無意識日記
宇多田光 word:i_
 



そもそもヒカルがツアー終了後僅か1ヶ月余りでこれだけの分量「ツアーを振り返る」のが珍しいのだ。そこらへんについて、総てのライブについてではないけれど、過去25年どうだったかをざっとみてみよう。


『Bohemian Summer 2000』の頃はメッセが絶好調で、ツアー中もツアー直後もしっかりと絶え間無くメッセージを繰り出してくれていた。2000年8月29日に最終公演をやり遂げてもうその晩には書いてたもんね。

https://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/utadahikaru/from-hikki/index_96.html

ただ、この時のヒカルは「歌手」である。まだ今みたいに、全曲の編曲(即ち全パートの楽譜を書くこと)をしていなかった。恐らくだが、ただ「出て行って歌う」というのがメインだったように思われる…ってここらへんのこと語ってくれたことあんまないな。いつか回顧録が必要かも。なので、疲労度も今とはまるで異なっていた気がする。これ以降のケースと同列にみるべきではないのかもしれない。それであっても振替公演をしなきゃいけないくらいいっぱいいっぱいだったのよね。メッセが元気いっぱいなのは当然読者を心配させないように強がってくれてるわけで。17〜18歳頃のヒカルらしさっすね。


2004年の『ヒカルの5』では最終日の朝に

『終わったら、書きたいこと沢山あります。』

と書いておきながら、結局書けなかった。

https://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/utadahikaru/from-hikki/index_79.html

更にその後の雑誌インタビューでもラジオ出演でも、そういう(ヒカルが長文で語るような)内容は出なかった。結局最終日なんであんなに泣いてたのか20年経った今でも不明なままだ。別になぞなぞは解けなくていいけどね。終わる前は書きたかったけど終わってみたら書きたくなかった、或いは何て書いていいかわからなかった。あると思いますし。


その約1年後、2005年2月23日のニューヨーク・ショウケースギグに関しては、流石に『ヒカルの5』の時のようなグダグダには出来ないと思ったのか、2週間後の3月6日には、少しばかりライブについて触れてくれていた。

https://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/utadahikaru/from-hikki/index_77.html


2006年の『UTADA UNITED 2006』では、『ULTRA BLUE UNITED BLOG』のおかげさまで周りからのアウトプットもたくさんあった。

https://blog.goo.ne.jp/ultrablueunited

まさに「寄って集って」コンサートツアー中は盛り上げてくれた。しかし、ツアーが終わった途端、何のアウトプットも無くなったのよ。メッセに至ってはツアーが終わった4日後におつかれさまメッセを上げたあとはデビュー記念日までの3ヶ月の間、カレーのシミひとつ作っただけだった。(なおこの間にしっかり『ぼくはくま』をリリースしてるので、あんまり休まずに働いておられます)

https://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/utadahikaru/from-hikki/index_61.html

まぁツアーの総括とか無理だった雰囲気。ただ、ここから随分時間をあけてからなら、松浦靖恵さんとのインタビューでツアーについて振り返ってくれているので、手元に『点』がある人は読んでみてくれればよろし。…嗚呼、電子書籍版で再販してくれ! 参照先が示せないわっ。


2010年の『UTADA IN THE FLESH 2010』に関しては、メッセ更新も頻繁で、終わった後も短いながらもしっかりとツアー完遂の挨拶メッセをアップしてくれていた。

https://www.sonymusic.co.jp/Music/Info/utadahikaru/from-hikki/index_5.html

なので「いつのまにかはぐらかされていた」という感触はなかったぜインフレに関しては。ただ、やはり挨拶程度で済んでいるので、「ツアーの意義を深く掘り下げて」という空気はここでもなかったかな。UTADAのことな上海外の話だったので日本の音楽メディアもあんまり食いついてなかったし。


2010年の『WILD LIFE』。こちらは公演翌月テレビ番組まで控えてたこともあって、総てのプロジェクトがメッセージとして機能していた気がする。第1期の、という限定的な括りではあるが「大団円」だったわね。横浜二公演のみとはいえ、全国でのシアター・ライブ・ビューイングと全世界への無料ライブ・ストリーミングがあったし。大盤振る舞いが過ぎた気がするけど、兎に角スケールのデッカい「待ってるからねヒカル!」タイムでした。なので、コンサート開催の意義については前後どちらの時期もしっかりと語られていた気がする。


そして2018年の『Laughter In The Dark Tour 2018』。この時の空気は少々奇妙でね。ツアー終わってすぐに『Face My Fears』等のプロモーションが始まってしまった為、何かゆっくりツアーを総括してる暇がなかった憶えがある。もっとも、無意識日記は1ヶ月掛けて1公演を振り返っていた為、コンサート内容自体については結構吟味した手応えはあったけど。「ヒカル自身の総括」については皆無に等しかったわねぇ。


そうして今回、2024年なのですよ! こうしてみると、終わって一ヶ月以内(Spotifyでの会話を総合すると日本時間2024年9月22日(日)?のインタビューのようですね)に、肉声で、他の人を交えて、45分(総てではない)というかなりのボリュームを使ってツアー直後のヒカルの空気感を伝えてくれたのは、「今回が初めて」と言って差し支えない事態になっているのではなかろうか。これ、「デビューして四半世紀経ってからの初の試み」って言って良い気がする。結構凄いよね。そこまで新しいテクノロジー要らないもんな「鼎談音声でツアーを振り返る」って。実現の為にはサブスクというここ10年の新しいサービスが必要だったとはいえね。こういう本質的な試みの積み重ねこそが「進化」だと思うのよ。体力面精神面どちらに於いても、今後も更なる「宇多田ヒカルの進化」に期待したいと思いまっする。…いやほんと今回マッチョだよねぇ。タフだわぁ。

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おぉぉぉ、Spotifyの「アーティスト・クロニクル」シリーズ、宇多田ヒカル第4回の配信がこのタイミングで!? しかも、既出演者のジェーンさん柴さんがヒカル本人へのインタビューを敢行!!?? 何そのスペシャル回!! 普通、本人が第1回に来て残りを周りの人がサポートするもんじゃないのかいな。メインディッシュ、最後まで取ってたんだねぇ…。…まぁ内幕は、「今の時期ヒカル大丈夫みたいなんで」「じゃあやろっか」と急遽決まった企画にも思えたけどそこらへんはどっちでもいいか。9月下旬収録だそうです。

全編で45分以上あり、公開が昨日深夜つまりまだ今朝なので聴いてない人多数だろうから…そうね、では一点だけ取り上げるか。オープニングの演出について、ヒカルがこう語っていた。

『まさにその、宇宙船に乗ってるとか、未来的な飛行機でどっかに行くようなSE(効果音)だったりとか。そこから突然ピアノの単音に行くっていう。そこのピアノは“私がやる!”って言って、そこだけちょっとギリギリまで待って貰って作りました。SEの方は映像のチームとかに任せたんですけど。』

ちょっとこれは吃驚でしたよ! 何故って、そのうち「あのオープニングは誰の作曲だったんだろ?」という話もこの無意識日記で取り上げようとは思ってはいたんだけど、そもそもの第一印象が

「宇多田ヒカルの作曲とは思えない」

だったからね。一方で、

「コンサートのオープニング曲を新録するとして、本人の作曲以外あり得る?」

という、音の印象とは違う理屈もアタマを過り、どっちなのかさっぱりわからないまま来ていたのですよ。

長年私、ヒカルのピアノを使った作曲というのは何故かいつもストンと「ああヒカルが弾いてるな」「ヒカルが書いたな」と腑に落ちることが多くてね。『誰かの願いが叶うころ』しかり『WINGS』しかり。しかし今回はその感覚が全く無く。「え、コンサートのオープニングをヒカル以外の作曲で?」という“混乱”が先に来ていた。今回のクロニクルのインタビューでその混乱が漸く収まった。ヒカルの作曲だったんだねぇ。

が、本来の違和感が無くなってしまったわけではなく。やはりヒカルの曲っぽくない。あんな素直な音運び、ほぼ滅多にやらない。『ぼくはくま』のようなシンプルな童謡を作った時ですら変拍子(4分の4に唐突に4分の3が混ざってる、とかなんかそんなん)を交えてきた人が、あんなドレミファソラシドをそのまま捉えたメロディ運びをしてくるとは到底思えなかったのでな。

だが、ここからは考えを改める必要があるのね。つまり、ヒカルの作曲が更に新しいフェーズに入ったのだと認めるしかないわけだ。なので、次のアルバムは全然異なったものになる可能性が出てきた。その際は、普通に考えれば次の新曲が起点になると解釈される事になるのだろうが、この「『SCIENCE FICTION TOUR 2024』のオープニング曲」が真の起点だった可能性について、ここでは忘れない方がよさそうだ。

或いはもっとあからさまに、この単音ピアノが次のアルバムのオープニングになってるかもしれないし、ここから発展させたインタールードが更に曲になるとか(『言葉にならない気持ち』みたいにね)そういう流れもあるかもしれないけどね。取り敢えず、映像商品がリリースされたらこのオープニングのクレジット(曲名と作曲者名)を確認しようと改めて思ったよ。

それにしてもこのタイミングでこんな情報が得られるなんて、つくづくアーティスト・クロニクルには感謝しかないっすよ。ことさらぐっちょぶであります!

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おぉぉぉ、Spotifyの「アーティスト・クロニクル」シリーズ、宇多田ヒカル第4回の配信がこのタイミングで!? しかも、既出演者のジェーンさん柴さんがヒカル本人へのインタビューを敢行!!?? 何そのスペシャル回!! 普通、本人が第1回に来て残りを周りの人がサポートするもんじゃないのかいな。メインディッシュ、最後まで取ってたんだねぇ…。…まぁ内幕は、「今の時期ヒカル大丈夫みたいなんで」「じゃあやろっか」と急遽決まった企画にも思えたけどそこらへんはどっちでもいいか。9月下旬収録だそうです。

全編で45分以上あり、公開が昨日深夜つまりまだ今朝なので聴いてない人多数だろうから…そうね、では一点だけ取り上げるか。オープニングの演出について、ヒカルがこう語っていた。

『まさにその、宇宙船に乗ってるとか、未来的な飛行機でどっかに行くようなSE(効果音)だったりとか。そこから突然ピアノの単音に行くっていう。そこのピアノは“私がやる!”って言って、そこだけちょっとギリギリまで待って貰って作りました。SEの方は映像のチームとかに任せたんですけど。』

ちょっとこれは吃驚でしたよ! 何故って、そのうち「あのオープニングは誰の作曲だったんだろ?」という話もこの無意識日記で取り上げようとは思ってはいたんだけど、そもそもの第一印象が

「宇多田ヒカルの作曲とは思えない」

だったからね。一方で、

「コンサートのオープニング曲を新録するとして、本人の作曲以外あり得る?」

という、音の印象とは違う理屈もアタマを過り、どっちなのかさっぱりわからないまま来ていたのですよ。

長年私、ヒカルのピアノを使った作曲というのは何故かいつもストンと「ああヒカルが弾いてるな」「ヒカルが書いたな」と腑に落ちることが多くてね。『誰かの願いが叶うころ』しかり『WINGS』しかり。しかし今回はその感覚が全く無く。「え、コンサートのオープニングをヒカル以外の作曲で?」という“混乱”が先に来ていた。今回のクロニクルのインタビューでその混乱が漸く収まった。ヒカルの作曲だったんだねぇ。

が、本来の違和感が無くなってしまったわけではなく。やはりヒカルの曲っぽくない。あんな素直な音運び、ほぼ滅多にやらない。『ぼくはくま』のようなシンプルな童謡を作った時ですら変拍子(4分の4に唐突に4分の3が混ざってる、とかなんかそんなん)を交えてきた人が、あんなドレミファソラシドをそのまま捉えたメロディ運びをしてくるとは到底思えなかったのでな。

だが、ここからは考えを改める必要があるのね。つまり、ヒカルの作曲が更に新しいフェーズに入ったのだと認めるしかないわけだ。なので、次のアルバムは全然異なったものになる可能性が出てきた。その際は、普通に考えれば次の新曲が起点になると解釈される事になるのだろうが、この「『SCIENCE FICTION TOUR 2024』のオープニング曲」が真の起点だった可能性について、ここでは忘れない方がよさそうだ。

或いはもっとあからさまに、この単音ピアノが次のアルバムのオープニングになってるかもしれないし、ここから発展させたインタールードが更に曲になるとか(『言葉にならない気持ち』みたいにね)そういう流れもあるかもしれないけどね。取り敢えず、映像商品がリリースされたらこのオープニングのクレジット(曲名と作曲者名)を確認しようと改めて思ったよ。

それにしてもこのタイミングでこんな情報が得られるなんて、つくづくアーティスト・クロニクルには感謝しかないっすよ。ことさらぐっちょぶであります!

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