残月剣 -秘抄- 水本爽涼
《残月剣②》第十七回
その動きが今、正に展開していた。振り下ろされた村雨丸を持つ左馬介。その息が微妙に乱れて荒い。この刹那、左馬介は未だ自分は駄目だ…と思った。このように一太刀を浴びせたぐらいで息が乱れるなど、あってはならないのだ。居合いの迅速過ぎる剣捌きではない以上、多人数を相手とする場合、次に打ち込まれる太刀に備えたり、次の相手への攻めを狙わねば、斬られるのは自分なのだ。竹刀は余裕があるように思わせる錯覚を与える。それに対し、真剣は現実である。その差は歴然としているのだが、多くの者はそうした点を履き違えていて、遣い熟(こな)せていないのだった。左馬介にそあした差異を感性の上で磨かせたのは、辛かった妙義山中での修行の日々であった。鍛錬により、その差は縮められたのである。だが今は妙義山で修行に明け暮れるといった日々ではない。単に真剣の形稽古を続けたとしても、直ちに息の乱れを無にすることは出来ないだろう。では、どうするのか?が問題となる。一に腕力(かいなぢから)を強める鍛錬と足腰の鍛錬が不可欠だが…と左馬介は巡る。鴨下のように食べるのみというのは体重を増すだけで、返って動作を鈍くし、更には息切れをも誘発するだろう。左馬介の場合、幸いにも霞飛びの基本技を身につけた時に出来ていた。