役にしようと事件を洗いなおすが、その過程で被害者の妻・美津江(斉藤由貴)から依頼されたとする供述が三隅から飛び出す始末。動機も二転、三転し、さらに被害者の娘・咲江(広瀬すず)のおぞましい秘密が暴露され、事件の真相は〈藪の中〉の様相を呈していく。

<感想>「そして父になる」から4年、新作「三度目の殺人」では、ある殺人事件の裁判に関わることになった人々の行動を描いている。再び主演を任された福山雅治が演じるのは、裁判で勝つことだけを念頭に立ち回るやり手の弁護士、重盛である。解雇された会社の社長を殺した三隅の弁護を引き受け、死刑を回避し、無期懲役を狙うのだが、肝心の三隅の証言が二転三転していく。

法廷劇がメインの脚本となっていると思ったが、クライマックスも裁判内での答弁に置いていたのに、接見室でのやりとりに重さを置いているようにみえた。その間、重盛と三隅の二人の関係が時に逆転したり、侵食したり、揺さぶられたり、揺さぶったりしているのが印象的である。接見を重ねるごとに、三隅を起点にして「こうじゃないか」と、重盛が思っていたことがどんどん揺らいでいく、そうなると三隅が本当に殺したのか、そこから揺らぐのだ。もし殺しているんだったら、どういう気持ちで、どうして殺人したのかもわからない。
安っぽい人間として、安い金と安い動機でやっちゃったとも思えるし、そんなことはない、すごく崇高なる信念をもって行動しているんだとも思えて来る。その三隅の起点に、周りにいる人たちもどんどん疑わしくなってくるんですね。それも是枝監督の狙いなのだろうか?・・・。作品そのものまで、役所広司が演じている殺人犯の手の平で、持て遊ばれているということに。つまり役所広司は、劇中の人物でありながら、作品の世界を乗っ取り、真実という白紙のカードを、観ているこちら側に投げつけるのだ。

広瀬すずちゃんが演じる被害者の娘の咲江、斎藤由貴さん演じる咲江の母親もそうだし、吉田鋼太郎さん演じる手練れの弁護士でさえ、いつもなら「またいい加減なことを」ですむことが、「こいつ、何か隠しているんじゃないか」と思えてきてしまう。対するフレッシュマンの満島真之介の配置もいいスパイスになっているし、彼れらに対する検事役の市川実日子も「シン・ゴジラ」で発掘されたクールな個性を改めて発揮して脇を締める。

広瀬すずも「怒り」のような分かりやすすぎる熱演や、ラブコメでのお約束の演技とは違って、抑制的な強い演技に天才感がアリアリだった。そして、広瀬の母親役の斎藤由貴の天然じみたダメさ加減と図々しさの演技。このキャリアにして「わからなさ」を温存する女優は貴重でありますから。

ここでは、役所広司が壮絶な凄味で怪演する殺人犯の三隅が、時や場所に応じて別人のような態度になり、証言をころころと変えることから、劇中で「空っぽの器」という形容が用いられている。しかし演出のレベルで、状況や環境、あるいは心境の変化を素直に映し出していく「空っぽの器」的な使い方をしているのは、むしろ福山雅治の方ではなかろうか?・・・。今作では、役所さんの演技の巧さが光っていた。

だが、是枝作品の福山雅治の場合、起点が完璧なのは同じだが、露骨に足りないものがどんどん暴かれ、ちっぽけな人間性が剥き出しになっていくキャラクターなのである。だから、役所広司が扮する、やたら濃いライバルを対比的に置いている。その脅威の人物に“薄い主人公”は翻弄され、影響を受け、次第に自己変容を来していくのである。
さてこう書くと息苦しい作品に取られるかもしれないが、実際の作品はサスペンスフルな面白さに満ちており、何よりも是枝監督の意図を汲んだ出演者たちが全面的に素晴らしい。実に適材適所で無駄もなく、人物全員が非常に鮮やかに記憶に残るのだ。

かつて、自分の第一の殺人を裁いた裁判長の父親からも、「獣のような人間」呼ばわりされ、今回の第二の殺人についても、不可解な証言を繰り返す主人公役の役所広司は、様々な作品で熱演を重ねてきたので、もはや新味を掘るのも難しいかと思いきや、今回の激しさを抑制しての演技は圧巻であり、接見室で福山雅治の弁護士と対峙する場面、ガラスに映り込んだ二人の顔が重なり合う「天国と地獄」のシークエンスの境地は、凄まじきものがあると感じました。

監督が、顔と顔が対峙する映画だと言い切れるのは、それぞれの俳優の眼力の強さも関係しているのだろう。接見の場でも裁判の場でも、それぞれの思惑が優先し、個人の感情は事件の背後に隠されてしまう。意識的に心情を表現しない術が取られ、事件は起きるし、時間の経過も描かれるが、登場人物たちの本音は決して明かされないのだ。
こうした絶妙な演技陣を取りそろえ、本作は上々の社会派サスペンスとしても楽しめるのも良かった。

2017年劇場鑑賞作品・・・207アクション・アドベンチャーランキング
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散歩する侵略者★★★★

2017年09月10日 | アクション映画ーサ行
気鋭の劇作家・前川知大率いる劇団イキウメの同名舞台劇を「岸辺の旅」「クリーピー 偽りの隣人」の黒沢清監督が映画化した異色SFドラマ。人々から“概念”を奪っていく謎の侵略者によって人類が滅亡の危機に直面していく中、夫が侵略者に乗っ取られた妻の戸惑いと夫婦が辿る予測不能の運命を描き出す。主演は長澤まさみと松田龍平、共演に長谷川博己、高杉真宙、恒松祐里。

あらすじ:日本海に面した小さな港町。ここに暮らす加瀬鳴海(長澤まさみ)のもとに、数日間行方不明となっていた夫・真治(松田龍平)が帰ってくる。鳴海は夫の浮気を疑うが、性格が一変してしまった夫の様子に困惑する。やがて夫は会社を辞め、毎日散歩するようになる。その頃、町では謎めいた一家惨殺事件が発生し、不可思議な現象が頻発していた。ジャーナリストの桜井(長谷川博己)は、偶然出会った奇妙な青年・天野(高杉真宙)に興味を抱き、彼とともに事件のカギを握る女子高生・立花あきら(恒松祐里)の行方を追う。そんな中、真治から“自分は地球を侵略に来た宇宙人だ”と告白される鳴海だったが…。
 注意:ネタバレで書いております。これからご覧になる方はご注意下さい。


<感想>愛する人が“別人”になったら、今まで通り愛せますか? 人気女優・長澤まさみと松田龍平がパートナーを演じ、その手腕が国内外で高く評価される黒沢清監督が手がけた「散歩する侵略者」は、“究極の愛”を突きつける映画でした。謎の侵略者に体を乗っ取られてしまったパートナーは、どんどん理想の相手に近づいていく。だがその一方で、刻一刻と世界の崩壊が迫っていった。だが、宇宙人には仲間意識があっても愛の概念がなかった。その概念を知ることで、侵略の愚かさに気付き、途中で攻撃を止めたという物語。

驚いたのが、冒頭での女子高生が金魚すくいをして、土産に家に持って帰ったら、・・・何と家の中では宇宙人によって家族が殺されてしまう。この描写こそないが、女子高生は体をすぐにその殺人鬼の宇宙人によって体を乗っ取られてしまう。そして、真っ赤な血で染まったセーラー服を着て街を彷徨う。前からトラックが来て、危なく女子高生を轢くところを、ハンドルを切って女子高生を避けたところへ、対向車の乗用車がぶつかってしまう。どうやらその女子校生は、病院へ入れられて、立花あきらと名乗っており、警官によって見張られていた。

もう一方では、長澤まさみと行方不明となっていた夫・真治の松田龍平が帰って来るも、別人のような温厚な性格になってしまった夫に戸惑うも、病院へ連れて行くと、若年性アルツハイマーとか言われてしまう。夫は仕事も辞めて家でダラダラと毎日を過ごす。妻はそれでも、離婚したいと思っていた以前の夫とは違って、何処か病気のような不安定な感じで、独りにはしておけない。

そうかといって、生活するのに自分が働かないといけないし、イライラして怒りが込み上げるも、散歩してくるといって外へでても、転んでけがをするし、独りにはしておけないのだ。妻が作った料理を美味しいといったことが無かったのに、上手いと言って食べてくれる。今までになかった夫の変化に、戸惑いながらも、母性愛に目覚めて夫の世話をすることに決める。

家に遊びに来た鳴海の妹の明日美(前田敦子)、散歩するなかで出会った引きこもりの青年・丸尾(満島真之介)、鳴海の取引先の嫌味な社長・鈴木(光石研)……皆、真治と会話をした後、謎の言葉をかけられ、真治にトンと額を突かれた人々は、以前とは異なる性格になり、会う人会う人に奇妙な変化をもたらす。

あまりにも変わってしまった夫の真治に、戸惑いを隠せない妻の鳴海。ですが夫は口癖のように、「僕は宇宙人で、地球を侵略に来た」と、衝撃的な告白をする。妻の鳴海の目の前にいる真治は、宇宙人の侵略者に体を乗っ取られていたのだ。それでも夫婦として一緒にいるのか? 別れるのか? 鳴海の愛が、試されようとしていた。

長谷川博己が、ユーモアも交えながら緊迫感たっぷりに、世界の危機に迫るジャーナリスト桜井に扮して熱演している。「シン・ゴジラ」で世の女性を魅了した長谷川博己が、物語のカギを握り、世間を震かんさせる一家惨殺事件に関わる、新たな“宇宙人”たちと行動を共にする役どころ。

その桜井と奇妙な友情を築くのが、成長著しい若手イケメン俳優・高杉真宙と運動神経抜群の恒松祐里が扮した謎の若者たち。得体の知れない存在という難役に挑み、不気味な表情で見る者を凍りつかせ、屈強な男たちを相手に激しいバトルを披露するのが、恒松祐里扮する女子高生の立花あきら。

ここでは、拳銃で警官を殺害したり、最後には長澤まさみの車に轢かれてしんでしまう宇宙人という役どころを、圧倒的な存在感を見せつけます。

侵略者に出会ってしまった人々は、人間が大切にしている概念を次々と失っていく。そんな中で妻の鳴海だけは夫を信じ続け、何があっても夫の真治を守ろうとする物語は、SFというジャンルでありながら、その実エモーショナルなラブストーリーでもある。それにどこかコメディでもあり、何か恐ろしいことが起こりそうな雰囲気も漂っているのだ。

世界が崩壊に向かう真っ最中に、加瀬夫婦は車で逃げてホテルに泊まるのですが、そこで二人が仲良く抱き合い、妻の鳴海が宇宙人の夫に「愛情」という「概念」を私の頭の中から盗んで頂戴と懇願するシーン。宇宙人には、人間の愛情という概念を知らないから、それを教えてあげようと必死でしたね。
それに、高杉真宙が厚生省の人という笹野高史率いる国家権力の男たちに、機関銃で撃たれてしまい、自分の星に通信が出来なくなり、桜井が自分の体に乗り移って通信をやり遂げてくれと言うところも、友情という愛ですよね、これも。

地球を侵略する宇宙戦争のような描写はありませんが、それでも、加瀬夫婦がホテルを出て見る風景は、海が広がっており、空には真っ赤な雲が暗雲を立ち込めており、夫の真治が妻の鳴海をかばって守るところが映し出され、夫婦愛というか、人間の真髄とでも言いましょうか、愛するものを守るという構図になってましたね。

この映画は宇宙人による人類への脅威を描いたSF映画でありますが、宇宙人でも「人類の愛」という概念には敵わないということなのかもしれませんね。
派手な宇宙船は出てこないのに、侵略の開始とともに襲い来る天変地異のビジュアルは恐怖と鮮やかさに目を奪われてしまいます。
そして後日談でも、丁寧に積み重ねられていく描写と斬新な設定が、夫婦の行く末が、今までになかった空気感を醸し出して、見事なまでに深い余韻を残していました。
2017年劇場鑑賞作品・・・206アクション・アドベンチャーランキング
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ダンケルクIMAX★★★・5

2017年09月09日 | アクション映画ーア行
第二次世界大戦の西部戦線では、英仏連合軍の兵士40万人がドイツ軍の猛攻の前にフランス北端のダンケルクに追い詰められてしまう。これに対しイギリスが決行した救出作戦にはヨットや漁船など多くの民間船も参加し、結果的として兵士の犠牲を最小限に抑えることに成功した。この史上最大の撤退作戦と呼ばれる史実を、「ダークナイト」「インターステラー」のクリストファー・ノーラン監督が、圧倒的臨場感で描き出した緊迫の戦争アクション・ドラマ。出演はフィオン・ホワイトヘッド、ハリー・スタイルズ、ケネス・ブラナー、マーク・ライランス、トム・ハーディ。

あらすじ:1940年、フランス北端の港町ダンケルク。ドイツ軍に追い詰められた英仏連合軍40万の兵士たちは絶体絶命の状況を迎えていた。若き英国兵トミーが街中を必死で逃げ回り、ようやく辿り着いた海岸には、おびただしい数の兵士たちが救助の船を待っていた。しかし彼らに残された時間は限られていた。そこでドーバー海峡を挟んだ対岸のイギリスでは、民間の船までをも総動員した救出作戦が決行される。民間船の船長ミスター・ドーソンもそれに呼応し、息子とともに危険を顧みず同胞が待つダンケルクへ向け船を走らせる。そして最新鋭戦闘機スピットファイアのパイロット、ファリアーもまた、危険を承知の上で味方の撤退を援護すべくイギリスから飛び立つのだったが…。

<感想>フランスの北端に位置する海辺の街ダンケルク。第二次世界大戦の真っただ中の1940年、ドイツ軍の攻勢によって英仏連合軍の兵士たちは、この地に追い詰められる。その数40万人。英国首相のチャーチルは、彼らを救うため、軍艦と民間の船舶も動員したダイナモ作戦を発動させる。

絶対絶命の彼らを本国に帰還させるため、史上最大の撤退作戦が今、始まろうとしていた。最初の街中のシーンでは、英国兵が人気のないダンケルクの街を歩いている。そこへどこからともなく銃弾が発射されて、イギリス軍の兵士たちがかなり死んでしまう。トミーだけが命からがら逃げてフランス軍の陣地へ転がり込む。

恐ろしくセリフの少ない映画でしたね。トミーがドイツ軍の降伏勧告のビラを拾って2,3枚懐に入れるのですが、何の意味があるのかって、その後に砂浜で用を足して尻を拭くためなんですよね。

CGを極力排した映像、人物に寄り添って全体の状況をあえて見せないスリリングなカメラワーク、そして「陸・海・空」と3つの場面をそれぞれの体感時間の差を表すようにバラバラの時間軸で描く構成になっていた。特に圧巻だったのが、鼓膜が破れるそうなくらいの、ド迫力の轟音サウンドである。観るというよりも、体感するという表現がしっくりくる映画であった。
最も重視したのが、ドイツ軍を徹底的にバッサリ切って排除しているところ。姿こそ見えないが、陣営から銃弾を浴びせるシーンもありますから、画面に見せないのがかえって不気味であった。
何とか生き抜き、故国へ帰還しようとなりふり構わずもがく兵士たちが、海中に放り出される姿を近頃流行りのコンピューター撮影を極力避けて、製作しているので実戦に立ち会っているかのごとき息苦しさを感じた。
昔の戦争映画だと、ヒトラーとかが出て来て、今はこういう戦況だと、いろいろ説明して、次が司令官クラスが、それから個々の兵隊と順番に描いていく。だから、この戦いはこいう作戦なんだと分かるわけですが、そいう枠組みがきっぱりと投げ捨てているのだ。

あくまで戦場の主観的なリアルにこだわっている。だから、ケネス・プラナー演じる偉そうな中佐が出て来て、作戦を説明しだすのが逆にウソ臭いのだ。帰還兵が40万人もいるのに、駆逐艦が一隻であり、その他の船もドイツ軍の戦闘機に撃墜されて海に沈んでしまう。
ダンケルクの海岸で撤退を待つ兵隊の数が、意外に少なかったような気がした。35万人が対岸に運んだと言われており、どんな大群かと想像していたら、あれって感じで、実際のダンケルクの海岸で撮影したそうだけど、そこだけ合成でもなんでもいいから、すごい画を見せて欲しかったですよね。

まぁ、ダンケルクの戦いの映画なのに、海岸でドイツ軍を押しとどめていたフランス兵すら描いていませんもの。本来は撤退作戦の主役であるはずのイギリス陸軍も、まったく活躍しない。海岸に寝そべっているし、ドイツ軍の爆撃機に向かってライフル銃を撃っていた兵士もいましたが、すぐに吹き飛んでしまっていた。そういう意味では、かなり視点の偏った、変な戦争映画ですよ。
海のシーンでは、船がひっくり返って沈むシーンとか、船室に海水がドーつと入ってきて、兵隊が逃げるシーン。魚雷の怖さも印象的でした。そして、一斉に電気が消えて、船倉に水が流れ込んできて、その直前のシーンでは、主人公がジャムを塗ったパンを食べていたのを見て、美味しそうだと思ったのに。
兵士たちは、なるべく出入り口近くに移動して、船内に入らず甲板にずっととどまろうとする兵士もいる。いつ、魚雷にやられるかもわからないという怖さを良く表していると思った。ドーバーという対岸が見えるくらいの幅の狭い海ですら、怖いのだ。そういう細かい戦場のディテールを、本当によく調べていたと感心。

民間船の船長ドーソン(マーク・ライランス)の小型船が兵士たちを救うためにダンケルクに向かう途中で、味方のイギリス空軍の爆撃機が飛んで来て墜落するシーン。

パイロットはキリアン・マーフィで、ダンケルクは戦場で行かないでイギリスへ戻ってくれと頼むのだが、船長は政府の命令だからと言って、ダンケルクへと向かう。その時に、喧嘩になり、一番下の弟が頭を打ち重体となり死んでしまうのだ。

このダンケルクの戦いだって、はっきり言えば負け戦であり、それをあれだけ英雄的に描いてしまうってこと自体、イギリスの執念だなと感じてしまう。「イギリス人は負け戦を愛しむ」っていう言葉がありますしね。イギリス人としては、「撤退戦に勝利した」って言い方になるけれど、実際は装備を丸ごと捨てて、命からがら逃げ帰っただけですからね。生還して帰ってきた兵士も、「罵倒されるから、絶対にホームを見ない」と言ってますけど、やはり当時の兵士には、恥だという意識があったようです。ですが、その後、よくぞ生きて帰って来たと大歓迎されるわけですからね。
実際のダンケルクの海岸を舞台に、第二次世界大戦時の戦闘機スピットファイアを空に飛ばして撮影するなど、リアリティにこだわった映像が目白押しの本作。当時のディテールも限りなく再現しているらしい。

とにかく空中戦映画といっても過言ではないくらいに、ほぼ戦闘機スピットファイアのカッコよさ。CGを使っていないというだけあって、スピットが一番綺麗に見えるアングルを、一番綺麗に撮っているのだから。ドイツ軍の戦闘機にはメッサーシュミットを使用している。最後まで残って大空で戦った戦闘機スピットファイアのパイロット、トム・ハーディ。セリフこそないが、戦闘機乗りとして、燃料が無くなる最後まで飛び、敵の戦闘機を撃ち落として、最後は砂浜に着陸してドイツ兵に捕らえられるのだ。
戦争映画というと、相手との激しい戦場での攻防戦が描かれるのが、ここでは身内のイギリス兵だけで撤退する姿、ちょっと前に観た「ハクソー・リッジ」の方がリアルで臨場感があったと思う。
それらによって生み出される“まるでその場にいるかのような没入感”は、戦争映画という枠を超えるような、かつてない興奮をもたらしているのだ。ノーラン監督が切り開く驚異的な映像世界。そのリアル感をしかと体験して欲しいですね。

2017年劇場鑑賞作品・・・205アクション・アドベンチャーランキング
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ダンサー、セルゲイ・ポルーニン 世界一優雅な野獣 ★★★

2017年09月08日 | アクション映画ータ行
英国ロイヤル・バレエ団で名をはせるものの、数年で退団したバレエ界の異端児セルゲイ・ポルーニンを追ったドキュメンタリー。退団後に発表された「Take Me To Church」のミュージックビデオで再び注目を浴び、類いまれな才能を持て余す彼の知られざる素顔を、本人や家族、関係者のインタビューから解き明かす。『ピクシーズ/ラウド・クァイエット・ラウド』などのスティーヴン・カンターが監督を務める。

あらすじ:端正な容姿と圧倒的な表現力で、世界中にその名をとどろかせたセルゲイ・ポルーニン。その数年後、英国ロイヤル・バレエ団を退団した彼は第57回グラミー賞にノミネートされたホージアのヒット曲「Take Me To Church」のミュージックビデオ出演で再び脚光を浴びた。バレエ界随一の異端児にして、著名なバレエダンサーであるルドルフ・ヌレエフの再来とも評される彼の素顔に迫る。

<感想>セルゲイがなぜ英国ロイヤルバレエ団から脱退したのか?・・・本作のポルーニンは、規範や権威を順守できない天才であり、母国ウクライナからロンドンへ、モスクワと転々とするのか彼の宿命だった。
監督は家族や関係者にインタビューするが、いくら聞いても見えてこないという。バレエ界のしきたりが原因だったのか、ウクライナ出身ということが影を落としているのか、いや、家族が重荷じゃなかったのでは?・・・。

セルゲイ・ポルーニンという人は、きっとナチュラル・ボーン・ダンサーであり、どんなふうに育っていても、どこかできっとバレエに出会い、才能を伸ばしていたと思う。ウクライナでの家族と子供時代、英国ロイヤルバレエ学校に渡っての少年時代、脚光を浴びるが精神的なバランスを崩していく青年期から再生までを追うこのドキュメンタリーは、ダンサーとしての顔以上に、一人の若者の人間としての壮絶な模索をとらえているように感じた。

息子のためにひたすら献身し続ける母親と父親。その愛情の束縛。振り払えないしがらみ。セルゲイのおびただしい刺青は、そんな彼の痛みの刻印に見えてしまう。ということを想像するのも、肝心かなめを迂回したようなドキュメントなので、そう思いたくもなる。

しかし、バレエから惜別するラストダンスのはずだったYouTube動画での、「Take Me To Church」が、バレエから惜別するラストダンスのはずだった。それが、映画のクライマックスであるうちは、まだまだ断言する。

ブラック・サバスの「アイアンマン」が流れるオープニングでは、開演前の楽屋でセルゲイが、強壮剤や鎮痛剤を服用しているのも映し出されます。

刺青を全身にまとうバレエ界の異端児であり、誰もが認める才能がありながら、舞台のたびにメイクで刺青を消さなければならない。彼が、もがき、踊る、その生きざまが鮮烈な印象を残す。映画では詳しく説明されいませんが、彼が英ロイヤル・バレエ団を退団した理由について禁止事項の多さと薄給であることを挙げています。

2017年劇場鑑賞作品・・・204アクション・アドベンチャーランキング
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