無意識日記
宇多田光 word:i_
 



宇多田ヒカルが新曲をリリースしたとなると毎回その日は10回くらいリピートしてしまうのが常なんだけど、今回の『Electricity』は全くヘビロテしていない。理由は単純で、アルバム全体が聴きた過ぎて一曲だけに時間を割く気にならないのだ。お陰で今の私にとって『Electricity』は、「宇多田ヒカルのニューアルバムのラス前曲」みたいな認識になっている。『Another Chance』とか『夕凪』みたいなもんだわね。

それくらい、全体が充実している。最初ベストアルバムをリリースすると聞いた時には全く予想していなかった事態だ。情報量が多過ぎてまるっきり消化出来ていない。あれだわ、自分の中でのキャッチコピーが、今まで散々書いてきた「宇多田ヒカル初のベスト・アルバム」から「宇多田ヒカル初の2枚組アルバム」に切り替わっとるわ(※ 勿論、本当はSC2の方が初ですよ)。嗚呼、ビートルズがホワイトアルバムをリリースした時のファンとリスナーの気持ちってこんなだったのかしら。いや、あの凸凹な作品より遥かに押し並べて高品質だな。20世紀最大の音楽グループを袖にしたくなるほどのクオリティに、ちょっとまだ脳が追いついていない。

最初に曲順をみたときの「なんだこのチグハグさは!」という印象もまた、雲散霧消している。『Can You Keep A Secret?』のエンディングがあんなことになっているとは! 『光(Re-Recording)』があんな生まれ変わり方をしているとは! もう驚きの連続で、その数々のリアレンジも考慮に入れた曲順の妙に唸らされてばかりなのである。

そうなのだ、この、曲順や曲の終わり方と繋がり方などにも滲み出ている「全体を通してのトータル性」という点でも、この『SCIENCE FICTION』は過去最高の出来なのではないか?と思わせる。ヒカルはいつも「一曲入魂」で、アルバムというのは「出さなきゃいけない」から作ってきただけだ。なので、一曲毎の個性を最優先している為、アルバムにトータルコンセプトを付与する事はなかなか出来ない。作り終わって振り返って、「嗚呼、『Fantôme』は母への鎮魂と性と死のアルバムだな」とか、『BADモード』は周りの人も自分自身も励ます作品だな」とかいうのが“後から視えてくる”ものだった。

しかし、『SCIENCE FICTION』は「2024年の今、宇多田ヒカルのベストアルバムを作る」というコンセプトがハッキリしている。つまり、過去の楽曲/トラックたちを、最新のサウンド・クオリティを取り入れつつヒカルの最近の作風に合わせてリレコーディング/リミックス/リマスターをする、という軸でほぼ総ての楽曲がブラッシュアップされているのだ。こういう作り方は、ある意味今までになかったものだとも言える。

故に全曲聴き通した時の「全体としての充実感」は過去最高だ。普通のベスト・アルバムであれば、自分の昔の思い出と結びつけながら、「こんなに沢山の名曲を書いてきたんだねぇ」とかなんとか回顧的に捉えられるものなのだが、『SCIENCE FICTION』はたった今鳴ってる音が魅力的で、それが2時間26曲にわたってずーっと続く。統一感があるからこその、とんでもなく恐ろしいボリューム感である。

その観点からして(既にヒカル宛に140字で呟いてきたのだけど)、あたしゃこのアルバムのタイトルは「SCIENCE FICTION 2024」がより相応しかったんじゃないかと思い至った。

普通のベストアルバムであれば…例えばMr.Childrenのベストアルバムのタイトルは「Mr.Children 2011-2015」「Mr.Children 2015-2021 & NOW」とかだ。その曲がリリースされた年月日を並べて、今に至ってるよと。

しかし、『SCIENCE FICTION』は総ての楽曲が2024年仕様である。その深度はリレコーディング/リミックス/リマスターでそれぞれ異なるし、中には2023年の曲や2022年のミックスの曲もあるにはあるけれど、どれも概ね「今のヒカル」が手掛けたトラックとなっている為、「2024年の新しい体験」として提供されている。なのでこのアルバムのタイトルは、Mr.Childrenみたいに「SCIENCE FICTION 1998-2022 & NOW」なんかにするよりも思い切って「SCIENCE FICTION 2024」にしてしまう方がより相応しいように思うのだ。

そうなるとこのタイトルはそのまま『SCIENCE FICTION TOUR 2024』という今年のツアータイトルにもダイレクトに繋がっていく。実際に終えたコンサートの実況録音盤の事を普通は「ライブ盤」と呼ぶが、この『SCIENCE FICTION』アルバムは、今のヒカルがツアーでやるだろう曲を悉く今仕様に仕立て上げたいわば「ライブ予告盤」とでもいうべき非常に珍しい立ち位置の作品になる予感がしている。そのまんまということはないだろうが、過去曲のライブでのアレンジはこのアルバムのものをまず基準にとるだろうことが予想されるから。

なので、2022年に遂に待望のライブ・アルバム『Hikaru Utada Live Sessions from Air Studios 2022』をリリースして私を歓喜に咽ばせてくれたチーム宇多田の皆さん、今度は是非そのスタジオ・ライブ盤からもう一歩踏み込んで「ライブコンサートの2枚組実況盤」としてのライブ・アルバム『LIVE CONCERT- SCIENCE FICTION TOUR 2024』をリリースして欲しい。チケットが抽選なのだから尚更これは必要だ。そこまでやってやっとこの『SCIENCE FICTION 2024 PROJECT』は完成をみるだろう。ただのベストアルバムじゃないことは身に沁みてわかった! だから更にこれを推し進めて次のオリジナル・アルバムへと繋いでいくべきだと私は思うのでしたとさ。それはきっと『BADモード』よりも…嗚呼、身の毛もよだつな!

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え〜、、、何話せばいい?(ダウンタウンに英語話してみてって振られた時の返しみたいに)

供給過多が過ぎて飽食だわ。抜けた後の虚無感は考えないようにしようそうしよう。昨夜のオンラインパーティーも私飛ばしちゃったり。普段じゃ考えられないわね。


ええっと、まぁいいや、少しずつ触れるか。まずトレボヘスペシャル完全版が解禁になったわね。もう既に少し触れちゃってるけど以後はさらに大っぴらに話せるか。

一聴した感想は

「どこらへんがスペシャル!?」

というものでした。それくらい気負いなく、普段通り。その普段が23〜24年前の1年間の事を指すのが何か不思議でね。あの頃を知ってる人にとっても知らない人にとっても普段通り、普段着の宇多田ヒカルが学校帰りにスタジオに寄って…嗚呼、学校帰りだと普段着じゃなくて制服か(笑)。いずれにせよ、全然スペシャル感がなかったのよね。コーナーの作り方も、選曲も。昔のまんま…そしてそれがそのまま「今の宇多田ヒカル」の表現になっているという不思議な状況。

改変期のスペシャル番組って内容も特別だったりするじゃないですか。振り返り企画だったりまとめ企画だったり。全然そういうのないんでやんの。2時間という長さを除けば、このまんま今でも毎週放送してるような、そんな錯覚に陥る内容で。

これつまり、アルバム『SCIENCE FICTION』のコンセプトそのものなのよね。ベストアルバムを出すのは特別な過去の振り返り企画かっていうと、確かにそれはそうなんだけど、「ヒカルの心づもり」としては、新曲新譜を作る時と、つまり普段と何も変わらなくて、ただ素材が既にリリースしたことのある曲だったってだけでな。なので、リレコーディングしたものもリミックスしたものも、「今の宇多田ヒカル」が作ったものでしかなく、そりゃ新曲と相性がいいよね。

他のベストアルバムは違うと思うんだ。昔の曲が主役で、そこに加わる新曲は添え物?ゲスト?おまけ? 或いは昔を思い起こさせる曲調だったり、逆に今と昔の違いを際立たせる曲調だったり、いろいろあると思うんだけど、主役はいうまでもなく何十曲もある昔の曲で。だけど『SCIENCE FICTION』は違う。主役は自然にGold以降の3曲になっていて、やはりこちらも自然に旧曲たちはそのサウンドに合わせていく格好になっている。合わせていくというのも正確じゃないか、今のヒカルが作るのが新曲で、その今のヒカルが手掛けるリレコーディングとリミックスとリマスタリングは新曲たちと似たテイストになっていくという、ただそれだけのこと。なので『SCIENCE FICTION』は最早宇多田ヒカルの新譜でしかないわよね。

『Tresbien Bohemian 」も同じというか…そもそも、昔に準えてやるコーナーの名前が『This Week’s Top 2』だからね、そりゃ本当に今週のトップツーを発表するだけだよね。それも昔から「今週世間で発表された曲」でなくて「今週ヒカルがかけたいと思った曲」でしかないから、いつの時代にやろうとそりゃ同じになる。お便りを読むのも、自分の新曲を紹介するのも、最近のお気に入り曲をかけるのも、昔のまんま。昔の毎週やってた頃のまんまなのよね。特に昔を振り返る事もなく。

あぁ、昔の口調を再現したりしてたな? それも実は「最近のヒカルがしてること」なのよね。最近のヒカルのしてること…昔の曲のリレコーディングとリミックスとリマスタリングなわけでして。常に昔の自分の声を聞いてる(聞いてた)わけでして。その流れの中で「今もあんな声出るかな?」とか試したりもしてたんじゃないかな。そういう制作状況と今回のトレボヘ収録は軌を一にしてたってことだね。

自然体に拍車が掛かった。つまり、ヒカルの変わらなさが更に揺るぎなくなったというか、いや言い方としては逆か、更によく揺らいでしなるようになったというか。純粋な新曲を作る作業のみならず、過去曲、過去の素材を相手にしても、普段と変わらず今のヒカルを表現する手段として構成できるスキルを今回手に入れたという、そんなターンが今な気がします。なので、このスキルに基づいた今後のライブコンサートは、今まで以上に「たった今の宇多田ヒカル」の魅力を、新曲でも旧曲でも変わらず発揮できる、過去最高のものになる事請け合いなのでした。

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